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学院にドラゴンが現れる少し前――イオは南地区にいた。
昨日グレッグという情報屋から仕入れた情報に基づいて、《バーサーカーウィルス》の売人を探していたのである。
(今頃はアミッツのやつ、二次試験の真っ最中だろうな)
やはり気になるのは教え子のこと。
(教えたことをそのまま出せれば大丈夫だ。二次試験を突破できるかは分からねえけど、それでもきっと……)
良い結果を得ることができると思う。
だからこそ、彼女が全力で試験に臨むことができるように、気になる要素を取り除いてやることがイオのできることだった。
(売人が復活してるってんなら、とっとと捕まえねえとな。最終試験が行われる前に)
イオの考えはこうだ。《バーサーカーウィルス》を使って不正を行うのは、最終試験だけ。その時に使用して高評価を得ると思っていた。
(多分二次試験には使わねえと思うしな)
もしバレたら最終試験に行けないし、副作用などがあれば二次試験を通過しても最終試験でまともに身体を動かすことができないだろう。
そう考えると《バーサーカーウィルス》をもし購入した生徒がいても、使うのは数日後の最終試験だとイオは考えていた。
だから売人を見つけて、売った連中の名前を吐かせて、できれば今日中に買った連中の身柄を押さえるつもりだ。そうすればアミッツが最終試験に残っても邪魔される確率はグッと減るはず。
イオは建物の屋根の上を伝いながら、昨日の夜からずっと探し続けていた。夜でなくても売人が仕事している可能性はある。
「オレの目から逃げられると思うなよぉ」
イオの鋭い眼差しが、南地区全体に行き渡っていく。
街を歩く者たちの一挙手一投足。そこに不自然さはないか、違和感はないか、それを一人一人確認していく。
「―――――――ん?」
その時、遠くの人気のない通路でそわそわ周りを気にしている男を発見。
(……一般人みてえだが)
見た感じ勇者候補生ではない。しかし明らかに様子がおかしい。挙動不審だ。
その男を観察していると、細い路地に入って行った。
直感で「――見つけた」と思い、イオは屋根から屋根へと渡って近づいていく。
すぐに細い路地にある建物の屋上へと辿り着き、気配を殺して見下ろして確認した。
そこには先程の挙動不審な男と、赤いローブを着用した存在が明らかに異様な雰囲気を醸し出していた。
男が懐から金を取り出し見せつけている。
「も、も、持ってきてくれたのか?」
「ええ、これが――欲しいのでしょう?」
そう言って赤ローブが見せたのは一つの注射器。
「こ、これが……《バーサーカーウィルス》……なんだな?」
「はい。あなたの所望する夢の魔法薬です」
その言葉を聞き、イオはすぐに建物から飛び降りた。
「ひぃっ!?」
赤ローブの背後に降り立ったイオはニヤリとして口を開く。
「――ビンゴ。ようやく見つけたぜ、謎の売人さんよぉ」
「……! おやおや、これはこれは珍客到来ですか」
「ちょっ、こんな話聞いてないぞ! 取引は一人ずつのはずだろ!」
「ああ、ちょっとうるさいですね」
「な、何だよその言いぐふべっ!?」
「なっ!?」
突然赤ローブが手刀を薙ぎ払った瞬間、男の首が胴体を別れた。
「……てめえ、何してんだ?」
「……いえ、ちょっとうるさかったものですから」
「そんなことで殺すとは、ずいぶん教育が行き届いてねえじゃねえか」
「フフフ、こう見えても捨て子で天涯孤独の身なので」
「そうかよ。だったら牢屋にぶち込んで再教育してもらえ」
「おっと」
「!」
イオが足に力を込めた直後に白い手袋をした右手を差し出した赤ローブ。そこには一枚の紙が握られてあった。
「あなたが欲しいのは、この売却リストなのではないですか?」
「……! 何でそれを知ってやがる?」
「あなたが昨夜から嗅ぎ回っていることは分かっていましたから」
「へぇ。ずいぶんと余裕だな。捕まるとか思わなかったのか?」
「……別の方なら逃げたでしょうが。追ってきているのがあなたですから」
「はあ? どういうことだ?」
「…………一つご提案なんですが」
「提案……だと?」
「ええ、我々と一緒に仕事を――がふっ!? ……い、いつの間に……!」
イオは相手が気づかぬうちに背後へ回り腕を決めて地面へ押し倒していた。
「ふざけたことを言おうとした罰だ。しばらくそこで這いつくばってろ」
「…………ククク、さすがはかのイオ・カミツキだ」
女性のような口調と声音から、一気に少年っぽい砕けた感じに急に変化したので、慌てて頭に被っているフードを力ずくで引き千切る。
そこから露わになった顔は――――人間のそれではなかった。
「っ!? てめえ……人形だったのか」
藁人形をそのまま大きくしたような姿。しかし目の部分と口の部分には、それぞれ赤い宝石のような塊が収まっている。
「そんなことよりもいいのかな?」
「はあ? 何が言いてえんだ?」
「客の中には勇者候補生もいるよ?」
「! やっぱり売ってやがったか」
「ククク、昨日の夜売ったしねぇ。しかもその子は今日、アレを使う予定のようだし」
「何だと!? 最終試験日じゃなくて今日だと!?」
「ま、今頃は学院内で大変なことになってたりして?」
「てっめえっ、一体何者だ!」
「そうだねぇ…………〝動乱を望む者〟――〝バイオレンサー〟とでも言っておこうかな」
「はあ? 意味が分からねえぞ!」
「ククク、ずいぶんと稼がせてももらったし。もうここには用はないや。じゃあねぇ~」
「待ちやがれっ!」
しかし顔らしき部分に嵌め込んであった三つの石が急激に膨らみ始めた。
「マズイッ!」
咄嗟にその場から離れると、人形がいた場所が小規模爆発を起こして散り散りになってしまた。
「ちっ、証拠隠滅ってか。……けど甘えよ」
イオの手には、すでに注射器と売却リストが握られてあった。奴を押し倒した瞬間に奪っておいたのだ。
(〝動乱を望む者〟だと? 一体……いや、そんなことより!)
イオは建物の壁を駆け上がって空高く跳び上がった。
そのまま学院がある方角へ顔を向け――。
「…………何だあの煙は!?」
学院から立ち昇っている煙。それに……。
「あの魔力質――まさかこの《バーサーカーウィルス》ってのは……!」
何となくこの魔法薬の正体を掴めてきたが、今はそれよりも優先すべきことがあった。
イオは全速力でその場から学院に向かって移動する。
(無事でいろよっ、アミッツ!)
昨日グレッグという情報屋から仕入れた情報に基づいて、《バーサーカーウィルス》の売人を探していたのである。
(今頃はアミッツのやつ、二次試験の真っ最中だろうな)
やはり気になるのは教え子のこと。
(教えたことをそのまま出せれば大丈夫だ。二次試験を突破できるかは分からねえけど、それでもきっと……)
良い結果を得ることができると思う。
だからこそ、彼女が全力で試験に臨むことができるように、気になる要素を取り除いてやることがイオのできることだった。
(売人が復活してるってんなら、とっとと捕まえねえとな。最終試験が行われる前に)
イオの考えはこうだ。《バーサーカーウィルス》を使って不正を行うのは、最終試験だけ。その時に使用して高評価を得ると思っていた。
(多分二次試験には使わねえと思うしな)
もしバレたら最終試験に行けないし、副作用などがあれば二次試験を通過しても最終試験でまともに身体を動かすことができないだろう。
そう考えると《バーサーカーウィルス》をもし購入した生徒がいても、使うのは数日後の最終試験だとイオは考えていた。
だから売人を見つけて、売った連中の名前を吐かせて、できれば今日中に買った連中の身柄を押さえるつもりだ。そうすればアミッツが最終試験に残っても邪魔される確率はグッと減るはず。
イオは建物の屋根の上を伝いながら、昨日の夜からずっと探し続けていた。夜でなくても売人が仕事している可能性はある。
「オレの目から逃げられると思うなよぉ」
イオの鋭い眼差しが、南地区全体に行き渡っていく。
街を歩く者たちの一挙手一投足。そこに不自然さはないか、違和感はないか、それを一人一人確認していく。
「―――――――ん?」
その時、遠くの人気のない通路でそわそわ周りを気にしている男を発見。
(……一般人みてえだが)
見た感じ勇者候補生ではない。しかし明らかに様子がおかしい。挙動不審だ。
その男を観察していると、細い路地に入って行った。
直感で「――見つけた」と思い、イオは屋根から屋根へと渡って近づいていく。
すぐに細い路地にある建物の屋上へと辿り着き、気配を殺して見下ろして確認した。
そこには先程の挙動不審な男と、赤いローブを着用した存在が明らかに異様な雰囲気を醸し出していた。
男が懐から金を取り出し見せつけている。
「も、も、持ってきてくれたのか?」
「ええ、これが――欲しいのでしょう?」
そう言って赤ローブが見せたのは一つの注射器。
「こ、これが……《バーサーカーウィルス》……なんだな?」
「はい。あなたの所望する夢の魔法薬です」
その言葉を聞き、イオはすぐに建物から飛び降りた。
「ひぃっ!?」
赤ローブの背後に降り立ったイオはニヤリとして口を開く。
「――ビンゴ。ようやく見つけたぜ、謎の売人さんよぉ」
「……! おやおや、これはこれは珍客到来ですか」
「ちょっ、こんな話聞いてないぞ! 取引は一人ずつのはずだろ!」
「ああ、ちょっとうるさいですね」
「な、何だよその言いぐふべっ!?」
「なっ!?」
突然赤ローブが手刀を薙ぎ払った瞬間、男の首が胴体を別れた。
「……てめえ、何してんだ?」
「……いえ、ちょっとうるさかったものですから」
「そんなことで殺すとは、ずいぶん教育が行き届いてねえじゃねえか」
「フフフ、こう見えても捨て子で天涯孤独の身なので」
「そうかよ。だったら牢屋にぶち込んで再教育してもらえ」
「おっと」
「!」
イオが足に力を込めた直後に白い手袋をした右手を差し出した赤ローブ。そこには一枚の紙が握られてあった。
「あなたが欲しいのは、この売却リストなのではないですか?」
「……! 何でそれを知ってやがる?」
「あなたが昨夜から嗅ぎ回っていることは分かっていましたから」
「へぇ。ずいぶんと余裕だな。捕まるとか思わなかったのか?」
「……別の方なら逃げたでしょうが。追ってきているのがあなたですから」
「はあ? どういうことだ?」
「…………一つご提案なんですが」
「提案……だと?」
「ええ、我々と一緒に仕事を――がふっ!? ……い、いつの間に……!」
イオは相手が気づかぬうちに背後へ回り腕を決めて地面へ押し倒していた。
「ふざけたことを言おうとした罰だ。しばらくそこで這いつくばってろ」
「…………ククク、さすがはかのイオ・カミツキだ」
女性のような口調と声音から、一気に少年っぽい砕けた感じに急に変化したので、慌てて頭に被っているフードを力ずくで引き千切る。
そこから露わになった顔は――――人間のそれではなかった。
「っ!? てめえ……人形だったのか」
藁人形をそのまま大きくしたような姿。しかし目の部分と口の部分には、それぞれ赤い宝石のような塊が収まっている。
「そんなことよりもいいのかな?」
「はあ? 何が言いてえんだ?」
「客の中には勇者候補生もいるよ?」
「! やっぱり売ってやがったか」
「ククク、昨日の夜売ったしねぇ。しかもその子は今日、アレを使う予定のようだし」
「何だと!? 最終試験日じゃなくて今日だと!?」
「ま、今頃は学院内で大変なことになってたりして?」
「てっめえっ、一体何者だ!」
「そうだねぇ…………〝動乱を望む者〟――〝バイオレンサー〟とでも言っておこうかな」
「はあ? 意味が分からねえぞ!」
「ククク、ずいぶんと稼がせてももらったし。もうここには用はないや。じゃあねぇ~」
「待ちやがれっ!」
しかし顔らしき部分に嵌め込んであった三つの石が急激に膨らみ始めた。
「マズイッ!」
咄嗟にその場から離れると、人形がいた場所が小規模爆発を起こして散り散りになってしまた。
「ちっ、証拠隠滅ってか。……けど甘えよ」
イオの手には、すでに注射器と売却リストが握られてあった。奴を押し倒した瞬間に奪っておいたのだ。
(〝動乱を望む者〟だと? 一体……いや、そんなことより!)
イオは建物の壁を駆け上がって空高く跳び上がった。
そのまま学院がある方角へ顔を向け――。
「…………何だあの煙は!?」
学院から立ち昇っている煙。それに……。
「あの魔力質――まさかこの《バーサーカーウィルス》ってのは……!」
何となくこの魔法薬の正体を掴めてきたが、今はそれよりも優先すべきことがあった。
イオは全速力でその場から学院に向かって移動する。
(無事でいろよっ、アミッツ!)
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