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 ――シンカがジュダたちとともに生活を初めて五年が経つ。
 シンカも十歳となり、五年前とは変わり身長も伸びて顔つきも男らしさを醸し出すようになった。

「――ジュダ、そっちに行ったよ!」
「分かってらぁシンカ! ダン、ガン、サポートは任せっからな!」
「「了解!」」

 今、シンカたちの目の前には体長が三メートルはあろうかと思われる巨大な狼が、敵意満々といった感じで立ちはだかっている。
 ここはモンスターがウヨウヨ生息する狩り場の六十八階層だ。ここは鉄塔の中だと思えないほど、自然が溢れている。川や森、草原などがあり、まるで外の世界かのようだ。

 ジュダは皆の先頭に立って、少し刃毀れが目立つ剣を両手でしっかり握りしめていた。
 彼もここ五年で十五歳となり、やはり一番大人びた風貌になって頼もしさが増している。
 また弾丸ブラザーズも、坊主頭なのは変わりないがシンカたちと同じく成長が著しい。彼らは仲良く赤いグローブを装着し身構えている。

 そんなブラザーズが、大きな口を開けて涎を撒き散らす狼――ブラックウルフと呼ばれる真っ黒な体毛が特徴のモンスターに向かって一緒に両手を開き前へ突き出す。

「「弾丸となって敵を穿て――ブレスショットッ!」」

 彼らの両手の先に魔法陣が出現し、そこから放たれたのは風の塊が二つ。ブレスショットという《初級呪文》である。
 これが一般的に魔力ある者が扱う――《二次魔法セカンド・マジック》。この呼び名を使う者はほとんどいない。今では魔法といえば、こちらが主流なのだから。

 この魔法は、基本的に詠唱と呪文を必要とし、その結果魔法陣が構成されて発動に至る。
 そして呪文にはそれぞれ属性が存在し、火、水、土、風、光の五大属性だ。

 《初級》、《中級》、《上級》、《特質級》、《天上級》の五つのランクが存在し、最上級である《天上級》ともなると、一撃で国一つを落とすことができるとされている。
 ブラックウルフの顔面に弾丸が衝突すると、相手は痛みに顔を歪めて身体を硬直させた。
 さらに追撃するために、ジュダが真っ直ぐ突っ込んで喉元に剣を突き刺す。

「よしっ! やったぞ!」

 ジュダはトドメを刺したと思い込み、ホッと息を吐いてしまった。
 しかし相手は即死したわけではなく、血を噴出させながらも大口を開けてジュダを噛み殺そうとしてくる。

「「ジュダッ!?」」

 ブラザーズの焦る声が響き、ジュダもまた油断していたことに歯を噛みしめる。
 だがそんなブラックウルフの頭上から一つの球体が落下し、ブラックウルフの背に触れた瞬間、

「生きているという現実を――嘘と化せ」

 球体が花火のように散ったと同時に、ブラックウルフの瞳から光が消え、そのままぐったりと地に伏せた。
 危機一髪で、頭上高く跳んだシンカが、〝嘘玉〟を使い相手の命を奪ったのだ。
 地上に降りてきたシンカは、尻餅をついている我らがリーダーのもとへ行く。

「……油断大敵」

 シンカの的を射た言葉を受け、「うぐっ」と呻き声を上げるジュダ。

「基本はヒットアンドアウェイって決めたでしょ?」
「あぐ……」
「何で攻撃したあとすぐに引かなかったの? 離れて、あとは全員の魔法でトドメ、だったでしょ?」
「ぬぬぅ……」
「慢心はダメだよ、熱血バカリーダー」
「「そうだそうだぁ! 筋肉ボケリーダー!」」
「はぐわっ!?」

 追い打ちとばかりに三人から注意と罵声を受けてガックリと落ち込むジュダ。

「いやぁ、それにしてもさ、やっぱシンカの魔法ってすっげえよなぁ!」
「そうそう。確か《嘘言魔法》だっけ? 初めて聞いたよね~!」

 ブラザーズがシンカの能力を羨ましそうに言葉にする。
 彼らには自分が〝嘘玉〟を創れることと、その能力に関しては説明してある。当初は驚愕していたものの、その力があればモンスター退治だって楽にできると、あっさり受け入れてくれた。

 さすがに『ニホン人』だということは言っていない。何故生きているのとか聞かれても答えようがないから。シンカだってその答えを望んでいるのだ。いまだ分かっていないが。
 ただ前に『ニホン人』のことを話題にしたことがあるが、誰一人知らなかったということもある。遥か昔のことなので、この世代は知らないのも仕方ないのかもしれない。

「でもまだ一日一個しか創れないしね」
「十分だと思うんだけどなぁ。だってたった一撃でアレだし」

 ダンが絶命しているブラックウルフを見ながら「あ~恐ろしや恐ろしや~」と冗談めいた感じで言っている。

「あ、でもでもぉ、だったら最初っからシンカの〝嘘玉〟使えば良かったんじゃね?」

 ガンの言葉に対し、シンカが返答しようとした時、

「それは俺たちにタメにならねーだろ」

 と、ショックから立ち直った様子のジュダが説明に入る。

「確かにシンカの力はすげー。使ったらすぐに戦闘も勝利できっけど、〝嘘玉〟は限られてるし、何よりシンカばっかに頼ってちゃ、俺たちの成長に繋がらねえ」
「おお、なるほど! 確かにそれじゃ、俺たちは強くならないかぁ!」
「さすがは腐ってもリーダー! ちゃんと考えてるんだね~!」
「当然だろ! 俺はお前らのリーダーだかんな! ナーッハッハッハ!」
「そのリーダーが、さっきは死にそうだったけどね」
「それを言わないでぇっ!」

 いい気になっていたジュダを一気に突き落とすシンカの言葉だった。
 ただ確かに〝嘘玉〟は緊急時にしか使わないようにしようというのはジュダの考えである。


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