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第八章
銀色の依り代
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魔王は、腕の中で眠っているトワに向かって問いかけた。
「貴様、なぜ邪魔をする」
魔王の語気には怒りが込められていた。
彼がじっと見つめていると、トワに異変が起こった。
黒く艶やかだった髪が、徐々に銀色に変化したのだ。
「…これは…!どういうことだ…」
やがて、彼女の目がゆっくりと開かれた。
その瞳は金色に輝いていた。
「おまえは…」
『あの娘…戻される…早く……』
その声はトワの口から発したものではなく、頭の中に直接響いてきた。
それに反応したカイザーがネックレスの中から叫んだ。
『おまえは誰だ?トワではないな?』
カイザーの問いには答えず、彼女の目は再び閉じられた。
そこへ、ノックをしてジュスターが入って来た。
彼は銀髪のトワを見て驚いた。
「…それは…トワ様…ですか?」
「…これはトワではない。トワの体を守る者だ」
「守る…?一体何が起こってるんです?」
『そいつがおまえの邪魔をしていたんだな?』
「…邪魔、か。なるほど、我は信用されていないというわけか」
カイザーの言葉に、魔王は苦笑しながら呟いた。
「もしやそれはトワ様の…依り代ですか?」
ジュスターが銀髪のトワの姿を見て、それが既にトワ自身ではないことに気付いた。
彼女の姿を、どこか懐かし気に見つめていたのは、それがかつての勇者だった頃の彼の依り代だと気づいたからだ。
「これはトワのものだ。おまえにはやらんぞ」
ジュスターの視線に気付いた魔王は、彼に釘を刺したが、彼には毛頭そんな気はない。
ジュスターは大きく溜息をひとつつくと、魔王に問いかけた。
「…で、なぜトワ様はそのような姿になっているんです?」
「おそらくは、トワの意識体がこの体から抜け出したのだろう」
「…なんですって?そんなことが可能なんですか?第一、依り代から出てどこへ行ったというんです?」
「知っていたら連れ戻しに行っている」
魔王も少し苛立った様子を見せた。
「魔界だ」
その声はジュスターの背後から聞こえた。
「誰だ!?」
反射的に振り向いたジュスターの目に映ったのは、転移してきたイシュタムだった。
『魔界だと…?貴様がトワを連れだしたのか?』
カイザーは魔界という言葉に反応した。
魔王がカイザーを呼び出すと、カイザーはネックレスの石からミニドラゴンの姿で一直線にイシュタムの前へと飛び出し、牙を剥いて威嚇した。
「我が思念の世界に引き込んだ」
イシュタムは目の前のカイザードラゴンにも驚かず、冷静にそう告げた。
「…貴様がトワ様の意識を、魔界へ連れて行ったということか?」
「我はイドラを救ってもらうために、トワの意識体を思念の世界へ連れ出した」
「勝手な真似を」
魔王は鋭い目でイシュタムを睨んだ。
だがイシュタムはその視線を逸らさずに話を続けた。
「トワに潜ってもらったイドラの意識の中には、テュポーンによって魔界の扉が作られていた。トワの意識体はその扉から魔界へ引きずり込まれて行ったのだ」
「…貴様はそれを黙って見ていたのか!」
ジュスターは拳を握りながら怒鳴った。
「仕方あるまい。これは神の意思だ」
イシュタムは、手の中に握っていたものを見つめた。
魔王は、彼の手の中に何かが握られていることに気付いた。
『貴様…!イドラを助けるためにトワを犠牲にしたのか…!』
カイザーがグルル…と唸った。
トワの体をソファに横たえた魔王は、怒るカイザーを制して、イシュタムの前に立った。
「それで、イドラはどうなった?」
「…トワが残っていたイドラの最後の意識体を持ち出したために、イドラの体はテュポーンに完全に呑まれ、奴の依り代となった」
「テュポーンの本体は復活したのか…」
「今はヨナルデ大平原を暴れまわっている」
「…ほう?ではトワの意識と共にイドラの意識も魔界へ行ったのか?」
「いや」
否定するイシュタムを魔王はじろりと見た。
イシュタムはやけに自分の手の中に握っているものを気にしているように見えた。
「神の意志だと?結果的には貴様がトワ様を魔界へ送り込むよう仕向けたのだろうが!」
「否定はしない」
声を荒げるジュスターを前に、イシュタムは開き直ったように見えた。
それが彼の怒りを買った。
「貴様、許さぬ!」
ジュスターはそう叫んで、イシュタムの首から下を氷漬けにして動けなくした。
「なぜトワ様を魔界へ連れて行った?」
ジュスターの質問に、イシュタムは答えなかった。
代わりに魔王が答えた。
「トワのスキルを奪うためだろう」
魔王の言葉にジュスターは眉をひそめた。
「そうか…!貴様はトワ様の意識を魔界に閉じ込めて、その隙にトワ様の体を乗っ取り、<運命操作>を手に入れるつもりだったのだな」
『なんだと?』
「こやつはイドラを救ってほしいなどと口から出まかせを言って、トワ様の意識を誘い出したのだ!」
『なんと…!初めからそれが目的だったのか!おのれ…!トワの優しさに付け込み、騙すとは許せぬ!私がいる限り、何人たりともトワの体を自由にはさせぬ!』
ジュスターもカイザーも激高した。
だがイシュタムは氷漬けの状態でも表情を変えぬまま、冷静に云った。
「テュポーンを倒し、イドラを救うためだ」
「まだそのような戯言を言うのか」
ジュスターが氷の剣を魔法で作り出し、イシュタムの喉元へ突き付けた。
「神だなどとホラを吹きおって。貴様もエウリノームと変わらぬ俗物ではないか!」
「嘘じゃない!」
急にイシュタムの口調が変わった。
それまでの無表情な彼から一変し、表情が豊かになったように見えた。
彼は凍らされて動かぬ体で必死に叫んだ。
「私はイシュタル。イシュタムとこの体を共有する人間だ。私の話を聞いてくれ!」
氷漬けのイシュタムの口でそう云ったのは、彼の中のもう1人の人物イシュタルだった。
『人間風情がでしゃばるな』
カイザーは凄みをきかせてイシュタルの言葉を遮った。
「確かに、私は無力な人間だ。だが、聞いて欲しい。私は彼の心の動きを見て来た。彼はテュポーンを復活させてしまったのかもしれん。だが、イドラを助けたいと思う心は本物だ。思念の世界から戻った時、ようやくイドラの意識を救い出せたと喜んでいた。トワに感謝もしていたんだ。トワが魔界へ行ったのは、イシュタムの意図したことじゃない」
「どんな理由があろうと、トワ様に害をなす者は、許せぬ!」
ジュスターはぶれない。
彼の語気には怒りが込められていた。
「イシュタムは感情というものを理解し始めたばかりで、まだ何もわかっていないんだ。だから後先考えずに、感情のままに行動してしまうんだ」
「それがどうした?私には関係がない」
ジュスターの言葉は氷のように冷たい。
そんな険悪なジュスターを諫めたのは魔王だった。
「まあ、待て。…なるほど、偶然にもおまえの存在が、奴らの『使い魔』を打ち消したのだな」
「…『使い魔』?何の話だ?」
「イシュタルとやら、おまえの話はひとまず信じよう。もう一度イシュタムと話をさせろ」
イシュタルは魔王の言葉の意味を理解してはいなかったが、彼の云う通りにイシュタムに交代した。
変わった途端、イシュタムは自分の身体を覆っていたジュスターの氷を容易く破砕し、再び体の自由を手に入れた。
この技をこれほど易々と破れる者はそうはいない。
やはりこの男は只者ではない、とジュスターは氷の剣を構えたまま警戒した。
「貴様と中の人間は、なかなか良い関係のようだな」
魔王はジュスターを下がらせながら、そう云った。
そして、イシュタムがその手の中に握っているものに視線を移した。
「その手にあるものは、イドラの意識体か?」
「…そうだ」
「それを得る代わりに、トワの体を奪えと要求されたのか」
「…なぜそれを知っている?」
「奴らのやり口は良く知っているからな」
「神と約束したのだ」
「…それは約束ではない。おまえは騙されている」
「…なんだと?」
「手の中のものをもう一度よく見てみろ」
イシュタムは手のひらを開いて、そこに乗っている白い立方体を見た。
そこにはイドラの意識体が入っている筈だった。
トワがイドラの意識体を持ち出した後、イドラの意識の中は、トワと入れ替わりに魔界から流入してきたテュポーンによって完全に乗っ取られてしまった。
その後、思念世界にいたイシュタムの目の前に突然この白い立方体が現れ、それを通して声が聞こえて来たのだ。
その声は、確かにこう云った。
トワの体を奪って使命を果たせ、と。
しかし、魔王はなぜそのことを知っているのだろうか、とイシュタムは不思議に思った。
ジュスターとカイザーは、2人の会話の意味を理解できなかったが、そのまま黙って見届けていた。
「おまえはそれが本当にイドラだと思っているのか」
イシュタムは手のひらの上の立方体をじっと見つめた。
「…違う」
イシュタムはそれを拳で握りつぶした。
すると潰された立方体は悲鳴を上げた。
「捕らえよ!カイザードラゴン」
イシュタムの握った拳からすり抜ける様に、小さな翼の生えた蛇が飛び出した。
魔王の命に応じたカイザーは素早く反応し、その鋭い牙で蛇を捕らえた。
「…それは…何だ?」
イシュタムは驚いてカイザーが捕らえている蛇を指さした。
「貴様は知らんのか?神の『使い魔』だ。トワの体を乗っ取った後、貴様の意識下に潜り込んで貴様の意志を操ろうとする神の道具だ」
「…何だと!?」
「カイザードラゴン、そいつを始末しろ」
カイザーはその牙で、『使い魔』を粉々に噛み砕くと、すうっと消えていった。
「…何が起こったんです?」
ジュスターには『使い魔』が見えていなかったため、何が起こっていたのかわからなかった。
「ついに神が直接仕掛けて来た」
「神…?」
「そいつは神が自らの意志を実行させるためにイシュタムの意識下に送り込もうとした『使い魔』だ。だが『使い魔』は人間には効力がない。人間が同居している状態では意味がなかったのだ。故にこやつがトワの体を乗っ取った後に、寄生して操ろうとしていたのだ」
イシュタムも魔王の話を聞いて驚いていた。
イドラだと思っていたものが、神の罠だったことにショックを受け、イシュタムはその場に崩れるように片膝をついた。
「貴様は神に信用されていないということだ」
魔王は皮肉たっぷりに云った。
だが、イシュタムが打ちひしがれていた理由は、そんなことではなかった。
「…教えてくれ。イドラはどこに行った?」
イシュタムは自分の前に立つ魔王を見上げ、すがるように尋ねた。
魔王はフン、と溜息をつきながら答えた。
「トワが魔界に行った時点で、イドラの意識体は奴らに回収されたと考えるべきだ。奴らのやり方はいつも同じだ。在るべきものは在るべき処へ、だ」
イシュタムは、魔王の言葉を口の中で呟くように反芻した。
「せっかくトワが命懸けで救ったイドラの意識体を、貴様は見殺しにしたのだ」
魔王の言葉から、彼はイドラがテュポーンの中に戻されたことを悟った。
それはイドラの存在がこの世界から消失したことを意味していた。
「貴様、なぜ邪魔をする」
魔王の語気には怒りが込められていた。
彼がじっと見つめていると、トワに異変が起こった。
黒く艶やかだった髪が、徐々に銀色に変化したのだ。
「…これは…!どういうことだ…」
やがて、彼女の目がゆっくりと開かれた。
その瞳は金色に輝いていた。
「おまえは…」
『あの娘…戻される…早く……』
その声はトワの口から発したものではなく、頭の中に直接響いてきた。
それに反応したカイザーがネックレスの中から叫んだ。
『おまえは誰だ?トワではないな?』
カイザーの問いには答えず、彼女の目は再び閉じられた。
そこへ、ノックをしてジュスターが入って来た。
彼は銀髪のトワを見て驚いた。
「…それは…トワ様…ですか?」
「…これはトワではない。トワの体を守る者だ」
「守る…?一体何が起こってるんです?」
『そいつがおまえの邪魔をしていたんだな?』
「…邪魔、か。なるほど、我は信用されていないというわけか」
カイザーの言葉に、魔王は苦笑しながら呟いた。
「もしやそれはトワ様の…依り代ですか?」
ジュスターが銀髪のトワの姿を見て、それが既にトワ自身ではないことに気付いた。
彼女の姿を、どこか懐かし気に見つめていたのは、それがかつての勇者だった頃の彼の依り代だと気づいたからだ。
「これはトワのものだ。おまえにはやらんぞ」
ジュスターの視線に気付いた魔王は、彼に釘を刺したが、彼には毛頭そんな気はない。
ジュスターは大きく溜息をひとつつくと、魔王に問いかけた。
「…で、なぜトワ様はそのような姿になっているんです?」
「おそらくは、トワの意識体がこの体から抜け出したのだろう」
「…なんですって?そんなことが可能なんですか?第一、依り代から出てどこへ行ったというんです?」
「知っていたら連れ戻しに行っている」
魔王も少し苛立った様子を見せた。
「魔界だ」
その声はジュスターの背後から聞こえた。
「誰だ!?」
反射的に振り向いたジュスターの目に映ったのは、転移してきたイシュタムだった。
『魔界だと…?貴様がトワを連れだしたのか?』
カイザーは魔界という言葉に反応した。
魔王がカイザーを呼び出すと、カイザーはネックレスの石からミニドラゴンの姿で一直線にイシュタムの前へと飛び出し、牙を剥いて威嚇した。
「我が思念の世界に引き込んだ」
イシュタムは目の前のカイザードラゴンにも驚かず、冷静にそう告げた。
「…貴様がトワ様の意識を、魔界へ連れて行ったということか?」
「我はイドラを救ってもらうために、トワの意識体を思念の世界へ連れ出した」
「勝手な真似を」
魔王は鋭い目でイシュタムを睨んだ。
だがイシュタムはその視線を逸らさずに話を続けた。
「トワに潜ってもらったイドラの意識の中には、テュポーンによって魔界の扉が作られていた。トワの意識体はその扉から魔界へ引きずり込まれて行ったのだ」
「…貴様はそれを黙って見ていたのか!」
ジュスターは拳を握りながら怒鳴った。
「仕方あるまい。これは神の意思だ」
イシュタムは、手の中に握っていたものを見つめた。
魔王は、彼の手の中に何かが握られていることに気付いた。
『貴様…!イドラを助けるためにトワを犠牲にしたのか…!』
カイザーがグルル…と唸った。
トワの体をソファに横たえた魔王は、怒るカイザーを制して、イシュタムの前に立った。
「それで、イドラはどうなった?」
「…トワが残っていたイドラの最後の意識体を持ち出したために、イドラの体はテュポーンに完全に呑まれ、奴の依り代となった」
「テュポーンの本体は復活したのか…」
「今はヨナルデ大平原を暴れまわっている」
「…ほう?ではトワの意識と共にイドラの意識も魔界へ行ったのか?」
「いや」
否定するイシュタムを魔王はじろりと見た。
イシュタムはやけに自分の手の中に握っているものを気にしているように見えた。
「神の意志だと?結果的には貴様がトワ様を魔界へ送り込むよう仕向けたのだろうが!」
「否定はしない」
声を荒げるジュスターを前に、イシュタムは開き直ったように見えた。
それが彼の怒りを買った。
「貴様、許さぬ!」
ジュスターはそう叫んで、イシュタムの首から下を氷漬けにして動けなくした。
「なぜトワ様を魔界へ連れて行った?」
ジュスターの質問に、イシュタムは答えなかった。
代わりに魔王が答えた。
「トワのスキルを奪うためだろう」
魔王の言葉にジュスターは眉をひそめた。
「そうか…!貴様はトワ様の意識を魔界に閉じ込めて、その隙にトワ様の体を乗っ取り、<運命操作>を手に入れるつもりだったのだな」
『なんだと?』
「こやつはイドラを救ってほしいなどと口から出まかせを言って、トワ様の意識を誘い出したのだ!」
『なんと…!初めからそれが目的だったのか!おのれ…!トワの優しさに付け込み、騙すとは許せぬ!私がいる限り、何人たりともトワの体を自由にはさせぬ!』
ジュスターもカイザーも激高した。
だがイシュタムは氷漬けの状態でも表情を変えぬまま、冷静に云った。
「テュポーンを倒し、イドラを救うためだ」
「まだそのような戯言を言うのか」
ジュスターが氷の剣を魔法で作り出し、イシュタムの喉元へ突き付けた。
「神だなどとホラを吹きおって。貴様もエウリノームと変わらぬ俗物ではないか!」
「嘘じゃない!」
急にイシュタムの口調が変わった。
それまでの無表情な彼から一変し、表情が豊かになったように見えた。
彼は凍らされて動かぬ体で必死に叫んだ。
「私はイシュタル。イシュタムとこの体を共有する人間だ。私の話を聞いてくれ!」
氷漬けのイシュタムの口でそう云ったのは、彼の中のもう1人の人物イシュタルだった。
『人間風情がでしゃばるな』
カイザーは凄みをきかせてイシュタルの言葉を遮った。
「確かに、私は無力な人間だ。だが、聞いて欲しい。私は彼の心の動きを見て来た。彼はテュポーンを復活させてしまったのかもしれん。だが、イドラを助けたいと思う心は本物だ。思念の世界から戻った時、ようやくイドラの意識を救い出せたと喜んでいた。トワに感謝もしていたんだ。トワが魔界へ行ったのは、イシュタムの意図したことじゃない」
「どんな理由があろうと、トワ様に害をなす者は、許せぬ!」
ジュスターはぶれない。
彼の語気には怒りが込められていた。
「イシュタムは感情というものを理解し始めたばかりで、まだ何もわかっていないんだ。だから後先考えずに、感情のままに行動してしまうんだ」
「それがどうした?私には関係がない」
ジュスターの言葉は氷のように冷たい。
そんな険悪なジュスターを諫めたのは魔王だった。
「まあ、待て。…なるほど、偶然にもおまえの存在が、奴らの『使い魔』を打ち消したのだな」
「…『使い魔』?何の話だ?」
「イシュタルとやら、おまえの話はひとまず信じよう。もう一度イシュタムと話をさせろ」
イシュタルは魔王の言葉の意味を理解してはいなかったが、彼の云う通りにイシュタムに交代した。
変わった途端、イシュタムは自分の身体を覆っていたジュスターの氷を容易く破砕し、再び体の自由を手に入れた。
この技をこれほど易々と破れる者はそうはいない。
やはりこの男は只者ではない、とジュスターは氷の剣を構えたまま警戒した。
「貴様と中の人間は、なかなか良い関係のようだな」
魔王はジュスターを下がらせながら、そう云った。
そして、イシュタムがその手の中に握っているものに視線を移した。
「その手にあるものは、イドラの意識体か?」
「…そうだ」
「それを得る代わりに、トワの体を奪えと要求されたのか」
「…なぜそれを知っている?」
「奴らのやり口は良く知っているからな」
「神と約束したのだ」
「…それは約束ではない。おまえは騙されている」
「…なんだと?」
「手の中のものをもう一度よく見てみろ」
イシュタムは手のひらを開いて、そこに乗っている白い立方体を見た。
そこにはイドラの意識体が入っている筈だった。
トワがイドラの意識体を持ち出した後、イドラの意識の中は、トワと入れ替わりに魔界から流入してきたテュポーンによって完全に乗っ取られてしまった。
その後、思念世界にいたイシュタムの目の前に突然この白い立方体が現れ、それを通して声が聞こえて来たのだ。
その声は、確かにこう云った。
トワの体を奪って使命を果たせ、と。
しかし、魔王はなぜそのことを知っているのだろうか、とイシュタムは不思議に思った。
ジュスターとカイザーは、2人の会話の意味を理解できなかったが、そのまま黙って見届けていた。
「おまえはそれが本当にイドラだと思っているのか」
イシュタムは手のひらの上の立方体をじっと見つめた。
「…違う」
イシュタムはそれを拳で握りつぶした。
すると潰された立方体は悲鳴を上げた。
「捕らえよ!カイザードラゴン」
イシュタムの握った拳からすり抜ける様に、小さな翼の生えた蛇が飛び出した。
魔王の命に応じたカイザーは素早く反応し、その鋭い牙で蛇を捕らえた。
「…それは…何だ?」
イシュタムは驚いてカイザーが捕らえている蛇を指さした。
「貴様は知らんのか?神の『使い魔』だ。トワの体を乗っ取った後、貴様の意識下に潜り込んで貴様の意志を操ろうとする神の道具だ」
「…何だと!?」
「カイザードラゴン、そいつを始末しろ」
カイザーはその牙で、『使い魔』を粉々に噛み砕くと、すうっと消えていった。
「…何が起こったんです?」
ジュスターには『使い魔』が見えていなかったため、何が起こっていたのかわからなかった。
「ついに神が直接仕掛けて来た」
「神…?」
「そいつは神が自らの意志を実行させるためにイシュタムの意識下に送り込もうとした『使い魔』だ。だが『使い魔』は人間には効力がない。人間が同居している状態では意味がなかったのだ。故にこやつがトワの体を乗っ取った後に、寄生して操ろうとしていたのだ」
イシュタムも魔王の話を聞いて驚いていた。
イドラだと思っていたものが、神の罠だったことにショックを受け、イシュタムはその場に崩れるように片膝をついた。
「貴様は神に信用されていないということだ」
魔王は皮肉たっぷりに云った。
だが、イシュタムが打ちひしがれていた理由は、そんなことではなかった。
「…教えてくれ。イドラはどこに行った?」
イシュタムは自分の前に立つ魔王を見上げ、すがるように尋ねた。
魔王はフン、と溜息をつきながら答えた。
「トワが魔界に行った時点で、イドラの意識体は奴らに回収されたと考えるべきだ。奴らのやり方はいつも同じだ。在るべきものは在るべき処へ、だ」
イシュタムは、魔王の言葉を口の中で呟くように反芻した。
「せっかくトワが命懸けで救ったイドラの意識体を、貴様は見殺しにしたのだ」
魔王の言葉から、彼はイドラがテュポーンの中に戻されたことを悟った。
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