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 どうやら危機一髪で間に合ったようだ。
 あと数秒遅かったら、バイクに乗っていた者たちの命はなかっただろう。

(にしても今のもゾンビ……だよな? ワニみてえな犬だったけど)

 スカイツリーから一足飛びでやってきて、その勢いのままにバイク乗りを襲っていた謎のゾンビ犬をぶっ飛ばしたのだ。ただ、醜悪な外見と異臭で、思わず表情が歪んでしまうが。
 振り返って確かめると、そこには確かに生存者が立っていた。

「おおー、ようやく生存者発見だわ」
「え? は? ……はい?」

 どうも絶賛パニック状態のようだ。無理もない。いきなり人間が空から物凄いスピードでやってきて、そのままゾンビ犬を吹き飛ばしたのだから。ただ声からして男のようだ。

「驚かせて悪いな。てか……生存者、だよな?」

 まだ確定できないのは、その人物、いや、人物たちがフルフェイスのメットを被っているからだ。

「あ、ああ……生きてるけど……あんた今……何したんだ?」
「あーそれは……」

 説明しようと思った矢先、背後から瓦礫が弾かれる音が聞こえた。見れば、先ほど弾き飛ばしたゾンビ犬が復活したようで、怒っているように睨みつけながら唸り声を上げている。

「なっ!? ま、まだ生きてる!?」

 そう驚くバイク乗り。声からして男のようだが。

「おーおー、結構頑丈なタイプか。レベルにしたら40くらいあるかもなぁ」
「んなっ、あんた何暢気なこと言ってんだよ!? 早く逃げないと!」
「ん? ああ大丈夫大丈夫。あの程度なら目瞑ってても倒せっからさ」
「へ? い、いや……さっきから何言って……」

 困惑するバイク乗りをよそに、ゾンビ犬が全速力で駆け出し、軽く跳躍して、そのまま大きな口を開いて日門を頭から嚙み砕こうと襲い掛かってくる。

「ああもう! せっかく助かったと思ったのにぃぃぃぃ!」

 後ろでは喧しい叫びが聞こえるが、

「ったく、そんなに構ってほしいのかよ。けど犬っころ、汚ねえ臭えし可愛くねえしの3Kだから勘弁だわぁ」

 のほほんとしながらも、日門は僅かに頬を緩めて右拳に力を込める。

「てか俺は聖女じゃねえからやり方は荒っぽいが、そこは許せよ」

 すると右拳が、そこから溢れ出た青白い光によって発光していく。同時に拳周りの大気が渦を巻いて圧縮されていく。そしてそのまま頭上にいるゾンビ犬に向かって勢いよく拳を突き出した。

「――《風の螺旋》っ!」

 その直後、拳から発生した巨大な大気の塊が螺旋を描いて放たれていく。それは瞬く間にゾンビ犬を飲み込み、その身体を引き千切るようにして霧散させながら上空へと消えていった。

 そして有り得ないであろう光景を見たバイク乗りは、雲すら吹き飛ばした竜巻を放った日門と空を何度も見返し絶句している。

「一応手加減はしたけど雲まで弾き飛ばしちまったなぁ……ま、いっか」

 全力で放つと銀河を貫くほどの威力になってしまうので、大分手は抜いたつもりだったが、もう少し調整が必要だと理解した。
 すべてが終わって静かになって、ようやく話をできると思い再びバイク乗りに振り向く。すると彼は怯えたように、もう一人の人物を大事そうに抱えながら後ずさっていく。

(……ま、そりゃそっか)

 これでも命の恩人なのだが、さすがに目の前で起こった事実は受け入れがたいものかもしれない。そもそもこんな暴虐な力を持つ存在を前に平静でいられるのも不自然だ。

(こりゃ諦めた方が良いな)

 ポリポリと頭をかきながら、その場で彼らに声をかけることにする。

「ビビらせて悪かったな。怪我はねえか?」
「っ……け、怪我?」
「おう。お前さんもだけど、そっちの……ヤツも?」

 男か女か分からないが、バイク乗りが守るべき存在だということだけは分かる。

「だ、大丈夫だけど…………いや、その、悪い。ちょっと混乱してて」
「いやいや、当然の反応だから気にしてねえよ。俺はもう行くわ。じゃあ気を付けろよ」

 早々に立ち去ろうと踵を返したその瞬間だ。

「――待ってくださいっ!」

 背後から甲高い声が響いた。思わず振り向くと、バイク乗りの腕から脱した小柄な人物が一歩前に出ていたのである。

「お、おい小色《こいろ》! 不用意に男に近づいたら――」
「お兄ちゃんは黙ってて!」
「は、はいっ!」

 今のやり取りで、彼らの関係性と小柄な人物の性別は分かった。あと何となく力関係も。
 日門も口を挟まずジッとしていると、小柄な人物がメットを取った。

 そこから出てきたのはサラサラな髪をサイドに結った愛らしい顔立ちをした女の子だった。
 歳は小学生高学年か中学生か、そこらあたりだと思う。そんな彼女に「どした?」と聞くと、相手がペコリと頭を下げる。

「そ、その、助けて頂いてありがとうございましたっ!」

 あまりに真っ直ぐ礼を言われたものだから、一瞬固まってしまったが、すぐにフッと頬を緩めて答える。

「間に合って良かったわ。怪我は?」
「ありません! あの……お名前を聞いてもいいですか? 私は春日咲小色っていいます! 春の日に咲く小さな色って書きます!」

 随分と丁寧に自己紹介してくれるものだと感心する。それによく見れば、その見た目以上にどこか大人びて見える。大の男がビビる相手に対し、きちんと真正面を見据え礼も言えるとは、両親の育て方が良かったのかもしれない。

「俺は、四河日門。四つの河……あ、サンズイの方な。名前の方は、お前さんと同じ日という文字に門構えの門で日門だ」
「四河日門……さん。はい、ちゃんと覚えました!」

 満面の笑みを見せるので、ついこちらもつられて笑ってしまう。
 するとササッと素早い動きで小色の前に立ったのは、お兄ちゃんと呼ばれた男だ。

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