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「――放してっ、放してよぉっ!」
人質として連れ去られたニヤは、物凄い速度で走る七房の腕の中でジタバタと暴れていた。
しかし締め付ける力は強く逃げることができない。
(こんな時、わたしにもっと力があったら……っ!)
最近では戦う術を見つけ、ようやくシンカたちの力になれる道を歩めるようになったのに。
だがまだ歩み始めた初心者で、戦闘に特化した七房を振り払うほどの力も技術も持ち合わせていない。
せっかくの『獣人族』としての力強い肉体がまったく発揮できていない。
歯痒い――。
いつも狩りで命を削るのはシンカたちばかり。自分はまだ実力不足で、家で彼らが帰ってくるのを祈って待ってることしかできていない。
これまでも誰一人として、ニヤを責めたり文句を口にする者はいなかった。
――ニヤの笑顔が皆を支えている。
そんなことをシンカが言ってくれた。とても気恥ずかしく、凄く嬉しかったが、やはり申し訳なさは拭えない。
自分一人でも敵に抗うことのできる力があれば……。
シンカたちの隣に立ちたくて始めた鍛錬だったが結局、こうして人質になりシンカたちの足手纏いになってしまっている。
もしかしたら外に出たいと願ったせいで、『終始の塔』に住む神様から罰を受けたのだろうか。
昔からこの塔には全知全能の神が住まうと言われていた。
誰も見たことがないその存在を畏怖し、中には敬愛する信者もいるという。
仮にそのような神が実在していたとして、塔を嫌い外に出たいと思う者を許すだろうか。
これはもしかしたら外へ出ようとした自分への罰だと思わずにいられない。
ネネネにも実力が伴ってから実行した方が良いと言われていた。アレは遠回しに、神に逆らうようなことはしてはいけないという釘を刺していたのかもしれない。
だから神は脱塔の計画を潰し、絶望を与えようとしているのではないか。
もしそうなら、神の仕置きは見事にニヤの心を折ることに成功している。
(ダン、ガン……ごめんね)
彼らがガストたちに殺された瞬間をニヤは見せつけられていた。何故自分だけがまだ生かされていたのか分からないが、きっとシンカたちを誘き出す餌のような気がする。
今もなおシンカたちは、自分を救うために戦っていることだろう。
「っ……お願い…………もう外に出たい……なんて思わないです……だからどうか……どうか……」
シンカと兄を救ってください。
そう願わずにいられなかった。
自分はここで殺されてもいいから、彼らの命だけは奪わないでほしい。
だが……その願い虚しく、その声は聞こえてきた。
「――――ニヤァァァァァッ!」
背後から響くそれは、自分の愛しい者が発する声だった。
「シン……カ……ッ!」
普段はぶっきらぼうで、からかったりしてくるけれど、どこか大人びていて、頭も良く、誰よりも強い男の子。
そんなシンカが、ニヤは大好きだった。
でも……。
「もういいよ! もういいからシンカ! だからわたしのこと……は……っ」
「うるさいっ!」
「!?」
「今の言葉は全部終わったあとに説教だからね! だから……そこで黙って待ってろ!」
「シンカ……ッ!」
ああ、この胸が満たされるものは何だろうか。
とても温かく心地好い……気持ち。
絶望が薄らいでいくような感覚がニヤを包んでいく。
シンカが短剣を突き付けながら宣言する。
「七房、お前だけは絶対に潰す」
※
今、シンカはニヤたちと川を挟んで対面しているという状況にあった。
細い川だが流れはかなり早く、すぐそこには滝もある。
七房はニヤを脇に抱えているが、その場からもう逃げるつもりはないのか、ジッとこちらに身体ごと向けていた。
だが次の瞬間、信じられない行動を起こす。
ニヤを川に向けて放り投げたのである。
「んなっ!?」
何てことをする奴だ。
無防備に放り投げられたニヤもまた成す術もなく、そのまま川へ落下し激流にその身を流されていく。
シンカは反射的に自分も川へ飛び込み、ニヤの救出へと向かう。
すぐに彼女に追いつき抱きかかえる。
「あっぷっ! シ、シンカ!?」
「力を抜いて、ニヤ! オレが何とかするから!」
「う、うん!」
流される先には、水面から顔を覗かせた平らな岩があった。何とかそこまで辿り着くと、岩に身を乗り上げてニヤの無事を確かめる。
「大丈夫、ニヤ?」
「う、うん、大丈夫だよ――シンカッ!」
「え……っ!?」
明らかに慌てたニヤの視線の先をシンカも追う。
そこには上空から剣を突き出しながら襲い掛かってきていた七房がいた。
シンカは咄嗟にニヤを自分から離す。
――ズシュゥッ!
腹部に激痛が走った。
回避することができずに、七房の剣で腹を貫かれてしまったのである。
「シンカァッ!?」
痛みで硬直した身体と思考だったが、ニヤの叫び声により思考が加速する。
いや、それはもう反射神経によるものだったのだろう。
七房がシンカから剣を抜く。
「あっぐっ!?」
同時に激しい痛みと魔力消費の疲労のせいなのか意識が揺らぎ、ガクッと膝が折れる。
(何……だ? 急に身体の力が抜けて……まさか毒を!?)
もしかしたら身体の自由を奪うような毒が、七房の剣に塗られていたのかもしれない。
さらに意識までもが薄弱としていく。せっかく持っていた最後の〝嘘玉〟も足元に落としてしまい、コロコロと川へと落ちていった。
(くそ……っ)
毒と痛みに抵抗する術を持たないシンカは、そのまま川へと落ちてしまった。
それを無感情に見つめる七房。
「シンカァァァッ!」
全身を温かいものが包み込む。ニヤが自分を抱きかかえていることだけは分かったが、そのままシンカの意識は闇の中へと沈んだ。
そうして二人は、滝壺へ向けて流されていった。
人質として連れ去られたニヤは、物凄い速度で走る七房の腕の中でジタバタと暴れていた。
しかし締め付ける力は強く逃げることができない。
(こんな時、わたしにもっと力があったら……っ!)
最近では戦う術を見つけ、ようやくシンカたちの力になれる道を歩めるようになったのに。
だがまだ歩み始めた初心者で、戦闘に特化した七房を振り払うほどの力も技術も持ち合わせていない。
せっかくの『獣人族』としての力強い肉体がまったく発揮できていない。
歯痒い――。
いつも狩りで命を削るのはシンカたちばかり。自分はまだ実力不足で、家で彼らが帰ってくるのを祈って待ってることしかできていない。
これまでも誰一人として、ニヤを責めたり文句を口にする者はいなかった。
――ニヤの笑顔が皆を支えている。
そんなことをシンカが言ってくれた。とても気恥ずかしく、凄く嬉しかったが、やはり申し訳なさは拭えない。
自分一人でも敵に抗うことのできる力があれば……。
シンカたちの隣に立ちたくて始めた鍛錬だったが結局、こうして人質になりシンカたちの足手纏いになってしまっている。
もしかしたら外に出たいと願ったせいで、『終始の塔』に住む神様から罰を受けたのだろうか。
昔からこの塔には全知全能の神が住まうと言われていた。
誰も見たことがないその存在を畏怖し、中には敬愛する信者もいるという。
仮にそのような神が実在していたとして、塔を嫌い外に出たいと思う者を許すだろうか。
これはもしかしたら外へ出ようとした自分への罰だと思わずにいられない。
ネネネにも実力が伴ってから実行した方が良いと言われていた。アレは遠回しに、神に逆らうようなことはしてはいけないという釘を刺していたのかもしれない。
だから神は脱塔の計画を潰し、絶望を与えようとしているのではないか。
もしそうなら、神の仕置きは見事にニヤの心を折ることに成功している。
(ダン、ガン……ごめんね)
彼らがガストたちに殺された瞬間をニヤは見せつけられていた。何故自分だけがまだ生かされていたのか分からないが、きっとシンカたちを誘き出す餌のような気がする。
今もなおシンカたちは、自分を救うために戦っていることだろう。
「っ……お願い…………もう外に出たい……なんて思わないです……だからどうか……どうか……」
シンカと兄を救ってください。
そう願わずにいられなかった。
自分はここで殺されてもいいから、彼らの命だけは奪わないでほしい。
だが……その願い虚しく、その声は聞こえてきた。
「――――ニヤァァァァァッ!」
背後から響くそれは、自分の愛しい者が発する声だった。
「シン……カ……ッ!」
普段はぶっきらぼうで、からかったりしてくるけれど、どこか大人びていて、頭も良く、誰よりも強い男の子。
そんなシンカが、ニヤは大好きだった。
でも……。
「もういいよ! もういいからシンカ! だからわたしのこと……は……っ」
「うるさいっ!」
「!?」
「今の言葉は全部終わったあとに説教だからね! だから……そこで黙って待ってろ!」
「シンカ……ッ!」
ああ、この胸が満たされるものは何だろうか。
とても温かく心地好い……気持ち。
絶望が薄らいでいくような感覚がニヤを包んでいく。
シンカが短剣を突き付けながら宣言する。
「七房、お前だけは絶対に潰す」
※
今、シンカはニヤたちと川を挟んで対面しているという状況にあった。
細い川だが流れはかなり早く、すぐそこには滝もある。
七房はニヤを脇に抱えているが、その場からもう逃げるつもりはないのか、ジッとこちらに身体ごと向けていた。
だが次の瞬間、信じられない行動を起こす。
ニヤを川に向けて放り投げたのである。
「んなっ!?」
何てことをする奴だ。
無防備に放り投げられたニヤもまた成す術もなく、そのまま川へ落下し激流にその身を流されていく。
シンカは反射的に自分も川へ飛び込み、ニヤの救出へと向かう。
すぐに彼女に追いつき抱きかかえる。
「あっぷっ! シ、シンカ!?」
「力を抜いて、ニヤ! オレが何とかするから!」
「う、うん!」
流される先には、水面から顔を覗かせた平らな岩があった。何とかそこまで辿り着くと、岩に身を乗り上げてニヤの無事を確かめる。
「大丈夫、ニヤ?」
「う、うん、大丈夫だよ――シンカッ!」
「え……っ!?」
明らかに慌てたニヤの視線の先をシンカも追う。
そこには上空から剣を突き出しながら襲い掛かってきていた七房がいた。
シンカは咄嗟にニヤを自分から離す。
――ズシュゥッ!
腹部に激痛が走った。
回避することができずに、七房の剣で腹を貫かれてしまったのである。
「シンカァッ!?」
痛みで硬直した身体と思考だったが、ニヤの叫び声により思考が加速する。
いや、それはもう反射神経によるものだったのだろう。
七房がシンカから剣を抜く。
「あっぐっ!?」
同時に激しい痛みと魔力消費の疲労のせいなのか意識が揺らぎ、ガクッと膝が折れる。
(何……だ? 急に身体の力が抜けて……まさか毒を!?)
もしかしたら身体の自由を奪うような毒が、七房の剣に塗られていたのかもしれない。
さらに意識までもが薄弱としていく。せっかく持っていた最後の〝嘘玉〟も足元に落としてしまい、コロコロと川へと落ちていった。
(くそ……っ)
毒と痛みに抵抗する術を持たないシンカは、そのまま川へと落ちてしまった。
それを無感情に見つめる七房。
「シンカァァァッ!」
全身を温かいものが包み込む。ニヤが自分を抱きかかえていることだけは分かったが、そのままシンカの意識は闇の中へと沈んだ。
そうして二人は、滝壺へ向けて流されていった。
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