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 ――次に目を覚ました時は、何故かいつもの狩り場へ向かう通路に立っており、その隣には……。

「しかし何だな、ここんとこ目立った争いとかなくて平和だよな」

 ジュダがいた。

(え? ……は? どういうこと……だ?)

 夢か、と思ったが……。

「なあシンカ、そういえばよ。ちょいと真面目な話があんだけど」

 その言葉には聞き覚えがあった。
 何故なら今日の数時間前にも同じことを聞いたし、同じ道を歩いていたのだから。

「? おい聞いてっか、シンカ?」
「あ、いや……聞いて――っ!? あっがぁぁぁぁっ!?」

 刹那、急に右目に激痛が走り蹲ってしまう。しかも痛みだけではない。
 まるで直接火で炙られているかのような熱も感じる。気を抜けば一瞬で意識を失いそうだった。

「お、おい! シンカ! どうしたってんだよ!?」
「ぐぅぅぅぅぅぅっ!? んんんんんんぅぅぅぅぅ!?」

 言葉にならないほどの痛みに、とてもジュダに返事ができそうもなかった。
 一体どれだけそうしていたかは分からないが、永遠にも感じた痛みがようやく治まってきたのである。

「ぜぇぜぇぜぇ……うっ」
「なあ、マジに大丈夫か? 今日はもう狩りを止めとこうぜ」

 そう言いながらシンカの背中を優しく擦るジュダ。

「っ……も、もう大丈夫……痛みも……大分薄まったし……さ」
「でも明らかにって……何だその瞳は?」
「……え?」
「こ、これ見てみろよ!」

 ジュダが慌てて手荷物から出した手鏡にシンカの顔が映し出される。

「――っ!? こ、これは……!」

 シンカの両目はともに黒だったはず。 
 しかし右目だけが何故か白銀へと変色していた。
 また強烈な違和感を右目に感じる。

 咄嗟に左目を閉じてみると――闇が広がっていた。
 右目は開けているはずなのに、まるで暗闇の中に佇んでいるかのようで何も映し出してくれない。
 シンカが右目の前に手をヒラヒラとさせている行動にピンときたのか、ジュダが険しい顔つきのまま言う。

「お、お前……まさか右目が見えない……のか?」
「…………どうもそうらしいね」
「そうらしいって! 何でそんなに冷静なんだよ! 一体何があって突然こんな!」
「落ち着きなよ、ジュダ」

 なるほど。……ようやく理解できてきた。
 シンカはゆっくりと立ち上がると、両目を開いてジュダに問う。

「……幾つか聞いてもいい?」
「な、何だよ?」
「今日さ、これからどこに行くつもりだった?」
「どこって……六十八層でハントしようって決めただろ昨日」
「そう。……じゃあさっきオレに話そうとしてたことって、この塔の外へ出るために本格的に動き出そうって話だった?」
「! よ、よく分かったな」

 ……間違いない。

 シンカは理解した。
 時間が数時間前に巻き戻っている、と。
 痛みのせいで夢でないことは分かった。

 だが急にこんな不可思議現象が起きたのは何故か。
 その理由もすぐに思いつく。
 あの時、ニヤが死んだその時に現れた虹色に輝く〝嘘玉〟にシンカは願ったのだ。

 こんな残酷な現実を嘘にしてほしい、と。
 そして願いは叶い、皆がまだ生きているであろう時間帯へと戻った。

 ならこの右目はどういうことか。
 恐らく対価として支払った結果だろうとシンカは見ている。
 自分から何を奪ってもいいから、と口にしたのも当然覚えていた。

(まあそれでも右目一つだけでニヤたちを救えるなら安いものだ)

 本当に信じられないことだが、時間は巻き戻り、もう一度やり直せるのだ。
 だったら右目だろうが命だろうがくれてやると思った。

「……ジュダ。今すぐホームに戻るよ」
「は? ああ、まあいいけどよ。お前の体調も悪いみたいだしな。それにその右目のこともあるし」
「それも全部話す。この右目のことも。そしてこれからしなきゃいけないこともね」
「は?」
「とにかく今は急ぐよ!」

 本来なら狩り場で過ごした時間は約三時間程度だ。そのあとにホームへ帰宅している途中に、ホーム襲撃を受けた。
 こんな奇跡みたいな時間は恐らく二回も起こらないだろう。きっと神の気まぐれか何かで起こった現象だ。
 でもだったらありがたく最大限に利用させてもらう。

 皆で生き残るために。
 もう二度と、あんな悲しい結末を迎えないためにも、だ。


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