10 / 56
第8話 外堀、うまる
しおりを挟む「……で、でもわたし、なんで生きてるんですか? そのあたりよくわかってないんですけど」
目を覚まして、
ここが20年後だと知らされて、
星の王子様――もといマルクトの“結婚しよう”宣言にあわあわし、
左手の指輪の存在がチリチリ気になり……もう頭がぐるぐるだ。
結局、結婚の話しかしないマルクトには一旦退散してもらって、わたしはいま当主様と奥様――マルクトの御両親でありわたしの雇用主だった、このニグラード家の当主、エルナド様とその奥様であるシア様、ふたりと応接室のふかふかのソファーの上でお話している。
そう、そもそも。
結婚だのなんだの言う前に、わたしが死んでないという事実がこわい。
わたしは、マルクトを庇って死んだと思っていたのに。
「わたし、あの時、死んだと思って……思ったん、ですけど」
歯切れが悪くなるのは、わたしが死に際に言い放ってしまった「坊ちゃん結婚しましょう宣言」があるからだ。できるだけそこへの言及を避けつつ、わたしは疑問をぶつけた。
「そうね、リーヴェさんは確かに致命傷を負っていたの」
マルクトと同じプラチナブロンドの艶やかな長い髪に紫の大きな瞳。小柄で華奢な、妖精のような外見のシア様が相変わらずにこやかな笑みを携えて話し始める。
その笑みは昔と変わらず眩しかった。もしかして魔力もちって歳を取らないのかな?
「わたしの白魔術で傷は癒せたわ。でも――そのとき、敵の呪詛があなたにかかっているのがわかったの」
「じゅ……そ?」
「端的に言えば、敵からの呪いよ。でもあなた自身に魔力がなかったから、その呪いは効果を発揮することなく身体に蓄積されて……リーヴェさんの身体はそのまま眠りに落ちてしまったの」
「……魔力がないと、呪いって発動しなんですか?」
「そうみたいね。そもそも魔力がない存在をリーヴェさん以外に知らないからどうなのかはわからないけれど……。魔力が存在していたら呪詛と反応して結びついて、リーヴェさんの身体は壊れていたかもしれない。でも、あなたには魔力がなかったから呪いとしては発動しなかった」
少し考えて、わたしは口を開く。
「わたし……魔力が、なかったおかげで、生き延びた……ってことですか?」
「そうとも言えるかもしれないわね。リーヴェさんは、生きたままの”時止め”状態だったの。今までずっと」
なんてこったい。
わたしがずっと眠っていたのは、魔力がなかったせいで、呪いが“発動”も“解除”もされなかったから。
「では、どうして今、目が覚めたんでしょうか……?」
「それはわからないわ。でもわたしとエル、それにマルクトが二十年、あらゆる治療法を探し続けて試していたの、だからそのどれかが効いたのではないのかしら」
「に、にじゅうね……ん」
「ええ」
なんでもないかのようにそう言って笑うシア様と静かに頷くエルナド様。
この黒の館の当主様でマルクトのお父様であるエルナド様は口数が少なくて表情もほとんど変わらない。長身に漆黒の長い髪がさらさらと揺れて、まさに“黒の館”の象徴のようなお方。マルクトと一緒の深い黒の瞳がちょっと怖くて、存在だけで背筋が伸びる。
「特にマルクトの研究が、突破口を開いた。魔力の中和を逆手に取り、“灰の力”で呪いのよどみを封じる術式を作ったんだ。それでようやく解かれたのだと私は考えているが」
マルクト、すごい。マルクト、天才。マルクト、愛が深すぎる。
魔力がないと損なのか得なのか、よくわからないけど、つまりわたしは――
「わたし、魔力がなかったおかげで生きてた、ってことですね? それで、みなさんはわたしのこと――諦めないで、いてくれた」
「そう。リーヴェさんを、わたしたちは待っていたの」
シア様がそっとわたしの隣に座り、手を伸ばす。
そして、その手わたしの手を包み込んでくれた。
ほんわりと、あたたかい。
「……ありがとうございます……」
「リーヴェさん、お帰りなさい」
優しい声に涙が出そうだった。
だって――ずっと、わたしなんかのために。わたしなんかの……え?
そうだよ、思い出した。
なんかすごくいい話みたいになっちゃってるから忘れるとこだった!!
「……で!! なんでわたしが、マルクトの“妻”になってるんですか?」
ごくごく自然な流れの中に、異常な事実がひとつだけ、ぽつんと浮いていた。
「わ、わたし、乳母でしたよね?? 乳母なんですけど!? 乳母です!! こんなどこぞの馬の骨、一族にいれちゃだめですよ! ニグラード家って名家ですよね!?」
しっかり自己主張してしまう。そんなわたしを眺めていたエルナド様とシア様は笑い出した。
「どこぞのわからない馬の骨じゃないわ。リーヴェさんはマルクトの命の恩人じゃない」
「そうだな」
さらにすかさず、シア様はにっこりと笑って言い放つ。
「そしてマルクトの最愛の女性でしょう?」
あああ、あ、なんて言い切り!
でもちょっと嬉しい!!
けど、それとこれとは話が別では!?
「そうだ。愛し合うふたりを引き裂くなどできようはずもない」
エルナド様の重厚な声が響く。
いやいやいや、そんなぁ、他に好きな相手できますってぇ、なんて言おうとしたけれど続けられた言葉でわたしは口をつぐまざるを得なかった。
「この20年、マルクトはずっと、リーヴェさんのために生きてきたようなものだからな」
むぐ。
重い、すごく重い一言だった。
重すぎるよ、嬉しすぎるよ、この家族からの愛!!
な、なんも言えないです……。
「はぃ……」
小さな声でしか返せなかった。
そして「リーヴェさんのご両親はご健勝よ、ちゃんと結婚のお話は通してあるから安心してね!」なんてシア様に当たり前のように言われ、それ、今ここで言います?と目をぱちぱちさせるわたし。
外堀は、完全に埋まってしまっていたのだ。
96
あなたにおすすめの小説
次期騎士団長の秘密を知ってしまったら、迫られ捕まってしまいました
Karamimi
恋愛
侯爵令嬢で貴族学院2年のルミナスは、元騎士団長だった父親を8歳の時に魔物討伐で亡くした。一家の大黒柱だった父を亡くしたことで、次期騎士団長と期待されていた兄は騎士団を辞め、12歳という若さで侯爵を継いだ。
そんな兄を支えていたルミナスは、ある日貴族学院3年、公爵令息カルロスの意外な姿を見てしまった。学院卒院後は騎士団長になる事も決まっているうえ、容姿端麗で勉学、武術も優れているまさに完璧公爵令息の彼とはあまりにも違う姿に、笑いが止まらない。
お兄様の夢だった騎士団長の座を奪ったと、一方的にカルロスを嫌っていたルミナスだが、さすがにこの秘密は墓場まで持って行こう。そう決めていたのだが、翌日カルロスに捕まり、鼻息荒く迫って来る姿にドン引きのルミナス。
挙句の果てに“ルミタン”だなんて呼ぶ始末。もうあの男に関わるのはやめよう、そう思っていたのに…
意地っ張りで素直になれない令嬢、ルミナスと、ちょっと気持ち悪いがルミナスを誰よりも愛している次期騎士団長、カルロスが幸せになるまでのお話しです。
よろしくお願いしますm(__)m
完結【強引な略奪婚】冷徹な次期帝は、婚姻間近の姫を夜ごと甘く溶かす
小木楓
恋愛
完結しました✨
タグ&あらすじ変更しました。
略奪された大納言家の香子を待っていたのは、冷徹な次期帝による「狂愛」という名の支配でした。
「泣け、香子。お前をこれほど乱せるのは、世界で私だけだ」
「お前はまだ誰のものでもないな? ならば、私のものだ」
大納言家の姫・香子には、心通わせる穏やかな婚約者がいた。
しかし、そのささやかな幸福は、冷徹と噂される次期帝・彰仁(あきひと)に見初められたことで一変する。
強引な勅命により略奪され、後宮という名の檻に閉じ込められた香子。
夜ごとの契りで身体を繋がれ、元婚約者への想いすら「不義」として塗り潰されていく。
恐怖に震える香子だったが、閉ざされた寝所で待っていたのは、想像を絶するほど重く、激しい寵愛で……?
「痛くはしない。……お前が私のことしか考えられなくなるまで、何度でも教え込もう」
逃げ場のない愛に心が絡め取られていく中、彰仁は香子を守るため、「ある残酷な嘘」を用いて彼女を試す。
それは、愛するがゆえに彼女を嫉妬と絶望で壊し、「帝なしでは息もできない」状態へ作り変えるための、狂気じみた遊戯だった。
「一生、私の腕の中で溺れていろ」
守るために壊し、愛するために縛る。
冷酷な仮面の下に隠された、
一途で異常な執着を知った時、香子の心もまた甘い猛毒に溶かされていく――。
★最後は極上のハッピーエンドです。
※AI画像を使用しています。
【完結済】私、地味モブなので。~転生したらなぜか最推し攻略対象の婚約者になってしまいました~
降魔 鬼灯
恋愛
マーガレット・モルガンは、ただの地味なモブだ。前世の最推しであるシルビア様の婚約者を選ぶパーティーに参加してシルビア様に会った事で前世の記憶を思い出す。 前世、人生の全てを捧げた最推し様は尊いけれど、現実に存在する最推しは…。 ヒロインちゃん登場まで三年。早く私を救ってください。
転生したので推し活をしていたら、推しに溺愛されました。
ラム猫
恋愛
異世界に転生した|天音《あまね》ことアメリーは、ある日、この世界が前世で熱狂的に遊んでいた乙女ゲームの世界であることに気が付く。
『煌めく騎士と甘い夜』の攻略対象の一人、騎士団長シオン・アルカス。アメリーは、彼の大ファンだった。彼女は喜びで飛び上がり、推し活と称してこっそりと彼に贈り物をするようになる。
しかしその行為は推しの目につき、彼に興味と執着を抱かれるようになったのだった。正体がばれてからは、あろうことか美しい彼の側でお世話係のような役割を担うことになる。
彼女は推しのためならばと奮闘するが、なぜか彼は彼女に甘い言葉を囁いてくるようになり……。
※この作品は、『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。
【本編完結】伯爵令嬢に転生して命拾いしたけどお嬢様に興味ありません!
ななのん
恋愛
早川梅乃、享年25才。お祭りの日に通り魔に刺されて死亡…したはずだった。死後の世界と思いしや目が覚めたらシルキア伯爵の一人娘、クリスティナに転生!きらきら~もふわふわ~もまったく興味がなく本ばかり読んでいるクリスティナだが幼い頃のお茶会での暴走で王子に気に入られ婚約者候補にされてしまう。つまらない生活ということ以外は伯爵令嬢として不自由ない毎日を送っていたが、シルキア家に養女が来た時からクリスティナの知らぬところで運命が動き出す。気がついた時には退学処分、伯爵家追放、婚約者候補からの除外…―― それでもクリスティナはやっと人生が楽しくなってきた!と前を向いて生きていく。
※本編完結してます。たまに番外編などを更新してます。
乙女ゲームのヒロインに転生したのに、ストーリーが始まる前になぜかウチの従者が全部終わらせてたんですが
侑子
恋愛
十歳の時、自分が乙女ゲームのヒロインに転生していたと気づいたアリス。幼なじみで従者のジェイドと準備をしながら、ハッピーエンドを目指してゲームスタートの魔法学園入学までの日々を過ごす。
しかし、いざ入学してみれば、攻略対象たちはなぜか皆他の令嬢たちとラブラブで、アリスの入る隙間はこれっぽっちもない。
「どうして!? 一体どうしてなの~!?」
いつの間にか従者に外堀を埋められ、乙女ゲームが始まらないようにされていたヒロインのお話。
お妃候補に興味はないのですが…なぜか辞退する事が出来ません
Karamimi
恋愛
13歳の侯爵令嬢、ヴィクトリアは体が弱く、空気の綺麗な領地で静かに暮らしていた…というのは表向きの顔。実は彼女、領地の自由な生活がすっかり気に入り、両親を騙してずっと体の弱いふりをしていたのだ。
乗馬や剣の腕は一流、体も鍛えている為今では風邪一つひかない。その上非常に頭の回転が速くずる賢いヴィクトリア。
そんな彼女の元に、両親がお妃候補内定の話を持ってきたのだ。聞けば今年13歳になられたディーノ王太子殿下のお妃候補者として、ヴィクトリアが選ばれたとの事。どのお妃候補者が最も殿下の妃にふさわしいかを見極めるため、半年間王宮で生活をしなければいけないことが告げられた。
最初は抵抗していたヴィクトリアだったが、来年入学予定の面倒な貴族学院に通わなくてもいいという条件で、お妃候補者の話を受け入れたのだった。
“既にお妃には公爵令嬢のマーリン様が決まっているし、王宮では好き勝手しよう”
そう決め、軽い気持ちで王宮へと向かったのだが、なぜかディーノ殿下に気に入られてしまい…
何でもありのご都合主義の、ラブコメディです。
よろしくお願いいたします。
せっかく転生したのにモブにすらなれない……はずが溺愛ルートなんて信じられません
嘉月
恋愛
隣国の貴族令嬢である主人公は交換留学生としてやってきた学園でイケメン達と恋に落ちていく。
人気の乙女ゲーム「秘密のエルドラド」のメイン攻略キャラは王立学園の生徒会長にして王弟、氷の殿下こと、クライブ・フォン・ガウンデール。
転生したのはそのゲームの世界なのに……私はモブですらないらしい。
せめて学園の生徒1くらいにはなりたかったけど、どうしようもないので地に足つけてしっかり生きていくつもりです。
少しだけ改題しました。ご迷惑をお掛けしますがよろしくお願いします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる