落ちこぼれ勇者の家庭教師

十本スイ

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「最近、また復活してるって話を耳にした」
「理性を失うって、最終的にどうなっちまうんだ?」
「過去の事例からいうと、だ。敵味方関係なしに暴れまくって、強力になった魔法や技を連発して周りの建物や人を傷つける。薬の効果が切れると、良くて記憶喪失、悪くて死亡」
「ずいぶん服用の意味が分からねえ薬だな」
「ああ。普通ならな。けどま、それが勇者候補生の耳に入ったらどうなると思う?」
「っ!? ……なるほどねぇ」

 グレッグから聞いた話によると、過去の事例でもその服用者のほとんどが勇者候補生だったらしい。しかもその全員が最後の〝勇者認定試験〟を控えた人物。中には試験真っ最中に服用して暴走した者もいたという。

「爆発的に力を高めて、その力で勇者になろうとしたってわけか」
「ああ。結果、生き残った奴らは勇者としての道を永遠に失ったってことだ」

 溜め息が漏れる。
 勇者の世界は力がすべて。そこに身分や見た目などもまったく関係ない。ただ強ければ勇者として金や地位を獲得できる立場を得ることができる。
 だからどんな手を使ってでも勇者になろうとする者は、今も昔も後を絶たない。

「バカな連中だよ。ドーピングなんかして合格しても、だ。力がないんだから、勇者としてやっていけるわけがないのによぉ」

 グレッグの言う通りだ。一時的に実力を底上げして、たとえ勇者の資格を得たとしても、実際の勇者業は過酷。実力が無い者はあっさり死んでしまう世界なのだ。

「それでも勇者っていう称号がほしいんだろ。称号が剥奪されたとしても、元勇者って肩書きは結構なアドバンテージを持つしな」

 事実、元勇者っていうだけで信頼する者は多い。仕事だって依頼する者も少なくないだろう。それだけ勇者というネームバリューは多大な価値を含んでいるということだ。

「それで? その魔法薬が最近復活したって?」
「そうだ。この地区でそれを買ったって奴がいた」
「そいつ、服用したのか?」
「ああ、ちょうど半年くらい前だな。一つのカジノが文字通りボロボロに倒壊させられたことがあってよ。原因は一人の男。幸い怪我人はほとんど出なくて、駆けつけた勇者に取り押さえられたけどな」
「何でそいつが《バーサーカーウィルス》ってやつを服用したって分かったんだ?」
「口にしてたのさ、そいつが」
「何だって?」
「カジノを潰す前、そいつはこう言った。『これがバーサーカーウィルスの力かぁ。最高だ!』ってな。しかもそいつ、ただの一般人だったんだぜ」
「一般人が建物をボロボロに破壊できるほどの力を得る、か」

 もし一般人よりも強い勇者候補生が服用すれば、さらなる破壊を生むことだろう。

「しかしおかしなことにな。過去の《バーサーカーウィルス》よりも精度は格段と上がっていたんだよ」
「どういうことだ?」
「何でも効果が切れた後も、人格はハッキリして記憶もそのままだったらしいぜ」
「……つまり消えたって思われてた薬が」
「ああ、水面下でずっと研究されてたってわけだ。より効能の高い魔法薬として売り捌くためにな」
「厄介なことをする奴もいるもんだな。その売り捌いてる奴らの尻尾は掴んでねえのか?」
「いろいろ勇者どもも動いてるみてえだけどな。あまり進展はないようだぞ」
「……犠牲者っていえばいいのか分かんねえけど、薬を買った奴はその暴走した奴だけか?」
「あと二人いる。けどそのどちらも、暴走する寸前に勇者に取り押さえられてるけどな」

 その事件をきっかけに、この地区を厳重に警備していた勇者に、服用した瞬間を狙われ捕らえられたらしい。

「それから数カ月――何も音沙汰がないから、勇者たちも売人はもういないって判断したんじゃないか」
「なるほどねぇ」
「けどま、売人にとってこの地区は良い売り場だ。息を潜んで獲物を探ってるに違いない。もしかしたらすでに誰かに売ってる可能性も……な」

 イオはコップに入ったミルクを一気に仰ぐと、

「ごっそさん」

 と、小銭を出して席を立つ。

「あ、おい。もういいのか?」
「ああ、聞きてえことは聞けたしな」

 そう言いながら歩いていると、誰かにぶつかってしまう。

「ああ、悪い」
「ってぇ……ああ? 誰だこらぁ?」

 足元もおぼつかずフラフラしている酔っぱらいがそこにいた。
 一応謝ったのだからと、イオは無視して酒場を出ようとするが、

「おら待てやこらぁ!」

 ガシッと肩を掴まれる。

「……はぁ。いいから放せ、オッサン」
「ああ? おいおい、まだガキじゃねえかぁ? ここは大人の……ヒック……社交場だぜぇ……ヒック」
「そりゃ悪かったな。すぐに出てくわ」
「だから待てやぁ!」

 騒ぎに気づいた客たちが面白そうに眺めている。まあ、このようなところで助けてくれるような連中がいるわけでもない。刺激に飢えている連中が集まるのだから。

「……忠告しとくぞ、今すぐ手を放さねえと怒るぞ?」
「おいおいぃ……ヒック、大人に対し礼儀がなっちゃねえなぁ」
「その酒臭え面を近づけんな、酔っぱらい」
「っ!? ククク……ヒック、いい度胸してんじゃねえかぁっ!」

 いきなり掴みかかってきて、拳で殴ってきた。
 イオは蚊が止まるほどの鈍いその攻撃に溜め息が零れ出る。

「――――やれやれ」

 そして――数秒後。

 店の床には上半身が埋まった酔っぱらいの姿があった。子供のイオが負けるとでも思っていたのか、客たちは誰もがあんぐりと口を開けたまま固まっている。

「――グレッグ」
「はいよ」

 イオは懐から数枚の札束を投げ、それをグレッグが当たり前のように受け取る。

「修理代と迷惑料。あとは任せた」
「また来いよ~」

 イオは軽く手を振ると、静寂が包んだ酒場を後にした。


     ※


 イオが酒場で情報収集していた頃――同じ地区のある路地裏で、二人の人物の邂逅が果たされていた。
 寄るということも相まって、周囲は暗闇が支配しているが、真っ赤なローブを着込んでいる者の周囲には一つの発行体が浮かんでおり、手元を照らしている。

 もう一人の人物もまた、帽子を目深に被り、辺りをキョロキョロとしながら立っていた。明らかに挙動不審だが、その目は酷い隈がくっきりと浮ぶ。
 赤ローブが差し出した手の中には、小さな注射器のようなものが置かれてある。

「こ、これがあれば、今の力を数倍にもできるんだよな?」
「……そうです。これは過去のものではありません。それは半年ほど前に証明されたはずです」

 そう赤ローブが口にする。女性のような高くて澄んだ声だ。もう一人は男のようである。

「しかし、服用は複数回に分けることをオススメします。あまり一気に服用されると、たとえ鍛え上げられた身体でも無理が生じますから」
「そ、そんなことより! こ、これを服用したら俺は確実に強くなれるんだよな!」
「間違いなく、それは保障しましょう。癖になるほどの甘美な力が、あなたをより高みへと誘ってくれるはずです」
「よ、よし!」

 男が注射器を受け取ると、懐から札束を取り出し赤ローブに手渡す。

「……ああ、それと。これもサービスで渡しておきましょう」
「な、何だよ、この札は?」

 男が手に取った長方形の形をした三枚の札には、血で書かれたような魔法陣が三つ描かれてあった。

「それは特別な契約札。それと、これも」

 もう一枚――今度は一枚の札に大きな魔法陣が一つ描かれてある。

「一応魔力は充填しておきましたが、最後の一枚を使う時は慎重に」
「な、何でだ?」
「それを使うには、最大限に高めた薬の力が必要になりますから。下手をすれば死んでしまうこともあるかもしれませんよ」
「し、死ぬ……!」
「まあ、それを使えば必ずあなたは認められる存在になるとは思いますが」
「……認められる……認められる……か」
「では、御武運を――」

 それだけを言うと、赤ローブはその場から霧のように姿を消した。

「へ、へへへへ……こ、これで俺は……最強に……っ、血族の一番になれるんだっ! はは、ははははは……くくくく……ははははははははははっ!」

 狂ったように笑う男。その笑い声は、闇の中に静かに沈んでいき、誰にも気づかれることはなかった。





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