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蛙の子は蛙

妻との出会い

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当主になりサロンへ行くのはある意味義務になった。お酒は飲めない訳ではないが強い方じゃない。若輩者は否応なしに飲まされる。

「君のお父上は我々よりも女の所が良いらしい。ここには一度も来た事がないからな。君は違うと証明してくれ」

ここでもあの男の事で言われるのか…。

あの男が俺の父だと言う事を思い知らされる。俺は無関係だと思っていても他人は違う。

酒は注がれたら飲むのがここでの流儀。空になっていなくても『一杯』と言われれば飲み干しグラスを空にし新たに注がれる。

早く帰りたい

いつも思っている。帰って妻の顔を見たい。妻の顔を見ると安心する。



女は醜い生き物だ、そう思ってきた。

母上もその醜い女だ。あの男の愛を信じ帰ってくるのを待っている。あの男が母上だけを愛していないのは俺でも分かる。それでも『彼に愛されてるのは私だけ』そう言いながら泣いている。

母上は俺の母上ではあるが、あれはあの男の女だ。自分が寂しい時だけ俺を構い、『貴方もお父様が毎日家に居てほしいわよね?貴方からお父様に言ってちょうだい。毎日帰ってきてって。息子の貴方に言われたらお父様も毎日帰ってくるわ』あの男が家に帰ってきたら俺の事は構わずあの男の気ばかり引こうとする。

あの男が数日帰ってこなければ『お母様、お父様が帰ってこなくて寂しいの。お母様可哀想だと思わない?こんなにあの人を愛しているのに、こんなにあの人が帰ってくるのを待っているのに、どうしてあの人は帰ってこないの?貴方がお父様に泣いて頼まないからよ?貴方はお母様が不幸になればいいと思っているの?』今度は俺をバシバシと叩く。

泣いて頼まない俺が悪いと、行かないでと泣いて止めない俺が悪いと。

それでも母上が可哀想だとか、寂しがってるだとか、いつも泣いているだとか絶対にあの男に言わないでと言う。母上は妻としての矜持があるからと。見栄があるからと。私は心が広いと。遊びたいだけ遊べばいい、私はそんな事で目くじらを立てないと。

あの男の前では理解ある妻の姿をする。

まだ俺も幼い頃、母上と話がしたくて、遊んでほしくて、俺を見てほしくて、何度も母上の側に行った。甘えたくて抱きしめてほしくて。それでも母上は窓の外ばかり見ていた。

『貴方は彼じゃないもの。どうして私が甘やかさないといけないの?どうして私が抱きしめないといけないの?貴方に使う時間があるなら私は彼を思う時間がいいわ。貴方に使う時間は私にはないの。この膝もこの腕も全部彼のものだもの』

幼い俺はその時諦めた。母親の愛情も父親の愛情も、その目も俺には向けられない。

抱っこされた事はない。同じ食卓に座り一緒に食事を食べた事もない。

家に帰ってくるあの男からはきつい香水の香り。家を出て行った時と違う服。胸元を少し開けて気怠そうに、俺の存在すら目に入らず横を素通りしていく。

俺は人を愛せない人間だ。

愛を知らない人間だ。

父上は屑だと思っているし、母上は馬鹿な女だと思っている。それでも母上は俺の母上だ、不幸になってほしい訳じゃない。幼い頃から母上の涙を見てきた。幼い俺には何も出来なくても大人の俺なら出来る。

泣いてほしい訳じゃない。いつも笑っていてほしい。どれだけ母上に恨まれようがあの男から引き離したい。あの男は変わらない。女に依存している。女がいないと生きていけない動物だ。 

あれは人の皮を被った獣だ。

獣に人間の常識は通じない。己の本能のままに生きている。あそこを勃たせ穴ならどんな穴でもいい。

俺も年頃になればあの男が何をしているか分かる。どこへ行き誰と会い何をするか、聞きたくなくても聞こえてくる。

男性からは嫌味を、女性からは舐めるような眼差しを、あの男の息子なら同じだろと、同じでしょうと。

もう嫌気が差していた。

社交も女性も何もかも。俺は女性を愛せないと思っていた。かと言って男性なら愛せるかと言われればそれも違う。女性の胸元を見ればドキリとするが、男性の体を見ても何も思わない。俺と同じだな、そんくらいだ。

そんな時あの男が突然俺に話しかけてきた。

『お前の婚約者を見つけてきてやったぞ。俺もただ女性と会っている訳じゃない』

公爵夫人に言われたら誰も断れない。

婚約者と初顔合わせをする日、母上は朝から上機嫌だ。あの男が昨日からずっと家にいる。それに初顔合わせは両家揃ってが決まりだ。

婚約者の伯爵家へ馬車で行き、あの男は父親らしい事は何一つしていないのに父親面をし、母上も母親らしい事は何一つしていないのに母親面をしている。

『この子は本当に優しい子なの』相手の令嬢に言っているが、俺が優しいか優しくないのかすら知らないだろ。

伯爵令嬢と二人で庭を散歩することになった。たわいもない会話をする。

『そんな顔しなくても大丈夫ですよ?』

突然言われ何がなんだか。

『無理して笑わなくても大丈夫です。無理して何か話さなくても大丈夫です。何も話したくないのなら今は景色を楽しみませんか?ちょうどダリアが見頃なんです』

彼女は視線の先の花壇を見ていた。

その横顔がとても綺麗だと思った。

風が通ると少し肌寒く、俺は上着を彼女に羽織らせた。

『ありがとうございます。少し肌寒いですね』

そう言って彼女は笑った。

『部屋に戻りますか?風邪をひいては申し訳ない』

部屋には戻りたくはないが彼女に寒い思いはさせたくない。

『あの部屋に戻りたいですか?戻りたくないと顔に書いてありますよ?

息子の貴方にこんな事言うのは失礼だとは思いますが、貴方のお父様、私少し苦手なんです。何か品定めされてるような視線がちょっと…。自意識過剰とは思うんですが、その、あまり良い噂も聞きませんし。

もしまだ戻らなくてもいいのならもう少しだけ私に付き合ってもらえませんか?でも、風邪をひいてはいけないので遠慮なく言ってくださいね』

『俺は花の事全く知りません。ダリアと言われてもどの花かさっぱり。俺に教えてくれませんか?もう少し俺に付き合ってください』

『はい、喜んで』

女性は醜い生き物だ。それでも彼女だけは違う。

俺の直感なんてあてにならない。それでも俺の心が彼女だと訴えている。

家に帰っても、何をしていても、思い出すのは彼女の笑った顔。あの横顔、可愛らしい声、ゆっくりでも早くもない心地よい話し方。

あの男の噂は、噂でも何でもない真実なんだがそれを知っていても、俺は俺だと、あの男とは違うと、そう思ってくれた。

俺を俺自身を見てくれる。

彼女は俺にとって何ものにも代え難い特別な人。

彼女を好きになるのに時間はかからなかった。そして愛になるのも。

俺は人を愛せた。

俺は女性を愛せた。

そして彼女から愛を知った。

愛す喜びも愛される喜びも彼女と出会い知ることができた。

だから俺は頑張れる。

愛は人を動かす原動力だ。だから耐えられる。

彼女が居ればそれだけで…



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