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プロローグ

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 ――さて。

 この状況、どうしたもんだろうか……。
 オレが何を言ってるのか分からないだろう。だが一番分からないのはオレの方だ。

 それは何故か。だって――。

「――何で海に浮かんでんの…………オレ?」

 そう、意味が分からない。気づいたら海の上に浮かんでるというサプライズ。一世一代の愛の告白や、誕生日などに行うそれとはかけ離れ過ぎて、もはや理解が追いつかないほどのサプライズだ。

「と、とりあえずこれは夢じゃないのは確かだ」

 だって冷たいもの。多分このままだと風邪ひくもの。夢なら何も感じないはずだもの。

「けど、何でいきなり? オレ……ゲームしてたはずなのに……?」

 一年半前に購入したBSP(ブーム・ステーション・ポータブル)用のソフト――“レコード・オブ・ニューワールド”、略してRONで遊んでいたはず。

 インターネットに接続して、オンラインで世界中の人たちと一緒にギルドを作ったり、パーティを組んでモンスターを討伐したり、様々なクエストにチャレンジできるし、キャラメイクも十億通り以上ものスタイルを作れるとあって、前評判の高いゲームだった。

 だから徹夜して店の前に並び、発売日にソフトを購入して一年半の間、廃人ゲーマーのごとく毎日毎日、通っていた大学に休学届けを出してまでのめり込んでいたのだ。お蔭で睡眠時間は毎日2~3時間ほどだ。目の下には気持ち悪いほどくっきり隈が浮き出ていた。

 大学も結局は退学してしまうことに。それでもいいやと楽観的に捉えて、ゲームに人生を注いでしまう。もう二十歳だというのに。
 このゲームは、明確な終わりがなく、一生遊びつくせるようなシステムになっていて、レベルは100という上限は設定されているものの、アイテムや武器、魔法、スキル、その他もろもろ、ネットを通じて定期的にアップデートされて増え続けていくので、レアアイテムやレアモンスターを探すだけでも永遠に終わりは来ないのだ。

 まあ、ゲーム会社がアップデートを止めれば、いつかは終わりは来るだろうけど。

 まだ発売されて一年半だが、素人にも玄人にも絶大な人気を誇り、発売当初は即時売り切れが起こる店が相次いだ。オレは先見の明じゃないが、これは売れると思って、発売日を過ぎればきっと購入できるのは後になると判断し並んでいたのである。

 予想は的中し、発売日を逃した者たちは、手にすることができずに結構悔しがっていたと、テレビのニュースなんかにも取り上げられていた。
 そのバイタリティ溢れる仕様が多くの人気を呼び、一年半経つ今でも人気は衰えることがなく、近いうちにシリーズ二作目が発売されるという噂も出ていたのだ。

「そんでようやく【地下迷宮イーラ】の最下層まで行って、超レアアイテム手に入れたってのに……」

 そのアイテムと迷宮も、つい二週間前にアップデートされたもの。すぐにオレは意気揚々と攻略に移った。攻略には結構時間がかかったけど、何とか最下層に潜むモンスターを倒し、見事クリアでき、レアアイテムを手に入れたのだ。
 ただ今にして思えば、あれは奇妙なレアアイテムだった気がする。

《新世界への鍵》

 SSSランクと最高位ランクに位置づけされていたので、入手した瞬間は、宝くじが当たったみたいに喜んだ。それはもう泣いちゃうほどに。だけど……。

 あれってどういう効果のあるアイテムだったんだろうか……? 

 一応説明では“新世界へ通じる扉を開けるキーアイテム”と書かれてあったはず。オレは新たなダンジョンにチャレンジできると思っていたのだが……。

「でもまずは、この状況をどうにかしないとなぁ。……はぁ、めんどくせえ。学生ニートだったオレに外での活動を強制すんなよなぁ。まあ今はただのニートだけど」

 自慢じゃないが、外で遊ぶような友達なんて一人もいないんだぞ。もちろん彼女いない歴なんて、イコール年齢ですけど。恋人なんて言葉は、オレの辞書からは抹消されている。
 いや、恋人はほしいと思うけど、こんな廃人ゲーマーを好きになる女なんていないだろう。だから無意識というか、自然に女っ気に関する事象が辞書から消えていくのだ。

 くそぉ、涙が出やがる。

「ああもう、とにかくここはどこだ?」

 周りを見る。すると前方に小さいが大陸らしき影が見えた。

「おいおい、あそこまで泳げってのか。だからニート舐めんなっての。五十メートルを全力疾走したら吐く自信があるほどの体力だぞ」

 そもそも走り切れるかどうかも不安だ。超インドア派なんだからしょうがない。趣味と言えば、ゲーム・漫画・アニメと、たまにグルメ雑誌を読んで、凝った料理をするぐらいだろう。
 まあ、独り暮らしなこともあって、外に出るのも嫌なので結局自炊になっているだけでもあるが。

 買い出しも、一度に一気に買い込んで長時間それでやりくりするを繰り返す。お蔭で少ない食材でも知恵を使っての調理もお手の物になった。
 めんどくさがりのオレとしては、結構珍しい趣味には違いない。

 しかし一体陸地まではどれくらいあるのだろうか。……泳ぐしかないんだろうなぁ。

「ああくそ、いきなりわけ分かんねえし、何なんだよ、ったく」

 愚痴を言っても誰も返してこない。そりゃそうだ。誰もいないんだから。けど、こんな状況は別段珍しくない。というか日常だ。
 いつも一人だったしな。いや、オンラインゲームや、RONの中では仲間はたくさんいた。コミュニケーションも抜群にとってた。
 それがリアルじゃダメってのはよくある話だ。

「何つうか、リアルじゃ……めんどくせえんだよな。コミュが失敗して、そいつが近くにいるんならずっと顔合わせることになるし」

 とても気まずい。けどゲームなら、たとえコミュニケーションに失敗したところで、会うのは直接でもないし、嫌なら縁を切ればいいだけ。そうすれば基本的には会わない。

「チャットでのコミュニケーションも慣れたもんだったしな!」

 無論ボイスチャットも存在するが、オレはそんな高コミュ力が必要とされるシステムは使っていなかった。
 とはいっても、コミュニケーションを失敗するほど、誰かと深く付き合う仲になったこともないのだが……多分。言ってて悲しくなるので止めておこう。

「ん……しかしあれだな。結構泳いでんのに、まったく疲れねー……はっ!? まさか知らず知らずにオレの体力が上がってた!? たまに空気椅子もどきをストレッチ感覚で数秒ほどやりながらゲームするから、アレが今頃効いてきてる!?」

 …………なわけないよね。

 冷静に考えれば、あんなことで体力がつくわけがない。四六時中ゲームばっかして、床ずれでもできるんじゃないかってくらい動かないのに、少し身体を動かした程度で……おや?

「だったら待てよ。何で疲れねーんだ?」

 オレは一度泳ぐのを止めてみた。そういえば……と、オレはこんなに泳げる方だったか?
 ノリで泳いでるけど、底に足がつかないのに、何で浮いてられるんだ……。

「あ、オレ無意識に足を動かしてんじゃん」

 つまり立ち泳ぎ。しかし今まで浮いていられたのは、この立ち泳ぎのお蔭だとして、だったら益々疑問が広がる。
 何故なら、ちっとも疲労感を覚えないからだ。
 オレは自分の身体をそこで初めて確認し始めた。そしてギョッと息を呑む。
 今、オレが来ている服に見覚えがあったからだ。いや、誰だって自分の服なんだからそりゃそうだろうと言うだろう。

 しかしそれが――――現実には存在しないはずの服だったら?

「これって―――オレが苦労してSSSランクのクエストを攻略して手に入れた《蒼狼の闘衣フェンリル・クローズズ》じゃんかっ!?」

 それはRONしか存在しないはずの衣。サファイアのように蒼々しく、造形もスマートに整っていて美しいバトルスーツである。武道着のような造形も持ち合わせており、腰で巻いている赤い帯が結構カッコ良くて気に入っていたりするのだ。

 SSSランクだから防御力も高く、特殊効果として身に付けていると経験値倍増や、取得金額倍増などがあるので重宝していた装備品だ。

「おいおい、ちょっと待てよ! 何でそんなもんをオレは着てるんだ!」

 そこでハッとなって、視界の端に入る自分の髪色を見てギョッとした。
 オレは生粋の日本人で、生まれてこの方染めたことなんてない真っ黒い髪をした普通の青年だったはず。
 それなのに、何故か自分の頭から生えている髪色が――――真っ赤に染まっていた。

「あ、赤……だよな、これ? 《蒼狼の闘衣》に真っ赤な髪……それじゃまるで、“レコード・オブ・ニューワールド”でオレが作成した“イックウ”じゃねーかよっ!?」

 オレの名前は――高木一空かずあき。基本的には、自分の名前をもじってゲームをプレイすることが多いので、RONでは、下の名前を使いカタカナで“イックウ”としたのだ。

 キャラメイクでは、身長や身体つきは少しリアルよりは大きめに設定し、赤色の髪ってカッコ良いじゃんと思って、少し長めの赤毛にして、顔つきはできれば自分に似ている感じに整えた。名前だけ一緒というのもどうかと思ったので、せめて顔立ちくらいはイケメンではなく、自分と同じフツメンにしておこうと思ったのだ。

「今のオレがイックウだとしたらだ、まさかとは思うけど……」

 目を凝らしながら一応心の中で“ステータス”と念じてみた。すると想像した通りの現象が起きる。


 イックウ 男  
レベル   :100
種族    :ヒューマン
ジョブ   :拳神(ゴッドハンド)     レベル99
サブジョブ1:鑑定士    レベル99
サブジョブ2:調理師    レベル99
残金    :0

《パラメータ》《スキル》《魔法》《装備》《アイテム》《パーティ》《ギルド》《地図》


 目の前に、今ではもう完全記憶している《ステータス》画面が出現し、唖然としてしまう。予想はしていたが、本当に映し出されたら言葉は失う。

「…………つまりここは――」



 ――――――“レコード・オブ・ニューワールド”の世界だってのか。



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