【後日談有り】わたしを孕ませてください! ー白の令嬢は、黒の当主の掌で愛に堕ちるー

さわらにたの

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 ――今、王は何と言った。
 婚姻を、解消? 意味がわからなかった。言葉が自分の中に入ってこない。

「陛下、理由をうかがってもよろしいでしょうか」

 シアがぼうっとしている間に、エルナドが静かに言葉を紡いだ。
 彼はいつも通りに見えたけれど、隣にいるシアにはエルナドの緊張と動揺がしっかりと伝わっていた。かすかにその声は震え、冷えている。
 ヴィンスフェルトは、まるで、エルナドとシアの全てを見透かすようにフッと笑った。そして存外に気安い様子で肩をすくめる。

「だってさ、なかなか子供出来ないじゃん? やっぱりこの結婚、嫌だったんだろうなーーって思ってさ。だからね、シアちゃんには別の相手と結婚してもらおうと思ったんだ。エルナドくんと離縁して、黒のラック家、アルバートくんのところに行ってもらおうと思ってるんだよねぇ」
「アルバート、様……」

 ラック家。黒の三大名家のひとつ、たしか商売を広くやっている家だと聞いたことがある。そう名を口にすると、じわじわとシアの体に実感が押し寄せてきた。
 エルナド様と離縁して、別の方と結婚する、そして子を成す。
 つまり――あの行為を、別の男とするのだ。
 確かに、子を成せとの王命を受け、数ヶ月。成せていないのだから、こう言われても仕方がないのかもしれない――でも。

(絶対に、いや……)

 絶対王の言葉に逆らってはいけない。彼の言葉は、ラグーノの掟。
 そう分かっているはずなのに、シアの頭に浮かんだのは明確な否定の言葉だった。最初に、「婚姻し、子を成せ」と言われた時には何とも思わなかったのに。むしろ方法などわからないけれど、服を脱いで、とりあえず相手におまかせすればいいわ、なんて、そんな呑気なことを思って、白と黒の融和の役に立てたら、と思っていたのに。
 今は、身体の震えが止まらない。
 夜、言葉を交わして、触れあって、身体を寄せ合って、内側を辿られて。
 もう、わかってしまった。
 エルナド様以外に、触れられたくない。

「……陛下、アルバート様は既婚者です」
 
 シアを庇うようにして、半歩前に出たエルナドが静かに王を見据える。

「うんうん、でもさ別にウチの国、奧さんひとりだけ、なんて決まりもないよ」
「私以上に年齢差がありますが」
「別にいいだろう、それくらい。せいぜい二十くらいじゃなかったっけ? あれ、三十? 四十?」
「二十五歳差です、陛下」

 あまりにも何でもないような呑気な口調で語る王と、硬く張り詰めた声のエルナド。
 当事者であるはずなのに、目の前の会話がシアの耳を通り抜けていく。

「二十五? そんなに違わないじゃん」
「そのようなことは」
「――へえ。ずいぶんつっかかるね、エルナドくん? きみ、あんなに結婚嫌がってたのにどうして? 『ニグラードの悲劇』があったきみにとって、この離縁は嬉しいんじゃないの?」

 王の言葉に、シアは今度こそ目を丸くした。
 『ニグラードの悲劇』。聞いたこともない言葉だ。

「あの……陛下、『ニグラードの悲劇』って……いったい?」

 シアの言葉に、玉座に座るヴィンスフェルトはかすかに首を振った。

「そうだね、シアちゃんは知らないよね。まだ二十だもの」

 王は、少しだけ声の調子を落として続ける。

「今から約二十年前。この国で“ニグラードの悲劇”と呼ばれている不幸な事故があった。そこのエルナドくんの御両親が亡くなった事故だ」
「……」

 エルナドは何も言わず黙っていた。
 早くに亡くなっているとは思っていたけれど、そんなに早くに事故で。館でも聞けなかった前当主たちの話に、シアは胸元を手で押さえる。
 しかし、その内容を聞いて、その胸の痛みは別の痛みに変わった。

「エルナドくんのお母さん、セルベラちゃんは有名な黒の薬師でね。白側が声をかけて癒術の参考にって夫婦で学会に呼ばれることになったんだ。黒魔術の薬師と白魔術の癒術が協力するなんて、みんなとっても楽しみにしてたんだけど……。その白の学会の用意したニグラード夫婦の乾杯の飲み物に、「なぜか」混ざり合うと毒になるものが入っていた」
「!!」

 そんな「なぜか」などあるわけない。
 手で口元を覆って愕然とするシアに、ヴィンスフェルトは静かに頷いた。

「今の白と黒の対立のきっかけにもなった”事故”だよ。誰が何をしたかなんて明らかだけれど……物的証拠は乏しくて、白側の関与は立証されなかった。単体でみればそれぞれの液体は無毒だ、だから不幸な事故だってね」

 シアは、自分の心がじわりと冷たくなっていくのを感じる。
 ――こんなこと、知らなかった。
 目の奥が熱くなる。胸の奥でなにかが軋んでいた。
 夜を、昼を、彼と共に過ごし、はっきりとは言葉にしなくても心が通じ合ったような気がしていた。
 何となくだけれど距離が縮まってきていると勝手に思っていた。
 でも違っていたのだ。
 それはただ白を憎みながら、それでもシアを慈しんでくれるエルナドの優しい努力の上に成り立っていただけ。

「エルナド、さま……本当、なのですか?」
「……ああ」

 隣でうつむいているエルナドは、今まで見たこともないほどに昏い目をしていた。
 ただただ、シアの心は押し潰されていく。
 エルナドとシアの足元には、ずっと埋まるはずもない深い溝があったのだ。
 
 エルナド様と離れたくないと強く思う。
 別の人になど、絶対に抱かれたくないとも思う。
 でも、それは自分の気持ち。この王の提案は、エルナド様のためを思うなら、受け入れるべきなんじゃないか――。
 シアの中でその想いはどんどん膨らんでいく。
 唇を噛みしめる。身体の震えは止まらなかったけれど、なんとか顔を上げた。

「わかりました、陛下。わたし、アルバート様のところに嫁ぎます。王命に従い、ちゃんと子を成します――白と黒の平和のために」
「っ!」

 必死に絞り出した声は、自分の声とは思えないくらい震えていた。
 隣のエルナドが息をのんだのがわかる。玉座の王はにこにこと笑ったまま頷いた。

「うんうん、よかった、じゃあそういうことで。書類を……、うーんちょっとまって」

 傍に控える黒騎士に何か声をかけて、ヴィンスフェルトは立ち上がる。

「――ふたりとも、ひどい顔だよ。ちょっと落ち着くための時間をあげるからゆっくりしておいで。夫婦の最後の時間を、ね」

 朗らかなよく通る声が、心に刺さる。
 気を抜くと涙がこぼれそうになり、シアは懸命に奥歯をかみしめて耐えながら拝礼した。

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