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第八話 立ちはだかる追っ手

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 暴風雨の中、闇を裂くようにワッツとラーティアは早足で進んでいた。

 恐らくは森の中を走っているのだろうが、突然現れる木々に邪魔されて、思うように距離を稼ぎ切れないでいる。



(どうする? 《霊波翼》で周囲を照らすか?)



 紅く発光する《霊波翼》ならば、霊気次第で辺りを眩く照らすことも容易だ。というよりも、今の自分ならラーティアを抱えたまま走ることだって可能。しかし当然、いきなりそんな力を行使すれば、ラーティアは驚愕し説明を求めてくるはず。



 下手をすれば、ワッツが偽物かもしれぬと疑念を抱くこともあるかもしれない。そうなれば本末転倒のような気がする。



(それにここで下手に霊気を消耗するわけにもいかねえしな。シナリオを崩さないためにも、ここは我慢だ)



 別に進んでいないわけでもないし、このまましばらくは、ラーティアの速度に任せてもいいだろう。何か事が起こったその時に対処しようと決めた。



「ワッツ、辛い? もう少し頑張ってね」

「問題ないよ、母上」



 実際体力もまだまだ余裕がある。何せこの四年間、ずっと霊気操作修行を続けてきたのだ。肉体と精神に強烈な負荷をかけ続けてきたのだから、ワッツの体力は、マラソンのトップランナーをも軽く凌ぐ。



「それより母上は? 少し休憩した方が良いんじゃない?」



 多分、今日のことを考えて数日まともに眠っていなかったのだろう。目の下には隈があるし、ひりつくな緊張感にずっと襲われており、体力よりも精神的に辛いのは彼女のはず。



「ふふ、本当に優しい子に育ってくれて嬉しいわ。でも大丈夫よ。ここで追っ手に捕まるわけにはいかないもの」



 やはり彼女もまた、追っ手が放たれる可能性を考慮している。見張りの交代などがあるし、ワッツたちが抜け出したことがバレてもおかしくない。



(原作じゃ、この森の中で追っ手に追いつかれるけど……)



 果たしてどうなるかは分からない。このまま何もなく逃げ切れるのが一番だが……。

(――っ!? やっぱり……そう上手くはいかねえな)



 直後、背後から気配を感じた。それは霊気であり、相手が間違いなく『霊道士』なのは明らか。ずっと後ろを警戒していたからこそ感じ取れた。



(確か母上を殺す追っ手は、凄腕の暗殺者だったな。元貴族で、犯罪に手を染めてしまい奴隷身分になって、そいつをマリスが奴隷商人から購入した)



 この世界には奴隷制度が存在する。その中で、最も程度が低いとされているのが犯罪奴隷だ。最下層な身分な上、奴隷としての立場も著しく制限されている。

 奴隷にも人権は認められているが、犯罪奴隷だけ人権は尊重されていない。これは暗黙のルールみたいなものになっている。



 故に、犯罪奴隷となった者は、もし規約を破れば即座に死ぬ契約をされているのだ。

 ただし、犯罪奴隷は肉体的にも精神的にも強い者が多く、とりわけ元貴族で『霊道士』の力を持つ輩は、購入者に重宝される。護衛や暗殺などの過激な任務に就かされることが多々あるのだ。



(『霊道士』としての格は結構高かったな。主人公とも戦って、結果的に痛み分けに終わったし。まあ、そのあとでワッツに罠に嵌められて拷問された上に殺されたけど)



 それがゲーム内での流れ。ただ、大分成長した主人公と戦って引き分けということは、それなりの強さを今の状態でも所持しているはず。そうでなければ、あの性悪なマリスが信頼して送り込まないだろうから。



(――――来た!)



 霊気の塊が接近してきて、それがワッツたちの頭上へ跳んだ。

 そこでラーティアも、敵の存在に気づいたようで、ハッとなって上を見上げる。そこからこちらに向かって降ってくる炎の煌めきに気づき、ラーティアがワッツを抱きかかえて横へ跳んだ。



 グサグサグサッと、先ほどいた場所にクナイが突き刺さる。その刃は炎を纏っていた。

 この雨の中でも消えない火。その火から霊気を感じる。霊気で強化して簡単に消えないようにしているのだろう。



「――ほう、俺の気配に気づくか」



 野太い声とともに、ワッツたちの前方へと降り立つ黒装束の男。



(わお、まるで忍者だな)



 頭巾に鋼色の額当て。また口布も身に着け、鋭い鷹の目のような眼光を放っている。全身真っ黒で、火がなければ闇に溶けていることだろう。



「っ……マリスの子飼い、ね?」

「ご存じでしたか、ラーティア様。ご主人様からは〝サイ〟と名付けられております。短い間ですが、覚えて頂けたら光栄です」



 短い間、つまり暗殺することは確定ということだろう。オルドなら、もしかしたら捕縛を命令するかもしれないが、マリスにとって邪魔者のワッツたちを生かす理由がない。



「マリスの命令なら、私たちを殺すつもりね?」



 ラーティアも気づいたようで、そう尋ねると、サイは何も答えずにクナイを構える。クナイ同士を叩き火花を起こすと、刀身が炎に包まれる。その際に霊気を注ぎ込んだところを見るに、先ほどワッツが推察した通りだったことを確認できた。



「やらせないわっ!」



 ワッツの目前に立ち、腰から木剣を抜いてクナイを弾くラーティア。その身体から淡い霊気が立ち昇る。





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