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第三章
えぇ〜そんなことあるんだ!
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もちろん鈴が、電気もガスも無く、水道設備も整っていない生活を送るのは初めてのこと。最初は戸惑う事ばかりだった。
しかし就活に失敗したあと、十兵衛にも語った母親の言葉(働かざる者喰うべからず)通り、生きるため食べるために様々なアルバイトを経験していたことで、文字通りの〝生活力〟は自然と身についていた。
ただでさえ人に羨まれる容姿でもあり、その点だけで人から妬まれることも多かった鈴は、どんな仕事をしても人一倍働き、また人の話をよく聞き、人の仕事の手順をよく見て、出来るだけ早く仕事を覚える習慣も身についていた。
それゆえ、十兵衛の屋敷でもすぐに女中の仕事を覚え、彼女の監督役に選ばれた内蔵助にも信頼されはじめていた。
この家で暮らすようになってからの数週間のうちに、周りの女中に見劣りしないどころか全ての御用を言われずとも行えるようになり、いまではちょうど嫁ぎ辞めた家臣の娘だった女中に変わり、内蔵助の側御用役を任されていた。
そのときも鈴は、食事と湯浴みを終えた内蔵助の部屋に白湯を運んでいた。
周り廊下を歩き内蔵助の部屋へと向かい、障子の前で中に声をかけようとした鈴は、部屋から普段は聞き慣れない音を聞いた。
人の肌が擦れ合う音。
ススススス…。
それは、人が冬の寒さに手を擦り合わせる音にも似ていたが、少し違がった。
ヌスヌス…。
ときに、ちょっと汗に湿った顔を手で拭っているような音が混じる。
(聞いたことがあるような無いような…)。
そんな思いに鈴も少しばかり躊躇したが、白湯の入った茶碗がのったお盆を手に乗せ、経ったまま障子越しに声をかける。
「内蔵助様、白湯をお持ちしました」
部屋の中は一瞬の沈黙。
綿と麻の衣擦れの音。
「すまぬ、いま片付けものの最中。しばし待ってくれ」
さらに続く麻の衣擦れの音。
しばらくすると再び内蔵助の声。
「待たせたな、鈴。入ってくれ」
「失礼します」
部屋に入った鈴の目の前に映ったのは、どんなときでもきっちりと着物を整えて居住まいを正している内蔵助には珍しく、すこし着物の裾が乱れた状態で座布団に正座する姿。
「いま部屋を片付けていた。すこし埃っぽいかもしれん」
そう言う内蔵助の正面に座りながら、鈴はお盆に乗っていた茶碗を置く。
少し前屈みの姿勢になって畳の上に茶碗を置こうとした鈴の目に、自然と内蔵助の股間が視線の中を通過。その股間は、着物の中に何かを押し込んだように大きく膨らんでいた。
鈴はゆっくりと畳の上に茶碗を置きながら、改めて内蔵助の股間をゆっくりと顔を上げながら観察する。
風俗嬢を生業にしていた鈴が、その光景に気付かないはずはない。それが男性器の勃起によって着物の股間を膨らませていることはすぐに察した。
このとき内蔵助は49歳。
鈴が内蔵助に年齢を聞いたことはなかったけれど、その容姿や振る舞いから(多分、私の両親より上だろうなぁ…)と漠然を思っていた。それだけに、その光景は衝撃的だった。
この、まるで夢が続いているような、時代劇そのままの世界に入り込んでほぼ一か月、ただただ一所懸命に女中として働いていた鈴は、自分があちらの世界では風俗嬢として働いていたことも忘れていた。
しかしこのとき、欲求不満やストレスから自慰に耽り、その後というか絶頂を味わった直後、この奇妙な状況に追い込まれたことを一気に思い出した。
(そっか…やっぱりお侍さんの時代でも男の人は男なんだもんね。それはそうだよ、時代が違っても同じ人間だもん。そういうことするのは当たり前か)と、自分が声をかけたとき部屋の中におこった一瞬の沈黙、それに続く慌ただしい衣擦れの音が、自慰をしていた途中の内蔵助が、自分が声をかけたことによって中断されたことに気付く。
「あの~、すいません…お忙しいところをおじゃまして…」
「いや、忙しくはない。時間があったから片付けをしていただけだ」
「ですよね」
そんな会話をしながら鈴は、どうやら侍で館の主人、その人を親方様と呼び仕えているこの時代では身分が高いと思える内蔵助と、今までとは何かが違い少し距離が近づいた気がした。年齢からして妻子がいるのだろうとは思うものの、この館には暮らしておらず、もしかしたら別々に暮らしているのだろうか? と思わせる暮らしぶりの内蔵助を何か身近に感じた。
それまで、父親という一番身近な男性の存在を感じることなく母子家庭で育った鈴は、自分自身が風俗で働くようになるまで、異性である男性を、まるで別の世界に住んでいる人種のようにさえ感じていた。それが風俗で働き始めたことによって変わり、(同じ人間なんだね、やっぱり…)と思えるようになっていった自分を思い出していた。
風俗で働き始めたときの鈴は、(これは生きていくため…。男なんて異星人と思っていれば、お金をもらうために何かしたって、それはもう夢の中の出来事みたいなものだから…)と、自分に言い聞かせていた。
元々鈴は、大学に通うために作った学資ローンの返済が就職に失敗したことで滞り、女手一つで懸命に働き、大学まで出させてくれた母親を心配させたくない思いから、その返済の為に風俗で働く決断をした。
仕方ない決断…それが最初の自分への言い訳。
しかし、風俗で働くようになって鈴は少し考え方が変わった。
世の中には本当にいろんな人が居ると知った。
人見知りで自分から他人のことを知ろうとしなかった鈴は、もちろん自分の事を語ろうとしない客もいたけれど、自分からはあまりしゃべらない鈴は逆に、まさに裸の付き合いといった感じで、初めて会った自分にも、あけすけに自分の事や身の上を語ってくる男性達に出会い、ときには自分よりもずっと年上の男に恋愛に関するような悩みを相談され、(本当に人ってみんな色々な事を考えて悩みながら生きてるんだ)と感じるようになった。
格好ばかりつけていた大学時代の友人。
就活で出会った他人を見下したような話し方をしてきた面接官。
様々なバイト先で出会ったいろんな境遇や性格の人々。
そんな全ての男性にもきっと、こういう普段の服を着ているときの姿とは違う裸になったときの姿がある…。
そう思うと鈴は、ただお金を稼ぐためにしていた風俗という仕事が、どんどんと楽しくさえなってきた。
人見知りが急に変わるわけではなかったけれど、自分の事を語ってくる男達の話を聞くことが面白くなった。
そうして段々と人見知りだったことも忘れるようになった。
話し上手とは言われないまでも、(聞き上手)と客に言われるようになり、それもあってさらに予約や指名の客は増えた。
だから今の鈴は、自分でも(同い年くらいの女性ならよっぽど自分の方が色々な事を知っているし、比較的どんな状況に置かれても対処できるかも)と思っていた。
だから、この現在の不可思議な状況も出来るだけ冷静に受け入れた。
そして、風俗で男性に対する考えが変わったように、この時代…(今もって今がいつなのかは分かっていないが…)を生きている人も(やっぱり同じ人間なんだ)鈴と思えるような出来事に出会った鈴は、思わず職業病とも言えるような行動を取る。
「あの、内蔵助様は奥さんやお子さんはいないんですか?」
「なんだ、鈴、急に?」
「だって、母屋から離れたこの長屋で暮らしているのは若い人ばっかり。内蔵助様のような年齢の方は他にいないし…。この屋敷にも内蔵助様くらいの年齢の人達は出入りしているけど、みんな自分の家に帰っているみたいだから」
「私は親方様のもっとも側にお仕えしている者だからな。もちろん妻子は居るが、なかなか家には帰れん。いつ何時でも側にあって親方様をお守りする。それが私のお役目だからな」
「奥さんやお子さんはちゃんといるんだ」
「もちろんだ。末娘の福は可愛いぞ。お前にも負けん気良をもっている。まあ、なかなか会えんが。まあそれも今しばらくのことかもしれん。大親方様の天下布武が成れば、世は太平になろう。さすれば、親方様も安泰。そろそろ私もお役ご免を申し上げ、奥とゆっくり暮らしたいと思っとるよ」
「そうなんだ。意外…」
「何が意外だ?」
「内蔵助様ってもっとこう…なんだろう、ただ怖いだけの人かと思ってた」
「まあ、親方様からお主の監督役を仰せつかったからな」
「奥さんと会えなくて寂しくないんですか?」
「それはまあ…寂しくないこともないが、いまはお役目が一番。奥もそれは重々わかっておろう」
何かを思うように、腕組みし、少し顔を上に向けて天井を見上げる内蔵助。
「ほんとに意外…」
そう言いながら、目の前の内蔵助と同じように腕を組み、内蔵助とは逆に顔を少し下に向けながら首を振る鈴。その視界に再び内蔵助の股間が入った。
しかもそこには、妻の事を思いながら感慨に耽ったのだろう内蔵助の気持ちを反映するように、先ほど以上の大きな膨らみ。
そのとき鈴は、数日前に見た光景と、その後に聞いた女中仲間の話を思い出した。
鈴が見たのは、湯浴みを終えた長屋に住む若い侍の部屋へと入っていく女中の姿。そして、しばらくその部屋にとどまっていた女中が懐紙を手に、その部屋から出てくる姿。
(あの二人、もしかして恋人同士?)とも思ったけれど、女中の方が若い侍よりもどう見ても年上で、有り体に言えば10歳以上離れて見える。
そんな疑問を年齢も近く、少し仲良くなり始めていた話好きの女中仲間に聞くと、その答えは、ある意味で鈴を驚かせ、納得させる言葉だった。
「恋人? ああ、好き合っている二人ってこと? あれは違うわよ。口取りしてるの。あの人はあれで少し給金を増やしているのよ。私にはできないけれど…。この屋敷の女中の中にも、他に何人かしている人は居るわ。戦が近いなんて事になると、男は血気もはやるし、もしこの戦で自分も死んだら、と思うとどうしても…ね、そういうことはしたくなるから。もちろん戦の直前になったらそういうはしなくなるけど…。戦が近いなんて噂が流れるとすごく稼げるみたいよ。御館に遊女を呼ぶわけにもいかないし、それに床入りもさすがにできないでしょう。だから、女中が口取りしたりするのよ。小姓にさせる方もいるけど、それは身分の高い人達。若い侍はもっぱら女中。あなたも給金をふやしたかったらすれば、誰も咎めないわよ」
そうして鈴は、内蔵助が小姓や女中などを呼ばず、自分で処理しようとしている姿に(こんな事言ったら失礼になるのかな)と思いながらも、行き倒れていた自分を助けてくれて、最初はこの館に留めることを反対したものの、そうと決まれば何くれと気をかけてくれた内蔵助への感謝の気持ちと、股間を膨らませている姿を見たことで感じるようになった親近感によって、内蔵助の言う。
「あの、お手伝いしましょうか?」
「片付けか? いや大丈夫だ」
「いえ、あの~口取り…を」
膝の上に乗せていた右手を少し上げ、人差し指をまた少し曲がった状態で伸ばしながら内蔵助の股間を控えめに指差す鈴。
「いや、私は大丈夫だ。家に帰れば奥も側女もいる。もしも鈴が給金を増やしたいと思っているなら、この長屋には大勢の若い侍がいる。大きな戦が近づいているというのは皆が知っていることだ。少し話をすれば、すぐに相手はみつかるだろう。誰もとがめ立てはせぬ」
「いえ、私、お金が欲しいわけじゃないです。ここに暮らして食べさせてもらって、その上に給金までもらっていることで十分です。ただ、行き倒れて襲われてそうになっていた私を救ってくれた内蔵助様に、ずっと何かお礼したいと思っていて、この前、女中ってそういうこともする人が居るって知って、それで自分でしようとしてところをおじゃましちゃったかなって思って、そういうことなら私にもできるかなって。そういうことをしたことがないわけでもないし」
「やはりお前は、どこかのお屋敷で女中をしておったのか?」
「いえ、そういうわけでもないんですけど…」
そうして、言い出してしまった手前、簡単に引くこともできなくなった鈴と、すでに嫁いでいった娘と同じ年格好の女である鈴に突然の申し出を受けて戸惑う内蔵助。
行燈の薄暗い灯りに照らされた部屋では、しばらくそんな光景が続くことになった。
しかし就活に失敗したあと、十兵衛にも語った母親の言葉(働かざる者喰うべからず)通り、生きるため食べるために様々なアルバイトを経験していたことで、文字通りの〝生活力〟は自然と身についていた。
ただでさえ人に羨まれる容姿でもあり、その点だけで人から妬まれることも多かった鈴は、どんな仕事をしても人一倍働き、また人の話をよく聞き、人の仕事の手順をよく見て、出来るだけ早く仕事を覚える習慣も身についていた。
それゆえ、十兵衛の屋敷でもすぐに女中の仕事を覚え、彼女の監督役に選ばれた内蔵助にも信頼されはじめていた。
この家で暮らすようになってからの数週間のうちに、周りの女中に見劣りしないどころか全ての御用を言われずとも行えるようになり、いまではちょうど嫁ぎ辞めた家臣の娘だった女中に変わり、内蔵助の側御用役を任されていた。
そのときも鈴は、食事と湯浴みを終えた内蔵助の部屋に白湯を運んでいた。
周り廊下を歩き内蔵助の部屋へと向かい、障子の前で中に声をかけようとした鈴は、部屋から普段は聞き慣れない音を聞いた。
人の肌が擦れ合う音。
ススススス…。
それは、人が冬の寒さに手を擦り合わせる音にも似ていたが、少し違がった。
ヌスヌス…。
ときに、ちょっと汗に湿った顔を手で拭っているような音が混じる。
(聞いたことがあるような無いような…)。
そんな思いに鈴も少しばかり躊躇したが、白湯の入った茶碗がのったお盆を手に乗せ、経ったまま障子越しに声をかける。
「内蔵助様、白湯をお持ちしました」
部屋の中は一瞬の沈黙。
綿と麻の衣擦れの音。
「すまぬ、いま片付けものの最中。しばし待ってくれ」
さらに続く麻の衣擦れの音。
しばらくすると再び内蔵助の声。
「待たせたな、鈴。入ってくれ」
「失礼します」
部屋に入った鈴の目の前に映ったのは、どんなときでもきっちりと着物を整えて居住まいを正している内蔵助には珍しく、すこし着物の裾が乱れた状態で座布団に正座する姿。
「いま部屋を片付けていた。すこし埃っぽいかもしれん」
そう言う内蔵助の正面に座りながら、鈴はお盆に乗っていた茶碗を置く。
少し前屈みの姿勢になって畳の上に茶碗を置こうとした鈴の目に、自然と内蔵助の股間が視線の中を通過。その股間は、着物の中に何かを押し込んだように大きく膨らんでいた。
鈴はゆっくりと畳の上に茶碗を置きながら、改めて内蔵助の股間をゆっくりと顔を上げながら観察する。
風俗嬢を生業にしていた鈴が、その光景に気付かないはずはない。それが男性器の勃起によって着物の股間を膨らませていることはすぐに察した。
このとき内蔵助は49歳。
鈴が内蔵助に年齢を聞いたことはなかったけれど、その容姿や振る舞いから(多分、私の両親より上だろうなぁ…)と漠然を思っていた。それだけに、その光景は衝撃的だった。
この、まるで夢が続いているような、時代劇そのままの世界に入り込んでほぼ一か月、ただただ一所懸命に女中として働いていた鈴は、自分があちらの世界では風俗嬢として働いていたことも忘れていた。
しかしこのとき、欲求不満やストレスから自慰に耽り、その後というか絶頂を味わった直後、この奇妙な状況に追い込まれたことを一気に思い出した。
(そっか…やっぱりお侍さんの時代でも男の人は男なんだもんね。それはそうだよ、時代が違っても同じ人間だもん。そういうことするのは当たり前か)と、自分が声をかけたとき部屋の中におこった一瞬の沈黙、それに続く慌ただしい衣擦れの音が、自慰をしていた途中の内蔵助が、自分が声をかけたことによって中断されたことに気付く。
「あの~、すいません…お忙しいところをおじゃまして…」
「いや、忙しくはない。時間があったから片付けをしていただけだ」
「ですよね」
そんな会話をしながら鈴は、どうやら侍で館の主人、その人を親方様と呼び仕えているこの時代では身分が高いと思える内蔵助と、今までとは何かが違い少し距離が近づいた気がした。年齢からして妻子がいるのだろうとは思うものの、この館には暮らしておらず、もしかしたら別々に暮らしているのだろうか? と思わせる暮らしぶりの内蔵助を何か身近に感じた。
それまで、父親という一番身近な男性の存在を感じることなく母子家庭で育った鈴は、自分自身が風俗で働くようになるまで、異性である男性を、まるで別の世界に住んでいる人種のようにさえ感じていた。それが風俗で働き始めたことによって変わり、(同じ人間なんだね、やっぱり…)と思えるようになっていった自分を思い出していた。
風俗で働き始めたときの鈴は、(これは生きていくため…。男なんて異星人と思っていれば、お金をもらうために何かしたって、それはもう夢の中の出来事みたいなものだから…)と、自分に言い聞かせていた。
元々鈴は、大学に通うために作った学資ローンの返済が就職に失敗したことで滞り、女手一つで懸命に働き、大学まで出させてくれた母親を心配させたくない思いから、その返済の為に風俗で働く決断をした。
仕方ない決断…それが最初の自分への言い訳。
しかし、風俗で働くようになって鈴は少し考え方が変わった。
世の中には本当にいろんな人が居ると知った。
人見知りで自分から他人のことを知ろうとしなかった鈴は、もちろん自分の事を語ろうとしない客もいたけれど、自分からはあまりしゃべらない鈴は逆に、まさに裸の付き合いといった感じで、初めて会った自分にも、あけすけに自分の事や身の上を語ってくる男性達に出会い、ときには自分よりもずっと年上の男に恋愛に関するような悩みを相談され、(本当に人ってみんな色々な事を考えて悩みながら生きてるんだ)と感じるようになった。
格好ばかりつけていた大学時代の友人。
就活で出会った他人を見下したような話し方をしてきた面接官。
様々なバイト先で出会ったいろんな境遇や性格の人々。
そんな全ての男性にもきっと、こういう普段の服を着ているときの姿とは違う裸になったときの姿がある…。
そう思うと鈴は、ただお金を稼ぐためにしていた風俗という仕事が、どんどんと楽しくさえなってきた。
人見知りが急に変わるわけではなかったけれど、自分の事を語ってくる男達の話を聞くことが面白くなった。
そうして段々と人見知りだったことも忘れるようになった。
話し上手とは言われないまでも、(聞き上手)と客に言われるようになり、それもあってさらに予約や指名の客は増えた。
だから今の鈴は、自分でも(同い年くらいの女性ならよっぽど自分の方が色々な事を知っているし、比較的どんな状況に置かれても対処できるかも)と思っていた。
だから、この現在の不可思議な状況も出来るだけ冷静に受け入れた。
そして、風俗で男性に対する考えが変わったように、この時代…(今もって今がいつなのかは分かっていないが…)を生きている人も(やっぱり同じ人間なんだ)鈴と思えるような出来事に出会った鈴は、思わず職業病とも言えるような行動を取る。
「あの、内蔵助様は奥さんやお子さんはいないんですか?」
「なんだ、鈴、急に?」
「だって、母屋から離れたこの長屋で暮らしているのは若い人ばっかり。内蔵助様のような年齢の方は他にいないし…。この屋敷にも内蔵助様くらいの年齢の人達は出入りしているけど、みんな自分の家に帰っているみたいだから」
「私は親方様のもっとも側にお仕えしている者だからな。もちろん妻子は居るが、なかなか家には帰れん。いつ何時でも側にあって親方様をお守りする。それが私のお役目だからな」
「奥さんやお子さんはちゃんといるんだ」
「もちろんだ。末娘の福は可愛いぞ。お前にも負けん気良をもっている。まあ、なかなか会えんが。まあそれも今しばらくのことかもしれん。大親方様の天下布武が成れば、世は太平になろう。さすれば、親方様も安泰。そろそろ私もお役ご免を申し上げ、奥とゆっくり暮らしたいと思っとるよ」
「そうなんだ。意外…」
「何が意外だ?」
「内蔵助様ってもっとこう…なんだろう、ただ怖いだけの人かと思ってた」
「まあ、親方様からお主の監督役を仰せつかったからな」
「奥さんと会えなくて寂しくないんですか?」
「それはまあ…寂しくないこともないが、いまはお役目が一番。奥もそれは重々わかっておろう」
何かを思うように、腕組みし、少し顔を上に向けて天井を見上げる内蔵助。
「ほんとに意外…」
そう言いながら、目の前の内蔵助と同じように腕を組み、内蔵助とは逆に顔を少し下に向けながら首を振る鈴。その視界に再び内蔵助の股間が入った。
しかもそこには、妻の事を思いながら感慨に耽ったのだろう内蔵助の気持ちを反映するように、先ほど以上の大きな膨らみ。
そのとき鈴は、数日前に見た光景と、その後に聞いた女中仲間の話を思い出した。
鈴が見たのは、湯浴みを終えた長屋に住む若い侍の部屋へと入っていく女中の姿。そして、しばらくその部屋にとどまっていた女中が懐紙を手に、その部屋から出てくる姿。
(あの二人、もしかして恋人同士?)とも思ったけれど、女中の方が若い侍よりもどう見ても年上で、有り体に言えば10歳以上離れて見える。
そんな疑問を年齢も近く、少し仲良くなり始めていた話好きの女中仲間に聞くと、その答えは、ある意味で鈴を驚かせ、納得させる言葉だった。
「恋人? ああ、好き合っている二人ってこと? あれは違うわよ。口取りしてるの。あの人はあれで少し給金を増やしているのよ。私にはできないけれど…。この屋敷の女中の中にも、他に何人かしている人は居るわ。戦が近いなんて事になると、男は血気もはやるし、もしこの戦で自分も死んだら、と思うとどうしても…ね、そういうことはしたくなるから。もちろん戦の直前になったらそういうはしなくなるけど…。戦が近いなんて噂が流れるとすごく稼げるみたいよ。御館に遊女を呼ぶわけにもいかないし、それに床入りもさすがにできないでしょう。だから、女中が口取りしたりするのよ。小姓にさせる方もいるけど、それは身分の高い人達。若い侍はもっぱら女中。あなたも給金をふやしたかったらすれば、誰も咎めないわよ」
そうして鈴は、内蔵助が小姓や女中などを呼ばず、自分で処理しようとしている姿に(こんな事言ったら失礼になるのかな)と思いながらも、行き倒れていた自分を助けてくれて、最初はこの館に留めることを反対したものの、そうと決まれば何くれと気をかけてくれた内蔵助への感謝の気持ちと、股間を膨らませている姿を見たことで感じるようになった親近感によって、内蔵助の言う。
「あの、お手伝いしましょうか?」
「片付けか? いや大丈夫だ」
「いえ、あの~口取り…を」
膝の上に乗せていた右手を少し上げ、人差し指をまた少し曲がった状態で伸ばしながら内蔵助の股間を控えめに指差す鈴。
「いや、私は大丈夫だ。家に帰れば奥も側女もいる。もしも鈴が給金を増やしたいと思っているなら、この長屋には大勢の若い侍がいる。大きな戦が近づいているというのは皆が知っていることだ。少し話をすれば、すぐに相手はみつかるだろう。誰もとがめ立てはせぬ」
「いえ、私、お金が欲しいわけじゃないです。ここに暮らして食べさせてもらって、その上に給金までもらっていることで十分です。ただ、行き倒れて襲われてそうになっていた私を救ってくれた内蔵助様に、ずっと何かお礼したいと思っていて、この前、女中ってそういうこともする人が居るって知って、それで自分でしようとしてところをおじゃましちゃったかなって思って、そういうことなら私にもできるかなって。そういうことをしたことがないわけでもないし」
「やはりお前は、どこかのお屋敷で女中をしておったのか?」
「いえ、そういうわけでもないんですけど…」
そうして、言い出してしまった手前、簡単に引くこともできなくなった鈴と、すでに嫁いでいった娘と同じ年格好の女である鈴に突然の申し出を受けて戸惑う内蔵助。
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