どこぞのドアと澄香とすみか 〜妹と同じくらい好きな彼女が出来たら神と喧嘩する羽目になったのは一体どういう了見だ〜

板坂佑顕

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#7 New year’s day 〜年始の凛とした空気の中どこまでも彼女は気高く美しかった(2)

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「そうだお兄ちゃん、あの娘は来ないの?ほら、私と同じすみかちゃん」

 よく考えたらすみかの住所も連絡先も知らない。そもそもアザーサイドの住人なのだから、普段はこっちにいる可能性が低いのだ。

「お参りついでにそのまま最後まで行って果てちゃえー!この罰当たりー」

 梨杏の悪魔的な発言に、つい、初詣がすみかと一緒なら…と貴明は幸福な妄想をする。

「ほーら澄香、これがよからぬ妄想をしてる男の顔だよー。猥褻だねー」

「うわあ梨杏さん、いつにも増して助平ですねー。危ないですねー」

「お前ら!いいからもう寝ろー!」

「はーい」「はーい」


 2人同時に返事をして、一緒に就寝の準備をし、一緒にベッドに潜り込む。澄香は梨杏といると存外楽しそうだ。その様子になんだか自分まで嬉しくなってしまう貴明であった。



 大晦日。澄香と貴明は2年参りの待ち合わせ場所にいた。振袖姿の澄香は、いつにも増して華やいでいる。悔しいが確かに可愛いなと兄さえも見惚れるほどなのだから、通りがかるたいていの男が二度見していたのを貴明は気づいていた。

「少し早かったね。でも楽しいな」

「ったくなんだこの人混みは。わざわざ一番混んでるときに来ようなどといったい誰が…」

「あんたでしょ。あー澄香ちゃん!晴れ着可愛いー!」


 晴れ着姿の紗英が2人を見つけ、すぐにツッコミを入れてきた。理恵もいるが、こっちはいつもの露出過多な服をフェイクファー付きのロングコートで包んでいた。

「紗英さんお久しぶりです。やっぱり綺麗な人が着物を着るともっと綺麗ですねー」

「なーに言ってんの、澄香ちゃんが一番可愛いって。てか慣れないから早く着替えたいのよ。人多すぎだしさ」


 文句を言いながら笑う紗英の後ろに、もう1人晴れ着姿の女の子がいた。貴明が声をかける。


「美優か!珍しいね。紗英と一緒に来たの?」

「サエリエに誘われたら来るしかないでしょ。私も一度はしてみたかったしね、初詣。うわーこの人混み、熱気!これこれ、これよー!」

 美優のキャラにないはしゃぎっぷりに、少し驚く貴明。なお最近の紗英と理恵は内外からサエリエの愛称で1セットになっており、どんどん人気が上がっている。

「美優さんですか、初めまして。私、剣崎の妹の澄香といいます」

「あどうも、足利美優です…っていうか噂以上の美少女!しっかりしてるのね。ね、いそべ巻き食べる?いやー可愛いなー、欲しいなーこれ、貴明くん、本当に兄妹なの?」

「ったくどいつもこいつも…」


 澄香は心なしか不満げな、複雑な表情で、美優や紗英を改めて見る。

「どした?澄香」

「いや…周りにこんなに綺麗な人ばかりいるんだな、と思ってさ。なのにこの不肖の兄は…はあ」

「なんだよ?」

「あはー!貴明がモテないって話でしょ。だってこの人、音楽が恋人とか言って女の子に見向きもしないのよー。そりゃあ女としちゃ面倒くさいよねえ!あはははー!」


 理恵が変なテンションで絡んでくる。振る舞い酒でだいぶ仕上がってるな。絡まれながら歩くうち、透矢たちの姿が見えた。


「おーい透矢!この酔っ払いをどうにかして…うわっ!」

 同級生たちの中から透矢と達哉が猛烈な勢いで抜け出し、貴明を3mほど吹っと飛ばしながら澄香に突進する。

「久しぶり!今日は澄香ちゃんが来るって言うから俺も来たんだよ。いいね!若いっていいね」

「やー、いつ見ても可愛いねー。晴れ着最高だよ、やっぱ女子高生は肌が違うね!」

 この後、2人が同級生女子からたいへん厳しいバッシングを浴びたのは言うまでもない。


 美優と澄香は初対面ながらすっかり意気投合した様子で、透矢や達哉たちと一緒に露店巡りで盛り上がっている。片や貴明はサエリエと一緒のグループになり、なんとなく一行は二手に分かれていた。ま、透矢や美優といれば澄香は安心…いや待てよ、透矢は状況次第では最も危ねえなとブツクサ言いながら歩く貴明に、紗英が突っこむ。

「まーた澄香ちゃんの心配してんでしょ。ほんとに妹馬鹿なんだから」

「いや妹馬鹿じゃなく馬鹿妹の心配を…そういや紗英、元気そうで良かった。ライブの時は元気なさげだったからさ」

紗英が困惑したように赤面する。


「だ、大丈夫よ最初からなんともないんだから。もう、なんで時々優しいのよ…バカ」

「え?何か言った?人がすごくて聞こえな…」

「い、いいの別に!」

 花柄のガマ口バッグを貴明の顔に押し付ける紗英。そんな様子を理恵は微笑ましく眺める。やがて澄香が、美優と透矢の猛アタックから逃げるように合流した。


「お兄ちゃん!ちょ、助け…うわあ美優さん、そんな大きいのもう食べらんないって!ひいいい」

「やっぱ露店ったらりんご飴でしょおー!うははーたーのしいなー初詣ー!」

「美優ちゃんって意外にノリいいんだねえ、気に入った!こんど飲み行こっかー!澄香ちゃんも一緒に!」

「いやあの、私高校生で…ははは、はは」


 澄香以外は振る舞い酒やビールを飲みながら歩いているので、なかなかいい具合に酔いが回っている。澄香は半分本気で困っている。

「お前ら…ったくしょうがねえなあ。ほら行くぞ澄香!」

 貴明が少し強引に澄香の手を引き、澄香はほっとする。数人で社殿に向かうと順番に押し出され、左の賽銭箱には貴明、澄香、紗英、理恵の4人が割り当てられた。


(今年の願いは一つ!すみかちゃんに会いたい!すみかすみかすみか…)

 貴明は懸命に、愚鈍なほど純粋にすみかへの想いを祈る。だがいかんせん想いが強すぎた。力み過ぎたのか、だんだん心の声がダダ漏れになってしまう。

「すみかすみかすみかすみか…」


 祈りどころか普通に名前を連呼する貴明。隣の澄香はボッ!と音がするほど瞬間的に紅潮しながらアワアワと困惑し、サエリエは手を合わせながら笑いを堪えるのに必死だ。

「ばっばっばか兄貴、何言ってんのよこんなとこで!」

「んあ?すみかすみ…おう澄香、ちゃんとお願いしたか…うおおっ?し、しまっ…」

「あっははは!やっぱりどシスコンなんじゃないの!」

「もうね面白すぎるわ。そりゃあモテないわ貴明!」


 澄香は赤面しすぎて顔を上げられない。もちろん自分のことではなく、すみかのことであるとわかってはいるのだが、これはさすがにキツイ。

 貴明の方も下を向きっぱなしで、サエリエのいじりに対応する余裕がない。隣の賽銭箱にいた透矢と達哉組も半笑いでこっちを見ながら、

「うん。やっぱり貴明がいると何かが起きるな」

「相変わらず、音楽以外はアホが突き抜けてるなあ」

 全員が合流した途端、貴明をネタにしばらく爆笑が続いた。
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