どこぞのドアと澄香とすみか 〜妹と同じくらい好きな彼女が出来たら神と喧嘩する羽目になったのは一体どういう了見だ〜

板坂佑顕

文字の大きさ
30 / 59

#8 Nothing compares 2 U 〜あなたと比べられるものなど何もないなんて一度は言ってみたかった(2)

しおりを挟む
「はは、ごめん。でもわからないのは、見ただけで俺を好きになる人なんているわけ…」


 習慣的にモテない前提で話し始めるが、さっきの紗英を思い出して自重する。

「そうですね。貴明さんは確かに第一印象が悪い!」

「ふおおっ!」

 大人しいと思っていたすみかは、2人でいると意外にしゃべってくれるし、不意打ちのユーモアもあり会話が楽しい。


「でも、すぐに思いやりが深い人だってわかるもの。最初はライブだったんです。中学生の頃、4年くらい前」

 会場ですみかを見かけるようになったのは4年前という、透矢の言葉と符合する。


「うわ!中学生でライブなんて。この人不良ですよー神様ー」

「実はヤンキーでしたー!なめんなよ!」

 すみかはウィンクしながらペロッと舌を出しておどける。もはや間違いなく可愛い人だ。


「あの頃の私は…」

 すみかは、ふっと辛そうな表情に変わる。様子を察すればこれ以上話さないほうがいいのかもしれない。だが事情があるのを感じた貴明は、

「嫌でなければ話して。いろんなことを共有したい」

「嬉しい…でもつまんない話ですよ。私が中学1年の時、両親が離婚したんです。父は東京の家に不倫相手を迎え入れるからと、母と私を追い出しました。悲しくて、心細くて」


 親の離婚など珍しくもないが、その数だけ傷つく子どもがいるのもまた珍しくない。貴明は自分が何を言っても空虚に感じられ、黙ってすみかの言葉を待つ。

「まともな分与も養育費もアテにできない父でした。母は心が病んでしまったのか、調停も投げやりで中途半端に打ち切り、2人で九州の親戚の家に無一文で転がり込んだんです。そこには母の兄、私の叔父がいたんですが…」

 すみかの顔が曇る。


「ごめんねすみかちゃん。無理に話さなくても」

「いいの。今まで誰にも話せなかった。嫌われるかもしれないけど…私はその頃、叔父から…その…」

 嫌な予感しかしない。すみかはうつむき、消え入りそうな声で告げる。



「い、悪戯を…」



 貴明の身体中の血が逆流する。自分でもおぞましいほどの負の感情が込み上げる。

「なっ…ごめんすみかちゃん、本当にもういい。やめよう」

 すみかは涙を浮かべながら、それでも続ける。

「いいんです。それでも私は、どうにか耐えようと思った。気持ち悪いけど暴力はなかったし、叔父も最後まではしようとしなかったから。私さえ心を閉じれば我慢できるって。無理矢理そう思ってた」


 貴明は、震える拳で自分の太ももをバシバシと殴る。怒りを抑えるのに必死だ。愛する者が背負う呪縛への、やり場のない怒り。初めて覚えるやり切れなさ。

「でもあの時私が本当に絶望したのは、母に対してなんです。追及して叔父たちを怒らせるのがマズイのはわかりますが、私自身の恥にもなると考えたようで」

「見て見ぬふりをした?」

「はい。遠い九州で、私は世界に1人の味方もいなくなったと思いました。積極的に死のうとは思わなかったけど、何もしなくてもこのまま死んじゃうのかな、消えちゃうのかなって。毎日そう感じてました」

 いつもの彼女らしからぬ無表情で話を続ける。


「その家には叔父の長男、私のいとこの男の子がいたんですが、その子が私とお父さんの異常な関係に気づいたみたいで」

「そいつも思春期だろうからなあ」

「学校でふざけ半分に話したらしいんです。それに尾鰭がついて、私はいつのまにか叔父を誘惑するビッチにされてしまいました。笑われて、無視されて、いじめられて。男子の先輩や同級生からはいやらしい目で見られて体を触られたし、女子も陰湿だった。母も、他の父兄から汚い言葉を浴びせられたようです」

「そんなことが…」


 時として子どもは残酷である。だが、いとこにしても悪気というよりは、父に対する苛立ちから間違った行動に及んだのかもしれない。悪いのは大人だ。


 貴明は自らを恥じた。自分はロクなモンじゃないと思うが、それでも両親がいて、友達がいて、何よりも大切な妹がいる。多感な時期に、理不尽な辱めを受けたこの人に比べれば…


「高校に行ったらリセットできると思ったんですが、私はもうダメになっててますます殻に閉じこもった。誰もいないとこに行きたい、でも1人でいいから味方がほしいって。考え方がおかしいですよね。そしてある日、家のドアを開けたら具合が悪くなって…」

「ゲートだ」

「そう。私はあの時エクスペリエンストになったらしいんです」


 すみかは抱え込んできた感情を出し切り、観念した表情で目を伏せる。話せば楽になることもある。だがすみかには、そうできる相手が今までいなかったのだ。


「…やっぱり私は、貴明さんに相応しくない…」

「何言ってんだ!」

 すみかはビクッとして貴明の目を見る。


「俺をなめてもらっちゃ困りますね。そんなの、今のすみかちゃんさえ平気なら、蚊に刺されたようなもんだよ。ま、その小汚ねえ蚊はいずれ駆除したいとは思うけどね」

「貴明さん…私でいいの?」

「あのね、怒りますよ。俺がすみかちゃんを嫌になる理由が、今の話に一つでもあった?俺には君以上の人はいない。それは全然変わってないよ」

「私…私は…」


 すみかの目から一筋の涙がこぼれ落ちる。数年間耐えてきた感情が詰まった、たった一粒の重い涙だった。


「エクスペリエンストになってからもずっと、私は無意識に理解者や味方を探していたのだと思います。そのために与えられた能力なんだと、やっとわかりました」

「よかったね…それで会えたのかい?味方には」


 すみかは泣き顔から一転、不思議そうな、呆れたような面持ちで貴明を見つめる。


「ええ?な何言ってるんですか?味方なら今、私の目の前で缶コーヒー飲んでますよ」

「お俺かっ!そうかあ…」

「むしろ違うのっ⁉︎もう、本当に鈍いんだから。もっと自覚してくださいね!」

 すみかは笑顔を取り戻す。


「最初にゲートで飛んだのが、あのライブハウスの近くだったんです。音楽は好きだけどライブなんて行ったことがなくて怖かったのに、なぜか入らないといけない気がして」

「俺のいたバンドの…」

「そう。勇気を出して入ったけど暗いし狭いしうるさいし、やっぱり怖くてもう帰ろうと思ったとき、ピアノの音が聞こえてきたんです」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

至れり尽くせり!僕専用メイドの全員が溺愛してくる件

こうたろ
青春
普通の大学生・佐藤健太は目覚めると、自宅が豪華な洋館に変わり10人の美人メイドたちに「お目覚めですか、ご主人様?」と一斉に迎えられる。いつの間にか彼らの“専属主人”になっていた健太は戸惑う間もなく、朝から晩までメイドたちの超至れり尽くせりな奉仕を受け始める。

陰キャ幼馴染に振られた負けヒロインは俺がいる限り絶対に勝つ!

みずがめ
恋愛
★講談社ラノベ文庫新人賞佳作を受賞しました!  杉藤千夏はツンデレ少女である。  そんな彼女は誤解から好意を抱いていた幼馴染に軽蔑されてしまう。その場面を偶然目撃した佐野将隆は絶好のチャンスだと立ち上がった。  千夏に好意を寄せていた将隆だったが、彼女には生まれた頃から幼馴染の男子がいた。半ば諦めていたのに突然転がり込んできた好機。それを逃すことなく、将隆は千夏の弱った心に容赦なくつけ込んでいくのであった。  徐々に解されていく千夏の心。いつしか彼女は将隆なしではいられなくなっていく…。口うるさいツンデレ女子が優しい美少女幼馴染だと気づいても、今さらもう遅い! ※他サイトにも投稿しています。 ※表紙絵イラストはおしつじさん、ロゴはあっきコタロウさんに作っていただきました。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

詠唱? それ、気合を入れるためのおまじないですよね? ~勘違い貴族の規格外魔法譚~

Gaku
ファンタジー
「次の人生は、自由に走り回れる丈夫な体が欲しい」 病室で短い生涯を終えた僕、ガクの切実な願いは、神様のちょっとした(?)サービスで、とんでもなく盛大な形で叶えられた。 気がつけば、そこは剣と魔法が息づく異世界。貴族の三男として、念願の健康な体と、ついでに規格外の魔力を手に入れていた! これでようやく、平和で自堕落なスローライフが送れる――はずだった。 だが、僕には一つ、致命的な欠点があった。それは、この世界の魔法に関する常識が、綺麗さっぱりゼロだったこと。 皆が必死に唱える「詠唱」を、僕は「気合を入れるためのおまじない」だと勘違い。僕の魔法理論は、いつだって「体内のエネルギーを、ぐわーっと集めて、どーん!」。 その結果、 うっかり放った火の玉で、屋敷の壁に風穴を開けてしまう。 慌てて土魔法で修復すれば、なぜか元の壁より遥かに豪華絢爛な『匠の壁』が爆誕し、屋敷の新たな観光名所に。 「友達が欲しいな」と軽い気持ちで召喚魔法を使えば、天変地異の末に伝説の魔獣フェンリル(ただし、手のひらサイズの超絶可愛い子犬)を呼び出してしまう始末。 僕はただ、健康な体でのんびり暮らしたいだけなのに! 行く先々で無自覚に「やりすぎ」てしまい、気づけば周囲からは「無詠唱の暴君」「歩く災害」など、実に不名誉なあだ名で呼ばれるようになっていた……。 そんな僕が、ついに魔法学園へ入学! 当然のように入学試験では的を“消滅”させて試験官を絶句させ、「関わってはいけないヤバい奴」として輝かしい孤立生活をスタート! しかし、そんな規格外な僕に興味を持つ、二人の変わり者が現れた。 魔法の真理を探求する理論オタクの「レオ」と、強者との戦いを求める猪突猛進な武闘派女子の「アンナ」。 この二人との出会いが、モノクロだった僕の世界を、一気に鮮やかな色に変えていく――! 勘違いと無自覚チートで、知らず知らずのうちに世界を震撼させる! 腹筋崩壊のドタバタコメディを軸に、個性的な仲間たちとの友情、そして、世界の謎に迫る大冒険が、今、始まる!

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

処理中です...