落ちこぼれ勇者の家庭教師

十本スイ

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「―――なるほどな。なあアミッツ」
「な、何?」
「今その状態で、何でもいいから魔法を使ってみろ」
「魔法……を?」
「そうだ。あ、でも破壊系の呪文はさすがにマズイか。……《癒しの花香ヒーリング・パフューム》くらいは使えるか?」
「あ、うん」

 誰もが初期に習う魔法の一つ。それならば使える。

「ならやってくれ」
「うん。――|《癒しの花香《ヒーリング・パフューム》》」

 右手の人差し指を立てて呪文を唱える。すると、指先から優しげな花の香りが漂ってきた。
 この効果は文字通り、精神に花のような香りを漂わせて、少しだけ癒しを与え落ち着かせるというもの。

「――なるほどなるほど」

 目を固く閉じているので、彼が何に対して納得しているのか分からない。目を開けて確認すればいいのだろうが、こういう状況なので目を開けるのを躊躇わせる。

「よし、もういいぞ起き上がって」

 その言葉と同時に、額から……いや、全身から先程まで感じていた温もりが一掃した。

「えと……起き上がってもいい……の?」
「ああ、もう終わったしな」
「へ?」

 今度はあっさりと目を開けてしまった。すると視界には、無邪気な子供のような笑顔を見せる彼の姿が映る。そのまま彼は少し離れたところにある、机に向かってそこに腰を下ろす。行儀が悪いなと思いつつも、言われた通りに上半身を起こすアミッツ。

「……どうした? 顔真っ赤だぞ?」
「ふぇ!? あ、あのそれは――」
「あ、まさかだけどよぉ、ヤるって意味を履き違えてたりしたとか?」

 カァーッと顔から火が出ているかのように熱くなる。

「おお、おお、最近の若者は耳年増なんだね~」
「そ、そんなこと考えていなかったからぁ! 絶対の絶対にぃ!」
「本当かぁ?」

 ニヤニヤと意地が悪い笑みをぶつけてくる。

「えと……だってそれは……あ、あんな言い方だと勘違いしてもしょうがないじゃないか!」
「おいおい、だとしてもだ。リリーシュが止めなかった時点で、そうじゃねえって普通気づくと思うぞ?」
「そ、それはそうだけど……」
「テンパって考えが及ばなかったか?」
「…………うん」
「ハハハハハ!」
「わ、笑うなぁ! ボクは強くなるためだからって我慢して!」
「そんな我慢は今後一切必要ねえ」
「っ!?」

 思わず言葉が詰まった。何故なら今まで砕けた表情をしていたイオが、真剣な眼差しで言ってきたのだから。

「いくら強くなりてえからって、自分が嫌だって思うことはしなくてもいい」
「だ、だけど……」
「特に、自分の身体や魂を売るようなことはぜってーすんな」

 真っ直ぐな瞳だった。心を貫くような真摯さが伝わってくるような視線。彼が心の底からそう言っていることだけはハッキリ理解できた。

「とまあ、勘違いさせたオレが言えるようなことじゃねえかも、だけどよ」
「ごめん……なさい」
「おいおい、別に謝らなくてもいいぞ。今言ったことを守ってくれさえすりゃあな。それにそんなことをしなくても、お前は成長することができる」
「……ほんと?」
「ああ。オレが今、何をしてたのか分かるか?」
「ううん、分からなかった」
「お、素直だな。じゃあ教えるが、オレは今、お前という一個の人間そのものの構造を見定めてたんだよ」

 先程も構造という言葉があったが、やはり意味が分からない。

「とりあえずだ。魔法に関していえば、お前が今までどういう修業をしてたか知らねえけど。それは今後一切止めろ。やってもムダだから」
「ええっ!? ム、ムダなの!?」
「ああ。というよりも逆効果だな。ちなみにどんなことをやってたんだ?」
「えと……《下級呪文》を完璧に扱えるようになるために、一日十個以上の呪文を使ってた。魔力を使い続ければ魔力量も底上げできるはずだから」
「ふむ。もしかしてそれってリリーシュに教えてもらったのか?」
「う、うん。リリーシュ先生自身も、そうやって修業したって言ってたし」
「だろうな。けどそれってアイツに合った修業方法で、お前に合ったもんじゃねえ」
「……! どういう、こと?」

 リリーシュの方法は、他の人も実践しており、確実に効果を上げている実績があるのだ。



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