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正義と武と吸血鬼
第十二章第33話 精霊の島の午後
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部屋を出てそのまま地下通路を歩いていると、気が付けば外に出ていた。いつ外に出たのかまったく分からなかったが、ここはきっとそういう島なのだろう。
さて、ここはどうやら海辺のようだ。少し小高い岬のような場所で、目の前には雄大な大海原が広がっている。そこから陸地のほうへと視線を移すと……おや? あれは私たちが上陸した海岸じゃないか。
ん? あれはクリスさんとシズクさんだ。だがルーちゃんがいないのはどういうことだろうか?
とにかく行ってみよう。
私は防壁を足場にして空中を走っていく。
「クリスさーん! シズクさーん!」
私が上から呼び掛けると、クリスさんたちがキョロキョロと周囲を見回し始める。
「上ですよー!」
するとクリスさんたちが真上を見て、それからこちらに視線を向ける。
あ! 視線が合った!
大きく手を左右に振ると、シズクさんが手を振り返してくれた。そしてシズクさんに言われてクリスさんもこちらを見つけたのか、手を振ってくる。
クリスさんに手を振り返すと再び防壁の足場の上を走り、クリスさんたちのいる海岸に到着した。
「二人はここに戻っていたんですね」
「はい。見失ってしまい、申し訳ありませんでした……え? フィーネ様?」
クリスさんはかなり申し訳なさそうにしていたのに、突然驚いた様子で私のほうを見ている。
「精霊神様がそうしたんだと思いますから、気にしないでください」
「はい……」
慰めてはみたものの、やはり二人の様子がどこかおかしい。
「フィーネ殿、無事なのは良かったでござるが、その……」
「はい? 何かあったんですか?」
「いや、そうではござらんが……その腹はどうしたでござるか?」
「え?」
ああ、なるほど。いきなり妊婦さんみたいなお腹になって現れたらびっくりするよね。
「このお腹はですね。ホーリードラゴンの卵を温めているんです」
「ホーリードラゴン?」
「はい。精霊神様が私にと」
「ということは、精霊神様に会ったでござるな?」
「はい。色々と話を聞けましたよ。それよりルーちゃんはどうしましたか?」
「ルミア殿ともはぐれてしまったでござるよ。ただルミア殿が森で迷子になるはずがない故、むやみに探すよりもここで待っていたほうが良いと判断したでござる」
「ああ、たしかにそうですね。じゃあルーちゃんが帰ってくるのを待ちましょうか。あ、何か食べますか?」
「そうでござるな。ここで握り飯でも食べると気持ちよさそうでござるな」
「あ! いいですね。具は……あ、昆布の佃煮が入ってますね」
「いいでござるな」
「それと、キュウリのぬか漬けとたくあんも付けましょう」
「おお! 最高でござるな!」
私は収納から炊き立てのご飯と塩、漬物を取り出し、握り飯を作り始める。
そうしてせっせとおにぎりを作っていると、森の中からひょっこりとルーちゃんがやってきた。
「あっ! 姉さまっ!」
「あ、ルーちゃん。お帰りなさい。ちょうどおにぎりを作っていたところですけど、食べますか?」
「はいっ!」
ルーちゃんは嬉しそうにそう答える。
うん。無事だったようで良かった。ならルーちゃんの分もたくさん握らないとね。
◆◇◆
「いただきます」
私は自分で握ったおにぎりを一ついただく。
うん。ちゃんとふっくらふわふわのおにぎりになっている。硬すぎず、かといってボロボロと崩れない適切な握り具合だ。
お米はシンエイ流道場でたくさん炊いたものをそのまま収納に入れておいた。収納のおかげで今でも炊き立てなのはありがたい。しかもこのお米はキタノコマチというスイキョウ様御用達のブランド米だそうで、ミヤコの人々にも広く愛されているらしい。やや小粒だが甘みとうま味のバランスが絶妙で、さらに炊き上げたときのツヤが美しいという点が特に評価が高いそうだ。
もちろんこのおにぎりのご飯は評判に違わない美味しさだ。しかも昆布の佃煮の甘みと塩味が加わっている。私がやったのは単に握っただけなのだが、この味はまるで自分が一流の料理人になったと錯覚してしまうほどに素晴らしい。
もちろん咲き誇る色とりどりの花々と青い海というロケーションによる補正もあるのだろうが……。
いやはや、どうして景色のいい場所で食べるお弁当はこんなにおいしく感じるのだろうか?
と、ここまで食べていてふと思いついた私は収納の中からお味噌と炊いたお米を取り出し、小さなおにぎりを作ると表面に味噌を塗った。
「え? 姉さま?」
「いいこと思いついちゃいました」
私は味噌を塗ったおにぎりの表面を【火属性魔法】で出した指先ほどの小さな火で炙っていく。すると表面に塗られた味噌が焦げ、なんとも言えない美味しそうな香りを漂わせる。
そろそろ食べごろかな?
私は即席味噌焼きおにぎりを口の中にいれる。
んんっ! 熱っ! でも美味しい!
こげたお味噌の香りが口いっぱいに広がり、キタノコマチの甘みと味噌の甘みとうま味が絶妙にマッチしている。何個でも食べられそうなほどの美味しさだ。
素晴らしい!
「あー、いいなぁ。あたしも欲しいですっ!」
「いいですよ。じゃあルーちゃんの分も」
「わーい」
私はルーちゃんの分の味噌焼きおにぎりを作り、それからシズクさんとクリスさんの分も作った。
「んんっ! 美味しいですっ! なんですかっ!? これっ! お味噌汁だけじゃなくて、こうやって焼いても美味しいんですねっ!」
ルーちゃんは本当に美味しそうに食べてくれるので、作った私としても気分がいい。
うん。クリスさんもシズクさんも気に入ってくれたようで、美味しそうに味噌焼きおにぎりを食べている。
精霊神様から聞いた大魔王の正体は割と衝撃的だったけど、こうしていると瘴気なんてなかったんじゃないかと思えるくらいに平和だ。
いつか瘴気の問題が解決して、みんながこうして平和な時間を過ごせればいいのに。
私はそんなことを想いながら味噌焼きおにぎりをもう一口食べ、目の前に広がる海をぼんやりと眺めるのだった。
================
お知らせ:筆者のミスにより公開されていなかった「第十二章第23話 オオダテ温泉」を公開しました。ストーリーには直接関係のない温泉回ですが、よろしければそちらもお読みいただけると幸いです。お手数をお掛けし、申し訳ございませんでした。
さて、ここはどうやら海辺のようだ。少し小高い岬のような場所で、目の前には雄大な大海原が広がっている。そこから陸地のほうへと視線を移すと……おや? あれは私たちが上陸した海岸じゃないか。
ん? あれはクリスさんとシズクさんだ。だがルーちゃんがいないのはどういうことだろうか?
とにかく行ってみよう。
私は防壁を足場にして空中を走っていく。
「クリスさーん! シズクさーん!」
私が上から呼び掛けると、クリスさんたちがキョロキョロと周囲を見回し始める。
「上ですよー!」
するとクリスさんたちが真上を見て、それからこちらに視線を向ける。
あ! 視線が合った!
大きく手を左右に振ると、シズクさんが手を振り返してくれた。そしてシズクさんに言われてクリスさんもこちらを見つけたのか、手を振ってくる。
クリスさんに手を振り返すと再び防壁の足場の上を走り、クリスさんたちのいる海岸に到着した。
「二人はここに戻っていたんですね」
「はい。見失ってしまい、申し訳ありませんでした……え? フィーネ様?」
クリスさんはかなり申し訳なさそうにしていたのに、突然驚いた様子で私のほうを見ている。
「精霊神様がそうしたんだと思いますから、気にしないでください」
「はい……」
慰めてはみたものの、やはり二人の様子がどこかおかしい。
「フィーネ殿、無事なのは良かったでござるが、その……」
「はい? 何かあったんですか?」
「いや、そうではござらんが……その腹はどうしたでござるか?」
「え?」
ああ、なるほど。いきなり妊婦さんみたいなお腹になって現れたらびっくりするよね。
「このお腹はですね。ホーリードラゴンの卵を温めているんです」
「ホーリードラゴン?」
「はい。精霊神様が私にと」
「ということは、精霊神様に会ったでござるな?」
「はい。色々と話を聞けましたよ。それよりルーちゃんはどうしましたか?」
「ルミア殿ともはぐれてしまったでござるよ。ただルミア殿が森で迷子になるはずがない故、むやみに探すよりもここで待っていたほうが良いと判断したでござる」
「ああ、たしかにそうですね。じゃあルーちゃんが帰ってくるのを待ちましょうか。あ、何か食べますか?」
「そうでござるな。ここで握り飯でも食べると気持ちよさそうでござるな」
「あ! いいですね。具は……あ、昆布の佃煮が入ってますね」
「いいでござるな」
「それと、キュウリのぬか漬けとたくあんも付けましょう」
「おお! 最高でござるな!」
私は収納から炊き立てのご飯と塩、漬物を取り出し、握り飯を作り始める。
そうしてせっせとおにぎりを作っていると、森の中からひょっこりとルーちゃんがやってきた。
「あっ! 姉さまっ!」
「あ、ルーちゃん。お帰りなさい。ちょうどおにぎりを作っていたところですけど、食べますか?」
「はいっ!」
ルーちゃんは嬉しそうにそう答える。
うん。無事だったようで良かった。ならルーちゃんの分もたくさん握らないとね。
◆◇◆
「いただきます」
私は自分で握ったおにぎりを一ついただく。
うん。ちゃんとふっくらふわふわのおにぎりになっている。硬すぎず、かといってボロボロと崩れない適切な握り具合だ。
お米はシンエイ流道場でたくさん炊いたものをそのまま収納に入れておいた。収納のおかげで今でも炊き立てなのはありがたい。しかもこのお米はキタノコマチというスイキョウ様御用達のブランド米だそうで、ミヤコの人々にも広く愛されているらしい。やや小粒だが甘みとうま味のバランスが絶妙で、さらに炊き上げたときのツヤが美しいという点が特に評価が高いそうだ。
もちろんこのおにぎりのご飯は評判に違わない美味しさだ。しかも昆布の佃煮の甘みと塩味が加わっている。私がやったのは単に握っただけなのだが、この味はまるで自分が一流の料理人になったと錯覚してしまうほどに素晴らしい。
もちろん咲き誇る色とりどりの花々と青い海というロケーションによる補正もあるのだろうが……。
いやはや、どうして景色のいい場所で食べるお弁当はこんなにおいしく感じるのだろうか?
と、ここまで食べていてふと思いついた私は収納の中からお味噌と炊いたお米を取り出し、小さなおにぎりを作ると表面に味噌を塗った。
「え? 姉さま?」
「いいこと思いついちゃいました」
私は味噌を塗ったおにぎりの表面を【火属性魔法】で出した指先ほどの小さな火で炙っていく。すると表面に塗られた味噌が焦げ、なんとも言えない美味しそうな香りを漂わせる。
そろそろ食べごろかな?
私は即席味噌焼きおにぎりを口の中にいれる。
んんっ! 熱っ! でも美味しい!
こげたお味噌の香りが口いっぱいに広がり、キタノコマチの甘みと味噌の甘みとうま味が絶妙にマッチしている。何個でも食べられそうなほどの美味しさだ。
素晴らしい!
「あー、いいなぁ。あたしも欲しいですっ!」
「いいですよ。じゃあルーちゃんの分も」
「わーい」
私はルーちゃんの分の味噌焼きおにぎりを作り、それからシズクさんとクリスさんの分も作った。
「んんっ! 美味しいですっ! なんですかっ!? これっ! お味噌汁だけじゃなくて、こうやって焼いても美味しいんですねっ!」
ルーちゃんは本当に美味しそうに食べてくれるので、作った私としても気分がいい。
うん。クリスさんもシズクさんも気に入ってくれたようで、美味しそうに味噌焼きおにぎりを食べている。
精霊神様から聞いた大魔王の正体は割と衝撃的だったけど、こうしていると瘴気なんてなかったんじゃないかと思えるくらいに平和だ。
いつか瘴気の問題が解決して、みんながこうして平和な時間を過ごせればいいのに。
私はそんなことを想いながら味噌焼きおにぎりをもう一口食べ、目の前に広がる海をぼんやりと眺めるのだった。
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お知らせ:筆者のミスにより公開されていなかった「第十二章第23話 オオダテ温泉」を公開しました。ストーリーには直接関係のない温泉回ですが、よろしければそちらもお読みいただけると幸いです。お手数をお掛けし、申し訳ございませんでした。
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