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正義の衝突
島と要塞
しおりを挟む長いこと、床に布を敷いて寝そべっていた。つまらない考えが頭を埋め尽くしていており、寝付くことはとうてい難しいと思えた。
レオンは、今頃なにをしているだろう──フェリシアと同棲でもしてるんじゃないだろうか? ジェームズもオースティンも知らないことだが、レオンはとうに叔父の家を出て、彼の『冒険』の邪魔になる枷を外しきっていた。
かくいう僕も、『自由』に憧れている節はあった。家族に振り回されることなく、自分の人生をまっとうしたい──そう考えると、いつかジェームズにされた説教も、案外的を射ていると思えてくる。
いや、そんなことはない。少なくとも弟が今の僕くらいの年になるまでは、僕が責任を取らなくては。
それより、レオンのことを考えよう。彼との日常はいつも心の支えになってくれる。認めたくないものだが、これはいわゆるブロマンスというやつかもしれない──しかし、今の言葉を見つめなおしてみると、ひどく吐き気がした。
一度目を開き、現実に戻った。前方には相変わらずヘルクレスの背中があり、空はよりいっそう暗さを増していた。黒ずんだ雲から閃光が出てくるのが見えたが、遠い場所の話だ──僕は眠りたい。
もはやヘルクレスの運転に対する不安は消えていた。自然とまぶたが重くなり、再び視界が暗くなっていく。事態の良し悪しはさておき、僕の脳は雑念を忘れ、からっぽになった。
「おい、そろそろ起きろ。奴らの本拠地に、だいぶ近づいているぜ」
数時間が経過していた。目を開けると、ヘルクレスのいかつい顔がこちらを覗いていた。もはや、この程度のことでは驚かない。体を起こし、ふらつく中景色を凝視した。辺りはすっかり晴れており、前方には──無人島だ。
いや、実際のところ人間は大勢いるだろう。なにしろ、上手く隠されているとはいえ、巨大な人工物が見えたのだ。それは目視一キロくらしかない孤島の、中央にそびえている崖──その側面に、ところどころ石造りの建造物が生えている。
「見えるんだな? あの要塞が」
「ああ。幻覚かと疑っていたけど、あんたも認識してるんだな」
僕は目を細め、島を隅々まで見回した。崖の要塞を除けば、なんら一般的な外観の島だ。
「今のままじゃ、船が丸見えじゃないか? 見つかったらまずい」
「そこはスパイの女が、運搬用だのなんだのって取り繕ってくれてるだろうぜ」
隣の大男は顔色一つ変えず、答えた。それより、彼のスパイって女性だったのか──どうでもいいことだが、自身の先入観に虫唾が走った。
緊張で、腹が締め付けられる。ついに対決の時だ──敵に出くわさずに弟を救出できるのなら、それが一番だが。
「ブラッドは島の反対側に泊めてある貨物船にいる。そしてお前の弟は要塞に監禁されているはずだ。だが俺は、要塞には行けない」
「え?」
困惑で思考が停止したと同時に急な波しぶきを食らい、よろめいた。ヘルクレスが手を伸ばし、笑いを漏らしながら僕を支えた。
「俺はブラッドを倒しに行く。奴の腐った魂を破滅させてやる。お前には一人で行ってもらうしかねぇな。それか、俺と一緒にブラッドを倒してから向かうかだ」
僕は自分の力量を信じきれてはいない。無論、平均的な十六歳と比べたら遥かに戦闘ができる。だがとても一人で立ち向かうなんて──
「ともかく、上陸するぞ。ここには簡易的な船場があってな、そこの貨物に紛れてブラッドの船に乗り込むってのが作戦だ」
「……分かった。とりあえず、今はあんたに付いて行く」
「そうか。そんじゃ、このオンボロを島に泊めるぞ」
ヘルクレスは床をミシミシいわせながら、室内に戻った。船が再び動きだし、僕はまたぐらついた──今回は、自分でバランスをとった。
島が迫って来る。崖の要塞は林に囲まれており、その手前、白い砂浜にちらほらと人影が見えた。その辺りに目を凝らすと、ところどころ木材やコンクリートで舗装されていのが分かる。
一つの人影がこちらに手を振っている──僕は反射的に、船の縁に隠れようとした。だがすぐに向こうの不信感を煽ることになると気づき、ゆっくり上体を縁から出していった。「何かを拾うために屈んだ」ように見せかけたつもりだ。
「ヘルクレス! 誰かが、こっちに手を振ってるぞ」
「問題ない」
僕の意見など眼中にないとばかりに、ヘルクレスは豪快に舵を切った。だが操縦風景とは裏腹に、徐々にスピードが落ちてきていて、砂浜がすぐそこまで近づいていた。
「船が停まったらすぐに身を隠せ! お前も俺も、顔が知れてるかもしれないからな」
返事をする間もなく、船が半ば跳躍しながら浜に乗り上げた。衝撃はかなりのもので、僕はまた性懲りもなく横転した。
「立て! じきに誰かがくる。スパイの野郎のおかげで、いまのところ敵意を抱いている輩はいないだろうが──」
「こんな目立つ泊め方でよかったのか? 持ち主の分からない謎の船なんて警戒されるに決まってるんじゃ……」
頭をさすりながらよろよろと起き上がり、ヘルクレスに聞いた。
「さっさと足を動かせ! 林に飛び込むぞ!」
有無を言わさず怒鳴り散らされたので、僕は焦って縁から飛び降りた。自分の背丈の倍近くある段差なうえかなり斜面だったが、うまく受け身を取ることができた。少々打撲したかもしれないが、問題になるほどではない。
間もなくヘルクレスも浜に降り、辺りを確認する。さっき手を振っていた人物から離れた場所に着いたのか、それとも向こうが移動したのか──どっちにしろそいつの姿はもう見えなかった。
僕たちは「だるまさんがころんだ」で一抜けしようとする少年のごとく、緊迫の中全力で手足を回転させ、浜を横切っていった。
──強くて暑苦しい風が皮膚に当たる。自然のサウナだ。色々な考えが重なって、僕は一刻もはやく緑の中に身を置きたかった。それが強い衝動となって、一歩先を行くヘルクレスをにらみ、追い越し、けだもののように無茶苦茶に腕を振り回し、やっと薄暗い木々の間に転がり込んだ。
すぐに反動が来た。荒ぶった鼓動に胃が圧迫されて、とにかく吐きそうで仕方がない。
遅れてきたヘルクレスは息を切らし、僕の肩を掴んで振り向かせた。
「焦る気持ちは分かるがな、こういう状況で冷静さを欠いたら驚くほど早く負傷するぞ」
「分かってるさ」
生返事だった。
情動は落ち着いてきたが、なぜそんな状態に陥ったのか言葉で表せない。そもそも自分の精神について、しばらく考えたくなかった。
「それより、船場ってどこなんだよ? そこの貨物に紛れ込むんだろ」
「そうだが、ここからは単なる気合いじゃ突破できない。船場には、大勢の監視役がいる。真っ向から戦うのはもちろん、不意をついて気絶させるのもだめだ。こっちの存在を明かすのは最後の最後……ブラッドの側まで行き、暗殺するときだ」
彼は羽織っているボロボロのコートから小さな銃を取り出してみせ、いきなり僕に放った。驚くほど適当な扱いに、思わず息をのんだ。
「弾は十発。使うのはブラッドやリアムを仕留められそうなとき、あとは、このままだと確実に死ぬと思ったときだけだ。その辺の下っ端には基本使うな」
ヘルクレスは真剣な眼差しになった。そのとき初めて感じ取った──彼は、本気で死を覚悟している。生き残ったらどうするかなんて眼中にない。僕はいまさらながら、この男が空恐ろしくなった。
「状況を見極めろ」
いま、彼の言葉は入ってこない。僕の思考は目の前の漢に対する疑念でいっぱいだった。だが、彼が恐ろしいと同時に、彼は僕を信頼してくれていることも分かっていた。そして、結局僕も彼を信じており、共にいたいと思っている。
「分かったよ。さっさと終わらせよう」
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