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第10章
覚えてなくても④
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薄暗い魔力灯のランプの頼りない明かりしかない宿の部屋。
寝台の上で並んで座り、自分を見つめているイグニス。
しなだれかかった腕をゆっくりと解いて、シェラはその首を振った。
「ううん、イグ兄、だいじょうぶ……ほうって、おいて」
「シェラ?」
「わたしに、なにも、しなくていい……」
「!! バカ言え、このままだと死んじまうんだぞ」
思わず、といった様子でその両肩に手を置くイグニスを見つめて、シェラは浅い息の中苦しげに、それでもはっきりと首を振った。
一生懸命、わたしを守ってくれたみんなに申し訳ないから。
ずっと、そう思ってこらえていたけれど、もう限界だった。ぼろぼろと涙がこぼれる。嗚咽が止まらなかった。自分のせいで、こんなことになっているのが耐えられない。
「わたし、このまま死にたい。……ううん、死んだ方が良かったんじゃないかな……って思ってるの」
「!」
イグ兄はいつも元気で前向きだから、バカなこと言うな、とか言って怒られちゃうのかな。
そんなことを思いシェラは身を縮めたけれど、いつまでたってもそんな言葉は振ってこなかった。
「……」
イグニスは、ただじっとその金色の瞳でシェラを見つめていた。
とても辛そうに。そしてシェラの白い頬をつたっていく涙を、そっと優しく、指で丁寧に拭ってくれる。でもその優しさが、今のシェラにとっては苦しくてたまらなかった。
スッとかぶりを振ってその優しい手を避ける。華奢な身体とともに長く美しい黒髪が揺れ、涙がほろほろと空に舞った。
「優しくなんて、しないでいいの……。最初に紋章つけられたとき……あのまま、わたしが死んでればよかったんだ。そうすれば、みんなもこんなことしなくてよかった……みんなも、怪我なんかしなかった……」
優しくされて、こわかった。もういっぱいいっぱいだった。
自分のせいで、こんなことになってる、この事実の大きさに耐えられない。
「わたし、わたし……もう、やだ……いやなの……。こわいの……。傷つくのも、大好きなみんなが、傷つけられるのも……、させたくないことさせるのも……!」
息が上がっていく。紋章の力が、ますます強くなって、息が苦しくて、体が上手く動かない。
「こんなこと、無理にさせるのもいや……いやなの……イグにいに、へんな、こと、させたくない……っ!!」
「落ち着けって!」
「やめて!!」
再びイグニスが肩に手を置くが、シェラは身をよじって振り払った。
「こんな風に、優しくされる資格なんかない。皆、怪我して、傷ついて。わたしが、いなければ、こんなことには――」
『――あたしね、あなたを産んで一度もよかったって思ったことなかった。』
アウロラからハッキリと告げられた言葉がシェラの心を塗りつぶしていた。
「わたしなんて、もう、死んじゃったほうがいい!」
思わずそう叫べば、ぐっとものすごい力で両肩を掴まれる。
「シェラ」
「!」
イグニスは今までシェラが見たことがない顔をしていた。いつも快活で明るい金色の瞳は陰り、唇は強く引き結ばれて震えている。
怒っている――? ううん、悲しんでる……? ちょっと、違う。
「シェラ……。頼む、……頼むから、そんなこと言わないでくれ」
その顔は、ひどく傷ついていた。
寝台の上で並んで座り、自分を見つめているイグニス。
しなだれかかった腕をゆっくりと解いて、シェラはその首を振った。
「ううん、イグ兄、だいじょうぶ……ほうって、おいて」
「シェラ?」
「わたしに、なにも、しなくていい……」
「!! バカ言え、このままだと死んじまうんだぞ」
思わず、といった様子でその両肩に手を置くイグニスを見つめて、シェラは浅い息の中苦しげに、それでもはっきりと首を振った。
一生懸命、わたしを守ってくれたみんなに申し訳ないから。
ずっと、そう思ってこらえていたけれど、もう限界だった。ぼろぼろと涙がこぼれる。嗚咽が止まらなかった。自分のせいで、こんなことになっているのが耐えられない。
「わたし、このまま死にたい。……ううん、死んだ方が良かったんじゃないかな……って思ってるの」
「!」
イグ兄はいつも元気で前向きだから、バカなこと言うな、とか言って怒られちゃうのかな。
そんなことを思いシェラは身を縮めたけれど、いつまでたってもそんな言葉は振ってこなかった。
「……」
イグニスは、ただじっとその金色の瞳でシェラを見つめていた。
とても辛そうに。そしてシェラの白い頬をつたっていく涙を、そっと優しく、指で丁寧に拭ってくれる。でもその優しさが、今のシェラにとっては苦しくてたまらなかった。
スッとかぶりを振ってその優しい手を避ける。華奢な身体とともに長く美しい黒髪が揺れ、涙がほろほろと空に舞った。
「優しくなんて、しないでいいの……。最初に紋章つけられたとき……あのまま、わたしが死んでればよかったんだ。そうすれば、みんなもこんなことしなくてよかった……みんなも、怪我なんかしなかった……」
優しくされて、こわかった。もういっぱいいっぱいだった。
自分のせいで、こんなことになってる、この事実の大きさに耐えられない。
「わたし、わたし……もう、やだ……いやなの……。こわいの……。傷つくのも、大好きなみんなが、傷つけられるのも……、させたくないことさせるのも……!」
息が上がっていく。紋章の力が、ますます強くなって、息が苦しくて、体が上手く動かない。
「こんなこと、無理にさせるのもいや……いやなの……イグにいに、へんな、こと、させたくない……っ!!」
「落ち着けって!」
「やめて!!」
再びイグニスが肩に手を置くが、シェラは身をよじって振り払った。
「こんな風に、優しくされる資格なんかない。皆、怪我して、傷ついて。わたしが、いなければ、こんなことには――」
『――あたしね、あなたを産んで一度もよかったって思ったことなかった。』
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「わたしなんて、もう、死んじゃったほうがいい!」
思わずそう叫べば、ぐっとものすごい力で両肩を掴まれる。
「シェラ」
「!」
イグニスは今までシェラが見たことがない顔をしていた。いつも快活で明るい金色の瞳は陰り、唇は強く引き結ばれて震えている。
怒っている――? ううん、悲しんでる……? ちょっと、違う。
「シェラ……。頼む、……頼むから、そんなこと言わないでくれ」
その顔は、ひどく傷ついていた。
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