【完結】0日婚の白魔女皇后は呪いの冷酷帝に寵愛される

さわらにたの

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エピローグ/後日談

12.お里帰りも楽じゃない!④

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帝国の城門が見えた瞬間、胸が熱くなった。
懐かしい冷たい風の匂い。最初は怖かったこの色の薄い、高くそびえる石づくりの街並み。
その前にずらりと並ぶ、兵士や侍女たち。
彼らの間を、ゆっくりと馬車が進んでいく。

「皇后様! 皇后様がお戻りです!」

高らかな声が上がったのを皮切りに、あたたかい拍手と歓声が響いた。
ああ、わたし……なんかちょっと、涙ぐんじゃう。
正直まだちょっと恥ずかしいけれど、馬車の窓から手を振るとみんなが嬉しそうに応えてくれる。
嬉しいな……ここに、「かえって」きていいんだ。

扉が開くと、まず先に飛び込んできたのは、見慣れたふわふわの薄茶の髪――

「キーラ姉さまぁぁぁ……!」
「シュリちゃんっ!」

シュリちゃんは、もう泣くのを我慢する気もなかったみたいだった。
目尻を真っ赤にして、頬をぷくっと膨らませて、わたしにしがみつく。

「さみしかったですわ! 姉さまのいない毎日は本当にいやでしたのよ!!」
「ふふ……ごめんね、急に長引いちゃって」
「そうですわ!! わたくし、1週間はいい子にしてましたのよ?」

ねえ、と後ろにいるスオウさんに同意を求めるシュリちゃん。そうですね、最初の一週間は、という感じでこくりと頷くスオウさんはこの数週間でちょっとやつれたような気がする。―――わ、わたしのせい??
わたしは彼女の頭をなでながら、そっと耳元で囁いた。

「ちゃんとね、シュリちゃんのブローチ、渡したからね」
「ありがとうございます、姉さま!」
「すごく喜んでたよ」
「……よかったですわ。でもわたくし、姉さまの無事をずっと祈っていましたのよ」

子供みたいに泣いて笑うシュリちゃんを抱きしめながら、やさしい温度が胸に広がっていく。

こんなに誰かに待ってもらえるなんて。……こんなにも、帰る場所があるって、幸せなことなんだなって。
シュリちゃんと並んで歩きだす。微笑ましいわたしたちの光景に周囲から笑みが漏れていた。






城内へ戻り、しばらくしてから、わたしはエンジュの執務室へ通された。
扉を開けた瞬間、彼は立ち上がって、わたしをじっと見つめた。
空色の瞳が、わたしの姿を映す。
言葉はない。でも、そのまなざしだけで、すべてが伝わってくる。

「……ただいま、エンジュ。来てくれてありがとね」
「待っていた」

その一言が、胸の奥をふるわせた。
思わず駆け寄って飛びついてしまう。その腕もわたしの背中に回された。

「わたしも、会いたかったよ」

小さく呟くと、彼は何も言わず、ただそっとわたしの身体を強く抱きしめてくれる。
うっ、ちょっと痛い。でも――嬉しいな。
その手はいつも通り大きくて、あたたかくて。すべてを包んでくれるような安心がある。

……言葉は少なくても、ちゃんと伝わってる。
もうわかってる。エンジュに、わたしはしっかりと愛されているんだって。
そう思えた瞬間、心がほどけるようにゆるんだ。

「おかえり」
「うん……ただいま、エンジュ」

顎を上げられて、されるがままに瞳を閉じる。
重なる唇。
心の底から、幸せだった。

このまま抱き合って、ずっとずっと体温を分け合っていたかったけれど、皇帝陛下も皇后陛下も忙しい。
ほら、王国に「近衛兵」にふんして現れたエンジュ。
その時に仕事が相当に溜まったらしくて――。



結局エンジュに会えたのは、日付が変わろうとする真夜中だった。
わたしは寝台でうとうとしていたけれど、今夜は絶対に一緒に過ごしたかったから、な、なんとか頑張っていた。
部屋に入ってきたその気配で、寝台から起き上がる。

「キーラ、……起こしてしまったか」
「ううん、あのね、起きてようって思ったの」

ちょっと寝ぼけ眼、それに舌足らずになってしまう。

「久々の、あなたとの夜でしょう?」

そういえば、エンジュは優しく微笑んで寝台に上がって私の身体を抱きしめた。
ここは――わたしたち、ふたりだけの時間だ。
私を背後から抱きしめているエンジュ。なんだかエンジュの椅子にすわってるみたい。
「体は、もう大丈夫か?」

柔らかい灯火に照らされたエンジュの顔は、昼間よりもずっとやさしく見えた。
その瞳には、心配と、そして――ほっとしたような光が滲んでいた。

「うん。熱も下がったし、もうすっかり元気よ」

わたしがにこっと笑ってみせると、彼の表情がゆるんだ。

「……無理は、するな。君は――すぐに頑張りすぎるからな」

ぽつりと落とされたそのひと言が、どうしようもなく愛おしかった。
わたしのことを、こんなふうに気にかけてくれる人がいる。
大事に、想ってくれる人がいる。
こんな夜は、すこし、甘えてもいいよね。

「エンジュもよ?」

わたしはエンジュの腕の間から、彼の顔を見上げた。
くすりと笑い合うと、彼はふと小さな箱を取りだす。
丁寧に包まれたそれを取り出して、わたしの前に差し出した。

「……これを、お前に」
「……?」
「ずっと、迷っていたが渡そうと決めた。受け取ってほしい」

そっと包みを開けると、中には繊細な細工が施された髪飾りがある。
まるで雪の結晶のように白く磨かれ、中央には淡い空色の小さな石が埋め込まれていた。

「……これ、エンジュの……?」
「ああ、俺の瞳の色だ。……受け取って、くれるか?」

瞬間、胸の奥が、じわっとあたたかくなる。

「……そんなこと言われたら……もう……泣いちゃうじゃない」
「泣くほどの物じゃない。ただ、お前といつも一緒だとそう伝えたくて」
「……バカ」

涙がこぼれる前に、彼の胸に顔をうずめた。
嬉しい。こんなにも思ってくれること。そして――わたしも思っていること。
愛する人にこんなにも愛されていて、こんなにも幸せでいいのだろうか。
すぐに、大きな手が背中にまわってくる。
ぎゅうっと、強くてあたたかい腕の中。心がやわらかくほどけていく。

「ありがとう、エンジュ。すごく……うれしい」
「……俺もだ。お前がここにいてくれるだけで、救われる」

そうしてわたしたちは、しばらく無言のまま寄り添っていた。
静かな夜。外では、星が降るようにまたたいていた。けれど――わたしのいちばんの光は、今、目の前にいるこの人だ。

「ねえ、エンジュ」
「……ん?」
「わたし、わたしもね、あなたの帰る場所になりたいな」

彼は、少しだけ目を見開いて、それからふっと、静かに笑った。

「もう、なってる。とっくに」

そう言って、そっとわたしの額にくちづけた。

「キーラ。……お前は俺の全てだ」



その温もりは、永遠を願いたくなるほどにやさしかった。






ちょっとおまけっぽい話!


【「宝石の意味」】


朝の光が、そっとレースのカーテン越しに差し込んでくる。
帝国の空気はまだ少し冷たくて、わたしはぬくもりを求めて毛布にくるまりながらも、そっと手元を見た。
昨夜、エンジュがくれた髪飾り。
雪の結晶のような銀細工に、淡い空色の小さな宝石がはめこまれている。

彼の瞳と、同じ色。
寝起きのぼんやりした頭で、そっとそれを手に取り、髪に添えてみた。
しっくりくる。昨日の夜より、ずっとなじんでいる気がする。
――せっかくだから、今日つけていこう。
そう思って、丁寧に髪をまとめ、贈られた飾りを髪の片側にそっと留めた。

王宮の朝の回廊は、どこか静謐で、わたしの足音がやけに響く。
でも――今日はなんだか、ちょっと違った。
すれ違う侍女たちや兵士たちが、みんなわたしを見て、ふっと微笑むのだ。

「……?」

な、なにか変なこと、してる?
久しぶりだから? それともどこかが王国式になっちゃってる、とか???

身なりはきちんとしてるつもりだし……まさか、顔に寝ぐせでも……?
首をかしげながら応接間に入ると、そこには先に来ていたシュリちゃんが、にこにことわたしを出迎えてくれた。

「キーラ姉さま! 今日はまたいっそう素敵ですわ!」
「え、あ……ありがとう?」
「ふふっ、やっと兄さま、贈ったのね」
「……?」

シュリの言葉に、わたしはぽかんとしてしまった。

「なにを?」
「その髪飾りよ」
「!! えっ、ど、どうしてエンジュからってわかるの???」

わたしがそっと手を伸ばして、飾りに触れると――シュリちゃんは今日のソワソワの見事な種明かしをしてくれたのだった。

「それ、兄さまの瞳の色でしょう? 帝国では、恋する相手に自分の瞳の色の宝石を贈るの。『ずっと見ている、いつも想っている』っていう意味が込められていて、それを受け取って身に着けるのは――相手の永遠の愛を受け入れた証なんですの!!! ロマンチックでしょう???」
「……えっ……ええっ!?」

顔がかぁっと熱くなる。

「ま、待って……? ええ……それってもしかして、すごく有名?」
「もちろんですわ! 帝国では赤子でも知ってます」

赤子はいいすぎでしょ……と思ったけど今朝の皆さんの反応を見るにそう、なのかもしれないと思うほどだ。
そ、そんなこと、エンジュ……エンジュ本人からは、ひとことも……!
わたしが半ばパニックになって口ごもると、部屋の中の侍女たちや従者たちが、くすくすと肩を揺らしながら、それでもあたたかい目でわたしを見ていた。

ああ、みんな、知ってるんだ。
知ってて、にこにこしてたんだ……。
わたしも「皇帝の愛よ!! わたしも受け入れているのよ!!」ってアピールしてたの……。
恥ずかしいよ……。

「で、でも、じゃあ、えっと……こ、この国では、宝石を身に着けてる人は、みんなそうなの……?」

わたしが震える声で聞くと、シュリが微笑を浮かべながら首を振る。

「そういう場合が多い、ってだけですわ。もちろん、おしゃれや趣味で身に着ける方もいますもの。でも、贈り手の瞳の色だった場合は、まず間違いなく、そういう意味ですわね!それで相手がバレるときもありますし……」

おおういきなりゴシップっぽい話に!

「そ、そうなのね……ええと、王国では好きな色の宝石を身につけるのが普通だから、そんな深い意味はあんまりなくて」
「でも、帝国では――特に、自分の瞳の色を贈るのは特別なことですわ! 兄さまが準備してらしたのは知ってたのだけれど、全然兄さま、お渡しにならないから……。てっきり姉さまが恥ずかしがって付けていらっしゃらないのかしら、なんてみんなで噂していたのよ」

噂しないで!! はずかしくて埋まりたい。
エンジュ、そんなに想ってくれてたの……?
昨夜の静かな贈り物に、そんな意味が込められていたなんて――……でも、うれしい。

胸がふわっとあたたかくなる。
そっと手をのばして、髪飾りに指先を添えた。
エンジュの瞳は、わたしを想ってこの宝石を選んでくれた。
だからわたしも、誇らしくつけていよう。
何度でも、身につけよう。

「ふふっ……なんだか、顔がにやけちゃうなあ……」

思わず頬を押さえると、目の前のシュリちゃんも笑う。


帝国の朝。少しずつ、この場所がわたしの「家」になっていく。


■■■■


里帰り編・これにて了です!
明日は違うお話更新予定です

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