聖魔の乙女は運命を転がす~落ちこぼれ回復士の私が救世主になって魔王に愛される理由~

つかさ

文字の大きさ
234 / 246
エピローグ

マルティス商会

しおりを挟む
 ゴラクドール市内の高層ビル群の一角。
 10階建ての新築ビルは先月完成したばかりだ。
 敷地を囲む塀に掲げられた看板には『魔王府公認マルティス商会』の文字があり、立派な門の両脇には屈強な護衛番の魔族が1人ずつ立っている。

 1階入口の扉を勢いよく開けて入ってきたのは、獣人のロキとバルデルだった。
 受付係の魔族に挨拶をした赤と青の毛色の2人は、仕立ての良い明るいグレーのスーツを着ていた。
 衝立越しに小奇麗なオフィスを覗くと、豪華な応接セットがあり、そこでは従業員が掃除をしていた。
 その窓際のサイドボードの上には勲章やら記念品やらがずらりと並んでいる。
 ロキとバルデルはそこを素通りして2階に上がり、奥にある社長室の扉をノックして、返事も聞かずに扉を開けた。

「ただいまー!マルティス兄さん」
「戻ったよ!」

 部屋に入った2人は、そのまま表情を固まらせた。

「わお」

 窓を背に部屋の中にドンと置かれている社長の机の前で、1組の男女が抱き合っていたからだ。
 その男の方はマルティスだった。

「…んだよ、勝手に入ってくんじゃねえよ」
「お邪魔しちゃって、悪いな」
「朝からイチャイチャすんなよ、兄さん!」
「うるせーよ」

 若草色の高級スーツを着たマルティスと抱き合っていたのは、ベージュ色のミニスカスーツをカッコよく着こなしているロアだった。
 2人は悪びれる様子もなくパッと離れると、何事もなかったかのように仕事の話を始めた。
 ロキは仕事の証文をロアに渡した。

「ごくろうさま。うん、この証文で取引完了ね」

 ロアは当初、人間の文字が読めなかったのだが、トワが魔族のために始めた語学塾に通い、今では仕事に支障のないレベルにまでなった。

「完璧だろ?兄さん」
「俺のことは社長って呼べって言ってんだろ?」
「社長って一番偉い人のことだろ?ダメだよ、オイラたちの一番はトワ様なんだから」
「そうだよ。オイラたち聖魔軍はトワ様からのお願いで兄さんに協力してんだから、勘違いしないでくれよな」
「わーったよ。で、首尾は?」

 ロキとバルデルは請け負った仕事の成果を報告した。
 その内容にマルティスは満足した。

 マルティスはテュポーン災禍の後、ロアと2人でマルティス商会という会社を立ち上げた。
 彼はまず各地でテュポーンの毒の除染作業を請け負うつもりだと魔王府に申請すると、テスカの作った解毒薬と中和薬をタダで大量に仕入れることができた。その薬を諸国へ売り、莫大な儲けを出した。それを元手にアザドーから屍術杖アートワンズを仕入れてまた売り上げを伸ばした。
 これを知ったトワからは、詐欺だと責められたが、除染作業には金がかかるんだとマルティスは悪びれない。それどころか彼女に対し、図々しくも解毒作業のための人員を借して欲しいとまで申し出た。
 これにはトワも怒りを通り越して呆れてしまった。

 マルティスはトワを騙すことなんてチョロいと思っていて、あと一押しで思い通りになるというところで、魔王が現れた。魔王は、遠征費用などかかる費用一式すべてをマルティスが負担するという条件付きで、聖魔軍を貸し出すことを許可した。
 マルティスは心の中で舌打ちした。
 魔王は人手は貸すけれど、彼らにかかる移動費や食費など一切の生活費を面倒見ろというのだ。なかなか痛いところをついてくる。商売において何より高くつくのは人件費なのだ。
 やはり魔王相手では勝手が違う。
 それでも冒険者などを雇えばそれにプラスして高額の依頼料を取られることになるので、マルティスはこの条件を呑むしかなかった。
 隙あらばお人好しのトワを言いくるめて利用しようと思っていた彼は、魔王から今後、トワと会うときは必ず自分を通せと釘を刺されてしまった。

 去り際に魔王に「もしトワに精神スキルを使っていたらその場でおまえを消すところだったぞ」と耳元で囁かれ、マルティスは心底ゾッとした。
 マルティスが商売で精神スキルを使っていることを知っていた魔王は、彼がトワにスキルを使うかどうか様子を伺っていたのだ。
 だがマルティスは、身内に対しては絶対にスキルを使わないと決めていたので、はからずもそれで命拾いすることになったのだ。

 ちなみに聖魔軍というのは、トワと契約した旧市街の魔族たち500余名のことだ。
 彼らはトワ直属の軍隊として魔王に正式に認められ、聖魔騎士団の下部組織として位置付けられた。魔王軍の最高司令官であるジュスターが聖魔軍の指揮官も兼ねることになったのだが、魔王命令とあって特例としてマルティス商会へ彼らを協力させることにしたのだ。
 実はマルティスは初めからそれをあてにしていた。
 ジュスターからの許可が出ると彼は以前から目をつけていたロキとバルデル以下、数名の有能な者たちを聖魔軍からスカウトし、派遣社員として雇用したのだった。
 彼らは無駄に人間の国に100年以上いたわけではなく、文字も読めて計算もできた。思った以上に有能で、頼んだことは完璧にこなしてくれた。
 ロキたちが自分たちの能力を生かせる仕事に就かせてもらっていることを知ったトワは、そのままマルティスに彼らを預けることにしたのだ。
 だがマルティスは、こうした経緯を知ったロアから、恩人のトワを騙すようなことをするなと、こっぴどく叱られ、小一時間廊下で正座させられて説教を受けた。

 ともかくも聖魔軍という人材を得たマルティスは、除染や解毒作業を各国から請け負い、その国から表彰されたり勲章を与えられたりもした。
 除染の依頼はイドラを通じて人魔同盟からも請け負うようになり、黙っていても仕事が転がり込んでくる状況になった。ロアの助言で貧しい人々向けにボランティアもするようになったおかげで、会社の評判は決して悪くはなかった。
 聖魔軍はつい先日までマルティス商会からの委託を受けて、世界各地に派遣され、解毒作業に奔走していたのだが、一ツ目族のラセツはどこへ行っても注目の的で、彼は世界各地で一躍有名人になった。

 一方、私生活での彼は、ロアとゴラクドールで一緒に暮らしている。
 ロアはナラチフ領主を正式に弟に譲って、マルティスの有能な秘書となったのだ。

「そろそろ準備した方が良いですよ」
「お、もうそんな時間か」
「そいじゃオイラたちも着替えてくるよ」

 ロキとバルデルは奥の階段を登って行った。
 会社の建物の上層階は彼らの住居になっているのだ。

「彼らはあんなこと言ってますけど、マルティスには感謝してるんですよ。他の聖魔軍の皆も、今日の晴れの日の警備を任されて喜んでます」
「トワが連中を使ってやってくれって頼んできたんだよ。旧市街で腐ってた連中が、こんなお披露目の場の警護を任されたんだ。感極まるってもんだ」
「…私だってそうです。本当に、まだ夢を見ているんじゃないかって…」

 ロアが遠い目をして云ったので、マルティスは彼女の手を握って現実に引き戻した。

「夢じゃない。これは俺とおまえが掴んだ現実だ」

 マルティスがロアを抱き寄せると、彼女は目を伏せて彼に身を任せた。

「…未だに思うんだ。どうしておまえのことを忘れて平気だったんだろうって。我ながら信じらんねえよ」
「またその話?もういいじゃないですか。こうしてまたエンゲージできたんですから」
「良くねえよ…勝手にエンゲージ解消して、肩の荷が下りたなんて言っておまえを傷つけたんだぜ。最低だ」
「でも、本音だったんでしょ?」
「…そんなにいじめるなよ。でもおまえが俺を信じてくれたから、今こうしていられるんだ。感謝してる」
「お礼ならトワ様に言ってください。あの方がいなかったら、今頃私たちはここにこうしていられなかったかもしれないんですから。しかもあなたの記憶まで戻してくださって、感謝してもしきれませんよ」
「まあな…。しっかしあの棺の中で一晩寝ろって言われた時には、ビビったぜ」

 マルティスは、あの日のことを思い出していた。
 カオス消滅後、聖櫃アークはゴラクドールに持ち帰られた。
 その次の日、魔王府に呼び出されたマルティスは、トワから例の聖櫃アークの中で一晩過ごせと云われたのだ。
 棺の中で寝るなんて気持ち悪いから嫌だと断ったのだが、トワから今後ゴラクドールで商売をするのにお墨付きを与えてやる、などというエサをちらつかせられたので、仕方なく云う通りにしたのだ。

 恐る恐る棺の中に足を踏み入れ、体を横たえて目を閉じた時、何とも不思議な感覚に襲われた。
 彼は奇妙な夢を見た。
 その夢の中で、思い出した。

 遠い昔、自分が一度死んだことを。

 あれはユミールの屋敷が燃え落ちた時だった。
 煙に巻かれて意識が遠くなった彼の体に、誰かが入ってきた気がした。
 その直後、イドラの悲鳴によって、失われかけた意識が引き戻された。
 彼は息を吹き返し、そのせいで誰かの意識は無意識のうちにマルティスの内に封印されることになってしまった。

 それを思い出したマルティスの前に1人の女が現れた。それは銀色の髪をしていたが、トワによく似ていた。
 夢の中にまでトワがしゃしゃり出てくるなんて、などと彼はボヤいた。
 彼女がマルティスに向かって手を差し伸べると、マルティスの中から見たことのない金髪の美青年が引っ張り出された。
 マルティスはぎょっとしたが、それが誰だかはわからなかった。
 トワに似た女は、その美青年と親しそうに微笑みあい、抱き合った。
 彼女は、マルティスを振り返って云った。

 ―この時をずっと待っていたわ。今まで彼を守ってくれてありがとう。

 そして2人はどこかへ消えてしまった。

 マルティスはそのまま深い眠りに落ちた。
 そして翌朝、迎えに来たロアを見て、彼は失われていた彼女に関する記憶をすべて取り戻していたことに気付いたのだ。
 その後、棺は魔王府の最上階に設けられた祭壇に祀られ、封印されることになったという。

「本当に、不思議な棺でしたね」 
「ああ、けどトワの奴、何にも教えてくれねーんだよ。『言ったってどうせ信じないでしょ?』とか言ってよ。結局、あの棺が何で、あれが誰だったのかもわかんねえまんまだ」
「あなたの中から現れたという人は、その女性の恋人だったのかもしれませんね。もしかしたら、あなたが私のことだけを忘れていたのも、その女性が嫉妬したからだったりして?」
「まさか。そもそもどこの誰だか知らねえ奴が、何で俺の中にいたんだよ?」
「さあ?長生きでもしたかったんじゃないですか?なにしろ図太さと生命力の強さだけがあなたの取り得ですからね」
「ひっでえ」

 ロアはころころと笑った。

「でも、私だけはそうじゃないってわかってますよ」
「さすがは俺のロアだ」

 マルティスはニヤッと笑って囁いた。

「…次の繁殖期にはナラチフへ帰って子供を作ろうな」
「はい、あなた」
「それまでにしっかり稼がないとな」

 彼はロアの肩を抱いたまま部屋を出て、階下の従業員たちに向かって叫んだ。

「さあ、今日は店じまいだ。ゴラクドールはじまって以来の一大イベントなんだからな!皆、準備しろよ!」

 階下からは「おー!」と威勢のいい返事が返ってきた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

神様の忘れ物

mizuno sei
ファンタジー
 仕事中に急死した三十二歳の独身OLが、前世の記憶を持ったまま異世界に転生した。  わりとお気楽で、ポジティブな主人公が、異世界で懸命に生きる中で巻き起こされる、笑いあり、涙あり(?)の珍騒動記。

【完結】巻き込まれたけど私が本物 ~転移したら体がモフモフ化してて、公爵家のペットになりました~

千堂みくま
ファンタジー
異世界に幼なじみと一緒に召喚された17歳の莉乃。なぜか体がペンギンの雛(?)になっており、変な鳥だと城から追い出されてしまう。しかし森の中でイケメン公爵様に拾われ、ペットとして大切に飼われる事になった。公爵家でイケメン兄弟と一緒に暮らしていたが、魔物が減ったり、瘴気が薄くなったりと不思議な事件が次々と起こる。どうやら謎のペンギンもどきには重大な秘密があるようで……? ※恋愛要素あるけど進行はゆっくり目。※ファンタジーなので冒険したりします。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

お兄様、冷血貴公子じゃなかったんですか?~7歳から始める第二の聖女人生~

みつまめ つぼみ
ファンタジー
 17歳で偽りの聖女として処刑された記憶を持つ7歳の女の子が、今度こそ世界を救うためにエルメーテ公爵家に引き取られて人生をやり直します。  記憶では冷血貴公子と呼ばれていた公爵令息は、義妹である主人公一筋。  そんな義兄に戸惑いながらも甘える日々。 「お兄様? シスコンもほどほどにしてくださいね?」  恋愛ポンコツと冷血貴公子の、コミカルでシリアスな救世物語開幕!

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

処理中です...