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10:戻りたい。
しおりを挟む王城を去って、一ヶ月。
あの日以来、殿下や王城の方々とは連絡をとっていません。
これまで週一のお休みの日以外は、王城に行っていたので、屋敷で一日をどう過ごせば良いのか分からず、暇を持て余してしまっています。
幼い頃から仲良くさせて頂いている、サラサラなストレートロングの金色の髪と、若草のような浅い黄緑色の瞳を持つレドモンド公爵家令嬢のアシュリー様と、何度かお茶をいたしましたが、双方で殿下や王城の話題を避けてしまうので妙にギクシャクとしてしまいます。
お母様は相変わらず王妃殿下と仲がよろしいようで、本日もお茶会に出席されていました。
「ミラベル、王妃殿下がとても心配されていたわよ?」
「お母様……ご迷惑をおかけ致します」
「別に迷惑では無いのよ。だだ、心配なの」
お茶会から戻られたお母様が私の部屋に来て、言葉通り心配そうな表情で私の頭をそっと撫でて下さいました。
「心配、ですか?」
「ええ。ねぇ、ずっとタウンハウスにいてもつまらなそうだし、久し振りに領地に帰ってみたらどうかと思うのだけど」
……領地。
そういえば、八歳の頃より帰っていませんでしたね。
アップルビー伯爵家の領地は、王都から馬車で二日の距離にあります。
そこそこ広いのですが、地盤が固い為に農業には向いていません。
ならばと工業を! と思っても、二つ先にあるライランズ子爵家の領地が国内随一の発展を見せているのと、他の追随を許さないタイプの方なので、危険な事には手を出さずにいました。
あの頃は、自領で賄える程度の酪農と、数少ない農業向きの地で、ジャガイモなどの簡単かつ大量にできる物でどうにかギリギリの運営をしていました。
現在は酪農と加工食品でとても豊かな土地になっているとは聞いていました。
領地の事を考えていましたら、実際に見たくなって来ました。
「そうですね。領地に……戻りたいです」
「分かったわ。では馬車と道中の宿の手配をさせておくわね」
「お母様、ありがとうございます」
「いいのよー」
お母様がうふふと笑いながら部屋から出ていかれました。
たぶんあの感じは、一緒に領地へ戻ってお父様とイチャイチャしよう、とかの魂胆の笑いでしょう。
私が王都にいるからと、お母様もずっとこちらにいて下さいました。
そこは大変有り難かったので、目の前でイチャイチャを見せ付けられても、暫くの間は我慢しておきましょう。
領地に帰ると決めて、三日後には準備が整ってしまいましたので、アシュリー様には直接お会いできませんでした。
発つ前日に『また戻って来て下さいますよね? お便り下さいませね』というお手紙を下さったので、必ず書きます、とだけお返事しました。
今はまだ、王都に再び来たいとは思えませんでしたから。
タウンハウスから馬車に乗り、王都を出ました。
五年間暮らした都が離れて行くのを窓から眺めていると、お母様が寂しいのかと聞いてきました。
「いえ…………ええ、多分、寂しいのだと思います」
領地を離れる時はただ王都のタウンハウスに行くだけだった事と、前世を思い出して別の郷愁にかられていた事、毎日が忙しく余計な事を考えずに済んでいたのが見事に合致して、寂しいや帰りたいと強くは思いませんでした。
ですが今回は…………。
結局は私の選択なのですから、寂しいなどとは思ってはいけないのかもしれませんが、心臓やお腹が締め付けられる感覚は間違いなくそういった感情から来るものなのでしょう。
「戻りたくなったら――――」
「いいえ、それは絶対にありえません」
「絶対なの?」
「はい! 絶対に、です」
お母様が「もう、頑ななんだから! 誰に似たのかしらぁ?」と頬を膨らませながら呟いていました。
私はお母様にそっくりだと言われるのですが? と言いそうになりましたが、何となくヤブヘビな気がしましたので、口を噤み車窓の流れる景色を堪能することにしました。
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