副業なら婚約破棄がおすすめ

monaca

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責任を負わないのがポイント

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「わたしたち、合わないかもしれないわね」

 わたしの口ぐせはこれです。
 とくに喧嘩をしたりしていなくても、なにげない会話にふと織り交ぜるのがテクニック。

「そうかな? ぼくは心地いいけど」
「んーまあ、それならいいわ」

 あまりしつこくしてはいけません。
 今わたしが婚約している彼は、わりと鈍感なので、効き目が弱い感じがして日に何度も言いたくなってしまいます。
 でも、言いすぎると婚約破棄の原因とされかねませんので、ほどほどに控えましょう。

 原因となる行動の回避。
 わたしのように、婚約破棄を副業としている女性にとって、もっとも大切なスキルです。

 何を言うにも何をするにも、まず「原因とされないこと」を念頭に置いてください。

 わたしは過去4回の婚約破棄を、円満のうちにクロージングさせてきました。
 完全にすべて円満だったので、結納金の返還すら求められていません。
 総額なんと――あ、具体的な金額はやめておきましょう。
 わたしはこれくらいの金額は普通だと思っていますが、極端な成功例を示してうまいことばかり言う副業の紹介ってろくなものがありませんから。

 同棲中の費用をできるだけお相手持ちとしていたこともあり、副業としてのリターンは絶大だった、とだけお教えしておきます。
 しかもこれ、一般的には副業とみなされません。
 あなたの会社が前時代的な副業禁止を就業規則にさだめていても、けっして抵触しないのです。

「今夜……いいかな?」
「うん、このあいだはごめんなさいね。今日はだいじょうぶよ」

 夜の営みは、すべてを受け入れる必要はありませんが、すべてを拒絶するのもいけません。
 これもやはり、婚約破棄の原因として責任を負わされる可能性があるからです。

 絶対にしたくない?
 それはいけませんね。
 わたしのように、ちゃんと自分好みのお相手を探して、夜のほうも楽しまなくては、副業として続けていくことが難しくなってしまいます。

 あ、婚約後にお相手から特殊性癖を打ち明けられた場合は断って大丈夫。
 それだけで慰謝料あちら持ちでクロージング可能です。
 ラッキーな案件に遭遇できたと思えば、ショックもやわらぐことでしょう。

 今回の彼の場合は、すこし判断に悩むところもありましたが、ゆだねてみたらなかなか悪くなかったので、許容としています。
 楽しむことも大事ですから、あまり深刻に考えないほうがいい結果を生むこともあるのです。

「愛してるよ」
「わたしも、愛してるわ」

 愛の言葉はノーコストで発することができます。
 積極的に使っていくのが得策です。

 ただ、あまり使いすぎると婚約破棄に発展しづらくなるので、「言われたら返す」くらいがベストでしょう。

「あなたのこと、本気で愛してしまったわ。どうしよう……ほんとに好きなの」
「どうした? 大丈夫だよ、ずっとそばにいるから」

 使いすぎるのは厳禁です。
 情が湧くようなことがあってはいけません。

「わたしこんなつもりじゃなかったのに。これまでの婚約破棄は平気だったのに」
「ああ、まえのことを気にしているんだね。大丈夫。ぼくは全部わかってるから。きみがひどい男たちに婚約破棄されつづけてきたことは、知ってる。そのたびに休職してげっそりやつれて出てきたのも、ずっと心配して見てきた。平気だと自分に言い聞かせてきたんだね?」
「怖いの。わたし捨てられるのが怖い……」

 婚約破棄は副業です。
 わたしは自分から誘導して、婚約破棄させてきました。

「ぼくはきみを捨てたりしない。こんなに震えているきみを、放りだして生きていけるものか」
「お願い破棄しないで……」
「大丈夫。不安なときはいつでも抱きしめるよ」
「ありがとう。愛してるわ」

 婚約破棄は副業です。

 副業には、やめたいと思ったときにやめられるものを選ぶのが、最大のポイントです。
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