聖魔の乙女は運命を転がす~落ちこぼれ回復士の私が救世主になって魔王に愛される理由~

つかさ

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エピローグ

奇跡の地

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  ヨナルデ大平原、アルネラ村では、ソレリーの収穫がピークを迎えようとしていた。
 ソレリーは今やグリンブル地方の特産品として世界中から注文が絶えない人気商品となっているため、村の主力商品となっていた。

「おーい、親父―」

 畑でソレリーの収穫をしていた村長のカルドがその声に振り向くと、離れて暮らすはずの彼の息子が手を振っているのが見えた。
 息子のダイスはその優秀な成績が認められ、グリンブルのアカデミー卒業後も教授の研究室に残って機械研究をしているはずだった。

「ダイスじゃないか。帰ってくるなら連絡を…」

 村長が息子に駆け寄ると、彼の後ろに見知らぬ人物たちがいることに気付いた。

「おや、客人かね?」

 それは彼の息子とそう年の変わらない少女と、1組の成人の男女だった。
 男はシンドウ、女はダリア、そして少女はアリーと名乗った。
 彼女たちは人魔同盟の者で、近隣の村々の調査をしているのだと云う。
 アルネラ村は魔族を受け入れているため、これまでも時々人魔同盟の者が立ち寄ることがあった。
 村の入口には立派な馬車が止めてあり、護衛役だろうか、強そうな魔族が1人立っていた。

 ダリアが村長に近況を聞くと、この村では不死者ゾンビイどころか赤い雨すら降らなかったことがわかった。
 この事実に3人が驚くと、ダイスは得意そうに云った。

「な?言ったとおりだろ?この村はゼルニウス様に守られてるんだ」
「魔王の加護を受けているなんて冗談だと思ってたが、これを見せられたら信じるしかないな」
「驚いたわ…。ゴラクドール以外にも魔王の結界に守られている場所があったなんて」

 ダイスの言葉にシンドウとダリアは驚いていた。

「不思議なこともあるものね…。不死者ゾンビイどころか野良の魔獣すらこの村には寄り付かないんですって?」
「うん。それだけじゃないよ。よそで災害が続いて凶作になったときも、うちだけは大丈夫だったんだ。そんときは組合にほとんど作物を持って行かれて困ったこともあったけど、組合組織が変わってからはそんなこともなくなったんだ」
「だが、今回は規模が違う。このことが外の金持ち連中に知られたら、食料を奪いに押しかけて来るぞ。すぐにアザドーに連絡して警備を寄越してもらおう」

 シンドウの提案に、村長は不安をのぞかせた。
 アリーが村の外が今どういう状況かを説明すると、村長はじめ、村の人々は驚きを隠せなかった。
 村はソレリーの収穫で忙しく、村民たちは誰も村の外に出ていなかったため、外の状況を全く知らなかったのだ。

「そんな大変なことになっとったのか!」
「ああ。近隣の村は全滅だったよ。生き残っていたのは地下や納屋に隠れていた子供や女性ばかりだった。他の者はみんな不死者ゾンビイになっちまってた」
「なんと…」

 ダイスの説明に、父である村長は絶句した。

「それで、相談なんだけど、近隣の村の生き残りをこの村で受け入れてもらえないかしら」

 ダリアが申し訳なさそうに村長に云った。

「地方の村の避難民の受け入れをグリンブル政府が拒否したのよ。お金が払えないからって。拝金主義もいいとこだわ。こんな時に本当に腹が立つったら」

 憤るアリーは、何度も政府に掛け合ったのだが、無償で避難民を受け入れると、なし崩しにならず者たちが入ってきて、都市の安全が損なわれることになると突っぱねられたのだ。
 あの時の大臣の態度を思い出して、アリーはまた爪を噛みそうになったが、やめた。

「構わんよ。ちょうど今人手が欲しいところだったしね」
「…ありがとうございます、助かります。その分支援はしますから」とダリアは頭を下げた。
「さすがダイスのお父さんね」
「へへっ。実はさ、以前ここへ来た旅人のおかげで村の収益が上がったらしいんだよ。おかげで随分村の暮らしも楽になってさ。俺も好きな研究をさせてもらえることになったわけ」

 村長は、そういう者たちがいたことは息子に話したが、ダイスはその旅人がトワたちだったことは知らない。

「そういえばダイスは人魔研究所でアルバイトもしてるんでしょ?」
「うん。ユリウスさんの口利きでね。今、例の屍術杖アートワンズの量産で大忙しなんだ」
「ああ、あの不死者ゾンビイを操るっていう秘密兵器ね?すごい売れ行きだって言うじゃない?それなのに里帰りなんかしちゃってていいの?」
「俺だって少しは故郷が心配だったから、道案内をかって出たんだよ」
「その心配はいらなかったみたいね」

 アリーは周辺を見てくると云ってダイスたちと別れた。
 ダイスが自慢するだけあって、村は牧歌的な空気が流れている。
 村の奥に小高い丘が見え、そこには大きな木が立っている。ダイスが云うには、その木は村の守り神で、村の人々から大切にされているという。
 この村は魔族も貧しい人も差別することなく受け入れていて、人間のあるべき姿がここにはある。
 魔王がこの村を守ったのもなんとなくわかる気がした。
 自分たちの利益しか考えない俗物のたまり場のようなグリンブル王国とは、雲泥の差があると彼女は思った。

 アリーは、半年前、グリンブルに赤い雨が降り注いだ時のことを思い出した。
 猛毒の雨はグリンブル王国全土に降り注ぎ、多くの死者が出て、不死者ゾンビイが人々を襲った。
 呆れたことに王政府は助けを求める市民らを選別し、山の手の裕福な者たちだけを王宮内に受け入れた後、その門を固く閉ざしてしまった。
 王政府から見捨てられた一般市民たちは、市中に溢れる不死者たちに追い詰められて王都の公会堂や劇場にバリケードを築いて立てこもった。
 治安部隊やアザドー軍が救援に駆け付けたが、不死者の数は時間を追うごとに増えていった。
 もうここまでかと諦めた時、救世主が現れた。
 それはユリウスという美しい若者と、鬼神のごとき強さで不死者たちを排除したゼフォン、不思議な術で不死者たちを操るアルシエルという3人の魔族だった。 
 アリーのいたアカデミーも被害を受けたが、メトラが彼ら3人と共に助けに来てくれた。
 3人の魔族はその後も王都内を巡って、グリンブルを不死者の脅威から救ってくれたのだった。

 彼らがいなかったら、グリンブルはとっくに全滅していたかもしれない。何しろ王宮内でも不死者が出て大変なことになっていたのだ。

 ダイスによれば、彼ら3人の協力のおかげで、ラエイラの人魔研究所は、『屍術杖アートワンズ』の製造に成功したという話だった。
 その後、メトラの発案で『屍術杖』を回数制限付きというリミッターを付けて量産化して販売することになり、ダイスは今その手伝いをしている。回数制限を付けた理由は、戦争に利用されないためだったが、実際はその制限のおかげで飛ぶように売れることとなった。
 余談だが、『屍術杖』が爆発的に売れたおかげでアザドーの資金はこれまで以上に潤うことになり、それを提供したユリウスの組織内での影響力はより大きくなったという。
 グリンブル政府からは、ユリウスたちに英雄勲章と報奨金を贈りたいとの申し出があったが、彼らは、アルシエルのスキルの実験のために立ち寄っただけに過ぎないので、「そんな金があるなら犠牲者の遺族に見舞金を支払ってやれ」と断ったそうだ。

 同様の被害は全世界で起きていた。
 最もこの被害に苦しんでいたのは、都市部ではなく、救助の手が及ばない地方の小さな農村や町であった。こうした場所では情報が少なく、雨をしのいでも、汚染された井戸水を飲んで死ぬ者が後を絶たなかった。

 アリーたち人魔同盟は、そういった救済の及んでいない世界中の村々を助けるために駆け回っていた。
 人魔同盟の活動を支援してくれたのは、ゴラクドールのマルティスという商人だった。
 彼は魔王府公認の商人として商売を始めたばかりだったが、なかなかのやり手で、屍術杖アートワンズや解毒薬、中和薬を国家単位で売りさばいては儲けを出す傍ら、人魔同盟や地方の小さな村などには無償で提供していた。
 マルティス商会は魔族を使って毒の除去作業の請け負いも始め、現在予約が半年待ちだという。
 人間の食糧庫でもある穀倉地帯の除去作業を優先してくれているため、世界中が飢えることはとりあえず回避できそうだが、当面の食糧の値上がりは必至だろう。

 そんなご時世に、この村の存在が明らかになれば、各地から狙われるに違いない。
 魔王に守られた奇跡の地を、今度は自分たち人間が守らねばならない、とアリーは思った。

「盟主」

 そのアリーの目の前に、突然2人の魔族が転移してきた。
 1人は緋色のローブを身に着けた美人で、もう1人は額に大きな角を持つ、黒いマント姿の大男だった。

「わ!…イドラ、イシュタル…!」

 転移してきたのはイドラとイシュタルだった。
 いつも前触れもなく突然現れる彼らに、慣れてきたとはいえ、アリーはやっぱり驚いてしまう。
 余談だが、イシュタムは神と同じ名前を名乗ることに対して魔族たちから批判を受けることが多かったため、別人格の名でもあるイシュタルを名乗っていた。それは、ちょっとポンコツなイシュタムが本物の神だと誰からも信じてもらえなかったせいでもある。
 ちなみにトワが彼に提案した『イシュタムエー』という名前は、適当すぎるという理由でイドラが却下した。

「ヨナルデ組合には話をつけてきた。備蓄している食糧の半分を同盟の分配品に放出してくれるそうだ」
「ありがとうイドラ。あなたが来てくれてから交渉がスムーズに進んで助かるわ」
「イドラは優秀な精神スキルの持ち主だからな」

 イシュタルの言葉に、イドラは「そんなに褒めるな」と照れた。

「相変わらず仲がいいのね」
「パートナーだからな」

 アリーは茶化すつもりで云ったのだが、それを真に受けたイシュタルはマントから腕を出し、イドラと交換した魔法紋を彼女に自慢げに見せつけた。
 イシュタルはイドラにべったりで、片時も離れようとしない。
 見ている側が恥ずかしくなるほどのイチャイチャぶりだ。
 別人格のイシュタルの方も、まるで同一化したのではないかと思うほど似てきて、イドラでも入れ替わりに気付かないことがあるほどだ。

 テュポーンが人間と魔族の連合軍により退治されたことは、キュロスの討伐本部から全世界に告知された。
 その中心的役割を果たしたのは魔王とその配下だという。
 討伐に協力した各国には、魔王の名において解毒薬と中和薬が配布され、それが事実上の報酬となった。この薬は協力した国々にのみ安価で提供されることになり、討伐に協力しなかった国はそれらの国々から高値で薬を購入しなければならなくなったためだ。
 オーウェン新王国などはその薬を近隣諸国に売りさばいて国庫を潤したとも云われている。
 それでも手に入らないところへはマルティス商会を通して購入することになる。

 今や魔王は世界の救世主とされ、魔族への偏見や差別も徐々にではあるが薄れつつある。
 アトルヘイム帝国では学生運動が起こって、魔族に対する差別を謳った法律が撤廃されつつあるとも聞いている。

 ゴラクドールは魔族の都市となっていたが、緊急時ということで人間の避難民も受け入れていた。
 魔王の結界により、都市内には被害はなく、他の都市のような混乱がなかったためだ。
 避難民には中和薬と、毒の症状のある者には解毒薬が配られた上、住居と食料などの物資も提供された。魔族も人間も差別のないこの好待遇が評判を呼び、この都市に移住を決めた人間も多くいた。

 国境戦線で争っていたアトルヘイム帝国とガベルナウム王国も一時休戦し、テュポーン討伐隊へ双方が軍隊を派遣したことは世界中から称賛された。その後は両国内の復興のため、休戦協定が結ばれた。

 それに比べ、評判を落としたのはグリンブル王国政府である。
 討伐軍に少しの金を提供しただけでこれといった協力もせず、更に避難民を受け入れもしなかったことで、国内外から非難を浴びた。国内では一般市民を見捨てたことで反政府運動が現在も巻き起こっており、一部の市民の国外流出も始まっている。
 遠からず、王は責任を取って引退に追い込まれるだろう。そしたら跡を継ぐのは息子のシャールだろう。アザドーは今度こそクーデターを起こそうとするかもしれない。
 だけどアリーはもうそれを止めようとは思っていなかった。

「テュポーンという災厄は、私たち人間を試すための試練だったのかもしれないわ。この試練を乗り越えても変われない者は、淘汰されていくべきなのよ」

 アリーはボソッと独り言を呟いた。
 イドラはそれを聞き逃さなかった。

「盟主の言うことは正しいと思う。私はその災厄を引き起こした者として責任を果たさねばならないと思っている。だから、遠慮なく私を使って欲しい」
「ありがとう」
「それに、トワ以外にもあなたたちのような人間がいるということを知ることができた」

 そもそも2人がアリーに力を貸すようになったのは、トワが助言したからだった。
 テュポーン討伐後、メトラに連れられてゴラクドールを訪ねた際、トワに面会したアリーは人魔同盟の人手が足りないとつい愚痴ってしまったのだ。
 トワは事態の深刻さをわかってくれて、その場にイドラを呼んで、人魔同盟に協力して人助けしてはどうかと勧めたのだ。他にも、旧市街の魔族たちから人選して人魔同盟へ貸し出すと云ってくれた。
 イドラは自分が世界を危機に陥れてしまったことを悔やんでいたので、この話を喜んで引き受けた。
 人魔同盟にとっては、知的で優秀な精神スキルの持ち主であるイドラと、転移能力のあるイシュタルの組み合わせは最強の助っ人だった。

 そのイドラに、シンドウが近づいてきた。

「よう、おつかれさん」
「シンドウ、おまえもいたのか。ということはダリアも一緒か」
「ああ。当然だろ?バカップルはおまえらだけじゃないんだよ」

 シンドウは笑いながら、イドラに山盛りのソレリーが入った籠を差し出した。

「採れたてだ。美味いぞ。持って行けよ」
「ああ、すまない。いただこう」

 イドラが籠を受け取ると、イシュタルが横から真っ赤に熟した実をひとつ手に取って、口に放り込んだ。

「こら、勝手に食うな。行儀が悪いぞ」
「ふむ、美味いぞ。おまえも食え」
「まったく…。おまえにはまだまだ教育が必要だな」

 ため息をつきつつも、イドラは籠から1つ実を取って口に入れた。
 それは遠い昔に食べたきりの、故郷の味がした。
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