青い鳥の婚約破棄

monaca

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終わらない物語

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 あたしは、『青い鳥』の童話が気に入っています。

 好きというか、真実が書かれていると思っています。
 人生のバイブルというものかもしれません。

 だから――

「きみとはやっていけない。婚約破棄しよう」

 今、婚約者からこんなことを言われていますが、とくに動揺はありません。
 ほらね、という思いです。

「きみは現状に満足できない人間なのか? ずっと何かを追い求めているように見える」
「幸せを求めるのは普通でしょ?」
「幸せ……きみが求めているのは本当に幸せなのか?」

 あら、それなりに賢いのね。
 あたしはすこし感心しました。

 青い鳥症候群、という言葉があります。

 理想を追い求めつづける病気――とまではいかなくとも、病的なまでに現状をよしとしない性質のことです。
 転職を繰り返したり。
 引っ越しを繰り返したり。
 それこそ、婚約破棄を繰り返したりする人がそう言われたりします。

 あたしもこれが、三度めの婚約破棄。
 でも、いわゆる青い鳥症候群とは違うと、あたしは考えています。

「きみはどうなりたいんだ? 浮気相手の素性を調べたけど、ぼくより貧乏だし、悪いがきみのことを愛しているとも思えなかった」
「そうね。本当のところは、理想を追っているわけでも、今以上の幸福感を求めているわけでもないわ」
「理想や幸福を求めないなら、何なんだ?」

 あたしは即答します。

「失うこと。手に入れた幸福を捨て去ることを求めているの」
「何だって……?」

 彼は困惑しますが、あたしにとってはあたりまえとなっている、人間の真理です。

 青い鳥は、理想の具現ではありません。
 言うなれば、満足感です。

 人は自分の幸せがどんなかたちなのか知りません。
 知らないまま、人の話や物語の空想から幸せを仮定し、追い求めます。

 わからないものを探しているのです。
 青い鳥は「青い」とわかっているのだから、幸せとイコールなはずがないのです。

 一方、満足感は、誰もが味わったことがあるでしょう。
 空腹なときの食事後かもしれませんし、サンタさんが望みのものを置いていってくれたときかもしれません。
 ああ満ち足りた、と感じるあの感覚です。

 あたしの解釈では、あれが青い鳥。

「あなた、禅ってわかる?」
「……? 瞑想とか座禅とかの?」
「ええ。禅の考え方では、修行をしていて不意に訪れる神秘体験や悟りのような感覚を、否定するの」

 あたしは、青い鳥では彼に伝わらない気がしたので、他の知識で語ることにしました。

「え、悟りを否定するのか?」
「そう。魔境と呼ぶらしいわ。あたしたちはお坊さんって悟りのために修行してると思いがちだけど、すくなくとも禅寺の人たちは魔境を否定する。求めていたものが手に入ったことを、否定するの」
「……じゃあどうなったら終わりなんだ?」

 この例え話の結論を予感したのか、真剣な顔で質問する彼に、あたしは返します。

「終わらないのよ。修行は終わらない。満足したらそれは魔境に堕ちたと見なされる」
「つまりきみも同じってことなのか?」
「ええ」

 チルチルが見つけた青い鳥は、ラストではまた、逃げてしまいます。
 手にした幸せが色あせたことの比喩?
 いいえ、あたしは、満足感を否定することの比喩だと思うのです。
 人の幸せは、満足しないこと。

「ごめんなさいね。あたし、あなたに抱かれているとき本気で満足していたわ。だから――」
「もういい。ぼくだって幸せだった。でも逃げていく。……きみは青い鳥みたいな子だ」

 あたしは笑ったと思います。
 彼が、あたしがひと言も口にしていない童話のことを言ったから。

 あなたにとっては青い鳥はあたしかもしれない。
 かたちある幸せが欲しいのに、取りあげてしまってごめんなさい。

 あたしは満足感を手放したいの。
 追いかけているその途中の道のりだけが、あたしの幸せなのです。

 
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