聖魔の乙女は運命を転がす~落ちこぼれ回復士の私が救世主になって魔王に愛される理由~

つかさ

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第九章

適当すぎる名前

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 …?
 食われ…た?

 やけに静かだ。
 私はそーっと目を開けた。
 目の前にいたはずの魔獣はいつの間にか消えていた。

「あ…れ…?」
「トワ!」

 魔王は心配して私を抱きしめ、ハァ、と息をついた。

「…全く、無茶をする」
「はぁ~、ちょっと怖かった…」

 私は周りを見渡した。
 巨大な虎はどこにもおらず、偽ゼルニウスだけがポツン、と立っていた。

「あのでっかいヤツ、消えたの?」
「おまえを呑み込もうとした瞬間に砂のように消えた。いや、奴が消した、というべきか」

 魔王は偽者に視線をやった。

「…やっぱりね。ここはその人が私のために創った世界だもん。それなのに私を消したり支配したりするなんてあり得ないもんね。だから、その人は私には手出しできない。それがこの世界のことわりなんだって思ったのよ」

 表情のない目でこちらを見ていた偽ゼルニウスは、私の指摘を受けて、そっとその目を伏せた。

「…その通りだ」

 彼は素直に認めた。

「私と魔王をここから出して」
「…それは…」
「あなたは私の望みを叶えるためにこの世界を創った。その時、あなたには私に従うというやくそくごとができたんじゃないの?」
「…そうだ。この世界を創った時から、我々は君の従者となった」

 偽ゼルニウスは指をパチン、と鳴らすと、何もなかった空間に扉が1つ現れた。

「あれが出口か」

 魔王が扉を見て呟いた。

「ねえ、どうして私のために、こんな世界まで創ってくれたの?私、元の世界に戻されるはずだったんでしょ?」
「我々は、おまえに興味を持った。おまえともっと話したいと思ったのだ」
「え…、それだけで?」
「元の世界に戻されれば、もう我々はおまえに手を出すことはできない。それに、おまえが確実に元の世界に戻されるかどうかもわからなかった」
「なぬ?」

 すると、魔王が横から口を出してきた。

「イシュタムにはおまえを元の世界に戻せるような能力などないはずだが」
「え!?だって、召喚された時の情報があるから大丈夫だって…。それにあっちの角のイシュタムも、戻せるって云ってたわよ?」
「その情報は召喚の方法であって、おまえの元の世界の詳細などわかるはずはない。奴はおまえをこの時空から放逐するだけで勝手に戻されるとでも思っていたのだろう」
「何よそれ―!?適当すぎんだけど!!」

 ということは、この偽者さんがいなかったら、私は異空間に放り出されてそれっきり…だったかもしれないの?

「…じゃあ、結果的には、あなたが私を助けてくれたことになるのね」
「我々は、おまえをここへ留めようとしただけだ。助けたわけではない」
「でも結果的には、そうなったじゃない。それに私、あなたのこと嫌いじゃないわ。魔界のイシュタムは私に意見を押し付けてくるばかりだったけど、あなたはちゃんと私の話を聞いてくれたもの」
「我々を否定しないのか…?」

 魔王はクック、と笑った。

「おまえは自我を持ったのだな」
「自我、だと?何を言っている。依り代を持たぬ我々にそのようなことはあり得ない」
「他人に興味を持つことは、自我を得るための第一歩だ」
「それはおまえの勝手な解釈だ」
「おまえはトワに興味を持ち、近づきたいと思った。それは欲望という感情だ。感情を持つということは、自我に目覚めた証拠ではないか」
「…我々がトワを欲しいと思うのは、欲望という感情なのか?」
「そうだ。個々に自我を持ったおまえたちはもはや同一の存在ではいられまい。だからこうして別の世界を創って行動しているのだろう?」
「…自我を得ることは我々にとって正しいことなのか?」
「それを判断するのはおまえたち自身だ」

 偽ゼルニウスは、少し不安そうに見えた。
 自分が知らぬうちに変わって行くということに、怯えているようだった。

「私は良いことだと思うわよ。興味があるってことは、好きなものができるってことじゃない?好きな人ができたり、好きな物を見たり食べたりするのって、すごく楽しいわよ?」

 私は能天気に云った。
 すると魔王が、私の肩を抱きながら耳元でそっと囁いた。

「好きな者ができると同時にこいつは、おまえに失恋するという悲しい想いを経験することになるのだぞ?」
「えっ?…興味って、そういう意味?」
「おまえは時々鈍いな」
「ごめん…」

 つーか、この偽者さん、マジで私を好きだったの?単にこの世界に引き留めるための嘘だと思ってた…。
 よりによってこんな時にモテ期来てどうすんだよ~。

 私がそんなことを思っているとも知らず、偽ゼルニウスは私に話しかけてきた。

「…トワ。おまえは興味深い。我々はおまえを理解したいと望む」
「そ、そうね。相手を理解しようと努力をすることは素晴らしいことだと思うわ」
「理解して、共にいたいと願う。だがおまえはそれを拒否する。教えてくれ、トワ。それはなぜだ?見かけが違うからか?我と魔王との差は何だ?なぜ我を選んではくれぬ?どこを直せばよい?」
「あ、あのね、それは…」

 うわ~、待ってくれ~。中二男子の告白みたいだぞ…。
 こ、困った…!何て云ったら納得してくれるんだろ?

 私があたふたしていると、またもや魔王が助け舟を出してくれた。

「おまえはまだ自分のことすら理解していない。己が何者であるかを知らねば、他人にも自分を理解してもらうことは難しいぞ」
「己が何者か…?」
「見ろ、トワが困っているではないか。一方的に自分の理解を押し付けるな」
「そ、そうなのか…?」

 魔王が偽ゼルニウスをやり込めてる。
 なんか部活の先輩後輩みたいだな…。

「理解するというのは相互にしなければ意味がない。おまえたちと人間の神、人間と魔族の間には、それが足りなかったのだ。お互いが理解し合おうとすれば、争いは生まれない」
「ゼルくん…」

 魔王は中二レベルの会話を、ちゃんと説得力のある言葉にしてくれた。
 そういうところ、本当に尊敬する。
 私は彼の腕にぎゅっとしがみついた。

「どうした?」
「あなたを好きになってよかったなって」
「…フッ。可愛いことを言ってくれる」

 魔王は上半身を折るように屈めて、私の唇にキスした。

「!!…もう…。いつも唐突なんだから…!」

 文句を云いながらも、私は顔から火が出るほどの熱を感じた。
 意識体でも、こんなふうに唇から熱を感じるなんて、やっぱりこの世界は不思議だ。
 そんな私たちのやりとりをじっと見ていた偽ゼルニウスが、声を掛けた。

「…不本意ではあるが、己が未熟であることを認めよう。今は魔王、おまえにトワを預ける」

 そうして、扉を指さした。

「その扉は魔界に繋がっている。だが事態は悪い方へと流れている。我々はそれにトワを巻き込みたくなかった」
「ふむ…」
「事態って何?もしかしてテュポーンのこと?」
「おそらくな」

 偽ゼルニウスは私の前に立ち、一途に私を見つめた。

「覚悟して行くのだぞ。我々は、おまえが望めばいつでもこの世界を解放する」
「あ、ありがとう…」
「行くぞ、トワ」
「うん、じゃあね、ゼルニウスさん」
「違う!あれはイシュタムだ。一緒にするな!」

 魔王は強く否定した。
 私が彼を自分の名前で呼ぶのが我慢ならないようだ。

「あ、そうだったっけ…。けど、紛らわしいなあ。あなたの本当の名前は何ての?」
「我々はイシュタムの一部。個別の名などない」
「ん~でもあっちにもこっちにもイシュタムがいて紛らわしいんだけど。お礼を言うのだって名前が必要でしょ?」
「ならばおまえの好きに呼べばよい」
「え~…」
「おまえたちは、名をつけることは得意だろうに」
「自分に名前をつけたことなどない」
「ではイシュタムという名はどこから来た?」
「最初に我々をそう呼んだのは人間の神だ」
「…なるほど」

 偽者と魔王が話をしている間も、私はずっと考えていた。
 いろいろ考えたけど、いい名前が浮かばなかった。
 魔界にいる神様が大元のイシュタムで、角の生えた奴もイシュタムで、この偽者さんもイシュタムで…。うう、もういいや! 

「じゃあさ、角の生えてるイシュタムをイシュタムAエーとして、あんたはイシュタムBビーってことでいい?」
「…おまえ、いくらなんでもそれは適当すぎないか?」

 魔王は呆れて云った。

「だってゲームだと同じ種族が出てきた時、そうなってるんだもん。村人だってAとかBとかよ?」
「名を考えるのが面倒なだけではないのか?」
「ギクッ」

 実はそうなのだ。
 私はゲームの名前入力でいつも悩むので、最初からついてる名前でプレイするタイプなのだ。
 デフォルト名のついてないレトロゲームの場合、自分の名前以外は「ああああ」とか「いいいい」とかでも平気だったりする。
「そんなんで感情移入できんの?」とかよく友達にいわれてたけどね。

 ところが、イシュタムBと命名された彼の反応は違った。

「…イシュタム・ビー…。イシュタム・ビー…。それが我の名か」

 彼は、感慨深げに自分の名を何度も反芻し、噛みしめていたのだ。
 そ、そんなに感動されると思わなかったから、なんだかすごーく後ろめたい気分になった。

「トワ、名を与えてくれて感謝する。我々はおまえに従うと誓おう」

 すると、何かイシュタムBの体が光ったような気がした。
 …あれ?
 この現象、なんだか見覚えがあるけど…。まさか、ね?だって相手は神様なんだし。

 イシュタムBは、満足そうに私の前に膝を折った。

「おまえもそれでいいのか…?」

 魔王だけが、深く溜息をついた。

「じゃあイシュタムB、また会えるといいわね」
「必ず、また会える」

 イシュタムBに手を振って別れを告げた私は、呆れ顔の魔王の手を取って、扉を開けた。
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