聖魔の乙女は運命を転がす~落ちこぼれ回復士の私が救世主になって魔王に愛される理由~

つかさ

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第五章

優星アダルベルト

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 最初は夢だと思った。
 もう一度目覚めれば、きっとラエイラのビーチにいるはずだ。
 そう思って、何度も眠り、何度も目覚めた。
 だけど、何度目覚めても同じこの暗い部屋にいた。

 大司教からは「君は生まれ変わったんだ」とだけ聞かされ、下着とローブのような布を身に着けさせられ、この部屋に入れられた。
 外から鍵が掛けられていて、勝手に外に出ることはできなかった。

 そこは暗い地下室のようだった。
 一日に2回、食事が運ばれる以外、扉が開くことはない。
 外で何が起こっているのかも一切わからない。
 何もないこの部屋で、ただ膝を抱えているしかなかった。
 なんで、どうしてこうなった?

 …僕はラエイラでサーフィンを楽しんでいたんだ。
 ホテルに戻る途中で、レナルドに声を掛けられた。
 …それから記憶がない。
 気が付いたらこうなっていた。

 そもそも、なんで、僕は魔族になっているんだ?
 この体は、何だ?誰なんだ?
 僕の身体はどうなった―。

『この体、私じゃないの。この世界に来た時、こうなってたのよ』

 そういえば、たしかトワがそんなことを云っていた。
 自分の身体じゃないものに、自分が乗り移っている感じだって。
 今の自分の状態は、まさにそれではないか。
 あの時、悩む彼女の気持ちなんかちっとも考えずに笑って茶化してた。
 皆で彼女の元の身体がダメになってるとか、酷いことも平気で言っていた気がする。
 他人事だと思ってた。

 考えてみると、僕はいつもそうだった気がする。
 いい人のふりをして話を聞いてあげて、その実、他人のことなんか大して関心がない。
 人に嫌われないように、うまく立ち回っていただけだ。

 …考えてみれば、恋愛もそうだったな。
 僕の恋愛は、本命には嫌われないように距離を置いて、付き合うのはいつも手軽な相手とだった。
 初めて好きになったのは同級生で…。気持ちを打ち明けたら「気持ち悪い」って拒絶された。冗談だよってごまかしたら、すごくホッとされた。
 その時の彼は、僕をまるで化物みたいな目で見たんだ。
 それから僕は相手の顔色を伺って、自分の気持ちを偽るように生きてきた。
 大学に入ってからは、同じゲイ仲間の友人もできたけど、僕の気持ちはいつも偽物だった。

 でもそんなの、今の状況に比べたらホントどうでもいいことに思える。
 こんな姿になってまで、恋愛の悩みなんてバカみたいだ。だけど、そんな他愛もないことで悩んでいた頃がもはや懐かしい。
 ああ、考えれば考えるほど理不尽だ。
 僕が一体何をしたっていうんだ?
 のほほんと生きてきたことへの神様の罰だとでもいうの?
 だったらどうしてそれが僕なんだよ?他の誰かでも良かったじゃないか!

 …こんなの酷すぎる。
 よりによって、魔族だなんて。
 僕は自分の外見にそれなりに自信を持ってた。
 じっくり鏡を見ていないから何ともいえないけど、元の姿からはきっとかけ離れているだろう。
 こんな姿じゃ将に会っても、きっと僕だとわかってもらえない。
 こんなことになるとわかっていたなら告っとけばよかった。

 …って、僕はこんな姿になってもこんなことを考えているし。
 バカだ…。どうしようもない。
 とりあえず、元の姿に戻れる方法を探そう。その前に、自分の身体を探さないといけない。
 こんな姿で生きて行くのは絶対嫌だ。
 誰か、助けてよ。
 将、エリアナ、誰でもいい。僕をここから救い出してよ…!

 現実を受け入れられなくて落ち込んでいると、ふと声が聞こえた。
 隣の部屋からだ。誰かがいる。
 勇気を出して、壁越しに話かけてみた。
 すると、返事があった。

「あの…。あなたは誰ですか?」
「私はイシュタルという」
「イシュタル…さん?あなたは…魔族ですか?」
「信じたくはないが、そのようだ。私は国境砦で連隊長をやっていた者だ。カブラの花粉にやられて衰弱死した…はずだった」
「国境砦?あ…ああ!イシュタルって、確か…。僕あんたを知ってるよ!あの連隊長さんだろ?」
「なんだ、私を知っているのか?君は誰だ」
「僕は、勇者候補の優星アダルベルトだよ!」
「なんと…!」

 その後、お互いの知っていることを話し合った。
 お互いの素性がわかってホッとしたのも束の間、やはりこの理不尽な現実を受け入れられない自分たちがいた。

「ここから出よう」
「え?でも鍵が…」
「忘れたのか。私たちは魔族の身体を持っているんだぞ」

 イシュタルは自分のスキルを確認してみよう、と提案した。
 云う通りにしてみると、元の自分が持っていたスキルはひとつもなくなっていて、見たことのないスキルばかりが残されていた。
 これは、この体の持ち主のスキルなんだろうか。体が変わるとスキルまで入れ替わるのか。
 だけど、攻撃スキルはほとんどなくて、<肉体強化>や<防御力増加>など、肉体強化のものばかりだった。
 <肉体強化>を発動してから扉に体当たりすると、木の扉はあっけなく壊れた。

「すげ…!本当に出られた…」

 魔族の肉体ってやっぱりすごい。
 同じように隣の部屋から現れたのは、自分よりも少し背の高い魔族だった。国境砦で見た連隊長は元々ガタイの大きな男だったから、あまり印象は変わらないな、と思った。自分と同じようなグレーのローブのようなものを纏っている。

「行こう」

 僕はイシュタルと2人、地上を目指して薄暗い通路を走った。

「どうしてこんなことになってしまったんだろう…」
「考えても仕方がない」
「あんたは納得してるのか?」
「まさか。討伐すべき魔族に、自分がなってしまうなど、想像すらしなかったよ。倒すべき魔族の神イシュタムをもじって名をつけるほど、私の親も魔族を憎む敬虔な信者だったというのに…」
「へえ、敵対する神の名前をつけるなんて独特だね」
「そうすることで敵のパワーを取り込んでねじ伏せられると信じていたのだ」
「…信心深いんだね」
「両親は帝国においても熱心な信者だったからな」

 いくつも階段を登って地下道を走っていると、途中からはもう知っている場所へ出た。
 ああ、ここは大聖堂の地下だ。
 この先には、大聖堂の礼拝堂があって、そこではいつも市民が司祭の講話を聴いていて…。

「待て。何かおかしい」

 イシュタルが声を掛けた。
 礼拝堂へ通じる出口の扉を開けようとしていた僕を止めた。
 扉の覗き窓から、礼拝堂の中を見た。
 大勢の市民がいる。だけどなにか様子がおかしい。

「何が起こってるんだろう?」
「しっ、フードを頭からかぶれ」

 イシュタルがそう指示した。
 市民たちが壇上に向かって押しかけているように見えた。

「なんか、殺せって言ってない?」

 だが、ここからでは檀上が見えない。
 そのうち、市民たちの悲鳴が聞こえた。
 その声は、大司教が魔族だった、と云っていた。
 そんなバカな、と思っていると、広間の中が猛烈な炎に包まれた。
 人々は逃げまどい、ある者は炎に焼かれ、ある者は人に踏まれて倒れた。

「熱っ…なんだこれ」

 大広間中の空気が熱風のように感じる。
 それになんだか焦げ臭い。

「覚悟なさい!大司教の偽物!」

 エリアナの叫ぶ声が聞こえた。
 ここに彼女がいる!

「今、大司教の偽物って言った?」
「私が様子を見てくる。おまえはここで待て」

 イシュタルは扉の鍵を内側から外して開け、ローブを頭から被ったまま逃げ惑う人々の中に飛び込んでいった。
 平気な顔をして飛び出して行ったところを見ると、彼には火とか熱の耐性があるのかもしれない。
 僕は市民がこちらへ入って来ないように、扉を閉めて覗き窓から様子を見守っていた。
 やがてイシュタルが戻ってきた。

「ここは危ない。一旦地下へ戻ろう」

 扉を開けてイシュタルを招き入れた時、裏口へ走っていく将の姿が一瞬だけ見えた。

「将!」

 思わず声を掛けた。
 だが、将は気付かずに走り去って行ってしまった。
 イシュタルに「早く!」と腕を取られ、元来た地下道へと逃げ帰った。

 僕らはとぼとぼと地下通路を歩いていた。
 イシュタルは、歩きながら今見たことを話してくれた。
 大司教の正体が魔族だったらしいこと、それを勇者候補たちが倒したこと、大勢の市民が巻き添えになって虐殺されたこと。

「大司教が魔族って、それは偽物ってこと?じゃあ本物の大司教はどこに?」
「わからん。もしかしたら、最初から魔族だったのかもしれん」
「…そんなことってある?だいたい、何で魔族が魔族排斥なんて云ってるんだよ?意味が分からないよ」
「私に聞くな。わかるわけがない」
「…これからどうするの?僕らこの姿だし、この国じゃ生きていけないよね?」

 僕が心細そうに云った時、背後から声がした。

「そんなことはない」
「誰だ!?」

 反射的にイシュタルが僕を庇うように前に立った。
 そこに立っていたのはグレーのローブを纏った灰色の長髪に碧色の目をした、美しい顔の人物だった。

「…魔族?」
「おまえたち、被験者だな?」
「…被験者?あんたは誰だ?」
「私はイドラ。この国を支配する者だ」
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