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間章(5)
イシュタムの作戦
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「なんて醜い子だろう」
「これじゃどこの陣営も引き取ってくれないよ」
そんな言葉はもう聞き飽きた。
「私と一緒に来るかい?私の名はタロス。魔大公様の命で人間の国へ行くんだ」
孤立していた私を、彼が連れ出してくれた。
あの火事の中から私を助け出してくれた友人は反対していたけれど、私にはもう他に居場所がなかった。
だけど、魔獣を召喚することしか存在価値のない私は、人間の国に来ても孤独のままだった。
寒い。
独りぼっちは寒くて凍えそうだ…。
…。
…?
なぜだろう、寒くない。
ああ、思い出した。
これは…人の温かさだ。
イドラは、温もりを感じて目を覚ました。
薄く目を開けると、部屋の中は明るくなっていた。
「う」
動こうとして、自分が羽交い絞めにされていることに気付いた。
背中から、イシュタムの逞しい腕に抱きしめられていた。
何だこの状況は。
何が、どうなってる?
「う、動けない…」
かすかに耳元で寝息が聞こえる。
眠っているはずなのにこのバカ力…。
イドラは溜息をついて、イシュタムの腕をほどこうとした。
だがその力は強く、しばらくその腕とジタバタと格闘したが、まったくその戒めを解くことができなかった。
「まだ、いいだろう」
耳元でそう囁かれてビクッとした。
「起きたのか…。腕を離してくれないか」
「嫌だ」
イドラは子供っぽいイシュタムに呆れた。
ちょっと待て。
なぜ同じベッドで寝ているのだ?
…誰かこの状況を説明してくれ。
イドラとイシュタムは大きなキングサイズのベッドに一緒に寝ていた。
頭の上に彼の大きな角が見える。
もしかして一晩中こうしていたのだろうか。
「もう少し…寝かせろ…。魔力を使いすぎた…」
「魔力を使いすぎ?何をした?」
「…」
「…ここはどこだ?」
「グリンブルとかいう…」
「…ええっ?」
「魔獣を退治してやった…、宿を提供してくれた…」
「魔獣!?」
イドラは状況が呑み込めず、混乱した。
「待て、私はゴラクドールの地下にいたはず…。なぜグリンブルに?あなたが転移させたのか?」
「…すぅ…」
「おい!寝るなっ!」
結局、イドラがベッドから抜け出せたのはそれから30分も経ってからだった。
イドラが辺りを見回すと、そこは今まで泊まったこともないような立派な部屋だった。
これまで隠密行動の多かったイドラは、こんなきちんとしたホテルに泊まることはなかった。大抵、ダウンタウンの安宿を利用するか、路地裏の隅で座ったまま眠ることも多かった。
金を持っていないイシュタムがこんなホテルに泊まれるはずはない。ということは、先ほど云ったことは本当なのだろうか。
バルコニーに出て外を見てみると、確かにそこにはグリンブル王都の平和な街が広がっていた。
「一体何がどうなってる…?」
イドラは、少し冷静になって考えようと、気分転換にシャワーを浴びた。
安宿ではシャワーすらないところも多い。あっても水しか出なかったりする。こんな温かい湯を豊富に使えるなんて、少し贅沢をした気分だった。
シャワーに打たれながら、自分の身体を抱きしめた。
あんなふうに、誰かに抱きしめられたことなど、記憶の限りでは初めてだった。なんだか胸の中がモヤモヤする。
シャワーから出て部屋に戻ると、イシュタムはベッドから起き上がっていて、上半身裸のまま、筋肉質な体をストレッチしていた。こうしてみると、ごく普通の、ちょっと強そうな魔族に見える。
性別のないイドラは中性的な容貌をしているが、イシュタムに比べれば女性的といえた。イドラはそんな自分の身体にコンプレックスを持っている。
こんな体を抱いたって、面白くもないだろうと思った。
ローブを身に着けたイドラは不機嫌そうにイシュタムに問いかけた。
「魔獣を退治したって、どういうことだ?」
「ここの隣町に魔獣が出たので、討伐した」
「…隣?ラエイラか?…そもそもなぜそんなところに?」
「魔獣が出たからだ」
「いや、だからなぜそこに魔獣が出たことがわかったかと聞いている」
「魔獣が出たと人に聞いたからだ」
イドラは頭を抱えた。
まったく意味が分からない。
イシュタムは言葉で伝えるのがヘタすぎる。
「イシュタル…。すまぬが出て来てきちんと説明をしてもらえるだろうか」
イドラの要請に応じてイシュタルがイシュタムと交代した。
イシュタルとイシュタムがどういうタイミングで入れ替わるのかはわからないが、片方が表に出ている時も、もう1人は事態を把握しているようだ。だが、眠っている時もあるようで、そういう時は呼んでも出てこない。この時は幸いにもイシュタルは呼び出しに応じてくれた。
彼の説明を聞いて、ようやく事態が呑み込めた。
それで、初めてわかったことがあった。
「…嘘だろう?私は3日も意識を失っていたのか?!」
「そうだ。その間一度も目を覚まさなかった」
「その、一緒に来た聖魔騎士団という連中は?」
「毒の後始末をするというので、途中で別れた」
「ラエイラに出たのはどんな魔獣だった?」
「上は女で、下半身が巨大な蛇の魔獣だった。猛烈な毒を吐く奴だ」
「エキドナ…か」
「イシュタムが言うには、あれはテュポーンの妻らしい」
エキドナはラエイラの人工ビーチの方から突如出現したという。
バカンスを楽しんでいた人々はエキドナに捕まってはその口に放りこまれていったり、その巨大な蛇の足にすり潰されたり跳ね飛ばされたりして大勢が犠牲になった。
エキドナの髪の毛は針のように飛んで敵を串刺しにする。
その針の髪は、鉄の盾をも突き通してしまうため、グリンブル王国軍はかなり苦戦した。
イシュタムは気を失っていたイドラを王国軍に預け、聖魔騎士団と共にエキドナと戦った。
まず暴れまわるエキドナの動きを、イシュタムが重力魔法を使って止めた。
聖魔騎士団のメンバーらは物理無効スキルを持っていたため、針を弾いてイシュタムを援護した。
しかし、エキドナの最大の武器は口から吹き出す猛毒だった。
この毒は、ほんの少し触れただけで汚染されてしまい、死に至るという恐ろしいものだった。多くの市民や騎士たちがこの毒で死んだ。
しかし、幸いにもここには毒のエキスパートがいた。聖魔騎士団のテスカという翼を持つ魔族だ。
彼は毒無効スキルを持っていて、エキドナの毒から中和液を作り出した。
騎士団メンバーに毒が降り注いだ時、彼は鎌をぐるんぐるんと振り、毒中和液を振りまいた。
おかげで誰も毒に汚染されずにすんだ。
彼は大きな鎌を振り回しながら、猛毒の雨をものともせずエキドナの喉を切り裂いた。
そして調合スキルで作った消毒液を、エキドナの喉に直接送り込んだ。
エキドナはもがき苦しみ、奇声を上げて暴れようとした。
イシュタムはシトリーと協力してそれを抑え、街の被害を最低限に抑えることができた。
テスカの消毒液により、エキドナの体内の毒が無効化されると、ただの巨大な蛇はもう聖魔騎士団の敵ではなかった。
クシテフォンが雷系スキルを放ってエキドナの身体を麻痺させている間に、ネーヴェが蛇の下半身を細かく切り刻み、再生する前にみじん切りにした。
カナンが剣でエキドナの首を落とし、シトリーは胴体部分に超硬化した拳を撃ち込んだ。
最後は消毒液のついた大鎌で、テスカがエキドナの首のない上半身を両断し、トドメを刺したのだった。
「妻を殺されてテュポーンは随分と怒り狂っていた」
「…テュポーンが?…まさか、また私が憑依されたのか?」
「そうだ」
イドラの顔がサッと青ざめた。
「あんたが気を失っている間、テュポーンらしき意識があんたの身体を乗っ取った」
「…私は何かしたのか?」
「市内に倒れている遺体を依り代にして魔獣を召喚しようとしていた」
「…!!」
イドラはショックを受けた。
もはや自分でコントロールできないところまできているのか。
「意識を失っている間、あんたは奴に意識を支配されていた。イシュタムは、あんたが二度と目を覚まさないのではないかと心配していたよ。これほどまでに、奴が成長しているとは思わなかったって。イシュタムがあんたを押さえていなければ、もう一体魔獣が召喚されるところだった」
「ああ…そうか」
イドラはようやく合点がいった。
イシュタルとイシュタムはこの数日間、交代でイドラを見張っていたという。
イシュタムが、イドラを抱きしめていたのは、眠っている間にテュポーンに操られて行動を起こすのを防ぐためだったのだ。
「そういうこと、か…」
イドラは、何だかがっかりしたような気持になった。
そして何を期待していたのかと、自嘲した。
「奴はあんたの意志とは関係なく、自らを召喚させられるというところまできている」
「…私を殺せば良い。それが手っ取り早い解決策だ」
「すぐにそういうことを云うのはよくないぞ」
イシュタルが諭すように云った。
イドラは「おまえに何がわかる」と云って、ぷい、と顔を背けた。
「だが、今ならまだ間に合う」
ふいに、声の調子が変わった。
イシュタムに交代したようだ。
「…どういうことだ?」
「我はおまえが気を失っている時、おまえの記憶を見た。奴はおまえの記憶の中に入り込んでいる。そこから魔獣を追い出せば、操られることは無くなる」
「…どうやって追い出すというんだ?」
「人の心を覗ける者がいる。その者におまえの記憶から魔獣を追い払ってもらう」
「そんなことができるのか?」
「我は人の思念から記憶を見ることしかできぬが、その者は人の心の中に入り込むことができる。おまえの心の中に入り、寄生している奴を見つけて亜空間に追い出してもらう」
「…人の心の中に入るなんて、本当にそんなことができるのか?」
「実際に生きている者の記憶に入り込んでいるところを見た。あやつならば出来る」
「それは、誰だ?」
「トワだ」
「トワが…?」
イドラにとって、トワは救世主だ。また、彼女に助けてもらうことになるのだろうか。
イシュタムはイドラの肩に手を置いて語りかけた。
「生きることを諦めるな。魔獣など追い出せ。おまえならばできる」
イドラはイシュタムの顔を見上げた。
つたない云い方でも彼が一生懸命励ましてくれていることはわかる。だがそれは、イドラが本当に欲しい言葉ではなかった。
「これじゃどこの陣営も引き取ってくれないよ」
そんな言葉はもう聞き飽きた。
「私と一緒に来るかい?私の名はタロス。魔大公様の命で人間の国へ行くんだ」
孤立していた私を、彼が連れ出してくれた。
あの火事の中から私を助け出してくれた友人は反対していたけれど、私にはもう他に居場所がなかった。
だけど、魔獣を召喚することしか存在価値のない私は、人間の国に来ても孤独のままだった。
寒い。
独りぼっちは寒くて凍えそうだ…。
…。
…?
なぜだろう、寒くない。
ああ、思い出した。
これは…人の温かさだ。
イドラは、温もりを感じて目を覚ました。
薄く目を開けると、部屋の中は明るくなっていた。
「う」
動こうとして、自分が羽交い絞めにされていることに気付いた。
背中から、イシュタムの逞しい腕に抱きしめられていた。
何だこの状況は。
何が、どうなってる?
「う、動けない…」
かすかに耳元で寝息が聞こえる。
眠っているはずなのにこのバカ力…。
イドラは溜息をついて、イシュタムの腕をほどこうとした。
だがその力は強く、しばらくその腕とジタバタと格闘したが、まったくその戒めを解くことができなかった。
「まだ、いいだろう」
耳元でそう囁かれてビクッとした。
「起きたのか…。腕を離してくれないか」
「嫌だ」
イドラは子供っぽいイシュタムに呆れた。
ちょっと待て。
なぜ同じベッドで寝ているのだ?
…誰かこの状況を説明してくれ。
イドラとイシュタムは大きなキングサイズのベッドに一緒に寝ていた。
頭の上に彼の大きな角が見える。
もしかして一晩中こうしていたのだろうか。
「もう少し…寝かせろ…。魔力を使いすぎた…」
「魔力を使いすぎ?何をした?」
「…」
「…ここはどこだ?」
「グリンブルとかいう…」
「…ええっ?」
「魔獣を退治してやった…、宿を提供してくれた…」
「魔獣!?」
イドラは状況が呑み込めず、混乱した。
「待て、私はゴラクドールの地下にいたはず…。なぜグリンブルに?あなたが転移させたのか?」
「…すぅ…」
「おい!寝るなっ!」
結局、イドラがベッドから抜け出せたのはそれから30分も経ってからだった。
イドラが辺りを見回すと、そこは今まで泊まったこともないような立派な部屋だった。
これまで隠密行動の多かったイドラは、こんなきちんとしたホテルに泊まることはなかった。大抵、ダウンタウンの安宿を利用するか、路地裏の隅で座ったまま眠ることも多かった。
金を持っていないイシュタムがこんなホテルに泊まれるはずはない。ということは、先ほど云ったことは本当なのだろうか。
バルコニーに出て外を見てみると、確かにそこにはグリンブル王都の平和な街が広がっていた。
「一体何がどうなってる…?」
イドラは、少し冷静になって考えようと、気分転換にシャワーを浴びた。
安宿ではシャワーすらないところも多い。あっても水しか出なかったりする。こんな温かい湯を豊富に使えるなんて、少し贅沢をした気分だった。
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あんなふうに、誰かに抱きしめられたことなど、記憶の限りでは初めてだった。なんだか胸の中がモヤモヤする。
シャワーから出て部屋に戻ると、イシュタムはベッドから起き上がっていて、上半身裸のまま、筋肉質な体をストレッチしていた。こうしてみると、ごく普通の、ちょっと強そうな魔族に見える。
性別のないイドラは中性的な容貌をしているが、イシュタムに比べれば女性的といえた。イドラはそんな自分の身体にコンプレックスを持っている。
こんな体を抱いたって、面白くもないだろうと思った。
ローブを身に着けたイドラは不機嫌そうにイシュタムに問いかけた。
「魔獣を退治したって、どういうことだ?」
「ここの隣町に魔獣が出たので、討伐した」
「…隣?ラエイラか?…そもそもなぜそんなところに?」
「魔獣が出たからだ」
「いや、だからなぜそこに魔獣が出たことがわかったかと聞いている」
「魔獣が出たと人に聞いたからだ」
イドラは頭を抱えた。
まったく意味が分からない。
イシュタムは言葉で伝えるのがヘタすぎる。
「イシュタル…。すまぬが出て来てきちんと説明をしてもらえるだろうか」
イドラの要請に応じてイシュタルがイシュタムと交代した。
イシュタルとイシュタムがどういうタイミングで入れ替わるのかはわからないが、片方が表に出ている時も、もう1人は事態を把握しているようだ。だが、眠っている時もあるようで、そういう時は呼んでも出てこない。この時は幸いにもイシュタルは呼び出しに応じてくれた。
彼の説明を聞いて、ようやく事態が呑み込めた。
それで、初めてわかったことがあった。
「…嘘だろう?私は3日も意識を失っていたのか?!」
「そうだ。その間一度も目を覚まさなかった」
「その、一緒に来た聖魔騎士団という連中は?」
「毒の後始末をするというので、途中で別れた」
「ラエイラに出たのはどんな魔獣だった?」
「上は女で、下半身が巨大な蛇の魔獣だった。猛烈な毒を吐く奴だ」
「エキドナ…か」
「イシュタムが言うには、あれはテュポーンの妻らしい」
エキドナはラエイラの人工ビーチの方から突如出現したという。
バカンスを楽しんでいた人々はエキドナに捕まってはその口に放りこまれていったり、その巨大な蛇の足にすり潰されたり跳ね飛ばされたりして大勢が犠牲になった。
エキドナの髪の毛は針のように飛んで敵を串刺しにする。
その針の髪は、鉄の盾をも突き通してしまうため、グリンブル王国軍はかなり苦戦した。
イシュタムは気を失っていたイドラを王国軍に預け、聖魔騎士団と共にエキドナと戦った。
まず暴れまわるエキドナの動きを、イシュタムが重力魔法を使って止めた。
聖魔騎士団のメンバーらは物理無効スキルを持っていたため、針を弾いてイシュタムを援護した。
しかし、エキドナの最大の武器は口から吹き出す猛毒だった。
この毒は、ほんの少し触れただけで汚染されてしまい、死に至るという恐ろしいものだった。多くの市民や騎士たちがこの毒で死んだ。
しかし、幸いにもここには毒のエキスパートがいた。聖魔騎士団のテスカという翼を持つ魔族だ。
彼は毒無効スキルを持っていて、エキドナの毒から中和液を作り出した。
騎士団メンバーに毒が降り注いだ時、彼は鎌をぐるんぐるんと振り、毒中和液を振りまいた。
おかげで誰も毒に汚染されずにすんだ。
彼は大きな鎌を振り回しながら、猛毒の雨をものともせずエキドナの喉を切り裂いた。
そして調合スキルで作った消毒液を、エキドナの喉に直接送り込んだ。
エキドナはもがき苦しみ、奇声を上げて暴れようとした。
イシュタムはシトリーと協力してそれを抑え、街の被害を最低限に抑えることができた。
テスカの消毒液により、エキドナの体内の毒が無効化されると、ただの巨大な蛇はもう聖魔騎士団の敵ではなかった。
クシテフォンが雷系スキルを放ってエキドナの身体を麻痺させている間に、ネーヴェが蛇の下半身を細かく切り刻み、再生する前にみじん切りにした。
カナンが剣でエキドナの首を落とし、シトリーは胴体部分に超硬化した拳を撃ち込んだ。
最後は消毒液のついた大鎌で、テスカがエキドナの首のない上半身を両断し、トドメを刺したのだった。
「妻を殺されてテュポーンは随分と怒り狂っていた」
「…テュポーンが?…まさか、また私が憑依されたのか?」
「そうだ」
イドラの顔がサッと青ざめた。
「あんたが気を失っている間、テュポーンらしき意識があんたの身体を乗っ取った」
「…私は何かしたのか?」
「市内に倒れている遺体を依り代にして魔獣を召喚しようとしていた」
「…!!」
イドラはショックを受けた。
もはや自分でコントロールできないところまできているのか。
「意識を失っている間、あんたは奴に意識を支配されていた。イシュタムは、あんたが二度と目を覚まさないのではないかと心配していたよ。これほどまでに、奴が成長しているとは思わなかったって。イシュタムがあんたを押さえていなければ、もう一体魔獣が召喚されるところだった」
「ああ…そうか」
イドラはようやく合点がいった。
イシュタルとイシュタムはこの数日間、交代でイドラを見張っていたという。
イシュタムが、イドラを抱きしめていたのは、眠っている間にテュポーンに操られて行動を起こすのを防ぐためだったのだ。
「そういうこと、か…」
イドラは、何だかがっかりしたような気持になった。
そして何を期待していたのかと、自嘲した。
「奴はあんたの意志とは関係なく、自らを召喚させられるというところまできている」
「…私を殺せば良い。それが手っ取り早い解決策だ」
「すぐにそういうことを云うのはよくないぞ」
イシュタルが諭すように云った。
イドラは「おまえに何がわかる」と云って、ぷい、と顔を背けた。
「だが、今ならまだ間に合う」
ふいに、声の調子が変わった。
イシュタムに交代したようだ。
「…どういうことだ?」
「我はおまえが気を失っている時、おまえの記憶を見た。奴はおまえの記憶の中に入り込んでいる。そこから魔獣を追い出せば、操られることは無くなる」
「…どうやって追い出すというんだ?」
「人の心を覗ける者がいる。その者におまえの記憶から魔獣を追い払ってもらう」
「そんなことができるのか?」
「我は人の思念から記憶を見ることしかできぬが、その者は人の心の中に入り込むことができる。おまえの心の中に入り、寄生している奴を見つけて亜空間に追い出してもらう」
「…人の心の中に入るなんて、本当にそんなことができるのか?」
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「それは、誰だ?」
「トワだ」
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