1 / 1
わたしはいなくなる
しおりを挟む
「さあ、姫さん。その毒杯を手にとるか婚約破棄を宣言するか、好きなほうを選ぶがいい」
わたしは自室のドアに目をやりました。
すぐ外には衛兵がいるはず。
この堅牢な城に忍び込んだのはたいしたものですが、ひとりで軍隊を相手に何ができるものでしょう。
ですが、
「声をあげても誰も来やしないよ。もうあらかた殺ってある。平和ボケした兵士ほど殺しやすいものはない。……さあ、あんたにできるのは婚約破棄か死を選択することだけだ。理解したか?」
男は布で顔を覆っていますが、そこから見えている目をぎらつかせてわたしに迫ります。
「破棄か……死……」
わたしは口に出して言ってみました。
二択。
王女であるわたしの婚約は、隣国の王子との政略的なものです。
愛によるものではありません。
そもそも、お相手は王子とはいえかなり年配のかたで、長年連れ添った奥様を亡くされたため、わたしに話が舞い込んできました。
隣国との関係が強化されれば、二国と接する他の国はたまったものではないでしょう。
長く続いた均衡が崩れ、国土を広げるための戦争が始まることになるかもしれません。
今わたしのまえにいる男は、それを恐れたどこかの国が雇った暗殺者に違いありません。
婚約破棄か死。
どちらにしても隣国との繋がりは切れることになります。
でも、わたしはふしぎに思いました。
「なぜ婚約破棄なんていう選択肢があるの? わたしがそれを選んだとして、本当に破棄するかなんてわからないじゃない」
「そのときは、死者が増えるだけだ」
「うーん、脅して必ず破棄させるってこと? それはそうかもしれないけど……」
確実性に欠ける、と感じました。
そこまでして二択にする必要がありません。
そもそも、死のほうも、わざわざ毒をワインに入れて用意してくれました。
「さっさと殺せばいいのでは?」
「……そうしてほしいのか」
「いえ、違いますけど。なんだか、ちぐはぐに感じてしまいまして」
兵士は殺しても、わたしは殺したくない。
そんな雰囲気を感じざるをえません。
理由はわかりませんが……。
「このワイン、本当に毒なんて入ってるの?」
「入ってるに決まってるだろ」
「そうかしら」
わたしはおもむろにグラスに口をつけました。
すると、
「おい、姫さん馬鹿かよ! 本当に本物だからやめろ」
「っ⁉︎」
グラスを奪われてしまいました。
「あなた何をしているの……?」
「あんただよそれは。毒だって言ってるだろ、死ぬんだぞ?」
「もうそれでいいじゃない。貸して」
婚約破棄はきっと認められません。
どんなにわたしが嫌がっても、国と国との決めごとに干渉できる力などひとりの王女にはないのです。
だったら、選択肢はない。
死ぬだけです。
「そもそもわたし、戦争の引き金になるくらいなら、婚約なんてしたくなかった」
「……わかってるよ」
「そうなの? だったら死なせてよ」
「わかった」
彼はそう言うと、わたしに近寄り、着ていた夜着を乱暴に剥ぎ取りました。
「……? なっ⁉︎」
「襲うんじゃないよ。あんたは死ぬんだ」
毒のワインを、床に落とした夜着にかけます。
純白のネグリジェに、その紅は血のように広がりました。
「これでいなくなりゃ、死んだも同然だ。一緒に来い」
「……理由だけ教えて」
「はっ、理由なんてわからねーよ。ただ、あんたが産まれたときのパレードに、子どものときのおれが参加していた。そのとき見たあんたの幸せそうな顔が頭から離れてくれないだけだ」
「そう……ありがとう」
幸せな顔。
たしかに婚約が決まってからのわたしは、その表情を失っていたかもしれません。
「姫さん、あんたは死を選んだ。ワインを手にとったんだからな」
「ええ。ここから先は王女ではない、わたしの人生ってことね」
「そうだ」
彼に抱きついたまま、わたしは彼とともに闇の中へと消えてゆきました。
わたしは自室のドアに目をやりました。
すぐ外には衛兵がいるはず。
この堅牢な城に忍び込んだのはたいしたものですが、ひとりで軍隊を相手に何ができるものでしょう。
ですが、
「声をあげても誰も来やしないよ。もうあらかた殺ってある。平和ボケした兵士ほど殺しやすいものはない。……さあ、あんたにできるのは婚約破棄か死を選択することだけだ。理解したか?」
男は布で顔を覆っていますが、そこから見えている目をぎらつかせてわたしに迫ります。
「破棄か……死……」
わたしは口に出して言ってみました。
二択。
王女であるわたしの婚約は、隣国の王子との政略的なものです。
愛によるものではありません。
そもそも、お相手は王子とはいえかなり年配のかたで、長年連れ添った奥様を亡くされたため、わたしに話が舞い込んできました。
隣国との関係が強化されれば、二国と接する他の国はたまったものではないでしょう。
長く続いた均衡が崩れ、国土を広げるための戦争が始まることになるかもしれません。
今わたしのまえにいる男は、それを恐れたどこかの国が雇った暗殺者に違いありません。
婚約破棄か死。
どちらにしても隣国との繋がりは切れることになります。
でも、わたしはふしぎに思いました。
「なぜ婚約破棄なんていう選択肢があるの? わたしがそれを選んだとして、本当に破棄するかなんてわからないじゃない」
「そのときは、死者が増えるだけだ」
「うーん、脅して必ず破棄させるってこと? それはそうかもしれないけど……」
確実性に欠ける、と感じました。
そこまでして二択にする必要がありません。
そもそも、死のほうも、わざわざ毒をワインに入れて用意してくれました。
「さっさと殺せばいいのでは?」
「……そうしてほしいのか」
「いえ、違いますけど。なんだか、ちぐはぐに感じてしまいまして」
兵士は殺しても、わたしは殺したくない。
そんな雰囲気を感じざるをえません。
理由はわかりませんが……。
「このワイン、本当に毒なんて入ってるの?」
「入ってるに決まってるだろ」
「そうかしら」
わたしはおもむろにグラスに口をつけました。
すると、
「おい、姫さん馬鹿かよ! 本当に本物だからやめろ」
「っ⁉︎」
グラスを奪われてしまいました。
「あなた何をしているの……?」
「あんただよそれは。毒だって言ってるだろ、死ぬんだぞ?」
「もうそれでいいじゃない。貸して」
婚約破棄はきっと認められません。
どんなにわたしが嫌がっても、国と国との決めごとに干渉できる力などひとりの王女にはないのです。
だったら、選択肢はない。
死ぬだけです。
「そもそもわたし、戦争の引き金になるくらいなら、婚約なんてしたくなかった」
「……わかってるよ」
「そうなの? だったら死なせてよ」
「わかった」
彼はそう言うと、わたしに近寄り、着ていた夜着を乱暴に剥ぎ取りました。
「……? なっ⁉︎」
「襲うんじゃないよ。あんたは死ぬんだ」
毒のワインを、床に落とした夜着にかけます。
純白のネグリジェに、その紅は血のように広がりました。
「これでいなくなりゃ、死んだも同然だ。一緒に来い」
「……理由だけ教えて」
「はっ、理由なんてわからねーよ。ただ、あんたが産まれたときのパレードに、子どものときのおれが参加していた。そのとき見たあんたの幸せそうな顔が頭から離れてくれないだけだ」
「そう……ありがとう」
幸せな顔。
たしかに婚約が決まってからのわたしは、その表情を失っていたかもしれません。
「姫さん、あんたは死を選んだ。ワインを手にとったんだからな」
「ええ。ここから先は王女ではない、わたしの人生ってことね」
「そうだ」
彼に抱きついたまま、わたしは彼とともに闇の中へと消えてゆきました。
3
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(1件)
あなたにおすすめの小説
初恋にケリをつけたい
志熊みゅう
恋愛
「初恋にケリをつけたかっただけなんだ」
そう言って、夫・クライブは、初恋だという未亡人と不倫した。そして彼女はクライブの子を身ごもったという。私グレースとクライブの結婚は確かに政略結婚だった。そこに燃えるような恋や愛はなくとも、20年の信頼と情はあると信じていた。だがそれは一瞬で崩れ去った。
「分かりました。私たち離婚しましょう、クライブ」
初恋とケリをつけたい男女の話。
☆小説家になろうの日間異世界(恋愛)ランキング (すべて)で1位獲得しました。(2025/9/18)
☆小説家になろうの日間総合ランキング (すべて)で1位獲得しました。(2025/9/18)
☆小説家になろうの週間総合ランキング (すべて)で1位獲得しました。(2025/9/22)
愛しの第一王子殿下
みつまめ つぼみ
恋愛
公爵令嬢アリシアは15歳。三年前に魔王討伐に出かけたゴルテンファル王国の第一王子クラウス一行の帰りを待ちわびていた。
そして帰ってきたクラウス王子は、仲間の訃報を口にし、それと同時に同行していた聖女との婚姻を告げる。
クラウスとの婚約を破棄されたアリシアは、言い寄ってくる第二王子マティアスの手から逃れようと、国外脱出を図るのだった。
そんなアリシアを手助けするフードを目深に被った旅の戦士エドガー。彼とアリシアの逃避行が、今始まる。
婚約破棄を「奪った側」から見たならば ~王子、あなたの代わりはいくらでもいます~
フーラー
恋愛
王子が「真実の愛」を見つけて婚約破棄をする物語を「奪ったヒロイン側」の視点で『チート相手に勝利する』恋愛譚。
舞台は中世風ファンタジー。
転生者である貴族の娘『アイ』は、前世から持ち込んだ医療や衛生の知識を活かして、世界一の天才研究家として名を馳せていた。
だが、婚約者の王子ソームはそれを快く思っていなかった。
彼女のその活躍こそ目覚ましかったが、彼が求めていたのは『優秀な妻』ではなく、自分と時間を共有してくれる『対等なパートナー』だったからだ。
だが、それを周りに行っても「彼女の才能に嫉妬している」と嘲笑されることがわかっていたため、口に出せなかった。
一方のアイも、もともと前世では『本当の意味でのコミュ障』だった上に、転生して初めてチヤホヤされる喜びを知った状態では、王子にかまける余裕も、彼の内面に目を向ける意識もなかった。
そんなときに王子は、宮廷道化師のハーツに相談する。
「私にアイ様のような才能はないですが、王子と同じ時間は過ごすことは出来ます」
そういった彼女は、その王子をバカにしながらも、彼と一緒に人生を歩く道を模索する。
それによって、王子の心は揺れ動いていくことになる。
小説家になろう・カクヨムでも掲載されています!
※本作を執筆するにあたりAIを補助的に利用しています
婚約破棄されたのに、王太子殿下がバルコニーの下にいます
ちよこ
恋愛
「リリス・フォン・アイゼンシュタイン。君との婚約を破棄する」
王子による公開断罪。
悪役令嬢として破滅ルートを迎えたリリスは、ようやく自由を手に入れた……はずだった。
だが翌朝、屋敷のバルコニーの下に立っていたのは、断罪したはずの王太子。
花束を抱え、「おはよう」と微笑む彼は、毎朝訪れるようになり——
「リリス、僕は君の全てが好きなんだ。」
そう語る彼は、狂愛をリリスに注ぎはじめる。
婚約破棄×悪役令嬢×ヤンデレ王子による、
テンプレから逸脱しまくるダークサイド・ラブコメディ!
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
破棄ですか?私は構いませんよ?
satomi
恋愛
なんだかよくわからない理由で王太子に婚約破棄をされたミシェル=オーグ公爵令嬢。王太子のヴレイヴ=クロム様はこの婚約破棄を国王・王妃には言ってないらしく、サプライズで敢行するらしい。サプライズ過ぎです。
その後のミシェルは…というかオーグ家は…
婚約者から悪役令嬢だと言われてしまい、仕方がないので娼婦になります。ところが?
岡暁舟
恋愛
あらぬ疑いをかけられて、婚約者である王子から婚約破棄されることになった。もう誰も面倒を見てくれなくなったので、娼婦になることを決意する。新たな人生が軌道に乗り始めた矢先のこと、招かれざる客人がやって来た。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
明けましておめでとうございます(*´∀`)♪
読ませて頂きました(*´∀`)
暗殺者の彼女に成ったという風に取りました(^^)d裏に王女様が行くという事ですか?(´・ω・`)それとも、暗殺者の奥さんとして、自由を謳歌するのでしょうか?(о´∀`о)
という妄想が凄い出てきましたので報告させて頂きました(*´∀`)
あけましておめでとうございます〜。
先を想像していただけて感激です。
暗殺者の彼は、自由とか言いつつも、王女様のことを離さないでしょう(笑)
でもきっと笑っていてほしいはずなので、仕事には関わらせず、普通の奥さんとして一緒に暮らすんじゃないかなーとわたしは思います。
ご感想ありがとうございました。