聖魔の乙女は運命を転がす~落ちこぼれ回復士の私が救世主になって魔王に愛される理由~

つかさ

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エピローグ

忘れていた約束

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 テュポーン討伐から2年半。
 こんな展開、まったく予想もしていなかった。
 だって今、私の前には、大勢の人々がいるんだもの。

 あれから各国はテュポーンの被害から必死で復興に尽力してきた。
 その間もいろいろとあったけど、結局魔王はゴラクドールを返還せず、この都市だけをペルケレ共和国から独立させた。
 元領主のエドワルズ・ヒースには相応の見舞金が支払われたらしいけど、それもゴラクドールの豊富な国庫から支払ったわけで、魔族側は全く損をしていない。案外ちゃっかりしてるんだな。

 人間の為政者たちが驚いたのは、魔王の統治者としての手腕だった。
 魔王城から連れてきた官吏たちが有能だってことももちろんだけど、経済や街づくりに関してもすばやく動いた。
 都市の商店や施設などをすべて市営化し都市内でのみ通用する通貨に換金させる形で、ゴラクドールの特徴であったカジノやエンターテインメントを復活させた。
 以前ここで労働していた人間たちも審査の上で市が再雇用もしたけど、以前のような不公平な都市作りを抑制し、差別を徹底的になくす方向へ法制化した。
 それが功を奏して、魔族中心のゴラクドールブランドというものを前面に押し出すことに成功したのだ。

 その最大の目玉となったのが美食である。
 ご存知の通り、この世界の食事情は極めて悪い。
 ゴラクドールに初めてきた時もそれは同じだった。

「ご飯が美味しくない街は魅力半減だよね」

 私が云ったことを真剣に受け止めた魔王は、ゴラクドールに世界中から上級以上の料理人を好待遇で招き、美食地区という特区を作って観光地化したのだ。
 わかりやすく云うと、食い倒れの町を作ったってことかな。
 それを牽引したのは、いうまでもなくウルクとユリウスだ。
 彼ら2人は、この時SS級調理士に進化していて、魔王から『最高位料理人ゴッドキュイジーヌ』の称号を与えられ、料理人の憧れの的になっていたのだ。

 そして、新しい都市に活気を与えようと、以前魔王都で行われていたイシュタム祭が、ここゴラクドールでも半年後に復活することになった。
 イシュタム祭は10日にも及ぶ大イベントになる予定で、国内外から魔族人間問わず客を受け入れることになる。
 そこでは魔王軍らのパレードをはじめ、トーナメント形式の武闘大会や演武、演奏会の他、市民らの作品物の展示即売会や講習会といった市民参加型のイベントも目白押しである。
 広場を中心に多くの露店や屋台も出る予定で、ウルクとユリウスも匿名で屋台を出す予定だ。きっと皆ビックリするだろうなあ。何しろ彼らが腕を振るうのは主に魔王と私の食卓や魔王軍舎の食堂くらいで、一般の人々が彼らの料理を味わうことなんてほとんどないんだから。
 どんなお祭りになるのか、今からとても楽しみだったりする。


 そんな中、私は何をしていたかと云えば―。
 実は新しく仕事を始めたのだ。
 仕事先は、魔王府の隣に建つ『聖魔府』という離宮。
『聖魔府』は魔王が私のために建ててくれた、私だけの離宮だ。
 以前、魔王城で退屈していた私のことを思って、私が誰にも気兼ねなく自由に使える施設をと、魔王府改築と同時にわざわざ造ってくれたのだ。
 その離宮の一角を使って、私は魔族たちの怪我や病を無償で治す治療院を開くことにしたのだ。

 治療院には、特別告知したわけでもないのに、開院初日から多くの魔族が訪れた。
 治療院の噂は魔族の間で瞬く間に広がり、人間の国に住む魔族のみならず、魔族の国からも訪れる者が多く、いきなり大忙しになった。
 聖魔騎士団の皆が交代で手伝いに来てくれるので、それほど混乱もなくなんとかなっていた。魔王も応援してくれていて、たまに顔を出しては、患者さんたちをおののかせている。
 治療院に関しては、ザグレムから苦言もあったみたいだけど、魔王が一喝して黙らせたようだ。

 そんな忙しい毎日を過ごしていたある日、テスカが私のところへ来て、騎士団を辞めて、私を手伝いたいと申し出た。
 もちろん私はビックリした。ウルクやユリウスのように、騎士団を続けながらでもいいんじゃないかと提案したのだけど、彼はそれでは騎士団の仕事をおろそかにしてしまうかもしれないし、なにより自分がやろうとしていることは片手間では決してできないことなのだと私に訴えた。
 彼のやろうとしていたこととは、魔族向けの治療薬を開発することだった。
 テスカは私の負担を少しでも減らそうと、治療薬を作ることを考えてくれていたのだ。
 実際、大した怪我でもないのに治療院を訪れる者もいる。人間のように傷薬でもあればなあ、なんて思ったりもしてたんだよね。

 魔族専用ポーションはザグレム領に自生する特定の薬草でしか作れない貴重な万能薬であり、万病に効くため非常に高価である。
 でもテスカが作ろうとしているのは、症状別に効く薬だ。この世界ではポーションだけですべての怪我や病気を癒すけど、私のいた世界では風邪には風邪薬、腹痛には腹痛薬を服用するように、症状によって違う薬を使うのが普通だ。テスカは魔族用に、そういう薬を作ろうとしているんだ。
 これってすごいことだ。
 魔族が治療薬を作ろうとしていること自体すごいのに、テスカのやろうとしていることは、魔法やポーションに依存するこの世界の治療の在り方を根本から変えようとしてるんだ。
 私は彼の夢を応援したいと心から思って、テスカの申し出を受け入れた。
 彼の決断はジュスターたちにも支持され、騎士団を辞めても彼らの絆は変わらなかった。

 そんなわけでテスカは、私の治療院の助手兼薬師として勤務することになった。
 治療院は魔王府の運営資金で賄われているので、治療費は取らないことにしているんだけど、日々、結構な額の寄付が寄せられるのと、テスカが調合した人間用の薬も販売することにしたので、薬草の仕入れや人件費を払ってもお釣りがくるほど経営は順調にいった。
 するとがめついマルティスが、さっそく薬の販売を任せろと横槍を入れてきた。
 ここでは診療しないと薬を売らないっていう薬局システムにしたので、薬だけを売ることはさせないときっぱり断った。

 だけどここで1つ問題が生じた。
 私が患者さんのカルテ的なものを紙に書いても、テスカは字を読めないため、カルテの整理を任せられないのだ。
 人間相手に商売をするなら、まず文字が読めないといけないし、他人と情報を共有するためにも、文字はやっぱり必要だと思った。

 そこで思いついたのが、『聖魔府』の空いている部屋で、講師を招いて魔族向けに語学塾を開くことだった。
 もちろん無償で。
 この提案を魔王にすると、彼はすぐに講師として、グリンブルの治安維持機構のマサラを招聘してくれた。
 魔王も人間の国では、魔族らに文字を学ばせる必要があると考えていたようで、語学塾はすぐに開校することができた。
 語学塾にはテスカはもちろん、聖魔騎士団のメンバーやロア、商売を志す魔族たちが多く通った。

 そうして私も仕事のペースがつかめるようになってきて、余裕が出てきた。
 そんなある日、魔王が云った。

「あの時の約束を叶えてやるぞ」

 あの時?
 どの時?
 約束って何だっけ…?
 私自身、すっかり忘れていて焦った。

「トワ、手を」
「ん?」

 魔王は私の左手を取って、中指に嵌っていた黒い指輪を抜き取った。
 そして、代わりに透明に輝く宝石のついた指輪を私の薬指に嵌めた。

「ゼルくん、これ…!」

 その輝きはどう見てもダイヤモンドだった。中央についているダイヤはサクランボほどもある特大の石で、キラキラ光るようカットされている。指を入れるリング部分にもぐるりとダイヤがちりばめられている。
 元の世界で買ったら一体いくらになるんだろう…と私は息を呑んだ。

「おまえの世界では、エンゲージした者には指輪を贈る風習があると聞いたのでな」
「誰に聞いたの?もしかしてアルシエル?」
「そうだ。おまえにはその石が一番似合う。それがあればこの黒い指輪は必要ない。それにおまえの魔力も増幅してくれる」
「ありがとう…すっっごく嬉しい!」

 その時私はようやく思い出した。
 あれはイシュタムビーの世界にいた私を魔王が迎えに来てくれた時だった。
 彼が「今度はどんな約束が欲しい?」と聞いた時、私は耳打ちしたんだ。

「純白のウェディングドレスを着て、あなたと結婚式がしたいな」

 ダメもとで云ってみたことだったけど、彼はあの時、約束を叶えると云ってくれた。
 魔王はそれを覚えていてくれたんだ。
 あとで聞いたことだけど、この世界の人間たちも結婚式は行うようだけど、それは身分の高い一部の人間の間だけのことらしい。指輪の交換などもなく、元の世界の式とは結構違うようだ。
 魔王はアルシエルに私の世界の結婚式というものの内容を聞いて、私に内緒でその準備を進めていたらしい。
 アルシエルによれば、彼はこの指輪を用意するのにわざわざダレイオス領まで出向き、半年以上をかけて作ったらしい。
 このサプライズはめちゃくちゃ嬉しかった。
 いや、もちろんこのおっきなダイヤってのも嬉しいんだけど、なによりゴラクドールと魔王城を行き来して忙しい毎日を送っていたはずの彼が、私のために時間を割いてこの指輪を作ってくれていたんだと思うと、胸が熱くなった。

 彼が準備していたのは指輪だけじゃなかった。
 私が希望した結婚式ならぬ、エンゲージ式というものをゴラクドールの真ん中でやろうというのだ。

 それが今、現実になった。
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