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 夜の街は、昼間とは打って変わって、煌びやかな輝きがあちこちから放たれ、そこかしこから女性による男性の呼び込みの声が響く。
 甘い香りに釣られて、男性はのこのこと女性に連れられ店の中へと消える。今夜は高い金を払ってお楽しみのようだ。
 そんな中、キャバクラ店から一人の男が顔を赤らめて出てくる。

「うぃ~ひっく。よぉぉ~し、次の店に行く……かぁ~」

 相当酒を飲んでいるのか、足元がおぼつかないが、はしご店をするということは、まだまだキャバクラ通いの時間は続くようだ。
 男が狭い路地の前を通り過ぎようとした時、

(――今だ!)

 待ち構えていた天満が男の口を塞いで、そのまま路地へと引き摺り込んでいく。

「んん~~~~~~っ!?」

 もう完全に酔いは醒めているだろうが、お構いなしに路地の奥へと連れて行く。そこには一つの扉がありパカッと開いている。
 そこへ連れ込み、元々中にいたウツワが扉を素早く閉めた。

 ここはゴミ置き場として利用されている部屋で、いつも朝に多く利用されていることは調査済み。今の時間帯は安全だと踏んで、ここを利用することにした。
 天満は捕らえてきた男を床へ投げ出す。

「あぐっ!? 痛ぅ……い、一体……だ、誰だお前らは!?」

 男は天満とウツワを見て後ずさるが、その後ろには真悟も立っており、

「ひぃっ!? な、何だ何だ!?」
「……ワーレ・オニオンだな?」
「だ、だ、だったら何だ?」

 明らかに怯えるワーレ。小心者のような印象を受ける。

(コイツなら扱いやすいな)

 下手に自暴自棄になられても困るが、臆病で威圧感も持たない人物ならば言うことを聞かせやすいと思った。

「これを見ろ」

 例の契約書を見せる。

「っ!?そ、そそそそそそれは!? な、何でそんなもんがここにぃっ!?」
「そんなことはどうでもいい。大切なのは、アンタが不正を働いているということだ。これを領主に知らせるとどうなるだろうな?」
「そ、それは止めてくれぇぇっ! 私には妻と子供いるのだ!」

 妻と子がいるにもかかわらず、キャバクラ遊びに酔いしれるとは……。天満の中で益々ワーレの評価が下がっていく。

「ブルック・アドニーは捕まった。知っているか?」
「!? ……じょ、冗談だろう?」
「安心しろ。アンタに関する契約書は今ここにある。その他にアンタの悪行を示すものはない。だからこれを公表しなければ、証拠はない。たとえブルックがアンタの名を口にしてもな」
「そ、そうか……良かった」

 この世界は物的証拠を重んじる。ブルックの証言で聴取にはやって来るだろうが、証拠がないなら逮捕することはできないだろう。

「ただし、これを公表するかはオレの気持ち次第だ」
「か、金なら払う! だから頼む! それだけは止めてくれぇぇ!」

 土下座をする大人というのは、思った以上に滑稽な感じだ。少しは威厳を見せつけてくるかと思ったが、ガッカリするほどの小心者だった。

「金はいらない。ただ一つ条件を飲んでもらいたいだけだ」
「じょ、条件……?」
「もうすぐ闇のオークションが開かれるな?」
「あ、ああ」
「それにアンタも参加する。そうだな?」

 コクリと冷や汗塗れの頭を縦に振るワーレ。

「アンタの口利きで、当日オレたちも中に入れてもらいたい」
「! つまりオークションに参加したいということか?」
「そうだ。どうしても欲しい奴隷があってな。だが一般人であるオレたちは参加することができないんだ。どうだ、できるか?」

 もし断ると言うのなら、彼をリードして人形に動いてもらうしかないが、彼を知っている者たちと人形が出会った時に、その違和感を見抜かれては問題になる。
 だからできれば本物が動いてくれれば助かるのは確か。

「…………参加の資格を与えれば、それを公表しないでくれるのか?」
「約束は守る。ただし、そちらが裏切れば…………容赦はしない」

 睨みつけてやると、「ひっ」と声を漏らし身体を震わせる。

「わ、わわわ分かった! やる! やるから!」
「よし、なら明日の夜までに準備を整えてもらいたい」
「わ、分かった」
「オークションが始まる一時間前に、ここで再び落ち合おう」

 それだけを言うと、天満たちは素早くその場から去った。
 そのまま周囲を警戒しながら違う路地へと入っていく。

「ウツワ、小動物を使ってワーレを監視してくれ」
「了~解!」

 誰かに助けを求めたり、天満たちに刃向うような真似をしないとも限らないので、一応監視は必要だ。

「しっかしまあ、天満よ。お前って本当に悪役が似合うよな」
「悪党は向こうだろ?」
「それはそうだけどよ……。アイツ、完全にビビってたし」

 ビビッてもらうようにしたのだから当然だ。

「けどま、あとは明日を待つだけだな。でもオークションに出るのはいいとして、それからどうすんだ?」
「……オークションなんだから決まってるだろ。競り落とすだけだ」
「いやいやいやいや、金は? 多分アホみてえな金額になるぞ」

 異世界人の奴隷だ。きっとその額は天満も見たこともないほどになるだろう。

「あのな、オレのスキル、もう忘れたのか?」
「!? お前まさか金を……?」
「そうだ。アホみたいに複製する」
「やっぱり悪じゃねえか、お前」
「向こうも無理矢理奴隷化させた奴を売ろうとしてるんだ」
「だから悪には悪をってか。……まあ、それしか方法がねえんならしょうがねえわな」
「すべては万全にいってる。問題はないよ」

 しかしこれまで上手くいっていた天満の策だったが、翌日になって呆然としてしまう出来事が起きてしまう。



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