あけまして婚約破棄

monaca

文字の大きさ
1 / 1

神頼み

しおりを挟む
 元日の初詣。
 参拝客でごった返す、神社の境内。

 あたしと彼は、手を繋ぐでもなく、ただ毎年の恒例行事として寒いなか参加しています。

「……人、多いね」
「そうだな。寝とけばよかった」
「そこまでは言ってないよ」
「そうか……」

 おもしろくも何ともない会話です。
 彼とはもう八年付き合っていて、婚約して同棲を始めてからも五年は経っています。
 いい加減、入籍すべきなのでしょうけど。

 なんだか婚約したときの情熱も冷め、すでに熟年夫婦みたいに枯れてしまいました。

 結婚しようとも、婚約破棄しようとも言いださず、お互いのものぐさな性格もたたって、ずるずると年齢だけを重ねてきました。

 でも、あたしもことし、30歳になります。
 彼はふたつ上だから32歳。
 どうするのか決めるなら、そろそろでしょう。

 婚約破棄してフリーになれば、あたしももっと女として輝くかもしれません。
 危機感とか出てくるだろうし。

「ねえ、いつ結婚するか考えてる?」

 一応、訊いてみました。
 彼は彼で新年で何か決意を固めているかもしれない、と思ったのですが……。

「ん? いや、とくに」
「だよね~」

 もう潮時かな、と感じました。
 婚約破棄するなら、ことし。

 もう、思い立った勢いのまま、ここで言ってしまうのもありかもしれません。

 と、そんなタイミングで、あたしたちの参拝の順番がまわってきました。

 二拝二拍手一拝。
 あたしは、彼と神様だけに聞こえる声で言います。

「婚約破棄できますように」

 終わってから横目で見ると、彼もこっちを見ました。
 たぶん聞こえていたのでしょう。

「もう帰る?」
「……いや、絵馬を書く」

 彼の返事に、あたしは「ん?」と思いました。
 人ごみの苦手な彼は、毎年すぐに帰りたがるのに。

 また並んで、彼は本当に絵馬を買いました。
 あたしが適当に交通安全のお守りなんかを選んでいるあいだに、彼はさっさと絵馬を書き、すこし離れたところにある掛所にかけています。

 気になったので急ぎ足で合流し、見ると、

「え、これ誰なの?」

 知らない女性の名前が書いてあります。
 その人と食事に行けますように、というのが彼が絵馬に書いた願いごとでした。

「会社の後輩」
「え、え、浮気してんの?」
「食事も行ってないのに浮気するわけないだろ」
「じゃあ何なの⁉︎」

 あたしは彼の腕を掴み、問いつめるように訊いていました。
 そんなあたしを彼はちらりと見やり、

「だって婚約破棄するんだろ? だったらおれも新しい人生を考えないと」

 口許が笑っています。
 やり返された、と気づきました。

「絶対ことし、婚約破棄するからねっ!」
「ああそうだな、浮気はしたくないから、後輩と食事に行くまえに頼む」
「はあ? 浮気した瞬間に婚約破棄して、慰謝料ふんだくるに決まってんでしょ?」
「お前の参拝が原因なんだから、もしそうなってもこっちが慰謝料もらってやる」

 はー……。
 波風立ったぶんだけ、何も言わないよりはマシだったのかもしれませんが。
 本当にことし中に婚約破棄できるのでしょうか。

 神様、どうかお願いします。

 あと、あけましておめでとうございます……。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

貴方の幸せの為ならば

缶詰め精霊王
恋愛
主人公たちは幸せだった……あんなことが起きるまでは。 いつも通りに待ち合わせ場所にしていた所に行かなければ……彼を迎えに行ってれば。 後悔しても遅い。だって、もう過ぎたこと……

巻き戻される運命 ~私は王太子妃になり誰かに突き落とされ死んだ、そうしたら何故か三歳の子どもに戻っていた~

アキナヌカ
恋愛
私(わたくし)レティ・アマンド・アルメニアはこの国の第一王子と結婚した、でも彼は私のことを愛さずに仕事だけを押しつけた。そうして私は形だけの王太子妃になり、やがて側室の誰かにバルコニーから突き落とされて死んだ。でも、気がついたら私は三歳の子どもに戻っていた。

婚約者が番を見つけました

梨花
恋愛
 婚約者とのピクニックに出かけた主人公。でも、そこで婚約者が番を見つけて…………  2019年07月24日恋愛で38位になりました(*´▽`*)

幼馴染、幼馴染、そんなに彼女のことが大切ですか。――いいでしょう、ならば、婚約破棄をしましょう。~病弱な幼馴染の彼女は、実は……~

銀灰
恋愛
テリシアの婚約者セシルは、病弱だという幼馴染にばかりかまけていた。 自身で稼ぐこともせず、幼馴染を庇護するため、テシリアに金を無心する毎日を送るセシル。 そんな関係に限界を感じ、テリシアはセシルに婚約破棄を突き付けた。 テリシアに見捨てられたセシルは、てっきりその幼馴染と添い遂げると思われたが――。 その幼馴染は、道化のようなとんでもない秘密を抱えていた!? はたして、物語の結末は――?

側妃契約は満了しました。

夢草 蝶
恋愛
 婚約者である王太子から、別の女性を正妃にするから、側妃となって自分達の仕事をしろ。  そのような申し出を受け入れてから、五年の時が経ちました。

[完結]婚約破棄したいので愛など今更、結構です

シマ
恋愛
私はリリーナ・アインシュタインは、皇太子の婚約者ですが、皇太子アイザック様は他にもお好きな方がいるようです。 人前でキスするくらいお好きな様ですし、婚約破棄して頂けますか? え?勘違い?私の事を愛してる?そんなの今更、結構です。

婚約破棄された令嬢が記憶を消され、それを望んだ王子は後悔することになりました

kieiku
恋愛
「では、記憶消去の魔法を執行します」 王子に婚約破棄された公爵令嬢は、王子妃教育の知識を消し去るため、10歳以降の記憶を奪われることになった。そして記憶を失い、退行した令嬢の言葉が王子を後悔に突き落とす。

聞き分けよくしていたら婚約者が妹にばかり構うので、困らせてみることにした

今川幸乃
恋愛
カレン・ブライスとクライン・ガスターはどちらも公爵家の生まれで政略結婚のために婚約したが、お互い愛し合っていた……はずだった。 二人は貴族が通う学園の同級生で、クラスメイトたちにもその仲の良さは知られていた。 しかし、昨年クラインの妹、レイラが貴族が学園に入学してから状況が変わった。 元々人のいいところがあるクラインは、甘えがちな妹にばかり構う。 そのたびにカレンは聞き分けよく我慢せざるをえなかった。 が、ある日クラインがレイラのためにデートをすっぽかしてからカレンは決心する。 このまま聞き分けのいい婚約者をしていたところで状況は悪くなるだけだ、と。 ※ざまぁというよりは改心系です。 ※4/5【レイラ視点】【リーアム視点】の間に、入れ忘れていた【女友達視点】の話を追加しました。申し訳ありません。

処理中です...