73 / 94
エピローグ/後日談
27:つなぐ未来に①
しおりを挟む
夜と朝の境を越えるように、書庫の大きな窓から藍色の光が差し込んでいる。鈍いその明かりは、書庫の隅に立つエルナドをゆっくりと照らし、床に影を伸ばしていた。
朝五つの鐘が鳴る。早朝のニグラードの屋敷の中、まだ人の気配は薄い。
数週間前から、エルナドはほぼ毎日こうして隠し棚に置いた本をこっそり繰っている。
名誉のために断っておくが、破廉恥な本ではなく、きわめて真面目な研究書や歴史書である。
この本にも、記されていなかった。
手にしていた分厚い本を閉じ、かすかに息を吐くとエルナドは眉間を抑えた。
黒い寝衣の上にさらりと羽織った淡いグレーのストールが広い肩に流れている。整えられた長い黒髪は緩く束ねただけで肩から流しており、その眼差しは疲れているようでどこか鋭くもあった。
エルナドが調べているのは、白と黒の間に“子”が生まれた例――その極めて少ない記録だ。
結婚して一年を優に越えても、シアが子を孕む気配はなかった。
■
結婚してから、王命などで例外はあれど、愛を惜しんだ夜はない。それでも、エルナドとシアの間には、一年を越えても子が授からなかった。
この体はすでに彼女無しでは生きていけない。手のひらにふれる彼女の肌、そして耳に溶けるような甘い声――思い出そうとしなくても、自然とその痴態が浮かんできてしまうほどには、身体を合わせ思いを告げ合っているとは思う。
『ああ、エル、っあいして、るわ……っ、来て、もっと、奧、おく、穿って……っ』
興奮に酔うと、普段鈴を転がすような愛らしいシアの声は、どんどん濡れて甘くなる。寝台にプラチナブロンドの髪をふわりとひろげ、浅い息と蜜のような声を口から漏らしながら、シアはいつもエルナドにまっすぐに手をのべて甘えてくるのだ。感じやすい濡れた入り口はいつも蜜でしとどに蕩け、指での愛撫では物足りないとわめくようにヒクつく。
『……っ、エルっ!!! あ、あぁもうっ、焦らさないでっ、ねえ』
入口に切っ先を当て、ツンツンと突くように焦らせば、あぁあ、と身もだえしてシアはいつも紫水晶のような瞳からほろほろと涙をこぼすのだ。焦らさないで、いじわる、ばか、おねがい、とシアに言われると何とも言えない快感と刺激が自分の中に芽生えてしまう。
自分は良識的な、どちらかというと性に淡泊な人間だと思っていたのだが、シアを相手にすると、どうにも調子がおかしくなってしまう。拗ねて涙を浮かべるシアを可愛いと思うし、それ以上に自分を強請るあの仕草がたまらないのだ。愛らしく、可憐で、妖精のように美しいのに、女として艶やかでみだらな一面も持つ。こんなに魅力的な女性は、断言できる、他にいないだろう。触れあう汗ばんだ肌。自分の頬に小さな白い手があてられ、そのまま重ねる唇、溶け合う呼吸――までを思い出し、エルナドは深く息を吐いた。朝から考えることではない。
子が出来ない原因は明らかだった。
常識を一切教えられずにブランチェスカで閉ざされて育ってきたシアは知らないのだろうが、エルナドもシアも「魔力過多」だからだろう。
魔導の名家において、魔力が強すぎるがゆえに子ができにくいのは常識的な話だった。だからこそこの魔導王国・ラグーノでは一夫多妻の制度が長らく許されてきた。強い魔術師であればあるほど複数の妻がいないと子孫が繋げないのだ。正妻として良家の女を「妻」として娶り、傍女や愛人として子を孕みやすい魔力の少ない女を囲って”対策”する。かつてはそうしていた――と文献や記録にはあった。
エルナドの父・ベルナルドも魔力過多だったが、多くの子を一族に望まれながら、母・セルベラだけを深く愛し、子は自分だけだった。自分もシア以外の女を抱く気はない。子は、そのうちいつかできればいい、と思っていたエルナドだったが、実際シアとエルナドにはその「魔力過多」の問題の上に「白と黒という違い」ものしかかってくる。確かになにがしか対策を講じなければ子ができないのかもしれない、と思い始めてはいた。
しかし、こうして早朝、数時間書庫に籠る程度に考え調べ始めたのは、「できない」という事実がシアを深く傷つけているという侍女長のノルンと薬師のルーからの報告が上がったからである。
『本当に、ニグラードの家に……エルに、申し訳がないの。わたしの身体が未熟だからじゃないかしら、だから実を結ばないのよ』
ある夜、薬師としての研究所につめているルーの前にきて、シアはそう言って泣いて、何かいい薬はないの、と縋ったのだという。薬などもってのほかです、薬湯で身体をあたためて、と型通りの対応をするルーにシアは泣き続け、あまりにも泣き止まないのでなぐさめきれないルーはノルンを呼び、シアはそのままふたりに『子が産めないなんて、妻失格だわ』といって泣き崩れたらしい。
さすがに坊ちゃんに黙っているわけには、と報告を受けエルナドは言葉を失ったのだ。
シアがそんなに悩んでいるなどと思わなかった。自分の前では一切そんな顔を見せなかったから。
明るく、前を向き、いつだって朗らか。子供のことを互いに考えているとは思っていたけれど、まさかそこまで深く考え込んでいたとは。
『……シアに魔力過多と”対策”の話をしたか?』
自分の言葉にノルンもルーもサッとためらいなく首を振って否定した。
「奥様の性格上、お知りになれば身を引くとおっしゃいかねませんので話しておりません。知らなくてもいい事が世の中にはありますので」
「右に同じく」
ノルンとルーは聡い。その言葉に感謝しながら、エルナドは頷いたのだ。
朝五つの鐘が鳴る。早朝のニグラードの屋敷の中、まだ人の気配は薄い。
数週間前から、エルナドはほぼ毎日こうして隠し棚に置いた本をこっそり繰っている。
名誉のために断っておくが、破廉恥な本ではなく、きわめて真面目な研究書や歴史書である。
この本にも、記されていなかった。
手にしていた分厚い本を閉じ、かすかに息を吐くとエルナドは眉間を抑えた。
黒い寝衣の上にさらりと羽織った淡いグレーのストールが広い肩に流れている。整えられた長い黒髪は緩く束ねただけで肩から流しており、その眼差しは疲れているようでどこか鋭くもあった。
エルナドが調べているのは、白と黒の間に“子”が生まれた例――その極めて少ない記録だ。
結婚して一年を優に越えても、シアが子を孕む気配はなかった。
■
結婚してから、王命などで例外はあれど、愛を惜しんだ夜はない。それでも、エルナドとシアの間には、一年を越えても子が授からなかった。
この体はすでに彼女無しでは生きていけない。手のひらにふれる彼女の肌、そして耳に溶けるような甘い声――思い出そうとしなくても、自然とその痴態が浮かんできてしまうほどには、身体を合わせ思いを告げ合っているとは思う。
『ああ、エル、っあいして、るわ……っ、来て、もっと、奧、おく、穿って……っ』
興奮に酔うと、普段鈴を転がすような愛らしいシアの声は、どんどん濡れて甘くなる。寝台にプラチナブロンドの髪をふわりとひろげ、浅い息と蜜のような声を口から漏らしながら、シアはいつもエルナドにまっすぐに手をのべて甘えてくるのだ。感じやすい濡れた入り口はいつも蜜でしとどに蕩け、指での愛撫では物足りないとわめくようにヒクつく。
『……っ、エルっ!!! あ、あぁもうっ、焦らさないでっ、ねえ』
入口に切っ先を当て、ツンツンと突くように焦らせば、あぁあ、と身もだえしてシアはいつも紫水晶のような瞳からほろほろと涙をこぼすのだ。焦らさないで、いじわる、ばか、おねがい、とシアに言われると何とも言えない快感と刺激が自分の中に芽生えてしまう。
自分は良識的な、どちらかというと性に淡泊な人間だと思っていたのだが、シアを相手にすると、どうにも調子がおかしくなってしまう。拗ねて涙を浮かべるシアを可愛いと思うし、それ以上に自分を強請るあの仕草がたまらないのだ。愛らしく、可憐で、妖精のように美しいのに、女として艶やかでみだらな一面も持つ。こんなに魅力的な女性は、断言できる、他にいないだろう。触れあう汗ばんだ肌。自分の頬に小さな白い手があてられ、そのまま重ねる唇、溶け合う呼吸――までを思い出し、エルナドは深く息を吐いた。朝から考えることではない。
子が出来ない原因は明らかだった。
常識を一切教えられずにブランチェスカで閉ざされて育ってきたシアは知らないのだろうが、エルナドもシアも「魔力過多」だからだろう。
魔導の名家において、魔力が強すぎるがゆえに子ができにくいのは常識的な話だった。だからこそこの魔導王国・ラグーノでは一夫多妻の制度が長らく許されてきた。強い魔術師であればあるほど複数の妻がいないと子孫が繋げないのだ。正妻として良家の女を「妻」として娶り、傍女や愛人として子を孕みやすい魔力の少ない女を囲って”対策”する。かつてはそうしていた――と文献や記録にはあった。
エルナドの父・ベルナルドも魔力過多だったが、多くの子を一族に望まれながら、母・セルベラだけを深く愛し、子は自分だけだった。自分もシア以外の女を抱く気はない。子は、そのうちいつかできればいい、と思っていたエルナドだったが、実際シアとエルナドにはその「魔力過多」の問題の上に「白と黒という違い」ものしかかってくる。確かになにがしか対策を講じなければ子ができないのかもしれない、と思い始めてはいた。
しかし、こうして早朝、数時間書庫に籠る程度に考え調べ始めたのは、「できない」という事実がシアを深く傷つけているという侍女長のノルンと薬師のルーからの報告が上がったからである。
『本当に、ニグラードの家に……エルに、申し訳がないの。わたしの身体が未熟だからじゃないかしら、だから実を結ばないのよ』
ある夜、薬師としての研究所につめているルーの前にきて、シアはそう言って泣いて、何かいい薬はないの、と縋ったのだという。薬などもってのほかです、薬湯で身体をあたためて、と型通りの対応をするルーにシアは泣き続け、あまりにも泣き止まないのでなぐさめきれないルーはノルンを呼び、シアはそのままふたりに『子が産めないなんて、妻失格だわ』といって泣き崩れたらしい。
さすがに坊ちゃんに黙っているわけには、と報告を受けエルナドは言葉を失ったのだ。
シアがそんなに悩んでいるなどと思わなかった。自分の前では一切そんな顔を見せなかったから。
明るく、前を向き、いつだって朗らか。子供のことを互いに考えているとは思っていたけれど、まさかそこまで深く考え込んでいたとは。
『……シアに魔力過多と”対策”の話をしたか?』
自分の言葉にノルンもルーもサッとためらいなく首を振って否定した。
「奥様の性格上、お知りになれば身を引くとおっしゃいかねませんので話しておりません。知らなくてもいい事が世の中にはありますので」
「右に同じく」
ノルンとルーは聡い。その言葉に感謝しながら、エルナドは頷いたのだ。
51
あなたにおすすめの小説
ヤンデレ王子を闇落ちから救ったら愛執まみれの独占欲に囚われました
大江戸ウメコ
恋愛
幼い頃に精霊の祝福である未来視の力が開花し、「夫である第二王子ナハルドに殺される」という己の運命を知った伯爵令嬢ツィーラ。この悲惨な未来を変えるべく、ツィーラは彼を避けようとしたが、ひょんなことから婚約者に選ばれてしまった! ならば、ナハルドが将来闇落ちしないよう、側で彼を支えることを決意する。そんな努力の甲斐あって、ツィーラへの好意を隠さず伝えてくるほど、ナハルドとの関係は良好になった。だけど、彼の並々ならぬ執着心のすべてを、ツィーラはまだ知らなくて――
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
愛されないと吹っ切れたら騎士の旦那様が豹変しました
蜂蜜あやね
恋愛
隣国オデッセアから嫁いできたマリーは次期公爵レオンの妻となる。初夜は真っ暗闇の中で。
そしてその初夜以降レオンはマリーを1年半もの長い間抱くこともしなかった。
どんなに求めても無視され続ける日々についにマリーの糸はプツリと切れる。
離縁するならレオンの方から、私の方からは離縁は絶対にしない。負けたくない!
夫を諦めて吹っ切れた妻と妻のもう一つの姿に惹かれていく夫の遠回り恋愛(結婚)ストーリー
※本作には、性的行為やそれに準ずる描写、ならびに一部に性加害的・非合意的と受け取れる表現が含まれます。苦手な方はご注意ください。
※ムーンライトノベルズでも投稿している同一作品です。
彼の巨大な体に覆われ、満たされ、貪られた——一晩中
桜井ベアトリクス
恋愛
妹を救出するため、一ヶ月かけて死の山脈を越え、影の沼地を泳ぎ、マンティコアとポーカー勝負までした私、ローズ。
やっと辿り着いた先で見たのは——フェイ王の膝の上で甘える妹の姿。
「助けなんていらないわよ?」
は?
しかも運命の光が私と巨漢戦士マキシマスの間で光って、「お前は俺のものだ」宣言。
「片手だけなら……」そう妥協したのに、ワイン一杯で理性が飛んだ。
彼の心臓の音を聞いた瞬間、私から飛びついて、その夜、彼のベッドで戦士のものになった。
賭けで買われた花街の娘、契約結婚のはずが孤高の皇太子に溺愛されています
青嵐澄
恋愛
「そなたを愛することはない」
初夜の段階にすら至らぬうちに、皇太子からそう宣告された。
神の悪戯によって異世界へ転移し、花街へと売られ妓女となった橘小満(たちばな みつる)。
絶望的な状況の彼女を買い取った皇太子・言蹊(エンシ)との、一年限定の契約結婚生活が始まる。
しかし、「私の子を孕め。そうすれば、傍に繋ぎ止めておける」
名ばかりの結婚のはずが、一体どうしてこうなった!?
※他サイトにも掲載しています。
巨乳令嬢は男装して騎士団に入隊するけど、何故か騎士団長に目をつけられた
狭山雪菜
恋愛
ラクマ王国は昔から貴族以上の18歳から20歳までの子息に騎士団に短期入団する事を義務付けている
いつしか時の流れが次第に短期入団を終わらせれば、成人とみなされる事に変わっていった
そんなことで、我がサハラ男爵家も例外ではなく長男のマルキ・サハラも騎士団に入団する日が近づきみんな浮き立っていた
しかし、入団前日になり置き手紙ひとつ残し姿を消した長男に男爵家当主は苦悩の末、苦肉の策を家族に伝え他言無用で使用人にも箝口令を敷いた
当日入団したのは、男装した年子の妹、ハルキ・サハラだった
この作品は「小説家になろう」にも掲載しております。
幼馴染の勇者に「魔王を倒して帰ってきたら何でもしてあげる」と言った結果
景華
恋愛
平和な村で毎日を過ごす村娘ステラ。
ある日ステラの長年の想い人である幼馴染であるリードが勇者として選ばれ、聖女、女剣士、女魔術師と共に魔王討伐に向かうことになる。
「俺……ステラと離れたくない」
そんなリードに、ステラは思わずこう告げる。
「そうだ‼ リードが帰ってきたら、私がリードのお願い、一つだけなんでも叶えてあげる‼」
そんなとっさにステラから飛び出た約束を胸に、リードは村を旅立つ。
それから半年、毎日リードの無事を祈り続けるステラのもとに、リードの史上最速での魔王城攻略の知らせが届く。
勇者一行はこれからたくさんの祝勝パーティに参加した後、故郷に凱旋するというが、それと同時に、パーティメンバーである聖女と女剣士、そして女魔術師の話も耳にすることになる。
戦いの昂りを鎮める役割も担うという三人は、戦いの後全員が重婚の認められた勇者の嫁になるということを知ったステラは思いを諦めようとするが、突然現れたリードは彼女に『ステラの身体《約束のお願い》』を迫って来て──?
誰がどう見ても両片思いな二人がお願いをきっかけに結ばれるまで──。
男として王宮に仕えていた私、正体がバレた瞬間、冷酷宰相が豹変して溺愛してきました
春夜夢
恋愛
貧乏伯爵家の令嬢である私は、家を救うために男装して王宮に潜り込んだ。
名を「レオン」と偽り、文官見習いとして働く毎日。
誰よりも厳しく私を鍛えたのは、氷の宰相と呼ばれる男――ジークフリード。
ある日、ひょんなことから女であることがバレてしまった瞬間、
あの冷酷な宰相が……私を押し倒して言った。
「ずっと我慢していた。君が女じゃないと、自分に言い聞かせてきた」
「……もう限界だ」
私は知らなかった。
宰相は、私の正体を“最初から”見抜いていて――
ずっと、ずっと、私を手に入れる機会を待っていたことを。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる