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学院の校舎。その屋上に一人の男がポツンとフェンスに腰かけて眼下に広がる学院を見回していた。
「……そろそろ始まった頃か」
気持ちの良い風に黒髪をたなびかせて、イオは自分の教え子のことを考える。
「筆記はまあ問題ねえだろ。あくまでもアイツにとっての関門は次の実技試験からだし」
今まではその実技で芳しくない結果を残したために、一次試験すら通らなかった。実際〝Fランク〟の実力のままでは通ることは難しい。
しかし今のアミッツは、この二カ月で積み重ねてきた経験と力がある。それを存分に発揮できれば、一次で落ちるようなことはない。
(一次の結果が出るのはすぐだ。やる試験も子供だましみてえなもんだしな)
だから一次の心配はしていない。問題は二次試験においての〝資質試験〟。
(ここで試されるのは、勇者としての資質。可能性。つまり試験官が勇者として未来があると感じるような何かを示さなきゃならねえ。さあて、アイツはどんなもんを示すつもりやら)
楽しみだと思いつつも、不意にピリピリとした嫌な空気を感じた。
(……何だ? この感じは試験の緊張感じゃねえな)
思わずフェンスの上に立って周りを見渡す。
(……別に魔物や魔族の気配はしねえ。けど何か嫌な予感がしやがるな)
毎回、一年を締めくくる最後の〝勇者認定試験〟には何かトラブルが起こったりする。ほとんど偶発的な事故が多いが、中には故意に人が起こしたものもまたあるのだ。
どうしてもランクを上げたい者や、勇者になりたい者が必死さを履き違えたせいで起こるような愚行が多いとはいえ、それに巻き込まれる勇者候補生もまた少なくない。
(何事もなく終わればいいんだけどな……)
アミッツにしてやれることは全部した。あとは彼女が本領を発揮するだけ。イオにできることは見守ることだけである。
イオは少し曇りだした灰色の空を見上げて、言い知れぬ悪寒に眉をひそめた。
※
筆記テストは滞りなく終了を迎えた。
空欄もすべて埋めたし、出来も満足の域には達している。だから筆記による不合格ということはないだろう。
問題は次――実技試験だ。
一次における実技試験では、一人ずつ個室に案内され、そこで試験官と一対一で基本的な魔力操作、体術を見せる。
今までは緊張し過ぎて満足にできなかったが、不思議と心は落ち着いていた。
これも試験前にイオが言ってくれた言葉のお蔭かもしれない。
『いいか、別に失敗してもいい。けどな、するなら全力で失敗しろ。それが次に繋がるんだからよ』
そう言って大人の癖に屈託なく笑う彼の顔を見て、一気に緊張が弾け飛んだ。
どうせもう誰も期待なんかしていない。失敗するだろうと誰もが思っているだろう。
しかし信じてくれる人が――いる。
だから、失敗は恐れるものじゃない。
「――次、アミッツ・キャロディルーナ」
「はい!」
名前を呼ばれて個室へと向かう。その個室はもう四回目、見慣れたものだ。
中に入ると個室とはいっても、身体を激しく動かしても大丈夫なくらいは広さがあった。
目の前には一つだけテーブルがあり、そこに眼鏡をしている男性試験官が座って厳しい目で見つめてくる。
(――初めて見る先生だ)
ここに務めている教師にも勇者や元勇者という存在は多い。中には純粋な学者や教師などもいるが。ただし試験官を任されているということは、間違いなく現行勇者か、元勇者というのが通例。
この四十代前半ほどに見える、一見裏社会に生きている雰囲気を醸し出す銀髪の男性もまた、この学院の卒業生なのは違いないはず。
「アミッツ・キャロディルーナです、よろしくお願いします!」
頭を下げると、眼鏡をしている男の試験官は「ああ」と素っ気なく答えると、
「さあ、まずは魔力を出せ」
と作業をしているかのように言った。
ここでイオに言われていたことを思い出す。
『いいか。一次の実技じゃ、まだ出す魔力はかなり抑え目にしとけ。その方が、周りを必要以上に警戒させずに済むしな』
「……そろそろ始まった頃か」
気持ちの良い風に黒髪をたなびかせて、イオは自分の教え子のことを考える。
「筆記はまあ問題ねえだろ。あくまでもアイツにとっての関門は次の実技試験からだし」
今まではその実技で芳しくない結果を残したために、一次試験すら通らなかった。実際〝Fランク〟の実力のままでは通ることは難しい。
しかし今のアミッツは、この二カ月で積み重ねてきた経験と力がある。それを存分に発揮できれば、一次で落ちるようなことはない。
(一次の結果が出るのはすぐだ。やる試験も子供だましみてえなもんだしな)
だから一次の心配はしていない。問題は二次試験においての〝資質試験〟。
(ここで試されるのは、勇者としての資質。可能性。つまり試験官が勇者として未来があると感じるような何かを示さなきゃならねえ。さあて、アイツはどんなもんを示すつもりやら)
楽しみだと思いつつも、不意にピリピリとした嫌な空気を感じた。
(……何だ? この感じは試験の緊張感じゃねえな)
思わずフェンスの上に立って周りを見渡す。
(……別に魔物や魔族の気配はしねえ。けど何か嫌な予感がしやがるな)
毎回、一年を締めくくる最後の〝勇者認定試験〟には何かトラブルが起こったりする。ほとんど偶発的な事故が多いが、中には故意に人が起こしたものもまたあるのだ。
どうしてもランクを上げたい者や、勇者になりたい者が必死さを履き違えたせいで起こるような愚行が多いとはいえ、それに巻き込まれる勇者候補生もまた少なくない。
(何事もなく終わればいいんだけどな……)
アミッツにしてやれることは全部した。あとは彼女が本領を発揮するだけ。イオにできることは見守ることだけである。
イオは少し曇りだした灰色の空を見上げて、言い知れぬ悪寒に眉をひそめた。
※
筆記テストは滞りなく終了を迎えた。
空欄もすべて埋めたし、出来も満足の域には達している。だから筆記による不合格ということはないだろう。
問題は次――実技試験だ。
一次における実技試験では、一人ずつ個室に案内され、そこで試験官と一対一で基本的な魔力操作、体術を見せる。
今までは緊張し過ぎて満足にできなかったが、不思議と心は落ち着いていた。
これも試験前にイオが言ってくれた言葉のお蔭かもしれない。
『いいか、別に失敗してもいい。けどな、するなら全力で失敗しろ。それが次に繋がるんだからよ』
そう言って大人の癖に屈託なく笑う彼の顔を見て、一気に緊張が弾け飛んだ。
どうせもう誰も期待なんかしていない。失敗するだろうと誰もが思っているだろう。
しかし信じてくれる人が――いる。
だから、失敗は恐れるものじゃない。
「――次、アミッツ・キャロディルーナ」
「はい!」
名前を呼ばれて個室へと向かう。その個室はもう四回目、見慣れたものだ。
中に入ると個室とはいっても、身体を激しく動かしても大丈夫なくらいは広さがあった。
目の前には一つだけテーブルがあり、そこに眼鏡をしている男性試験官が座って厳しい目で見つめてくる。
(――初めて見る先生だ)
ここに務めている教師にも勇者や元勇者という存在は多い。中には純粋な学者や教師などもいるが。ただし試験官を任されているということは、間違いなく現行勇者か、元勇者というのが通例。
この四十代前半ほどに見える、一見裏社会に生きている雰囲気を醸し出す銀髪の男性もまた、この学院の卒業生なのは違いないはず。
「アミッツ・キャロディルーナです、よろしくお願いします!」
頭を下げると、眼鏡をしている男の試験官は「ああ」と素っ気なく答えると、
「さあ、まずは魔力を出せ」
と作業をしているかのように言った。
ここでイオに言われていたことを思い出す。
『いいか。一次の実技じゃ、まだ出す魔力はかなり抑え目にしとけ。その方が、周りを必要以上に警戒させずに済むしな』
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