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悪い男
四、悪因悪化
しおりを挟む庸介はその後も何処にも留まらず、譽と各地を転々としていた。庸介が婚約者に渡すはずだったダイヤの指輪は作り直してネックレスに変えた。それを譽が首に下げている。新婚旅行さながらに目一杯観光を楽しむ。日中派手に遊び歩いて、夜はベッドの上でじゃれ合う。庸介が手にした金は簡単に尽きるような額では無かった。然し庸介は落ち着けないその日暮らしに疲れて来ていた。
「そろそろ、何処かに落ち着こうか」
譽からの今後の行方の問いに対して庸介はそう答えた。
「何処かって?」
ピアスだらけの耳から外れかけたピアスを直しながら譽は問い返した。その語気からは退屈が滲み出ている。
「もう飽きちゃった?」
呆れたように言う譽は染めた髪の毛の根本が黒くなってきていた。
「じゃあ、そろそろお開きかな」
まだ飲みかけだった酒をグラスに注いで譽が軽い乾杯をかわしてくる。一気に飲み下す譽に煽られて庸介もまたグラスを空にした。
「これ、アイツの遺書ね」
見覚えのあるジッパー袋の中に白い封筒が入っている。譽は徐ろに自分のバッグから取り出してきた。庸介には訳が分からなかった。促されるままに封筒の中の便箋を取り出す。見覚えのある字が見える。
兄の綴った遺書によると、まだ未成年の頃に兄のほうが先に庸介の婚約者と出会い関係を持っていた。その際の過ちで彼女が身籠ってしまい、その子供を養子に出すことになった。この事が原因で二人は引き離されたが、兄への思いを断ち切れなかった彼女が、何も知らない庸介と関係を持ち婚約をしてしまう。彼女自身から後ろめたい過去を掘り返され、兄は脅され彼女の望むままに結婚せざるを得なくなった。これまでの家の中の出来事も、兄を溺愛する両親により歪められており、いつの間にか兄に都合の良いように捻じ曲げられてきた事も告白されていた。
兄が家業を担わされて間もなく、養子に出したはずの息子が突然現れ、世間体を盾に過去の様々な失態や所業について細々と脅し始めた。息子と弟の婚約者、両者の脅しの圧力に負け不義理な結婚をする羽目になったこと、脅しに屈したがために度重なる息子の悪行の尻拭いで自ら破滅していったことが洗いざらい綴られていた。兄の息子は遊び半分に人を騙し、弱みを握り、揺さぶり、脅して弄ぶ。人を操る術に長けていて、養子に出した先の義理の両親すら支配していた。庸介を暴行犯として訴えた女性は兄の息子の養母だった。暴行した犯人は自ら育てた息子だったのだ。他人を陥れる悪行に加担してしまうほど、養母は息子に洗脳されていた。兄の息子は兄の家庭にすっかり入り込み、全員をそれぞれ揺さぶった。そして小さな隙につけ込んでいく。ジワジワと脅されて大きくなった心の歪を利用し、自らの手を汚す事なく邪魔者を排除していった。
兄も父も母も、婚約者だった人もこんな若者の手のひらの上で面白いほどに転がされて互いの足を引っ張り合い、破滅していった。婚約者だった彼女が兄に強行した事も、彼女が事故で亡くなった事も、両親が心労で患っていった事も、起きたこと全ての背後に兄の息子がいた。
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