どこぞのドアと澄香とすみか 〜妹と同じくらい好きな彼女が出来たら神と喧嘩する羽目になったのは一体どういう了見だ〜

板坂佑顕

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#14 Sometimes it snows in April 〜4月の雪なんて何かの前兆なのが見え見えだった(3)

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 少し経った2月の日曜日。コーヒーとお菓子を囲む平凡な日常。たったそれだけのことだが、これを取り戻すために3人は阿寒湖で命を賭けたのだ。


「澄香、自分が変わった感じする?」

「お姉ちゃんみたいに大人っぽくなるかと思ったら全然だね、残念ー」

「すみかちゃんが大人っぽく見えたのは、気張りすぎてたからだよ。だんだんキャラが変わって、阿寒の時にはむしろ澄香に寄ってたじゃん。ちょっと面白かった」

「可愛い人だよね。きっとお兄ちゃんといる時は気を張る必要がなかったんだよ。でも澄香、見た目はけっこう変わったよね」

「瞳が碧になったもんな。これで髪を切ってメガネをかけたら完全にすみかちゃん化する。嬉しいけど複雑だな」

「えへへ、似てるでしょ?ほれほれ、これならどうだー」


 と言いながら澄香は、すみかが愛用していた赤いメガネをかけてみせる。遺品…とは言いたくないが、すみかの持ち物は実家にほとんど残っている。

「そのメガネは卑怯だ!いや似合う。本当に同じ顔なんだな。瞳の色とか雰囲気が違うから、考えもしなかった。性格や服装にもだまされたけどさ」

 ここに来て2人とも、すみかのことを笑って話せるようになりつつあった。


「でもね。一番変わったのが…」

 澄香は気になる様子で胸を押さえ、貴明はその一点に集中する。


「…また成長したな…」

「やめてよ恥ずかしいから!もう、ブラ小さすぎて全部捨てる羽目になったんだからね。なのにウエストは謎に細くなってスカートガバガバだし、どんだけスタイルいいのよお姉ちゃんは。むー」

「俺はその…どっちでもいいけど大きいのも悪くない…かな」

「バカ兄貴!助平!あははー」


 気を抜いたら普通の恋人同士になりそうで、それで問題ないのだが、そのフェイズに進むには焦りやとまどいを感じていた。お互い無理に自制する、不思議なメンタリティで毎日を過ごしていた。ともあれ今日は会話が楽しい。貴明はコーヒーが、澄香はポッキーが進む。


「すみかちゃんのお母さん、というか澄香の本当のお母さんとは上手くやれてる?」

「大丈夫、お姉ちゃんの記憶が統合されたから。お母さんは優しいよ。あと戸籍は『高嶺澄香』で、実は漢字も同じ名前なんだよね」

「ぷぷっ、それで偽名のつもりだったのかな。こういうとこ抜けてて可愛いんだよな」

「でもすみかちゃんって、イメージ的にはひらがなだよね」

「言われりゃそうだな」

「お姉ちゃん友達いなかったみたい。本当に人を避けてたんだね。あと中学の時の記憶…」


「それを心配してたんだ。大丈夫か?」

「考えると吐き気がする。お姉ちゃんはこんな想いを抱えて生きてきたんだね。でもそのぶん、お兄ちゃんに初めて出会った時の気持ちの変化が、もうすごいのなんのって」

「どうすごいのか⁉︎」

「…恥ずかしくて言えません。お姉ちゃんはね、信じられないくらいお兄ちゃんが好き過ぎなんだよ。私ぜんぜん負けてる。けどなあ、そこまでいい男かー…?」

「失敬だな!まあ俺が言うのもアレだけど、澄香はもっと頑張りましょう」

 笑い合う2人。春のたおやかな時間が流れる。



「そうだ、こないだ楽しかったね。お母さんとお父さん」

 先週末に新潟の貴明の両親が所用で上京し、2人は正月以来両親に会った。貴明は真剣に付き合っている彼女として、ガチガチに緊張しながら澄香を紹介したのだ。


「お母さんさ、澄香がうっかり『お母さん』って呼んだ時、喜んでくれたね」

「親父も澄香が他人と思えないとか言ってたじゃん。サード・ワールドで環境が変わっても、娘だった記憶が残っているのかな」

「澄香やっぱり2人の娘になりたい。またお母さんって呼びたくなっちゃった」

「おま、それはつまりけっ、けっ、けっこ…」

 炭が燃えるように熱くなる2人。


「あはは、まだ早いかな」

「そ、そうだな。いずれするんだろうとは思うけど…」

「お兄ちゃん⁉︎だろうとか思うってなんですか!澄香は必ずお兄ちゃんとけっこ…うっ」

 顔の赤さはもはや石炭ストーブの中のようだ。デレッキでかき回せば灰がはぜるだろう。



 3月中旬、貴明は卒業を迎えた。Back Door Menはレコード会社と契約にこぎ着け、春からは駆け出しのプロ生活が始まる。澄香は4月になれば女子大生だが、高校からエスカレーターで受験はない。本来なら開放感あふれる時期のはずだが、澄香はここ数日重い課題に取り組んでいた。


「♪わた、しだけが…と、止まったような…」

「ちがーう!そこはしゃくらなくていいんだ。なんならソルフェージュ並で十分」

「ふえーん、無理だよう。なんで最後のライブで澄香がヴォーカルなの?」

「全員のリクエストなんだよ。1曲だけだから。さあ最初から」

「ひいい、お姉ちゃん助けてー」


 仲間が集まって開く、3月末のラストライブ。メンバーたっての希望で、混成スペシャルバンドのゲストボーカルに澄香が立つことになった。曲はすみかも好きだった、貴明の「Ancient Water」だ。


「大丈夫、すみかちゃんがついてる。融合して声が一層綺麗に通るようになったし、キーは1音も上がった。できる!」

「でもでも、緊張するんだよう。人前で歌うなんて初めてで…」

「ははは。すみかちゃんはたった1回聴いただけで覚えたんだぞ。お前も知ってたのはそのせいだよな」

 貴明は、澄香が不意にこの曲を口ずさんだときの驚きを思い出していた。

「うん。なんだか意識に流れてきたの。私も大好きだよ」

「だったらすみかちゃんと一緒に歌ってくれよ。な?」


 すみかと一緒。その言葉でスイッチが入った澄香は、みるみるうちに歌をモノにした。


 ライブ前日、澄香は髪をバッサリと切った。ふんわりと清潔感あふれるショートカット。すみかのルックスにますます近づき、もはや違いはメガネの有無だけだ。


「えへー、どうお兄ちゃん、似合う?可愛い?この顔に見覚えない?」

「反則…ついにやったかそれを」

「お姉ちゃんと一緒に歌うならこれかなって。それにね、こうすると鏡の中でお姉ちゃんと会える気がするんだ。えへへー、どうだー」


 と言いながら澄香は、おどけてすみかのメガネをかけてみせる。貴明が照れるのを期待したようだったが、貴明は、

「……」

しばし言葉を失う。すみかと寸分違わぬ姿に見惚れ、「すみかちゃん…」とつぶやいてそっと澄香の手を握った。

「わっ、ちょっとやりすぎました、はは…お兄ちゃん?」

 貴明はうつむいたままだ。

「…泣いてるの?」

「んなわけあるか。お前な、悪ノリもいい加減にしねえと…」


 そう言って澄香を抱きしめる。一筋の涙を隠すために。自分の中にすみかを感じている澄香とは違い、貴明はまだ喪失感からまったく立ち直れていないのだ。


「ごめんね。やっぱやめよっかこの髪型」

「いや、最高だ!澄香もショート似合うんだな、同じ顔だから当たり前か。これなら明日は、本当に2人一緒に歌えそうだな」

「うん、頑張るね」

「ただな、この髪型は確実にすみかちゃんを呼び覚ますぞ。つまり明日のライブはすみかちゃんにも聴かれる。あ、プレッシャーかけちゃうけど、すみかちゃんは紗英並に歌が上手いぞ。ふふふ」

「ひいい…もしかして澄香、自爆した…?」
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