どこぞのドアと澄香とすみか 〜妹と同じくらい好きな彼女が出来たら神と喧嘩する羽目になったのは一体どういう了見だ〜

板坂佑顕

文字の大きさ
56 / 59

#14 Sometimes it snows in April 〜4月の雪なんて何かの前兆なのが見え見えだった(4)

しおりを挟む
 3月31日、卒業記念ライブ。Back Door MenとUnhappy Girlsの混成メンバーによる特別ステージは大反響を呼んだ。集まった業界関係者は、いきなり登場した女の子に「あの娘は誰だ⁉︎」と色めき立つ。視線の先にいたのはもちろん澄香だ。


 ♪悠久の 湖水(みず)の音
 触れるたびに 心解ける
 神々に いだかれて
 届かぬ想い 空を翔る


 清楚で華のあるルックス。持ち前の元気さにすみかの透明感がミックスされた完璧な歌唱。澄香はたった1曲で会場を魅了し、紗英が所属する事務所のマネジャーは、慌てて本社に連絡するほどだった。



 ライブが終わり、2人は成功を喜びながら帰途につく。

「あー緊張した!でも楽しかった。どうでしたか澄香の歌は?」

「すごいよ。透矢や理恵が、最初の1フレーズを聴いたら顔色変わって、本気で合わせてきたもんな。あえて澄香をリハに出さず本番まで温存した俺の勝ちだぜ」

「相変わらず性格悪ー。でも私もお姉ちゃんの歌を聴いてみたかったな」

「何を言う、さっきのはすみかちゃんの歌と同じだよ。録音したから後で聴こう」

「そうなの?えへ、嬉しいなー」


 澄香は満面の笑みで貴明の腕にしがみついた。2人は、怒濤のように押し寄せた数々の試練や驚きが、このライブでひとまず決着したような充実感を味わっていた。


「聴いてたかい?すみかちゃん…」

 2人で見上げた月。それはまるですみかの穏やかな笑顔のように、雲間に揺れていた。




 数日後。4月の埼玉県南には珍しくぼたん雪がちらつく。鼠色の曇天の下、よく通うラーメン屋を左に曲がって駅に伸びるいつもの通学路。新生活を控えてのんびり過ごす貴明と澄香は、外で昼を食べようと駅前に向かっていた。


「そういや梨杏に初めて会ったのもここで、こんな雪の日だったよ。今頃は囚人生活を満喫してるのかな」

「会いたいね。梨杏さんがいなかったらみんな死んでたもん」

「最初は偉そうで気に食わなかったけどな。でもな、こんな話をしてる時に限って平気な顔で現れるのがあいつのやり方だ。油断大敵だぞ、ははは」

「あは、まさかそんな…」


 その時突如、目の前が白く発光する。現れたのはもちろん偉そうな少女だった。

 
「あ“あ”ーん?誰が気に食わないって?」

「りりりり梨杏⁉︎マジか?」


 目が点になる2人。梨杏はちっちっちっと人差し指を左右に振った。やはり古臭い。

「お前たち全員生き残っちゃったろ。合格しちゃったというかさ」

「いやすみかちゃんは…」

「何言ってんの、そこに澄香と一緒にいるでしょ。聞かなくてもわかるわよ。なーに、体なんてただの器、飾りだから」

「いや待て待て、それよりも500年の刑はどうした?」

「実はあんたらが合格したおかげで、世話役の私の評価が逆に上がっちゃってさあ」


 貴明と澄香は、口があんぐりと開いたまま閉まらない。

「謹慎も造反も不問で、むしろリスペクトされまくりよ。我が世の春だねー」

「だ、だったらなんで…」

 貴明と澄香が、同時に下向きでワナワナと震え出す。


「どどうした2人とも?」

「だったらなんで、もっと早く会いに来ねえんだよ!こんのヨゴレ使い魔!」

「梨杏さーん!澄香…もう会えないって思って…」

 澄香は堪えきれず、大泣きで梨杏に抱きつく。


「ごめんよ…あっちにも色々あんのよ。私だって澄香とすみかは可愛いし、一刻も早く会いたかったのよ。貴明は別にいいけど」

「お前な…ま、それくらいでちょうどいいや。お帰り!」

「梨杏さーん…」

 梨杏は澄香の頭を撫でながら言う。


「他の連中の面倒見るのも大変なのよ。あ、何かあったら貴明、あんた出勤だから」

「出勤てなんだよ」

「エクストリームの力を授かったんだから、たまに役に立つ気はないのかって言ってんのよ」

「…なぜ素直に、俺のパワーを借りる時が来るとか言えんのだ?」

「あはは、いいなあこの感じ。やっぱあんたら面白いわ」

「面白くねえって話をしてんだよ!澄香離れろ、ヨゴレが伝染るぞ」

「梨杏さん大好き…」



 大騒ぎのランチを終え、梨杏はケチャップまみれの口でどこかに去った。

「相変わらず気まぐれな奴だ。でも4月に雪が降るなんて、おかしいとは思ってたんだ」

「澄香、雪は好きだよ」

「なんと!吹雪で死にかけたのにどの口が言うのか」

「いや、あんなのはもう沢山だけど…でも今日もいいことあった」


「な、あいつ本当にミューズ神だと思うか?」

「神の使いって言ってたもんね。ミューズって神様の中ではパシリなのかなあ」

「よせ!また罰が当たるぞ。俺は知ーらないっと」

「あっ…ということを昨日お兄ちゃんが言ってましたよ梨杏さん!天罰を!」

「やめろ、またどこかで見てるぞ!」


 落ち着かないことが増えそうではあるが、欠けたままで収まりが悪かったピースが揃ったことに、2人は改めて安堵していた。


 貴明と澄香、梨杏、そしてすみか。この4ヶ月で一生離れない絆が生まれた4人。特に貴明とすみかは、諸々足りない自分が命がけで守るべき存在がいるということに、深い喜びを感じていた。

 絆の中心にいるのは紛れもなく澄香だ。彼女の笑顔は、いつも周りを巻き込んで幸せにする。響子が言っていた、人と人とを結びつける力というやつかもしれない。


「澄香ってさ、そういうエクストリーム能力があるんじゃないか?」

「何?」

「はは、なんでもないよ。さ、帰って曲を仕上げるかな」

「えー、一緒にいるときくらい音楽忘れようよー、もう」

「バカ言え、俺から音楽を取ったら何が残ると…」

「自覚してるんだね」


「…違う。澄香が残る。どうしよう、音楽より大事なものができてしまった」

「ばっばっバカ兄貴!もう!」


 2人は気づく由もなかったが、そんないつものやり取りを、梨杏が時空を超えて楽しそうに見つめていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

キャバ嬢(ハイスペック)との同棲が、僕の高校生活を色々と変えていく。

たかなしポン太
青春
   僕のアパートの前で、巨乳美人のお姉さんが倒れていた。  助けたそのお姉さんは一流大卒だが内定取り消しとなり、就職浪人中のキャバ嬢だった。  でもまさかそのお姉さんと、同棲することになるとは…。 「今日のパンツってどんなんだっけ? ああ、これか。」 「ちょっと、確認しなくていいですから!」 「これ、可愛いでしょ? 色違いでピンクもあるんだけどね。綿なんだけど生地がサラサラで、この上の部分のリボンが」 「もういいです! いいですから、パンツの説明は!」    天然高学歴キャバ嬢と、心優しいDT高校生。  異色の2人が繰り広げる、水色パンツから始まる日常系ラブコメディー! ※小説家になろうとカクヨムにも同時掲載中です。 ※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

幼馴染が家出したので、僕と同居生活することになったのだが。

四乃森ゆいな
青春
とある事情で一人暮らしをしている僕──和泉湊はある日、幼馴染でクラスメイト、更には『女神様』と崇められている美少女、真城美桜を拾うことに……? どうやら何か事情があるらしく、頑なに喋ろうとしない美桜。普段は無愛想で、人との距離感が異常に遠い彼女だが、何故か僕にだけは世話焼きになり……挙句には、 「私と同棲してください!」 「要求が増えてますよ!」 意味のわからない同棲宣言をされてしまう。 とりあえず同居するという形で、居候することになった美桜は、家事から僕の宿題を見たりと、高校生らしい生活をしていくこととなる。 中学生の頃から疎遠気味だったために、空いていた互いの時間が徐々に埋まっていき、お互いに知らない自分を曝け出していく中──女神様は何でもない『日常』を、僕の隣で歩んでいく。 無愛想だけど僕にだけ本性をみせる女神様 × ワケあり陰キャぼっちの幼馴染が送る、半同棲な同居生活ラブコメ。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

クラスのマドンナがなぜか俺のメイドになっていた件について

沢田美
恋愛
名家の御曹司として何不自由ない生活を送りながらも、内気で陰気な性格のせいで孤独に生きてきた裕貴真一郎(ゆうき しんいちろう)。 かつてのいじめが原因で、彼は1年間も学校から遠ざかっていた。 しかし、久しぶりに登校したその日――彼は運命の出会いを果たす。 現れたのは、まるで絵から飛び出してきたかのような美少女。 その瞳にはどこかミステリアスな輝きが宿り、真一郎の心をかき乱していく。 「今日から私、あなたのメイドになります!」 なんと彼女は、突然メイドとして彼の家で働くことに!? 謎めいた美少女と陰キャ御曹司の、予測不能な主従ラブコメが幕を開ける! カクヨム、小説家になろうの方でも連載しています!

処理中です...