46 / 50
エピローグ/後日談
12.お里帰りも楽じゃない!④
しおりを挟む
帝国の城門が見えた瞬間、胸が熱くなった。
懐かしい冷たい風の匂い。最初は怖かったこの色の薄い、高くそびえる石づくりの街並み。
その前にずらりと並ぶ、兵士や侍女たち。
彼らの間を、ゆっくりと馬車が進んでいく。
「皇后様! 皇后様がお戻りです!」
高らかな声が上がったのを皮切りに、あたたかい拍手と歓声が響いた。
ああ、わたし……なんかちょっと、涙ぐんじゃう。
正直まだちょっと恥ずかしいけれど、馬車の窓から手を振るとみんなが嬉しそうに応えてくれる。
嬉しいな……ここに、「かえって」きていいんだ。
扉が開くと、まず先に飛び込んできたのは、見慣れたふわふわの薄茶の髪――
「キーラ姉さまぁぁぁ……!」
「シュリちゃんっ!」
シュリちゃんは、もう泣くのを我慢する気もなかったみたいだった。
目尻を真っ赤にして、頬をぷくっと膨らませて、わたしにしがみつく。
「さみしかったですわ! 姉さまのいない毎日は本当にいやでしたのよ!!」
「ふふ……ごめんね、急に長引いちゃって」
「そうですわ!! わたくし、1週間はいい子にしてましたのよ?」
ねえ、と後ろにいるスオウさんに同意を求めるシュリちゃん。そうですね、最初の一週間は、という感じでこくりと頷くスオウさんはこの数週間でちょっとやつれたような気がする。―――わ、わたしのせい??
わたしは彼女の頭をなでながら、そっと耳元で囁いた。
「ちゃんとね、シュリちゃんのブローチ、渡したからね」
「ありがとうございます、姉さま!」
「すごく喜んでたよ」
「……よかったですわ。でもわたくし、姉さまの無事をずっと祈っていましたのよ」
子供みたいに泣いて笑うシュリちゃんを抱きしめながら、やさしい温度が胸に広がっていく。
こんなに誰かに待ってもらえるなんて。……こんなにも、帰る場所があるって、幸せなことなんだなって。
シュリちゃんと並んで歩きだす。微笑ましいわたしたちの光景に周囲から笑みが漏れていた。
■
城内へ戻り、しばらくしてから、わたしはエンジュの執務室へ通された。
扉を開けた瞬間、彼は立ち上がって、わたしをじっと見つめた。
空色の瞳が、わたしの姿を映す。
言葉はない。でも、そのまなざしだけで、すべてが伝わってくる。
「……ただいま、エンジュ。来てくれてありがとね」
「待っていた」
その一言が、胸の奥をふるわせた。
思わず駆け寄って飛びついてしまう。その腕もわたしの背中に回された。
「わたしも、会いたかったよ」
小さく呟くと、彼は何も言わず、ただそっとわたしの身体を強く抱きしめてくれる。
うっ、ちょっと痛い。でも――嬉しいな。
その手はいつも通り大きくて、あたたかくて。すべてを包んでくれるような安心がある。
……言葉は少なくても、ちゃんと伝わってる。
もうわかってる。エンジュに、わたしはしっかりと愛されているんだって。
そう思えた瞬間、心がほどけるようにゆるんだ。
「おかえり」
「うん……ただいま、エンジュ」
顎を上げられて、されるがままに瞳を閉じる。
重なる唇。
心の底から、幸せだった。
このまま抱き合って、ずっとずっと体温を分け合っていたかったけれど、皇帝陛下も皇后陛下も忙しい。
ほら、王国に「近衛兵」にふんして現れたエンジュ。
その時に仕事が相当に溜まったらしくて――。
結局エンジュに会えたのは、日付が変わろうとする真夜中だった。
わたしは寝台でうとうとしていたけれど、今夜は絶対に一緒に過ごしたかったから、な、なんとか頑張っていた。
部屋に入ってきたその気配で、寝台から起き上がる。
「キーラ、……起こしてしまったか」
「ううん、あのね、起きてようって思ったの」
ちょっと寝ぼけ眼、それに舌足らずになってしまう。
「久々の、あなたとの夜でしょう?」
そういえば、エンジュは優しく微笑んで寝台に上がって私の身体を抱きしめた。
ここは――わたしたち、ふたりだけの時間だ。
私を背後から抱きしめているエンジュ。なんだかエンジュの椅子にすわってるみたい。
「体は、もう大丈夫か?」
柔らかい灯火に照らされたエンジュの顔は、昼間よりもずっとやさしく見えた。
その瞳には、心配と、そして――ほっとしたような光が滲んでいた。
「うん。熱も下がったし、もうすっかり元気よ」
わたしがにこっと笑ってみせると、彼の表情がゆるんだ。
「……無理は、するな。君は――すぐに頑張りすぎるからな」
ぽつりと落とされたそのひと言が、どうしようもなく愛おしかった。
わたしのことを、こんなふうに気にかけてくれる人がいる。
大事に、想ってくれる人がいる。
こんな夜は、すこし、甘えてもいいよね。
「エンジュもよ?」
わたしはエンジュの腕の間から、彼の顔を見上げた。
くすりと笑い合うと、彼はふと小さな箱を取りだす。
丁寧に包まれたそれを取り出して、わたしの前に差し出した。
「……これを、お前に」
「……?」
「ずっと、迷っていたが渡そうと決めた。受け取ってほしい」
そっと包みを開けると、中には繊細な細工が施された髪飾りがある。
まるで雪の結晶のように白く磨かれ、中央には淡い空色の小さな石が埋め込まれていた。
「……これ、エンジュの……?」
「ああ、俺の瞳の色だ。……受け取って、くれるか?」
瞬間、胸の奥が、じわっとあたたかくなる。
「……そんなこと言われたら……もう……泣いちゃうじゃない」
「泣くほどの物じゃない。ただ、お前といつも一緒だとそう伝えたくて」
「……バカ」
涙がこぼれる前に、彼の胸に顔をうずめた。
嬉しい。こんなにも思ってくれること。そして――わたしも思っていること。
愛する人にこんなにも愛されていて、こんなにも幸せでいいのだろうか。
すぐに、大きな手が背中にまわってくる。
ぎゅうっと、強くてあたたかい腕の中。心がやわらかくほどけていく。
「ありがとう、エンジュ。すごく……うれしい」
「……俺もだ。お前がここにいてくれるだけで、救われる」
そうしてわたしたちは、しばらく無言のまま寄り添っていた。
静かな夜。外では、星が降るようにまたたいていた。けれど――わたしのいちばんの光は、今、目の前にいるこの人だ。
「ねえ、エンジュ」
「……ん?」
「わたし、わたしもね、あなたの帰る場所になりたいな」
彼は、少しだけ目を見開いて、それからふっと、静かに笑った。
「もう、なってる。とっくに」
そう言って、そっとわたしの額にくちづけた。
「キーラ。……お前は俺の全てだ」
その温もりは、永遠を願いたくなるほどにやさしかった。
■
ちょっとおまけっぽい話!
【「宝石の意味」】
朝の光が、そっとレースのカーテン越しに差し込んでくる。
帝国の空気はまだ少し冷たくて、わたしはぬくもりを求めて毛布にくるまりながらも、そっと手元を見た。
昨夜、エンジュがくれた髪飾り。
雪の結晶のような銀細工に、淡い空色の小さな宝石がはめこまれている。
彼の瞳と、同じ色。
寝起きのぼんやりした頭で、そっとそれを手に取り、髪に添えてみた。
しっくりくる。昨日の夜より、ずっとなじんでいる気がする。
――せっかくだから、今日つけていこう。
そう思って、丁寧に髪をまとめ、贈られた飾りを髪の片側にそっと留めた。
王宮の朝の回廊は、どこか静謐で、わたしの足音がやけに響く。
でも――今日はなんだか、ちょっと違った。
すれ違う侍女たちや兵士たちが、みんなわたしを見て、ふっと微笑むのだ。
「……?」
な、なにか変なこと、してる?
久しぶりだから? それともどこかが王国式になっちゃってる、とか???
身なりはきちんとしてるつもりだし……まさか、顔に寝ぐせでも……?
首をかしげながら応接間に入ると、そこには先に来ていたシュリちゃんが、にこにことわたしを出迎えてくれた。
「キーラ姉さま! 今日はまたいっそう素敵ですわ!」
「え、あ……ありがとう?」
「ふふっ、やっと兄さま、贈ったのね」
「……?」
シュリの言葉に、わたしはぽかんとしてしまった。
「なにを?」
「その髪飾りよ」
「!! えっ、ど、どうしてエンジュからってわかるの???」
わたしがそっと手を伸ばして、飾りに触れると――シュリちゃんは今日のソワソワの見事な種明かしをしてくれたのだった。
「それ、兄さまの瞳の色でしょう? 帝国では、恋する相手に自分の瞳の色の宝石を贈るの。『ずっと見ている、いつも想っている』っていう意味が込められていて、それを受け取って身に着けるのは――相手の永遠の愛を受け入れた証なんですの!!! ロマンチックでしょう???」
「……えっ……ええっ!?」
顔がかぁっと熱くなる。
「ま、待って……? ええ……それってもしかして、すごく有名?」
「もちろんですわ! 帝国では赤子でも知ってます」
赤子はいいすぎでしょ……と思ったけど今朝の皆さんの反応を見るにそう、なのかもしれないと思うほどだ。
そ、そんなこと、エンジュ……エンジュ本人からは、ひとことも……!
わたしが半ばパニックになって口ごもると、部屋の中の侍女たちや従者たちが、くすくすと肩を揺らしながら、それでもあたたかい目でわたしを見ていた。
ああ、みんな、知ってるんだ。
知ってて、にこにこしてたんだ……。
わたしも「皇帝の愛よ!! わたしも受け入れているのよ!!」ってアピールしてたの……。
恥ずかしいよ……。
「で、でも、じゃあ、えっと……こ、この国では、宝石を身に着けてる人は、みんなそうなの……?」
わたしが震える声で聞くと、シュリが微笑を浮かべながら首を振る。
「そういう場合が多い、ってだけですわ。もちろん、おしゃれや趣味で身に着ける方もいますもの。でも、贈り手の瞳の色だった場合は、まず間違いなく、そういう意味ですわね!それで相手がバレるときもありますし……」
おおういきなりゴシップっぽい話に!
「そ、そうなのね……ええと、王国では好きな色の宝石を身につけるのが普通だから、そんな深い意味はあんまりなくて」
「でも、帝国では――特に、自分の瞳の色を贈るのは特別なことですわ! 兄さまが準備してらしたのは知ってたのだけれど、全然兄さま、お渡しにならないから……。てっきり姉さまが恥ずかしがって付けていらっしゃらないのかしら、なんてみんなで噂していたのよ」
噂しないで!! はずかしくて埋まりたい。
エンジュ、そんなに想ってくれてたの……?
昨夜の静かな贈り物に、そんな意味が込められていたなんて――……でも、うれしい。
胸がふわっとあたたかくなる。
そっと手をのばして、髪飾りに指先を添えた。
エンジュの瞳は、わたしを想ってこの宝石を選んでくれた。
だからわたしも、誇らしくつけていよう。
何度でも、身につけよう。
「ふふっ……なんだか、顔がにやけちゃうなあ……」
思わず頬を押さえると、目の前のシュリちゃんも笑う。
帝国の朝。少しずつ、この場所がわたしの「家」になっていく。
■■■■
里帰り編・これにて了です!
明日は違うお話更新予定です
懐かしい冷たい風の匂い。最初は怖かったこの色の薄い、高くそびえる石づくりの街並み。
その前にずらりと並ぶ、兵士や侍女たち。
彼らの間を、ゆっくりと馬車が進んでいく。
「皇后様! 皇后様がお戻りです!」
高らかな声が上がったのを皮切りに、あたたかい拍手と歓声が響いた。
ああ、わたし……なんかちょっと、涙ぐんじゃう。
正直まだちょっと恥ずかしいけれど、馬車の窓から手を振るとみんなが嬉しそうに応えてくれる。
嬉しいな……ここに、「かえって」きていいんだ。
扉が開くと、まず先に飛び込んできたのは、見慣れたふわふわの薄茶の髪――
「キーラ姉さまぁぁぁ……!」
「シュリちゃんっ!」
シュリちゃんは、もう泣くのを我慢する気もなかったみたいだった。
目尻を真っ赤にして、頬をぷくっと膨らませて、わたしにしがみつく。
「さみしかったですわ! 姉さまのいない毎日は本当にいやでしたのよ!!」
「ふふ……ごめんね、急に長引いちゃって」
「そうですわ!! わたくし、1週間はいい子にしてましたのよ?」
ねえ、と後ろにいるスオウさんに同意を求めるシュリちゃん。そうですね、最初の一週間は、という感じでこくりと頷くスオウさんはこの数週間でちょっとやつれたような気がする。―――わ、わたしのせい??
わたしは彼女の頭をなでながら、そっと耳元で囁いた。
「ちゃんとね、シュリちゃんのブローチ、渡したからね」
「ありがとうございます、姉さま!」
「すごく喜んでたよ」
「……よかったですわ。でもわたくし、姉さまの無事をずっと祈っていましたのよ」
子供みたいに泣いて笑うシュリちゃんを抱きしめながら、やさしい温度が胸に広がっていく。
こんなに誰かに待ってもらえるなんて。……こんなにも、帰る場所があるって、幸せなことなんだなって。
シュリちゃんと並んで歩きだす。微笑ましいわたしたちの光景に周囲から笑みが漏れていた。
■
城内へ戻り、しばらくしてから、わたしはエンジュの執務室へ通された。
扉を開けた瞬間、彼は立ち上がって、わたしをじっと見つめた。
空色の瞳が、わたしの姿を映す。
言葉はない。でも、そのまなざしだけで、すべてが伝わってくる。
「……ただいま、エンジュ。来てくれてありがとね」
「待っていた」
その一言が、胸の奥をふるわせた。
思わず駆け寄って飛びついてしまう。その腕もわたしの背中に回された。
「わたしも、会いたかったよ」
小さく呟くと、彼は何も言わず、ただそっとわたしの身体を強く抱きしめてくれる。
うっ、ちょっと痛い。でも――嬉しいな。
その手はいつも通り大きくて、あたたかくて。すべてを包んでくれるような安心がある。
……言葉は少なくても、ちゃんと伝わってる。
もうわかってる。エンジュに、わたしはしっかりと愛されているんだって。
そう思えた瞬間、心がほどけるようにゆるんだ。
「おかえり」
「うん……ただいま、エンジュ」
顎を上げられて、されるがままに瞳を閉じる。
重なる唇。
心の底から、幸せだった。
このまま抱き合って、ずっとずっと体温を分け合っていたかったけれど、皇帝陛下も皇后陛下も忙しい。
ほら、王国に「近衛兵」にふんして現れたエンジュ。
その時に仕事が相当に溜まったらしくて――。
結局エンジュに会えたのは、日付が変わろうとする真夜中だった。
わたしは寝台でうとうとしていたけれど、今夜は絶対に一緒に過ごしたかったから、な、なんとか頑張っていた。
部屋に入ってきたその気配で、寝台から起き上がる。
「キーラ、……起こしてしまったか」
「ううん、あのね、起きてようって思ったの」
ちょっと寝ぼけ眼、それに舌足らずになってしまう。
「久々の、あなたとの夜でしょう?」
そういえば、エンジュは優しく微笑んで寝台に上がって私の身体を抱きしめた。
ここは――わたしたち、ふたりだけの時間だ。
私を背後から抱きしめているエンジュ。なんだかエンジュの椅子にすわってるみたい。
「体は、もう大丈夫か?」
柔らかい灯火に照らされたエンジュの顔は、昼間よりもずっとやさしく見えた。
その瞳には、心配と、そして――ほっとしたような光が滲んでいた。
「うん。熱も下がったし、もうすっかり元気よ」
わたしがにこっと笑ってみせると、彼の表情がゆるんだ。
「……無理は、するな。君は――すぐに頑張りすぎるからな」
ぽつりと落とされたそのひと言が、どうしようもなく愛おしかった。
わたしのことを、こんなふうに気にかけてくれる人がいる。
大事に、想ってくれる人がいる。
こんな夜は、すこし、甘えてもいいよね。
「エンジュもよ?」
わたしはエンジュの腕の間から、彼の顔を見上げた。
くすりと笑い合うと、彼はふと小さな箱を取りだす。
丁寧に包まれたそれを取り出して、わたしの前に差し出した。
「……これを、お前に」
「……?」
「ずっと、迷っていたが渡そうと決めた。受け取ってほしい」
そっと包みを開けると、中には繊細な細工が施された髪飾りがある。
まるで雪の結晶のように白く磨かれ、中央には淡い空色の小さな石が埋め込まれていた。
「……これ、エンジュの……?」
「ああ、俺の瞳の色だ。……受け取って、くれるか?」
瞬間、胸の奥が、じわっとあたたかくなる。
「……そんなこと言われたら……もう……泣いちゃうじゃない」
「泣くほどの物じゃない。ただ、お前といつも一緒だとそう伝えたくて」
「……バカ」
涙がこぼれる前に、彼の胸に顔をうずめた。
嬉しい。こんなにも思ってくれること。そして――わたしも思っていること。
愛する人にこんなにも愛されていて、こんなにも幸せでいいのだろうか。
すぐに、大きな手が背中にまわってくる。
ぎゅうっと、強くてあたたかい腕の中。心がやわらかくほどけていく。
「ありがとう、エンジュ。すごく……うれしい」
「……俺もだ。お前がここにいてくれるだけで、救われる」
そうしてわたしたちは、しばらく無言のまま寄り添っていた。
静かな夜。外では、星が降るようにまたたいていた。けれど――わたしのいちばんの光は、今、目の前にいるこの人だ。
「ねえ、エンジュ」
「……ん?」
「わたし、わたしもね、あなたの帰る場所になりたいな」
彼は、少しだけ目を見開いて、それからふっと、静かに笑った。
「もう、なってる。とっくに」
そう言って、そっとわたしの額にくちづけた。
「キーラ。……お前は俺の全てだ」
その温もりは、永遠を願いたくなるほどにやさしかった。
■
ちょっとおまけっぽい話!
【「宝石の意味」】
朝の光が、そっとレースのカーテン越しに差し込んでくる。
帝国の空気はまだ少し冷たくて、わたしはぬくもりを求めて毛布にくるまりながらも、そっと手元を見た。
昨夜、エンジュがくれた髪飾り。
雪の結晶のような銀細工に、淡い空色の小さな宝石がはめこまれている。
彼の瞳と、同じ色。
寝起きのぼんやりした頭で、そっとそれを手に取り、髪に添えてみた。
しっくりくる。昨日の夜より、ずっとなじんでいる気がする。
――せっかくだから、今日つけていこう。
そう思って、丁寧に髪をまとめ、贈られた飾りを髪の片側にそっと留めた。
王宮の朝の回廊は、どこか静謐で、わたしの足音がやけに響く。
でも――今日はなんだか、ちょっと違った。
すれ違う侍女たちや兵士たちが、みんなわたしを見て、ふっと微笑むのだ。
「……?」
な、なにか変なこと、してる?
久しぶりだから? それともどこかが王国式になっちゃってる、とか???
身なりはきちんとしてるつもりだし……まさか、顔に寝ぐせでも……?
首をかしげながら応接間に入ると、そこには先に来ていたシュリちゃんが、にこにことわたしを出迎えてくれた。
「キーラ姉さま! 今日はまたいっそう素敵ですわ!」
「え、あ……ありがとう?」
「ふふっ、やっと兄さま、贈ったのね」
「……?」
シュリの言葉に、わたしはぽかんとしてしまった。
「なにを?」
「その髪飾りよ」
「!! えっ、ど、どうしてエンジュからってわかるの???」
わたしがそっと手を伸ばして、飾りに触れると――シュリちゃんは今日のソワソワの見事な種明かしをしてくれたのだった。
「それ、兄さまの瞳の色でしょう? 帝国では、恋する相手に自分の瞳の色の宝石を贈るの。『ずっと見ている、いつも想っている』っていう意味が込められていて、それを受け取って身に着けるのは――相手の永遠の愛を受け入れた証なんですの!!! ロマンチックでしょう???」
「……えっ……ええっ!?」
顔がかぁっと熱くなる。
「ま、待って……? ええ……それってもしかして、すごく有名?」
「もちろんですわ! 帝国では赤子でも知ってます」
赤子はいいすぎでしょ……と思ったけど今朝の皆さんの反応を見るにそう、なのかもしれないと思うほどだ。
そ、そんなこと、エンジュ……エンジュ本人からは、ひとことも……!
わたしが半ばパニックになって口ごもると、部屋の中の侍女たちや従者たちが、くすくすと肩を揺らしながら、それでもあたたかい目でわたしを見ていた。
ああ、みんな、知ってるんだ。
知ってて、にこにこしてたんだ……。
わたしも「皇帝の愛よ!! わたしも受け入れているのよ!!」ってアピールしてたの……。
恥ずかしいよ……。
「で、でも、じゃあ、えっと……こ、この国では、宝石を身に着けてる人は、みんなそうなの……?」
わたしが震える声で聞くと、シュリが微笑を浮かべながら首を振る。
「そういう場合が多い、ってだけですわ。もちろん、おしゃれや趣味で身に着ける方もいますもの。でも、贈り手の瞳の色だった場合は、まず間違いなく、そういう意味ですわね!それで相手がバレるときもありますし……」
おおういきなりゴシップっぽい話に!
「そ、そうなのね……ええと、王国では好きな色の宝石を身につけるのが普通だから、そんな深い意味はあんまりなくて」
「でも、帝国では――特に、自分の瞳の色を贈るのは特別なことですわ! 兄さまが準備してらしたのは知ってたのだけれど、全然兄さま、お渡しにならないから……。てっきり姉さまが恥ずかしがって付けていらっしゃらないのかしら、なんてみんなで噂していたのよ」
噂しないで!! はずかしくて埋まりたい。
エンジュ、そんなに想ってくれてたの……?
昨夜の静かな贈り物に、そんな意味が込められていたなんて――……でも、うれしい。
胸がふわっとあたたかくなる。
そっと手をのばして、髪飾りに指先を添えた。
エンジュの瞳は、わたしを想ってこの宝石を選んでくれた。
だからわたしも、誇らしくつけていよう。
何度でも、身につけよう。
「ふふっ……なんだか、顔がにやけちゃうなあ……」
思わず頬を押さえると、目の前のシュリちゃんも笑う。
帝国の朝。少しずつ、この場所がわたしの「家」になっていく。
■■■■
里帰り編・これにて了です!
明日は違うお話更新予定です
36
あなたにおすすめの小説
ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。
猫屋敷 むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で――
私の願いは一瞬にして踏みにじられました。
母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、
婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。
「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」
まさか――あの優しい彼が?
そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。
子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。
でも、私には、味方など誰もいませんでした。
ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。
白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。
「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」
やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。
それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、
冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。
没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。
これは、ふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。
※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ
※ざまぁ要素あり。最後は甘く後味スッキリ
傷跡の聖女~武術皆無な公爵様が、私を世界で一番美しいと言ってくれます~
紅葉山参
恋愛
長きにわたる戦乱で、私は全てを捧げてきた。帝国最強と謳われた女傑、ルイジアナ。
しかし、私の身体には、その栄光の裏側にある凄惨な傷跡が残った。特に顔に残った大きな傷は、戦線の離脱を余儀なくさせ、私の心を深く閉ざした。もう誰も、私のような傷だらけの女を愛してなどくれないだろうと。
そんな私に与えられた新たな任務は、内政と魔術に優れる一方で、武術の才能だけがまるでダメなロキサーニ公爵の護衛だった。
優雅で気品のある彼は、私を見るたび、私の傷跡を恐れるどころか、まるで星屑のように尊いものだと語る。
「あなたの傷は、あなたが世界を救った証。私にとって、これほど美しいものは他にありません」
初めは信じられなかった。偽りの愛ではないかと疑い続けた。でも、公爵様の真摯な眼差し、不器用なほどの愛情、そして彼自身の秘められた孤独に触れるにつれて、私の凍てついた心は溶け始めていく。
これは、傷だらけの彼女と、武術とは無縁のあなたが織りなす、壮大な愛の物語。
真の強さと、真実の愛を見つける、異世界ロマンス。
落ちぶれて捨てられた侯爵令嬢は辺境伯に求愛される~今からは俺の溺愛ターンだから覚悟して~
しましまにゃんこ
恋愛
年若い辺境伯であるアレクシスは、大嫌いな第三王子ダマスから、自分の代わりに婚約破棄したセシルと新たに婚約を結ぶように頼まれる。実はセシルはアレクシスが長年恋焦がれていた令嬢で。アレクシスは突然のことにとまどいつつも、この機会を逃してたまるかとセシルとの婚約を引き受けることに。
とんとん拍子に話はまとまり、二人はロイター辺境で甘く穏やかな日々を過ごす。少しずつ距離は縮まるものの、時折どこか悲し気な表情を見せるセシルの様子が気になるアレクシス。
「セシルは絶対に俺が幸せにしてみせる!」
だがそんなある日、ダマスからセシルに王都に戻るようにと伝令が来て。セシルは一人王都へ旅立ってしまうのだった。
追いかけるアレクシスと頑なな態度を崩さないセシル。二人の恋の行方は?
すれ違いからの溺愛ハッピーエンドストーリーです。
小説家になろう、他サイトでも掲載しています。
麗しすぎるイラストは汐の音様からいただきました!
捨てられ令嬢は騎士団長に拾われ、いつのまにか国を救って溺愛されてました ~「地味で役立たず」と婚約破棄された私が、最強騎士様の唯一無二の光に
放浪人
恋愛
伯爵令嬢エレオノーラは、婚約者であるアルフォンス王子から「地味で役立たず」と罵られ、夜会の中、一方的に婚約破棄を告げられる。新たな婚約者として紹介されたのは、王子の寵愛を受ける派手好きな公爵令嬢だった。
絶望と屈辱の中、エレオノーラを庇ったのは、王宮騎士団長カイウス・ヴァレリアス。彼は冷静沈着で近寄りがたいと噂されるが、エレオノーラの隠れた才能と優しさを見抜いていた。
実家からも冷遇され、辺境の叔母の元へ身を寄せたエレオノーラは、そこで薬草の知識を活かし、村人たちの信頼を得ていく。偶然(?)辺境を訪れていたカイウスとの距離も縮まり、二人は次第に惹かれ合う。
しかし、元婚約者の横暴や隣国との戦争の危機が、二人の穏やかな日々を脅かす。エレオノーラはカイウスと共に困難に立ち向かい、その過程で自身の真の力に目覚めていく。
【完結】王城文官は恋に疎い
ふじの
恋愛
「かしこまりました。殿下の名誉を守ることも、文官の務めにございます!」
「「「……(違う。そうじゃない)」」」
日々流れ込む膨大な書類の間で、真面目すぎる文官・セリーヌ・アシュレイ。業務最優先の彼女の前に、学院時代の同級生である第三王子カインが恋を成就させるために頻繁に関わってくる。様々な誘いは、セリーヌにとっては当然業務上の要件。
カインの家族も黙っていない。王家一丸となり、カインとセリーヌをくっつけるための“大作戦”を展開。二人の距離はぐっと縮まり、カインの想いは、セリーヌに届いていく…のか?
【全20話+番外編4話】
※他サイト様でも掲載しています。
死亡予定の脇役令嬢に転生したら、断罪前に裏ルートで皇帝陛下に溺愛されました!?
六角
恋愛
「え、私が…断罪?処刑?――冗談じゃないわよっ!」
前世の記憶が蘇った瞬間、私、公爵令嬢スカーレットは理解した。
ここが乙女ゲームの世界で、自分がヒロインをいじめる典型的な悪役令嬢であり、婚約者のアルフォンス王太子に断罪される未来しかないことを!
その元凶であるアルフォンス王太子と聖女セレスティアは、今日も今日とて私の目の前で愛の劇場を繰り広げている。
「まあアルフォンス様! スカーレット様も本当は心優しい方のはずですわ。わたくしたちの真実の愛の力で彼女を正しい道に導いて差し上げましょう…!」
「ああセレスティア!君はなんて清らかなんだ!よし、我々の愛でスカーレットを更生させよう!」
(…………はぁ。茶番は他所でやってくれる?)
自分たちの恋路に酔いしれ、私を「救済すべき悪」と見なすめでたい頭の二人組。
あなたたちの自己満足のために私の首が飛んでたまるものですか!
絶望の淵でゲームの知識を総動員して見つけ出した唯一の活路。
それは血も涙もない「漆黒の皇帝」と万人に恐れられる若き皇帝ゼノン陛下に接触するという、あまりに危険な【裏ルート】だった。
「命惜しさにこの私に魂でも売りに来たか。愚かで滑稽で…そして実に唆る女だ、スカーレット」
氷の視線に射抜かれ覚悟を決めたその時。
冷酷非情なはずの皇帝陛下はなぜか私の悪あがきを心底面白そうに眺め、その美しい唇を歪めた。
「良いだろう。お前を私の『籠の中の真紅の鳥』として、この手ずから愛でてやろう」
その日から私の運命は激変!
「他の男にその瞳を向けるな。お前のすべては私のものだ」
皇帝陛下からの凄まじい独占欲と息もできないほどの甘い溺愛に、スカーレットの心臓は鳴りっぱなし!?
その頃、王宮では――。
「今頃スカーレットも一人寂しく己の罪を反省しているだろう」
「ええアルフォンス様。わたくしたちが彼女を温かく迎え入れてあげましょうね」
などと最高にズレた会話が繰り広げられていることを、彼らはまだ知らない。
悪役(笑)たちが壮大な勘違いをしている間に、最強の庇護者(皇帝陛下)からの溺愛ルート、確定です!
悪役令嬢、記憶をなくして辺境でカフェを開きます〜お忍びで通ってくる元婚約者の王子様、私はあなたのことなど知りません〜
咲月ねむと
恋愛
王子の婚約者だった公爵令嬢セレスティーナは、断罪イベントの最中、興奮のあまり階段から転げ落ち、頭を打ってしまう。目覚めた彼女は、なんと「悪役令嬢として生きてきた数年間」の記憶をすっぽりと失い、動物を愛する心優しくおっとりした本来の性格に戻っていた。
もはや王宮に居場所はないと、自ら婚約破棄を申し出て辺境の領地へ。そこで動物たちに異常に好かれる体質を活かし、もふもふの聖獣たちが集まるカフェを開店し、穏やかな日々を送り始める。
一方、セレスティーナの豹変ぶりが気になって仕方ない元婚約者の王子・アルフレッドは、身分を隠してお忍びでカフェを訪れる。別人になったかのような彼女に戸惑いながらも、次第に本当の彼女に惹かれていくが、セレスティーナは彼のことを全く覚えておらず…?
※これはかなり人を選ぶ作品です。
感想欄にもある通り、私自身も再度読み返してみて、皆様のおっしゃる通りもう少しプロットをしっかりしてればと。
それでも大丈夫って方は、ぜひ。
美形王子様が私を離してくれません!?虐げられた伯爵令嬢が前世の知識を使ってみんなを幸せにしようとしたら、溺愛の沼に嵌りました
葵 遥菜
恋愛
道端で急に前世を思い出した私はアイリーン・グレン。
前世は両親を亡くして児童養護施設で育った。だから、今世はたとえ伯爵家の本邸から距離のある「離れ」に住んでいても、両親が揃っていて、綺麗なお姉様もいてとっても幸せ!
だけど……そのぬりかべ、もとい厚化粧はなんですか? せっかくの美貌が台無しです。前世美容部員の名にかけて、そのぬりかべ、破壊させていただきます!
「女の子たちが幸せに笑ってくれるのが私の一番の幸せなの!」
ーーすると、家族が円満になっちゃった!? 美形王子様が迫ってきた!?
私はただ、この世界のすべての女性を幸せにしたかっただけなのにーー!
※約六万字で完結するので、長編というより中編です。
※他サイトにも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる