聖魔の乙女は運命を転がす~落ちこぼれ回復士の私が救世主になって魔王に愛される理由~

つかさ

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第一章

戦端は開かれた

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 数日後、私たちは国境に向けて馬車に揺られていた。
 国境までは馬車で1週間の道のりだという。
 私には極力目立たぬようにと、グレーのローブが与えられた。

 魔法士のローブの色は階級を表すらしく、最下層の階級「同志」から下から3番目の「使徒」までは白、グレーはその上の侍祭という階級のローブだという。
 私の場合は階級というより単に色で選ばれただけみたいだけど。

 将と優星は乗馬の練習もしていたらしく、颯爽と馬に乗っていた。
 この世界の馬はカピバラみたいなちょっと可愛い顔の割に、足が太くガッチリしている。
 重い鎧をつけた騎士を乗せてもへばらないという理由で軍馬に採用されている馬種のようだ。
 私とエリアナのような魔法職はその馬が引く馬車に乗っての移動になる。
 人間の国と魔族の国の国境近くに行くとあって、私たち以外の兵士や回復士たちは皆、花粉除けの顔全体を覆うマスクを着用している。
 手も足も肌を露出してる箇所はなく、全身をくまなくガードしている。
 まるで無菌室に入る時の防護服みたいだ。

 マスクを着用している分、視界が狭くなり、後方に注意が払えなくなるということで、兵士たちは必ず3人一組+回復士で行動する。
 私たち勇者一行には3人+私ともう1人回復士がつくことになる。なんともいたたまれないお荷物っぷりだわ。
 私と行動を共にする回復士は、ホリー・バーンズというSS級回復士だった。
 彼女はこの国で最も優秀な回復魔法の使い手の1人で、階級は上から3番目の祭司長だった。
 将来を期待されている女性で、ローブの色は緑に金の縁取り。
 つまり超のつくエリート。
 年齢は30歳。プラチナブロンドのなかなかの美人だったけど、きつそうな眼をしている。
 古い体質の宗教国であるこの国で、女性ながらこの地位に上り詰めるには相当苦労もあったのだろう。
 眉間に刻まれたタテジワがそれを物語っている。
 ホリーがいるなら私の出番はたぶんないだろうな、と軽く思っていた。

「トワ様。あなたのことはデボラから聞いています」

 デボラ先生はホリーの部下だったようだ。

「勇者候補だというのに、他の方々と違い、まったく訓練の成果がでないようですね」
「あ、はい…すいません」

 さりげにグサッと言葉で刺してくるなあ。

「勇者候補たちの回復は私がしますので、あなたは他の兵を見てください。止血くらいはできるのでしょう?」
「はい…がんばります」
「それと、もしもの時用にこれを」

 ホリーは私に高級回復ポーションを渡してくれた。
 回復士に回復ポーションを渡すって、地味にディスってるわよね…。

 密かに傷ついている私に、ホリーはまったく無関心だった。

 世界に誇る魔法士の国、大司教公国のSS級回復士である彼女は、勇者パーティに参加して功績を立て、今度こそ枢機卿の座に就きたいと思っていた。
 枢機卿という地位は大司教に次ぐ第2位の階級で、実務上のトップである。
 現在枢機卿の地位は、前職者が老齢で引退して空位であり、第3位の祭司長4人の中から誰が枢機卿になるのかが、目下の大司教公国大聖堂内の話題であった。
 他の祭司長たちを出し抜くには、とにかく手柄を立ててアピールしなければならない。
 彼女にとって、勇者候補を利用するのは、良い機会だった。
 彼らが功績を立てれば、それをサポートした彼女の手柄にもなる。
 落ちこぼれの勇者候補の回復士などに構っていられない。というか邪魔だ。
 勇者パーティに回復士として入れれば、将来は約束されたも同然だ。
 この何の役にも立たない小娘は、できれば戦場で処分してしまいたい。
 そうすれば勇者パーティの回復士になるのは間違いなく自分だ。
 ホリーは相当な野心家だった。


 馬車より先に国境の砦に到着した将と優星たちは、既に魔族側の領土の方で小競り合いが始まっていると報告を受けた。

「どうする?」

 優星の問いに、

「行くしかないだろ!」

 と将が答える。
 彼らは馬を並べて砦の先へと駆けて行った。

 少し遅れて砦に到着した馬車組の私たちは、急いで砦を守護する連隊長の元へ駆けつけた。
 人間側の国境砦は、南北約1キロに渡って侵入防止の長城が築かれている。
 長城の終わりの片方は海になっていて、もう片方は切り立った崖と接している。崖はとても人が登れそうにない急勾配になっている。
 その長城の真ん中に砦が築かれている。
 砦の中央に大きな門があり、国境を通り抜けるにはそこを通るしか方法はない。

 砦から魔族側を見ると、薄く靄がかかっているように見えた。
 もしかしてあのモヤってるのが花粉なのかな?
 外に出ている連中は全員防粉マスク姿で、誰が誰やらわからない。
 だけど外すわけにはいかないみたい。少しでも花粉を吸えば、気分が悪くなって卒倒してしまうらしい。

「あたしたちも行くわよ」

 エリアナは短いマントを翻し、馬車に乗り込んだ。マスク姿のホリーが後を追ったので、私もそれに続いた。
 最前線までは相当距離があるらしく、砦から馬車で乗り込むことになる。

 遠くで爆発音が聞こえる。
 そうだ、ここはもう戦場なんだ。

 薄い靄の中、あたりに兵士たちが見え始めた。
 傷を負って撤退してきた兵もいる。
 馬車は私たちを降ろして、来た道を戻っていった。もう戻ることはできない。

 エリアナは兵たちの間を縫うようにどんどん先へ進んでいく。
 私とホリーははぐれまいと必死に付いて行く。

 先へ進むと、ふいに視界が開けた。
 そこでは多くの人々が戦っている。
 近くで全身を鎧に身を包んだ兵士が戦っていた相手を、間近で見ることになった。
 その相手は人間とそう大差がないように見えた。

 あれも魔族なの?

 大きな剣をふるい、鎧の兵士と戦っている魔族は、むき出しの肌に胸当てを付けているだけの軽装だった。
 周りの兵士たちはマスクと鎧でガードした姿で、魔族とそれぞれ戦っている。
 魔族たちは、よく見ると耳の先端が尖っていたり、額に小さな角があったり、肌の色が赤みがかっていたりと少しだけ人間と違うところもあった。
 遠くに背中から黒い羽が生えていて、空中を飛び回っている魔族も見えた。
 魔族って、いろんな種類があるんだな。

 あっと、ヤバイ。
 魔族に気を取られて、ホリーを見失うところだった。
 だけど、エリアナたちがいる場所はすぐに分かった。ドカーン!と大きな魔法が放たれたからだ。

 どうやら将たちと合流できたみたいだ。
 将は魔法剣をふるって魔族たちをなぎ倒し、道を切り開いていた。
 将の後ろから優星が弓の範囲攻撃で複数の魔族たちを倒し、さらにエリアナがその奥にいる魔族たちに向かって火炎弾を撃って蹴散らしていく。
 彼らは連携して魔族たちの戦列を崩していった。
 ホリーは周囲の兵士たちに広範囲回復魔法をかけていた。
 私はホリーの更に後ろで彼らの活躍をただ、ボーゼンと見ていただけだった。
 ホリーがいれば、私はマジでいらない子だった。

 ふと、足元を見ると、血まみれの兵士が倒れていて、呻き声をあげている。
 それでここが戦場だと現実を突きつけられた気がした。
 私はなけなしの回復魔法を彼にかけてみたけど、血を止められたくらいで傷を治すまでには至らなかった。

「なんで?なんで治せないの…?」

 そうだ、ホリーにもしもの時は使うように、ってポーションを渡されていたんだった。
 私はそれを取り出して、兵士に飲ませた。
 すると、兵士の傷が消え、意識を取り戻した。

「ああ、回復魔法をくれたのか。礼を言う」

 そう云って立ち上がると再び戦場へと戻って行ってしまった。
 ポーションなんだけどな…。

 でも、私は疑問を感じた。
 兵をまた戦場へ送り出すために回復を繰り返すという行為に。
 人を助けたいと思うのに、戦場ではそんな気持ちさえも道具にされてしまう。
 回復した人間をまた前線に送り込むことで、回復できない魔族をじりじりと追い詰めていく作戦なのだろうけど、何か違和感がある。
 そんなことを考えていて、背後に1人の魔族が迫ってきていたことに私は気付かなかった。
 だけど、その魔族はなぜか攻撃してこなかった。
 私は振り向いて、その魔族の顔を見た。

「おまえ、人間か―」

 しゃべった!?
 そう思った瞬間に、その魔族の胸に矢が突き立って、そのまま倒れた。

「トワ!大丈夫?」

 それは弓を持った優星だった。

「あ、うん、ありがとう」
「ここは危険だよ、後ろに下がってて」

 私にそう忠告して優星は砂煙の立ち上る戦場の中へ戻っていった。
 私は自分がフードを被っていなかったことに気付いた。
 ああ、そうか。
 さっきの魔族が攻撃してこなかったのは、私の黒髪を見て、魔族だと思ったのかもしれない。
 でも、こんな近くに魔族がいるとか、超怖いんですけど。
 その場から後退しようとしていた私に、別の回復士が声をかけてきた。

「トワ様ですか?バーンズ祭司長からの伝言です。前線の勇者候補たちの方に来て欲しいと」
「え…?でも場所がよくわからない…」

 その回復士はそれだけ云うといなくなってしまった。
 仕方なく、砂煙の中を遠くに見える爆炎を目印に歩いて行った。
 きっとあの爆炎はエリアナの魔法だ。あんなすごい魔法を撃てる人は他にいないから。
 あの方向へ行けば、きっと彼らがいるはずー。
 その時、近くで誰かが魔法を撃ってきた。
<大爆炎弾>という声が聞こえた瞬間、爆裂系の魔法が私の足元近くに着弾し、私は宙を舞った。


 ・・・・・・・・・・・・・・


 どのくらい意識を失っていたのだろう。
 目を覚ますと砂まみれになっていた。
 体を起こすと、地面に自分の人型ができるほどに、砂に埋まっていた。

「うっは、ペッペッ。やだ、口の中砂利だらけ…」

 体のあちこちが痛い。腕とか肋骨とか折れてるっぽい。
 どうやら爆風に飛ばされたみたいだ。
 私は自分に回復魔法をかけた。人には効かないけど、自分にはバツグンに効くんだな。

 立ち上がって周囲を見回すと、あたりはもう暗くなっていて、周りが見えない状態だった。

「え…」

 足元には兵士や魔族たちが重なり合って横たわっていた。
 そのうちの何人かの脈を取ってみた。
 皆、死んでいた。
 私自身も、きっと死体と思われて放置されたのだろう。

 …どうしよう。

 空には星空。
 だけど月がない。
 だから本当に真っ暗で、少し歩いただけで遺体につまづいてしまう。
 ともかく、砦をめざそう。
 といっても馬車に乗ってきたから道がわからないんだけど。
 どっちに向かったらいいのかすらも…。
 暗闇の中ふらふら歩いていると、誰かの話声が聞こえてきた。
 ラッキー!誰かいる!
 砦に一緒に連れて帰ってもらおう。

「…兄さん」
「私はもう、ダメだ。行け」
「嫌だよ!兄さんを置いていけない」
「残念だが、この傷ではもう時間の問題だ」

 誰かが死に瀕していて、死にかけているのは兄弟の兄のようだ。
 そこにいたのは、その兄弟ともう1人の人物の3人みたい。
 彼らに近づこうとして、私は近くの遺体につまづいて「きゃっ!」と声を上げてしまった。

「誰だ!」

 1人が私に気付いた。
 だけど暗すぎてほとんど何も見えない状態だ。
 私は声を頼りに近づいた。

「ああ、ごめんなさい。私も生き残りです」
「…生き残り?」
「あの、その人死にかけているんですか?」
「ああ。…だがもう無理だ」

 暗闇の中、必死に目を凝らしてみると、うっすらと人影が見えた。
 近くにいる弟らしき人物がほんの小さな明かりを手の中に灯しているおかげで、横たわっている人物が結構な大柄の男だってことがわかった。
 胸がはだけていて、そこに大きな傷があり、今も血が流れ続けていた。
 ポーションはさっき使っちゃったしなあ…。
 傷を消すことはできなくても、止血くらいはできるかも。

「ちょっといいですか?傷を見せてもらっても」

 私は横たわる男の側に膝をついた。
 そして彼の傷に手をかざし、「回復」と云って回復魔法をかけた。
 すると、彼の傷が一瞬光って、スーッと跡形もなく消えていった。

「えっ?」
「ええっ?」

 驚きの声が私の声に被った。
 私は単に自分の回復魔法で、ここまで成功したことが今まで一度もなかったからビックリして声を上げたんだけど。
 もう1つの声の主は、私の前にいた、弟らしい人物だった。

「ポーションを使ったのか?」
「ううん、回復魔法をかけただけよ。こんなに効いたのは初めてだけど」
「回復魔法?嘘だろう?」

 隣の弟はなんだか興奮していた。

「いや、本当だ。回復魔法をかけてもらって治ったのだ」

 そう云ったのは、私が回復魔法をかけた大柄の男だった。
 彼は起き上がり、私の肩を掴んだ。

「今起こった奇跡が自分でも信じられん。あなたは何者だ?」
「回復士だけど…」

 暗闇の中、その大柄の男が掌の上に大きな火の玉を灯した。
 その仄明るい火の中で見たのは。

 尖った耳。
 口の端からのぞく鋭い牙。
 それは人間のものではなく…。

 げっ!
 この人たち…もしかして魔族?!
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