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第三十三話 グランオーガ

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「――そんな、何なのよあの巨大なモンスターはっ!?」

 上空から【ロイサイズ】を見下ろすワッツ一行。街中で暴れ回っている大型のモンスターを見て、クミルが怒りに満ちた表情で叫んでいた。

(アイツは――グランオーガ? Aランクのモンスターが何でこんな街中に?)

 ワッツだけは、そのモンスターがどのような存在なのか把握していた。

 グランオーガとは、オーガと呼ばれるモンスター種の上位存在であり、極めて討伐が困難とされる高位ランクのモンスターだ。

 見た目の特徴としては、鋼のような筋肉質の肉体と、額から突き出た数本の鋭い角に口からはみ出す牙。尋常ではないほどの暴力を有し、単純な力だけならSランクと同等とさえ言われている。

(あんなもんが暴れ回ったら、国でも数分と持たねえぞ)

 何せ、体長が十メートルほどもあるのだ。その手に持っている金棒を一回振り回すだけでも、傍にある幾つもの建物が粉砕してしまう。

 見れば、ギルドから派遣されたらしい『探求者』たちが集まって対処に動いているようだが、相手はAランクだ。かなり苦戦している様子。

(ていうか、こんな事件って原作にもあったか?)

 少なくとも、そんな過去があったことは描かれていなかった……と思う。

(あ、いや、確か主人公が初めてこの街に来てアロムに会った時、ルーシアがこの街の英雄として呼ばれてるって話はあったな)

 過去にルーシアが街の危機を救い、それで英雄と呼ばれるようになったとか。
 ただ、その内容は詳しく掘り下げられていなかった。もしかすると、その出来事が今回のグランオーガ襲来なのかもしれない。

(おいおい、だとするとこの状況……まずくねえか?)

 何故なら今、ルーシアはこの街にいないのだ。つい先日、ロジンを伴って帝国へと出張していったのだから。戻ってくるのはまだ先のこと。

(何か理由があってすぐに帰ってくるってことか? いや、こっから帝国までは馬を走らせても数日はかかる。まだ帝国に向かっている最中だろうし、もうかなりの距離があるはず。どうやってこの状況を知る? いや、たとえ今からこの状況を知ったとて、戻ってきた頃には……)

 すでに街は壊滅しているに違いない。この街でルーシアは突出している力を持っているが、その部下たちの力量から考えて討伐するには至らない。

 Bランクならまだしも、Aランク以上は格が違うのである。凶暴な虎に、蟻が抵抗するようなもの。それでも工夫次第で対抗できるかもしれないが、さすがに撃退するには及ばないだろう。

(原作じゃルーシアが街から離れる予定はなかったってことか? なら何でいない? ……考えられるのはやっぱり俺の存在か)

 原作通りの展開にはならない理由として思い当たるのは、ワッツという存在しかなかった。
 そういえばルーシアがこの街を離れる際に、気になる言葉を言っていたことを思い出す。それは、どうして帝国に向かうのか聞いた時のことだ。
 彼女は面倒と思いながらも、ニヤつきながらこう答えた。

『帰ってきたらお前にプレゼントがあるから楽しみにしてな』

 詳しい内容は秘密にされたが、もし帝国に行く理由がワッツにあるとしたら……。

(……つまり俺がこの場を何とかしねえと、街は滅ぶかもしれねえってことか)

 ルーシアが街を救えない以上、その代わりを誰かがやるしかない。そして、力量的にも可能なのはワッツしかいなかった。

「ワッツ、早くアイツを何とかしないと!」

 考え事をしていた矢先、クミルの言葉によって現実に引き戻される。
 戸惑っている時間はない。刻一刻と街は破壊されているのだから。

「クミル様、もしかして戦おうって言うわけじゃないでしょうね? 言っておきますが、アレはグランオーガと呼ばれるAランクのモンスターですよ?」

 Aランクという言葉に、クミルとメリルが同時に息を呑む。それもそのはずだ。何せ、ついさっき手も足も出なかったメガフロッグよりもランクが上なのだから。

「とりあえず、二人はアロム様のもとへ届けます」
「ア、アタシだってアンタの役に立――」
「少なくとも、戦闘では足手纏いにしかなりません」
「っ!?」

 ここは誤魔化すつもりはない。さすがにこれからAランクと戦うとなると、少しの油断が致命的になってしまう。先ほどとは状況が違うのだ。こちらも余裕はない。
不安そうに、メリルが「お、お嬢様……」と口にする。

「…………分かったわ」

 ホッとした。さすがにこの状況でワガママを言えるほどの単純ではなかったようだ。

「……けど」
「え?」
「けど、アタシだって街のために何かしらできるはずよ。住民を避難させることだって、十分にアンタの役に立つでしょ?」
「クミル様……」

 思わず彼女に魅入られてしまう。表情は真剣そのもので、考えなしの発言ではないことは明白だった。その瞳の強さは、民を想うアロムと被って、頼もしさすら感じた。

「……そうですね。クミル様、あなたには今、あなたができることを全力でしてください」
「うん! ……ねえ、ワッツ。アンタなら、アレをどうにかできる?」
「断言はできません。ですが、ここは俺と母さんが住む街です。俺たちを受け入れてくれた人たちも大勢います。だから――全力を以て駆逐します」
「その言葉だけで十分よ。だから領主の代わりに依頼するわ。アンタにこの街の運命を託す。お願い……助けて」
「――お任せを!」

 力強く返事をしたあと、彼女たちを一旦地上に下ろし、再びワッツは空へと上がった。

 グランオーガの破壊によって建物が倒壊し、そのせいで火災なども発生している。『探求者』たちが、消化に尽力しているようだ。

(……ん? アイツは……)

 すると、一つの建物の屋根の上。そこに明らかに怪しいと思われる黒衣の人物の姿を見てハッとする。

(あの黒衣って……それに奴から感じるこの霊気……! なるほど、つまりコレは〝あの事件〟の前哨戦ってわけか)

 脳裏に浮かぶのは、今後起こり得るであろう出来事。もちろん原作知識ではあるが、それが起きる前に、世界のあちらこちらで、その前哨とも呼べる事件が起きていたことは知っていた。

(そうか。【トワーク山】で遭遇したメガフロッグの件も、それで納得できた。けどまずは、あのデカブツを処理するとしようか)

 ワッツはそこから飛び降り、屋根を伝ってグランオーガのもとへ走る。

 すると、怪我で身動きできないのか、地面に座り込んでいる親子に向かって、グランオーガが近づいていく。口から大量の涎を垂らし、狂気に囚われているかのような赤い瞳を漲らせ恐怖を煽っている。

 そんな親子を守ろうと、『探求者』が目前に立つが、明らかに身体が震えていた。自分がどうにかできる相手ではないことを察しているのだろう。しかも、だ。その右腕はすでに負傷しており、まともに戦えるとも思えない。

 そして、親子と『探求者』に向かって金棒を振り下ろそうとしたその時、ワッツがグランオーガの頭部を蹴って転倒させた。

「――早くそこから避難を!」

 今にも殺されそうだった親子と『探求者』を、間一髪のところで救ったワッツ。そんなワッツの言葉に、唖然としていた『探求者』がハッとして、親子を連れて離れていった。


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