【後日談有り】わたしを孕ませてください! ー白の令嬢は、黒の当主の掌で愛に堕ちるー

さわらにたの

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「ねえねえ、ノルン。このページを見て? ここの魔術式の書き方、まるで詩のようだわ。黒魔術ってとってもしゃれているのね」
「そうですね。この形式は韻の踏み方にも注目していただくと面白いですよ」
「そう、なの……? あっ、古代式と近代式を組み合わせているのね!」

 書庫の高い天井に響くシアの嬉しそうな声に、ノルンが静かに笑う。
 だが――その穏やかな時間は、唐突に破られた。

「! シア様!」
「ノルン!!」

 気配を察知したノルンが、シアを庇うように突き飛ばす。
 書庫の大きな窓が砕ける音とともに、空間を裂いて黒い帯のような魔術が飛び込んできた。風のように鋭く、黒い蛇のように蠢くその魔力の触手は、何の前触れもなくシアを庇ったノルンの身体を巻き取った。
 
「ノルン!!」

 床に倒れ込んだシアの悲痛な声が響く。

「シア、さま……にげ、て」

 書庫に響くのは、ノルンの押し殺した吐息と、結界を破って現れた侵入者たちの雑な足音。野党めいた薄汚れた格好をした男たちが窓から数名飛び込んでくる。砕けたガラスを踏む音がパキリ、パキリ、と固く響いた。
 
「庇い立てするか、侍女。こいつは白だぜ?」
「王命とはいえ、黒の地に白はいらねぇんだよなぁ」
「白は死ね! お前を殺して、黒と白の開戦の狼煙にしてやる」

 男の一人が低い声で言い放ち、シアにナイフを向けてくる。
 シアの細い喉が小さく震えた。間近で突然向けられた悪意に全身がこわばるが、シアはこんなことではくじけない。
 ブランチェスカにいた時でも、悪意ある存在は常に近くにいた。自分の身は、自分で守らなければならないのだ。

(考えなさい、シア。……ノルンも、私も、助かる方法を)

 じりじりとにらみ合う。相手も白魔術師に対しての警戒があるのだろう。けれど、男たちの目にはどこかシアに対するあなどりを感じる。
 シア自身、自分がひどく弱そうな見た目をしていることは自覚している。
 虫も殺せないような儚く見える外見だ、と自分で知っていることが今の彼女の強みだった。

「ノ、ノルンを離して! お願い!」

 ノルンの名を呼びながら、男たちを見上げる。
 できるだけ声を震わせて。悲しげに、怯えた雰囲気で。
 こいつにはなにもできない無力な令嬢だ、と思わせるように。

「お願い……彼女は黒の人よ! あなたたちと同じ……だから」

 シアの瞳に涙が浮かぶ。
 しかしそれは決して演技ではなかった。ノルンを守れなかった自分への悔しさ、そして男たちへの怒り。
 けれどほろほろとこぼれるその涙に、勝手にシアの無力感を見たのだろう。
 男たちは完全に誤解したようだった。
 おねがい、としゃくりを上げるようにしながら自然にうつむき、シアはこっそりと大魔術の詠唱を始める。

「……わ、わたしのことは……好きにしていいから……。ノルンを傷つけないで……解放、して」

 細い肩を震わせて涙をこぼす。
 まるでかよわい小動物のように。
 シアはその胸の奥にある強い意志を隠して男たちを見上げた。
 ノルンを締め付けている黒魔術の帯が、かすかにゆるくなったのがわかる。人質を取らなくても、シアを殺せる、もしくは拉致できると思ったのだろう。
 
 目線がノルンと合う。
 かすかにうなずくと、シアの意図を悟ったのかノルンの目が一度ぱちりと大きく瞬いた。
 男たちの注意が自分へ向くのを感じながら、シアは静かに唇を動かした。
 声にならないほど小さく、誰にも気づかれぬように白魔術の詠唱を編む。
 
 書庫でここ数週間、本を読んで学んだことがある。
 それは黒魔術と白魔術は詠唱や術に使われている言語が違うということだ。
 どちらもラグーノ王国の古語が使われているが、別の時代の別の古語。白魔術の詠唱を聞いても黒魔術師にはわからないし、反対にシアにも黒魔術師の詠唱はわからない。
 そしてそれは、今、大きな利点となる。

「へえ、好きにして、いいんだな?」

 男たちの下品な視線と声に、コクンと小さく震えながら頷く。
 そして恐怖にうつむいたふりをして、息を殺しながら口の中で一気に詠唱を紡いだ。
 黒衣の男たちが一歩踏み出す。そのうちの一人がシアに手を伸ばし、そのうすい肩を乱暴につかんで無理やり引き寄せた。
 シアの顔が痛みに歪み、そして口が引き結ばれる。

(今だわ!)

 力を、一気に開放する。


 その瞬間。
 ぱぁん、と乾いた音が空間を裂いた。


「ノルンを離しなさい!!」

 それは、まばゆい光の爆ぜる音。
 彼女の身体の奥底からあふれ出した純白の魔力が、突き上げるように天井を照らして、広がっていく。
 そして勢いよく空間を満たして、再び、巨大な音を立てて爆ぜた。

 
「うわぁああああ!!」
 
 男たちが床に崩れ落ちる。
 反撃の隙すら与えられず意識を手放す彼らの上で、シアは胸を抑えながら、男に掴まれた肩を軽く払った。
 光魔法。白魔術は癒しの術が広く知られているが、戦えないわけではない。特にシアは癒しの術よりも攻撃の光魔法の方が得意だった。
 

「シア様!」
「ノルン!!」

 強い光の余韻が書庫を包み込む中、シアは書庫の床に崩れ落ちるようにして座り込んだ。一気に大魔法を放った反動で、頭が締め付けられるように痛む。
 男たちの魔術の束縛から解き放たれたノルンが駆け寄り、シアの華奢な身体を抱きしめた。

「シア様! しっかりなさってください!」
「ノルン……、無事? ごめんなさい、わたしのせいで……血が出てるわ」
「先にシア様のお手当てを、」
「いいの。わたしは大丈夫だから」

 自分の胸を片手で押さえつつ、もう一方の手でシアはノルンの身体にそっと触れる。柔らかな癒しの白い光が、ノルンの破れた袖口と皮膚の傷を優しく包んだ。

「ごめん、なさい、わたしあんまり癒しは得意じゃなくて……時間が、かかるかも」
「シア様! ご無理は」
「よかった……。あなたに何かあったら、どうしようかと……」

 シアの手から注がれる淡い光が、ノルンの傷口を静かに塞いでいく。
 ホッと安堵の息を吐いたシアの目に涙が浮かぶ。
 そしてゆっくりとその身体が傾いだ。
 シア様、とノルンの呼ぶ声が遠くなっていく。

(だめ、意識を保たないと……ノルンが、しんぱい、しちゃう)

 自分の身体が傾いだのをシアは感じたが、そのまま意識はふつりと途絶えてしまった。

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