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第85話 ハッピー・バースデー(前編)
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ホワイトホルンに短い夏がやってきた。気温がちょうどいいうえにカラッとしており、夜だって冷え込まない。夏はホワイトホルンで一番過ごしやすい季節だ。
そして今日、七月九日はなんと私の誕生日でもある。そのため今日はお店をお昼で閉め、午後はお墓参りに行く予定だ。
夕方からは近所の人たちが集まってハワーズ・ダイナーで誕生日パーティーをしてもらえることになっているので、それまでにすべて終わらせておく必要がある。
ちなみに誕生日というのは、ちゃんと私が生まれた日だ。おじいちゃんに拾われた日ではない。
私が小さいころ、おじいちゃんは私の両親から私のことを託されたのだと聞いている。だからちゃんと私の誕生日も知っているし、ホリーという名前はお母さんがつけてくれた名前なのだそうだ。
ただ、両親はもう星になってしまったらしい。私のことをおじいちゃんに託したのはそれが理由なのだそうだ。
おじいちゃんはそれ以上のことを教えてくれなかったが、両親が私を愛してくれていたのは間違いない。
なぜなら私はたった二通だけではあるが、お母さんからの手紙を持っているのだ。
私が五歳の誕生日のとき、そして七歳の誕生日のときに成長した私を想ってお母さんが書いてくれた手紙を受け取ったのだ。
そこには私の成長を願ってくれているお母さんの想いが綴られていて、どれだけお母さんが私を愛しているかが伝わってきた。
それにお父さんも同じ気持ちだと手紙に書いてあったのだ。
だから私はその姿を覚えていないけれど、両親に愛されていたのは間違いない。
そんなわけで、私にとって誕生日は唯一両親とのつながりを感じられる日なので、とても大切にしているのだ。
私はお店の鍵を開け、表に開店中の看板を出す。
それからしばらく待っていると、ドアベルをカランカランと鳴らして一人目のお客さんが入ってきた。
「いらっしゃいませ。え? ブライアン将軍?」
あまりに意外な人がやってきて驚いてしまった。
「うむ。ホリー先生。久しいな」
「お久しぶりです」
まさかボーダーブルクのブライアン将軍が来るとは思ってもみなかった。
「あの、どうされたんですか? まさかまた戦争が?」
「いや、そういうわけではない。今回は広めの緩衝地帯を設定したので、そう簡単にこちらに被害が出ることはないはずだ。それに尾根を伝って侵入できないように長城を建築している」
「そうなんですね。それじゃあ今日は一体?」
「オリアナ閣下に先の戦争の分の休暇を取れと言われてな。それでどうせ休むのであればグラン先生の墓参をしたいと思ったのだ」
「おじいちゃんの……ありがとうございます。今日の午後、私もお墓参りに行く予定だったんです。もし良かったらご一緒しませんか?」
「良いのか?」
「はい。賑やかなほうがきっと祖父も喜ぶはずです」
「うむ。ではご一緒させていただこう」
こうして私はブライアン将軍とお墓参りに行くこととなったのだった。
◆◇◆
道すがら、私はブライアン将軍にその後の顛末を教えてもらった。
なんでも私たちが治療した人族の捕虜たちは全員人族の国に帰されたそうだ。
ということは、あの変なことを言っていた黒髪の人族も帰ったのだろう。
教育プログラムを受けさせたそうだが、果たしてちゃんと理解してくれただろうか?
できることなら心を入れ替え、魔族への差別をやめてくれればいいのだけれど……。
そんなことを考えながら歩いていると、おじいちゃんのお墓に到着した。
「あ、ここです」
「そうか。グラン先生はここで眠っておられるのか……」
感慨深そうな様子のブライアン将軍はそう言うと私に身振りで先にお参りをするように示してきた。
私はありがたくそれに甘えることにした。
墓前に花を手向けると膝を突き、両手を前で組んで目を閉じる。そして無事に十六歳の誕生日を迎えられたことを報告し、感謝を伝えた。
それからおじいちゃんにブライアン将軍が来てくれたことを伝えると、お墓の正面をブライアン将軍に譲った。
ブライアン将軍は墓前に花を手向け、そして敬礼した。
ボーダーブルクで亡くなった兵士の葬儀の際にこういったことをしているのを見たことがある。
きっとおじいちゃんはブライアン将軍にとって今でも戦友なのだろう。だからこうしてわざわざ遠いホワイトホルンまで来てくれて、こうして送ってくれているのだ。
それからブライアン将軍はおじいちゃんの墓標に手を触れ、何かをぶつぶつと話しかけている。
きっとブライアン将軍とおじいちゃんの間には私の知らないとても深い関係があったのだろう。
そのことを少しだけ羨ましく思いつつも、優しいおじいちゃんの面影を思い出しながら私はじっとその様子を見守るのだった。
そして今日、七月九日はなんと私の誕生日でもある。そのため今日はお店をお昼で閉め、午後はお墓参りに行く予定だ。
夕方からは近所の人たちが集まってハワーズ・ダイナーで誕生日パーティーをしてもらえることになっているので、それまでにすべて終わらせておく必要がある。
ちなみに誕生日というのは、ちゃんと私が生まれた日だ。おじいちゃんに拾われた日ではない。
私が小さいころ、おじいちゃんは私の両親から私のことを託されたのだと聞いている。だからちゃんと私の誕生日も知っているし、ホリーという名前はお母さんがつけてくれた名前なのだそうだ。
ただ、両親はもう星になってしまったらしい。私のことをおじいちゃんに託したのはそれが理由なのだそうだ。
おじいちゃんはそれ以上のことを教えてくれなかったが、両親が私を愛してくれていたのは間違いない。
なぜなら私はたった二通だけではあるが、お母さんからの手紙を持っているのだ。
私が五歳の誕生日のとき、そして七歳の誕生日のときに成長した私を想ってお母さんが書いてくれた手紙を受け取ったのだ。
そこには私の成長を願ってくれているお母さんの想いが綴られていて、どれだけお母さんが私を愛しているかが伝わってきた。
それにお父さんも同じ気持ちだと手紙に書いてあったのだ。
だから私はその姿を覚えていないけれど、両親に愛されていたのは間違いない。
そんなわけで、私にとって誕生日は唯一両親とのつながりを感じられる日なので、とても大切にしているのだ。
私はお店の鍵を開け、表に開店中の看板を出す。
それからしばらく待っていると、ドアベルをカランカランと鳴らして一人目のお客さんが入ってきた。
「いらっしゃいませ。え? ブライアン将軍?」
あまりに意外な人がやってきて驚いてしまった。
「うむ。ホリー先生。久しいな」
「お久しぶりです」
まさかボーダーブルクのブライアン将軍が来るとは思ってもみなかった。
「あの、どうされたんですか? まさかまた戦争が?」
「いや、そういうわけではない。今回は広めの緩衝地帯を設定したので、そう簡単にこちらに被害が出ることはないはずだ。それに尾根を伝って侵入できないように長城を建築している」
「そうなんですね。それじゃあ今日は一体?」
「オリアナ閣下に先の戦争の分の休暇を取れと言われてな。それでどうせ休むのであればグラン先生の墓参をしたいと思ったのだ」
「おじいちゃんの……ありがとうございます。今日の午後、私もお墓参りに行く予定だったんです。もし良かったらご一緒しませんか?」
「良いのか?」
「はい。賑やかなほうがきっと祖父も喜ぶはずです」
「うむ。ではご一緒させていただこう」
こうして私はブライアン将軍とお墓参りに行くこととなったのだった。
◆◇◆
道すがら、私はブライアン将軍にその後の顛末を教えてもらった。
なんでも私たちが治療した人族の捕虜たちは全員人族の国に帰されたそうだ。
ということは、あの変なことを言っていた黒髪の人族も帰ったのだろう。
教育プログラムを受けさせたそうだが、果たしてちゃんと理解してくれただろうか?
できることなら心を入れ替え、魔族への差別をやめてくれればいいのだけれど……。
そんなことを考えながら歩いていると、おじいちゃんのお墓に到着した。
「あ、ここです」
「そうか。グラン先生はここで眠っておられるのか……」
感慨深そうな様子のブライアン将軍はそう言うと私に身振りで先にお参りをするように示してきた。
私はありがたくそれに甘えることにした。
墓前に花を手向けると膝を突き、両手を前で組んで目を閉じる。そして無事に十六歳の誕生日を迎えられたことを報告し、感謝を伝えた。
それからおじいちゃんにブライアン将軍が来てくれたことを伝えると、お墓の正面をブライアン将軍に譲った。
ブライアン将軍は墓前に花を手向け、そして敬礼した。
ボーダーブルクで亡くなった兵士の葬儀の際にこういったことをしているのを見たことがある。
きっとおじいちゃんはブライアン将軍にとって今でも戦友なのだろう。だからこうしてわざわざ遠いホワイトホルンまで来てくれて、こうして送ってくれているのだ。
それからブライアン将軍はおじいちゃんの墓標に手を触れ、何かをぶつぶつと話しかけている。
きっとブライアン将軍とおじいちゃんの間には私の知らないとても深い関係があったのだろう。
そのことを少しだけ羨ましく思いつつも、優しいおじいちゃんの面影を思い出しながら私はじっとその様子を見守るのだった。
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