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プロローグ
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――気がつくと五歳程度の子供になっていた。
それは別に過去を振り返って、時が経つのは早いなという感傷的な言葉ではなく、魂の底から確信を得た感覚である。
――シンカ。
それが今の自分の名前だということは分かった。
だがその名前に親密感など皆無であり、ただただ知識として記憶にあったものを引っ張り出しただけ。
本当の名前は記憶という扉に鍵がかかっているかのように思い出せないが、その扉の先に真の自分があるのだということだけは理解できた。
細い細い糸のようなものを手繰り寄せて得た記憶からは、自分が現在シンカとしての意識を持つ前には、どこか別の世界で生きていたという実感がある。
……信号機……電車……テレビ……高校……ニホン…………日本人。
言葉とうっすらとした映像が頭の中にふわふわと浮いている。それらが存在する世界に自分がいたような感覚だ。
そして自分がシンカとして意識を持つ前は、多くの人でごった返している道の上にいた気もする。
しかし今、重い瞼を上げた先で見えたものは、冷たい鉄に覆われた無機質で物寂しい部屋の天井だった。
十畳ほどの大きさであるが天井がやけに高い。大の大人が五人くらい肩車しても届かないだろう。
ただシンカには、そんなことよりも何故自分がゆりかごのような乗り物で寝ていたのか理由が知りたい。
ゆりかごの周りには、ゆりかごの四つ角の床から伸びた細長い棒状のものに四つのランタンが設置されていて、シンカを明るく照らしている。
上半身を起こしてみると、自分が薄汚れた茶褐色のローブだけを着込んでいたことが、その時初めて分かった。
男子を示すように、小さくてみすぼらしいものが下半身についている。
(は? 何でみすぼらしいって思ったんだろ?)
まるで以前はもっと立派なものを持っていたかのような感覚。
シンカはゆりかごから脱すると、裸足に砂の感触を捉えた。どうやら床一面が砂場になっているようだ。
(変な場所だな)
そして一つしかない窓へと、何かに誘われるように向かう。
窓ガラスは破壊されていて、容易に外を確認することができた。
そこからは、雲を貫くように聳え立っている山々が見える。同時に自分がいる場所は、相当に高い場所にあるのだということも知った。
目線を上げずとも雲以上の高さにある山が視界に入るのだから、ここが高所なのは間違いないだろう。
シンカは窓の横の壁にかけられている、割れた鏡に自身を映す。
五歳の子供らしく小さな身体。手足は折れそうなほど細く、墨をかぶったように真っ黒な髪色をしている。女のように後ろ髪が長いので少々鬱陶しい。
瞳の色もまた同様に黒く、それほど特徴のない鼻と口がチョコンとついている。
寝起きだからか不機嫌に歪められた顔だが、きっと笑うと可愛いくらいの愛嬌はありそうな顔立ちではあるだろう。
「はぁ……ったく、どういう状況なんだろこれは?」
小柄な右手を額に当てて大きく溜め息を吐き出す。
何とか記憶から情報を引っ張り出そうとするが、ウンともスンとも言ってくれない。
どこか他人事のような脳内である。
シンカはそのまた隣に設置されている扉の取っ手に手を伸ばす。
――ギィ……。
錆び付いた鉄同士が擦り合う音を響かせ、静かに扉は外側へと開いていく。
目前には、幾本もの鉄パイプが繋ぎ合わされて作られた螺旋階段があった。下へと続いているようだ。
螺旋階段から見える周囲の風景は、まるでここが鉄の要塞のごとく思わせた。ありとあらゆる鉄くずや鋼などが集結し、天をも衝くようなタワーを造っているような感じだろうか。一体何のために、誰がこんなものを造ったのかはサッパリ分からない。
(どこの世界にも奇特な奴はいるもんだなぁ)
基本的に無意味な行動は嫌いなタイプなので、こんな何の生産性もなさそうな鉄くずの集まりに意味を見出せない。
どうせ行くところがないので、そのまま下へと向かいここから出る方法を探すことにする。とにかく他に人がいればいいが、先程からまったく人というか、生物の気配すらしない。
(やっぱ不気味な場所だよね)
錆びて古びたところなので、衛生的にも悪いし虫くらいはいると思ったが、ゴキブリすら見当たらない。まったくもって不可思議な場所である。
階段を下りながら外を見回し、あちこちに窓や扉らしきものを発見できた。ただやはり人はいなさそうだ。
すると階段の途中で、短い鉄橋の入り口に差し掛かった。橋の先には、先程シンカがいたような小さな部屋がポツンと建っている。
何となく気になり、一応中を確かめてみることにした。
「…………ここは」
扉を開けて入ってみると、中は殺風景なもので四角い部屋が広がっているだけ。
――いや、よく見ると部屋の中央にわざとらしく置かれた一冊の本があった。
(……怪しさ爆発だ)
これみよがしに拾って読めとでも誰かに言われているかのようだ。
しかし何も知らないシンカにとっては、何かしらの情報を得られるチャンスでもある。
意を決して本に近づき、ゆっくりと触れてみた。
白い表紙の、タイトルすら書かれていない謎の書物。
(ずっしりしてる。まるで辞書みたいだ)
分厚さも同等である。
まず表紙を捲ってみると、そこには見たこともない文字が刻まれていた。
だが不思議なことに、すぐに文字の意味が理解できるという妙な感覚を味わう。
――《ニホン人の書》――
頭に浮かんできた意味を表示すると、そう刻まれているのは確かだ。
(ニホン人? 日本人、のことか? 変わった名前の本だね。まあ、とりあえず読んでみるか)
そしてシンカは知ることになる。
この書物に書かれた内容を読み、自分が慣れ親しんでいたであろう世界とは別の異世界に現在いることを。
また、この世界にとって自分がどういう存在なのかということも――。
それは別に過去を振り返って、時が経つのは早いなという感傷的な言葉ではなく、魂の底から確信を得た感覚である。
――シンカ。
それが今の自分の名前だということは分かった。
だがその名前に親密感など皆無であり、ただただ知識として記憶にあったものを引っ張り出しただけ。
本当の名前は記憶という扉に鍵がかかっているかのように思い出せないが、その扉の先に真の自分があるのだということだけは理解できた。
細い細い糸のようなものを手繰り寄せて得た記憶からは、自分が現在シンカとしての意識を持つ前には、どこか別の世界で生きていたという実感がある。
……信号機……電車……テレビ……高校……ニホン…………日本人。
言葉とうっすらとした映像が頭の中にふわふわと浮いている。それらが存在する世界に自分がいたような感覚だ。
そして自分がシンカとして意識を持つ前は、多くの人でごった返している道の上にいた気もする。
しかし今、重い瞼を上げた先で見えたものは、冷たい鉄に覆われた無機質で物寂しい部屋の天井だった。
十畳ほどの大きさであるが天井がやけに高い。大の大人が五人くらい肩車しても届かないだろう。
ただシンカには、そんなことよりも何故自分がゆりかごのような乗り物で寝ていたのか理由が知りたい。
ゆりかごの周りには、ゆりかごの四つ角の床から伸びた細長い棒状のものに四つのランタンが設置されていて、シンカを明るく照らしている。
上半身を起こしてみると、自分が薄汚れた茶褐色のローブだけを着込んでいたことが、その時初めて分かった。
男子を示すように、小さくてみすぼらしいものが下半身についている。
(は? 何でみすぼらしいって思ったんだろ?)
まるで以前はもっと立派なものを持っていたかのような感覚。
シンカはゆりかごから脱すると、裸足に砂の感触を捉えた。どうやら床一面が砂場になっているようだ。
(変な場所だな)
そして一つしかない窓へと、何かに誘われるように向かう。
窓ガラスは破壊されていて、容易に外を確認することができた。
そこからは、雲を貫くように聳え立っている山々が見える。同時に自分がいる場所は、相当に高い場所にあるのだということも知った。
目線を上げずとも雲以上の高さにある山が視界に入るのだから、ここが高所なのは間違いないだろう。
シンカは窓の横の壁にかけられている、割れた鏡に自身を映す。
五歳の子供らしく小さな身体。手足は折れそうなほど細く、墨をかぶったように真っ黒な髪色をしている。女のように後ろ髪が長いので少々鬱陶しい。
瞳の色もまた同様に黒く、それほど特徴のない鼻と口がチョコンとついている。
寝起きだからか不機嫌に歪められた顔だが、きっと笑うと可愛いくらいの愛嬌はありそうな顔立ちではあるだろう。
「はぁ……ったく、どういう状況なんだろこれは?」
小柄な右手を額に当てて大きく溜め息を吐き出す。
何とか記憶から情報を引っ張り出そうとするが、ウンともスンとも言ってくれない。
どこか他人事のような脳内である。
シンカはそのまた隣に設置されている扉の取っ手に手を伸ばす。
――ギィ……。
錆び付いた鉄同士が擦り合う音を響かせ、静かに扉は外側へと開いていく。
目前には、幾本もの鉄パイプが繋ぎ合わされて作られた螺旋階段があった。下へと続いているようだ。
螺旋階段から見える周囲の風景は、まるでここが鉄の要塞のごとく思わせた。ありとあらゆる鉄くずや鋼などが集結し、天をも衝くようなタワーを造っているような感じだろうか。一体何のために、誰がこんなものを造ったのかはサッパリ分からない。
(どこの世界にも奇特な奴はいるもんだなぁ)
基本的に無意味な行動は嫌いなタイプなので、こんな何の生産性もなさそうな鉄くずの集まりに意味を見出せない。
どうせ行くところがないので、そのまま下へと向かいここから出る方法を探すことにする。とにかく他に人がいればいいが、先程からまったく人というか、生物の気配すらしない。
(やっぱ不気味な場所だよね)
錆びて古びたところなので、衛生的にも悪いし虫くらいはいると思ったが、ゴキブリすら見当たらない。まったくもって不可思議な場所である。
階段を下りながら外を見回し、あちこちに窓や扉らしきものを発見できた。ただやはり人はいなさそうだ。
すると階段の途中で、短い鉄橋の入り口に差し掛かった。橋の先には、先程シンカがいたような小さな部屋がポツンと建っている。
何となく気になり、一応中を確かめてみることにした。
「…………ここは」
扉を開けて入ってみると、中は殺風景なもので四角い部屋が広がっているだけ。
――いや、よく見ると部屋の中央にわざとらしく置かれた一冊の本があった。
(……怪しさ爆発だ)
これみよがしに拾って読めとでも誰かに言われているかのようだ。
しかし何も知らないシンカにとっては、何かしらの情報を得られるチャンスでもある。
意を決して本に近づき、ゆっくりと触れてみた。
白い表紙の、タイトルすら書かれていない謎の書物。
(ずっしりしてる。まるで辞書みたいだ)
分厚さも同等である。
まず表紙を捲ってみると、そこには見たこともない文字が刻まれていた。
だが不思議なことに、すぐに文字の意味が理解できるという妙な感覚を味わう。
――《ニホン人の書》――
頭に浮かんできた意味を表示すると、そう刻まれているのは確かだ。
(ニホン人? 日本人、のことか? 変わった名前の本だね。まあ、とりあえず読んでみるか)
そしてシンカは知ることになる。
この書物に書かれた内容を読み、自分が慣れ親しんでいたであろう世界とは別の異世界に現在いることを。
また、この世界にとって自分がどういう存在なのかということも――。
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