どこぞのドアと澄香とすみか 〜妹と同じくらい好きな彼女が出来たら神と喧嘩する羽目になったのは一体どういう了見だ〜

板坂佑顕

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#7 New year’s day 〜年始の凛とした空気の中どこまでも彼女は気高く美しかった(4)

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「紗英…」

「うっさーい!うっさいうっさいうっさい!あんたが上から目線なんて100万年早いのよ!逃した魚は大きいって、いいだけ後悔するがいいわ。ざまあみろ!ふん!」


 紗英はくるりと踵を返し、二度と貴明を振り返らず、足早に澄香と理恵のいる木陰に向かう。紗英はいつから2人がいることに気づいていたんだろう。むろん、貴明はここで初めて2人の存在を知る鈍感ぶりであったが。
 

「理恵っ!私は…私は泣かない!」

「知ってる。だから私は、あんたが好きなんだ」


 紗英は、理恵の胸に顔を埋める。ふわっと抱きしめる理恵。そう時間が経たないうちに、胸の谷間に熱いしずくが一筋流れるのを感じた。


「馬鹿だね。何だって上手くやれるのに、いっつも強がって貧乏くじ引いて。でもね、紗英はそれがカッコいいのよ。私はいつも、あんたの才能に嫉妬してるんだよ」

 そのまま声を殺してむせび泣く紗英。隣には、耐えきれず大声を上げて泣きじゃくる澄香。理恵は澄香もそっと抱き寄せ、2人もろとも大きく温かく包み込んだ。


 そんな光景を見た貴明は、いたたまれない感情でいっぱいになる。心に何本もの鋭いトゲが食い込む。だが同時に3人をとても羨ましく感じた。俺がこいつらに追いつくには、どんだけの修行が必要なんだろう。女ってすげえな。


 別れ際、理恵が貴明に声をかける。

「あのさ、ありがと」

「どうして…俺は紗英に酷いことを」

「うん。だけどね」

 理恵は、キッと鋭い目つきで言う。

「今日はあれでいいの。あなたが悪いわけじゃないもの。でもどんな形であれ、次に紗英を悲しませたら…私、その時は許さないかもね」



 貴明と澄香は、うつろな心持で境内を歩きながら話す。

「理恵さんって素敵な人だね。澄香が男なら絶対に好きになってるよ。とても温かくて柔らかかった」

「そうだな。あいつも紗英もすげえよ、到底敵わない。ったくよ、女ってのは…」

 貴明は、ふと澄香の顔を覗き込む。


「何よお」

「そういう意味じゃお前もだよ。俺は今日、澄香がいてくれて良かったと思ってる」

「な、なに言ってんのよ、そんなことより紗英さんみたいな最高の女性を振ったんだから、絶対にすみかちゃんを大事にしないと…」

「わかってる。何かあれば理恵に殺されるしな。そうじゃなくて、お前がいてくれて良かったと思ったのはさ」

「だから、なによーもう!」

「さっき俺の代わりに大泣きしてくれただろ。なんだかわからんけど救われた。俺が泣かずに済んだ。ありがとな」


 澄香はその言葉で涙がぶり返しそうになる。ごまかす意味も込めて貴明の腕にしがみついた。

「はは、澄香は昔から泣き虫だよなあ」

「そ、そんなことないもん。むしろ澄香が普通で他の人の目が乾きすぎなんだもん」

「あはは、そうかもな。澄香は優しすぎるからな。でも俺は、澄香の泣き顔はけっこう好きだよ」


 またしても涙があふれそうな澄香。豊かな感情にフィルターをかけずに素直に表現する澄香は、日頃から自然と涙を流す場面が多かった。

「根拠はないけどさ、俺は泣き虫の澄香と一緒にいれば、正しい方向に行ける気がするんだ」

「妹に甘える兄なんて…聞いたことないよ。それに、兄妹がずっと一緒にいられるわけないでしょ。いつかはきっと…」

「いやそれがさ、何でだろうな。澄香とはずっといられる気がするんだよ。これからもどんどん甘えるからな、頼むぞ妹よ」

「リアルバカ兄貴…もう…バカなんだから…」


 澄香は、そう遠くないうちに来るであろう別れを意識したせいか、貴明の腕に一層ぐいぐいとしがみつく。露店のチープな灯が、澄香の泣きはらして赤くなった目や頬を柔らかな山吹色に染め上げ、淡く輝かせる。貴明は澄香の頬に光る一筋の涙を何気なくそっと拭う。思った以上の涙の熱量に、この妹の限りなく純粋な心を改めて感じ取る。


 何にも染まっていない新しい年は、まだ始まったばかりだった。
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