28 / 69
27
妙な大抜擢により厨房長の助手に任命された小色は、翌日から慌ただしく動いていた。
仕事は見て覚えろというのが凛のやり方のようで、事細かい指示などはなく、場を見極めてその都度、凜が望むモノを察して提供するのが助手の仕事である。
「そっちじゃねえ! 特皿の方だ!」
「はい、すみません!」
小色が凜の調理を見て、その量から適した皿を出したつもりだが、その料理は時乃用に作られたものであり、彼女には特皿といって彼女専用の皿を使う必要があるらしい。
急いで特皿を用意すると、そこに素早く凜が料理の盛り付けをし始める。それを見た小色が、ハーブを数種類持って来て凜へと差し出す。
すると凜は少し目を見開いたが、すぐにそのうちの一種を手に取ると、最後にそれを盛り付けて料理を完成させた。そして何も言わぬまま、すぐさま次の調理に取り掛かっていく。
そんな感じで、常に凜の動きを目で追い、その手元を確認して彼女が欲するものを考察しながら動く。
そんな小色の動きを見ている他のメイドたちが啞然としているのだが、それに気づいた凜の激が飛び、メイドたちもまた即座に作業へ戻る。
まさに戦場のような環境であり、小色はその小さな身体を忙しなく動かしながら誰よりも動いていた。そうして朝食作りが終わり、一息を吐くことができる時間が訪れる。
「ふぃぃぃぃ~」
やっと休憩ができると、厨房の椅子にぐったりと座り込む小色。そこへすずねが「大丈夫?」と言いながら冷たい水を持ってきてくれたので頂く。
「んぐんぐんぐ……ふはぁ~、おいしいぃ~」
まるで乾いたスポンジのように、水が全身を潤していく。気づけば汗だくだったので、もう一時間ほどアレが続けば脱水症状になっていたかもしれない。次からはそういう体調変化にも気を使わないといけないだろう。
「先輩たち、驚いてたよ。よくあんなに動けるなって」
なるほど。他の人たちが唖然としていた理由が判明した。恐らく凜の動きについていけるわけがないと思っていたのだろう。それだけ凜の要求するレベルは高いし、それはとても新人にはこなせないと思ってもおかしくはない。
しかし小色は失敗もしたが、それでも動きを止めずに凛についていった。
「でもどうだった? やっぱり……キツイ、よね?」
「うん……でもすっごく勉強になるよ。元々料理は好きだし、ああやって野菜を炒めるんだとか、調味料の使い方に盛り付けの技術も全部新鮮で楽しい」
「わぁ……凄いね、小色ちゃんは。私はとてもじゃないけど、あの動きにはついていけないもん」
「はは、わたしだってギリギリ……というか、まだ完璧についていけてないけどね」
何となくだが凜が全力で動いたら、それこそ今の小色では手も足も出ないような気がする。恐らくは凛にとっても小色を育成しているつもりなのだろう。だから意識的に若干速度を緩めている……が、料理のクオリティは決して落としていない、
(やっぱりプロって凄いなぁ)
別に料理のプロになりたいという気持ちがあるわけではないが、一つの道を極めた者の技術というのは驚嘆ものだということは再認識させられた。
昼食作りが始まるまで、できる限り身体を休めなければいけないが、小色の仕事は調理だけではない。掃除や洗濯の手伝いもあるので、いつまでもここでのんびりしているわけにはいかないのだ。
とはいっても厨房に入り助手になったことで、ある程度は他の作業に割く時間は削ってもらえたが。
するとそこへ凜が厨房へ入ってくるなり、小色を見つけて声をかけてきた。
「小色、お嬢様がお呼びだ、急げ」
「へ? あ、はい!」
今度は屋敷の主からの呼び出しかと、軽くプチパニックになりながらも、急いで準備をすると凛とともに時乃の私室へと向かった。
ちょうど時乃は朝食を取っているところであり、何故自分が呼ばれたのか理解できずに、彼女が口を開くまでジッと待っている。
すると時乃は、持っていたフォークを置いて口元を拭うと、その視線をまずは同じように控えていた凜へと向けた。
「今日も素晴らしい美味しさで何よりよ、我が厨房長」
「そりゃ何より」
この屋敷の者たちのほとんどが、時乃相手には萎縮したり畏まったり態度を改めるものだ。しかしこと凛においては小色たちと接する時とそう変わらない。そして時乃もまたそれを咎めることはない。
きっとそれだけの信頼関係が構築されているのだろうと小色は思う。
さて、という言葉とともに、今度は時乃が小色へと意識を向けてきた。
「まずは遅くなったわね、小色。職場の異動早々にもかかわらず厨房長の助手の任命、おめでとう」
「あ、ありがとうございます!」
「まあ私も厨房長から直接聞いた時には驚いたものだけれど、ねえ?」
少し含みのあるような言い方が凜へと向けられるが、本人は涼しい顔のまま。
本来異動などの件は、当然ながら勝手に決定することはできない。まず時乃に異動の要望を出し、許可を得て初めて成せることなのだ。
しかし今回の場合、凜が伝えたのは小色を助手にしたという事後報告。この屋敷で働く者にとっては有り得ない手順である。
「まあそれだけあなたが厨房長のお眼鏡に叶ったってことかしらね。どう、この人の仕事についていくのは?」
「あ、はい! とっても勉強になります!」
「厳しいでしょう? 厨房長は自分にも他人にも厳しいからね。その求めるレベルは高く、普通はすぐに根を上げてしまう。あなたはどうかしら?」
「その……確かに大変なことばかりですけど、世の中にはもっと大変な思いをしている人がいっぱいいます。こんなことで弱音なんて吐けません!」
「あら……ふふふ。やはりあなたはいいわね。もう少ししたら私専属の秘書にでもしようかしら」
「そいつは聞き捨てならねえな、お嬢。そいつはもうアタシの部下だぜ?」
「ということは私の部下でもあるってことよね?」
互いに視線をぶつけ火花を散らせる。正直言って怖い。そんな間に挟まれている小動物のような小色は震えて見守ることしかできない。
不意に肩を竦めた時乃が「冗談よ」と言うと、場の雰囲気が若干緩んだので小色はホッとした。
「いろいろ経験した後の方が美味しくなるから、私はいつでも待っているわよ、小色」
その妖艶でかつ獣じみた眼差しを向けられ背筋にゾクッとしたものが走る。
上機嫌な時乃に最後の挨拶をして、凛と一緒に部屋から出た。
仕事は見て覚えろというのが凛のやり方のようで、事細かい指示などはなく、場を見極めてその都度、凜が望むモノを察して提供するのが助手の仕事である。
「そっちじゃねえ! 特皿の方だ!」
「はい、すみません!」
小色が凜の調理を見て、その量から適した皿を出したつもりだが、その料理は時乃用に作られたものであり、彼女には特皿といって彼女専用の皿を使う必要があるらしい。
急いで特皿を用意すると、そこに素早く凜が料理の盛り付けをし始める。それを見た小色が、ハーブを数種類持って来て凜へと差し出す。
すると凜は少し目を見開いたが、すぐにそのうちの一種を手に取ると、最後にそれを盛り付けて料理を完成させた。そして何も言わぬまま、すぐさま次の調理に取り掛かっていく。
そんな感じで、常に凜の動きを目で追い、その手元を確認して彼女が欲するものを考察しながら動く。
そんな小色の動きを見ている他のメイドたちが啞然としているのだが、それに気づいた凜の激が飛び、メイドたちもまた即座に作業へ戻る。
まさに戦場のような環境であり、小色はその小さな身体を忙しなく動かしながら誰よりも動いていた。そうして朝食作りが終わり、一息を吐くことができる時間が訪れる。
「ふぃぃぃぃ~」
やっと休憩ができると、厨房の椅子にぐったりと座り込む小色。そこへすずねが「大丈夫?」と言いながら冷たい水を持ってきてくれたので頂く。
「んぐんぐんぐ……ふはぁ~、おいしいぃ~」
まるで乾いたスポンジのように、水が全身を潤していく。気づけば汗だくだったので、もう一時間ほどアレが続けば脱水症状になっていたかもしれない。次からはそういう体調変化にも気を使わないといけないだろう。
「先輩たち、驚いてたよ。よくあんなに動けるなって」
なるほど。他の人たちが唖然としていた理由が判明した。恐らく凜の動きについていけるわけがないと思っていたのだろう。それだけ凜の要求するレベルは高いし、それはとても新人にはこなせないと思ってもおかしくはない。
しかし小色は失敗もしたが、それでも動きを止めずに凛についていった。
「でもどうだった? やっぱり……キツイ、よね?」
「うん……でもすっごく勉強になるよ。元々料理は好きだし、ああやって野菜を炒めるんだとか、調味料の使い方に盛り付けの技術も全部新鮮で楽しい」
「わぁ……凄いね、小色ちゃんは。私はとてもじゃないけど、あの動きにはついていけないもん」
「はは、わたしだってギリギリ……というか、まだ完璧についていけてないけどね」
何となくだが凜が全力で動いたら、それこそ今の小色では手も足も出ないような気がする。恐らくは凛にとっても小色を育成しているつもりなのだろう。だから意識的に若干速度を緩めている……が、料理のクオリティは決して落としていない、
(やっぱりプロって凄いなぁ)
別に料理のプロになりたいという気持ちがあるわけではないが、一つの道を極めた者の技術というのは驚嘆ものだということは再認識させられた。
昼食作りが始まるまで、できる限り身体を休めなければいけないが、小色の仕事は調理だけではない。掃除や洗濯の手伝いもあるので、いつまでもここでのんびりしているわけにはいかないのだ。
とはいっても厨房に入り助手になったことで、ある程度は他の作業に割く時間は削ってもらえたが。
するとそこへ凜が厨房へ入ってくるなり、小色を見つけて声をかけてきた。
「小色、お嬢様がお呼びだ、急げ」
「へ? あ、はい!」
今度は屋敷の主からの呼び出しかと、軽くプチパニックになりながらも、急いで準備をすると凛とともに時乃の私室へと向かった。
ちょうど時乃は朝食を取っているところであり、何故自分が呼ばれたのか理解できずに、彼女が口を開くまでジッと待っている。
すると時乃は、持っていたフォークを置いて口元を拭うと、その視線をまずは同じように控えていた凜へと向けた。
「今日も素晴らしい美味しさで何よりよ、我が厨房長」
「そりゃ何より」
この屋敷の者たちのほとんどが、時乃相手には萎縮したり畏まったり態度を改めるものだ。しかしこと凛においては小色たちと接する時とそう変わらない。そして時乃もまたそれを咎めることはない。
きっとそれだけの信頼関係が構築されているのだろうと小色は思う。
さて、という言葉とともに、今度は時乃が小色へと意識を向けてきた。
「まずは遅くなったわね、小色。職場の異動早々にもかかわらず厨房長の助手の任命、おめでとう」
「あ、ありがとうございます!」
「まあ私も厨房長から直接聞いた時には驚いたものだけれど、ねえ?」
少し含みのあるような言い方が凜へと向けられるが、本人は涼しい顔のまま。
本来異動などの件は、当然ながら勝手に決定することはできない。まず時乃に異動の要望を出し、許可を得て初めて成せることなのだ。
しかし今回の場合、凜が伝えたのは小色を助手にしたという事後報告。この屋敷で働く者にとっては有り得ない手順である。
「まあそれだけあなたが厨房長のお眼鏡に叶ったってことかしらね。どう、この人の仕事についていくのは?」
「あ、はい! とっても勉強になります!」
「厳しいでしょう? 厨房長は自分にも他人にも厳しいからね。その求めるレベルは高く、普通はすぐに根を上げてしまう。あなたはどうかしら?」
「その……確かに大変なことばかりですけど、世の中にはもっと大変な思いをしている人がいっぱいいます。こんなことで弱音なんて吐けません!」
「あら……ふふふ。やはりあなたはいいわね。もう少ししたら私専属の秘書にでもしようかしら」
「そいつは聞き捨てならねえな、お嬢。そいつはもうアタシの部下だぜ?」
「ということは私の部下でもあるってことよね?」
互いに視線をぶつけ火花を散らせる。正直言って怖い。そんな間に挟まれている小動物のような小色は震えて見守ることしかできない。
不意に肩を竦めた時乃が「冗談よ」と言うと、場の雰囲気が若干緩んだので小色はホッとした。
「いろいろ経験した後の方が美味しくなるから、私はいつでも待っているわよ、小色」
その妖艶でかつ獣じみた眼差しを向けられ背筋にゾクッとしたものが走る。
上機嫌な時乃に最後の挨拶をして、凛と一緒に部屋から出た。
あなたにおすすめの小説
現代錬金術のすゝめ 〜ソロキャンプに行ったら賢者の石を拾った〜
涼月 風
ファンタジー
御門賢一郎は過去にトラウマを抱える高校一年生。
ゴールデンウィークにソロキャンプに行き、そこで綺麗な石を拾った。
しかし、その直後雷に打たれて意識を失う。
奇跡的に助かった彼は以前の彼とは違っていた。
そんな彼が成長する為に異世界に行ったり又、現代で錬金術をしながら生活する物語。
WIN5で六億円馬券当てちゃった俺がいろいろ巻き込まれた結果現代社会で無双する!
TB
ファンタジー
小栗東〈おぐりあずま〉 二十九歳 趣味競馬 派遣社員。
その日、負け組な感じの人生を歩んできた俺に神が舞い降りた。
競馬のWIN5を的中させその配当は的中者一名だけの六億円だったのだ。
俺は仕事を辞め、豪華客船での世界一周旅行に旅立った。
その航海中に太平洋上で嵐に巻き込まれ豪華客船は沈没してしまう。
意識を失った俺がつぎに気付いたのは穏やかな海上。
相変わらずの豪華客船の中だった。
しかし、そこは地球では無かった。
魔法の存在する世界、そしてギャンブルが支配をする世界だった。
船の乗客二千名、クルー二百名とともにこの異世界の大陸国家カージノで様々な出来事はあったが、無事に地球に戻る事が出来た。
ただし……人口一億人を超えるカージノ大陸と地球には生存しない魔獣たちも一緒に太平洋のど真ん中へ……
果たして、地球と東の運命はどうなるの?
レベルアップは異世界がおすすめ!
まったりー
ファンタジー
レベルの上がらない世界にダンジョンが出現し、誰もが装備や技術を鍛えて攻略していました。
そんな中、異世界ではレベルが上がることを記憶で知っていた主人公は、手芸スキルと言う生産スキルで異世界に行ける手段を作り、自分たちだけレベルを上げてダンジョンに挑むお話です。
ダンジョンをある日見つけた結果→世界最強になってしまった
仮実谷 望
ファンタジー
いつも遊び場にしていた山である日ダンジョンを見つけた。とりあえず入ってみるがそこは未知の場所で……モンスターや宝箱などお宝やワクワクが溢れている場所だった。
そんなところで過ごしているといつの間にかステータスが伸びて伸びていつの間にか世界最強になっていた!?
異世界帰還者の気苦労無双録~チートスキルまで手に入れたのに幼馴染のお世話でダンジョン攻略が捗らない~
虎柄トラ
ファンタジー
下校帰りに不慮の事故に遭い命を落とした桜川凪は、女神から開口一番に異世界転生しないかと勧誘を受ける。
意味が分からず凪が聞き返すと、女神は涙ながらに異世界の現状について語り出す。
女神が管理する世界ではいま魔族と人類とで戦争をしているが、このままだと人類が負けて世界は滅亡してしまう。
敗色濃厚なその理由は、魔族側には魔王がいるのに対して、人類側には勇者がいないからだという。
剣と魔法が存在するファンタジー世界は大好物だが、そんな物騒な世界で勇者になんてなりたくない凪は断るが、女神は聞き入れようとしない。
一歩も引かない女神に対して凪は、「魔王を倒せたら、俺を元の身体で元いた世界に帰還転生させろ」と交換条件を提示する。
快諾した女神と契約を交わし転生した凪は、見事に魔王を打ち倒して元の世界に帰還するが――。
男女比1:15の貞操逆転世界で高校生活(婚活)
大寒波
恋愛
日本で生活していた前世の記憶を持つ主人公、七瀬達也が日本によく似た貞操逆転世界に転生し、高校生活を楽しみながら婚活を頑張るお話。
この世界の法律では、男性は二十歳までに5人と結婚をしなければならない。(高校卒業時点は3人)
そんな法律があるなら、もういっそのこと高校在学中に5人と結婚しよう!となるのが今作の主人公である達也だ!
この世界の経済は基本的に女性のみで回っており、男性に求められることといえば子種、遺伝子だ。
前世の影響かはわからないが、日本屈指のHENTAIである達也は運よく遺伝子も最高ランクになった。
顔もイケメン!遺伝子も優秀!貴重な男!…と、驕らずに自分と関わった女性には少しでも幸せな気持ちを分かち合えるように努力しようと決意する。
どうせなら、WIN-WINの関係でありたいよね!
そうして、別居婚が主流なこの世界では珍しいみんなと同居することを、いや。ハーレムを目標に個性豊かなヒロイン達と織り成す学園ラブコメディがいま始まる!
主人公の通う学校では、少し貞操逆転の要素薄いかもです。男女比に寄っています。
外はその限りではありません。
カクヨムでも投稿しております。
クラスまるごと異世界転移
八神
ファンタジー
二年生に進級してもうすぐ5月になろうとしていたある日。
ソレは突然訪れた。
『君たちに力を授けよう。その力で世界を救うのだ』
そんな自分勝手な事を言うと自称『神』は俺を含めたクラス全員を異世界へと放り込んだ。
…そして俺たちが神に与えられた力とやらは『固有スキル』なるものだった。
どうやらその能力については本人以外には分からないようになっているらしい。
…大した情報を与えられてもいないのに世界を救えと言われても…
そんな突然異世界へと送られた高校生達の物語。