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折川すずねは、自他ともに認めるどこにでもいるような平凡な女子高校生である。
ギャルのように陽気で派手でもないし、休み時間に教室の隅で本を読んでいるような目立たないタイプでもない。
それなりに友人はいたし、人見知りでもなく、成績も中の上くらいと、一言でいえば可もなく不可もない人生を送っていた。
すずねは別に不満はなかったし、そうやって平凡な人生を過ごしていき、何となく気が合った男性と結婚し、子供を授かり、そうして何事もなくおばあちゃんになっていって死んでいく。そんな普通と呼べるような時間が過ぎていくものとばかり思っていた。
この世界には、急激な変化を苦手とする者は存在する。すずねもまた、どちらかといえばそちらだ。平和に、淡々と、何事もなく人生を謳歌できればそれで良かった。
しかしそんなある日、周りの環境の方が急激な変化を引き起こしたのである。
それが世界のあちこちで起きた震災。
通称――〝世界大震災〟。
当然日本にも大きな被害が出てしまい、それだけで数多くの人たちが命を失った。
そしてすずねもまた、住んでいた家が倒壊し、その結果――両親を失うことになったのである。
その日、日本は日曜日でありすずねは友人と一緒にショッピングモールへ出かけていた。突然起こった大地震によりモールの中は大パニック状態。
床がひび割れ隆起し、壁や天井が崩れてくる。幸い出口近くにいたことにより、すずねは命からがら逃げおおせたが、家に帰るとそこには無残に潰れた建物だけが残っていた。
周囲のあちこちから救急車やパトカーなどのサイレンが鳴り響き、人々の悲鳴や慟哭が止まない。そんな中、しばらく経ってレスキュー隊員によってすずねの両親が潰れた家の中から掘り出され、そこで身内の死を初めて経験することになった。
そこからすずねは、一人どうすればいいか分からなくなった。当然だ。またすずねは高校生であり、生きていく術など持ち合わせていなかったから。
しかもこんな特殊な状況で、すぐに持ち直せる人なんて、大人でもそうそういないだろう。若者ならば尚更である。
しかしすずねの不幸はそれだけではなかった。震災の後に、人間を襲う人間が発見されたとの報が届き、それらがゾンビであることを知る。
それはまるで映画のような光景だった。腐食して変わり果てた人間たちが、生者たちに襲い掛かる。
その頃、公民館で世話になっていたすずねもまたゾンビの襲撃に遭い、これで自分も終わりだと心の底から思った……が、その時に救いの手が伸びた。
国滝時乃という資産家の女性が、自身で組織した私兵とともにゾンビを一掃し、すずねを窮地から救ってくれたのである。
そして人手を募っていた時乃に、恩返しとして働かせてほしいと願い出た。
時乃は美を好むと聞いたので、自分は弾かれるかもしれないと思ったが、
『ふぅん……あなた、ちゃんと整えたら化けるわね』
と、それまで言われたこともない言葉とともに、時乃は自分を受け入れてくれたのだ。
それからメイドとして今まで働いてきた。少しでもあの時の恩を返すために。
周囲はいまだ絶望的な状況が広がっているが、時乃の屋敷は比較的穏やかな場所だった。それこそ外に出なければ平和そのものといっても過言ではない。
親の死によって刻まれた傷はまだ癒えないものの、それでも自分がまだ一人ではないと言い聞かせ何とか生きてきた。
数カ月が過ぎた頃、この生活も大分慣れてきて、屋敷内にもどんどん人は増えていく。
するとある日のことだ。自分よりも年下っぽい女の子が、職場へとやってきた。名前は春日咲小色。同年代ということに少し驚いたが、彼女はとても話しやすく良い子だった。
すぐに打ち解けて友達として接するようになる。
彼女は人当たりや要領も良く、とても愛らしい。時乃が気に入るのも当然だと思った。
そして時乃だけでなく、自分が働いている厨房の長である味村凛にも認められ、驚くことに助手にまで抜擢された。正直なことを言うと複雑だった。
嫉妬をしたというわけではない。ただ、助手の過酷さに逃げ出した前任を知っているから、小色もまた心を折られて異動してしまうかもしれないと不安になったからだ。
しかしそれは杞憂だった。小色は厳しく指導され疲弊しながら、それでも屈さずに任を全うしている。本当に凄い子だと心底感心した。だからか、自分も彼女のようにもっと頑張ろうという気持ちさえ持つようになった。
時乃という恩人がいる傍で、仕事にもありつき、可愛い友人までできた。地獄のような終末の中で、これほど平和で穏やかな時間を過ごせることに幸せを感じていた……が、またもそれは突然やってきた。
〝世界大震災〟が起こったあとも、度々余震は続き、つい最近もそこそこ大きな地震が起きたのである。ほとんどの者は、またかという表情でそれほど警戒はしていなかった。
だがそのあとすぐに目を疑うような光景が広がる。
その時、すずねは小色と一緒に、大きな庭で洗濯物を干していたのだが、突然悲鳴が聞こえた。それは間違いなくこの敷地内からであり、小色とともに現場を確認しに行ったそこで見たものは――――巨大な穴。
そこには食料などを貯蔵しているはずの倉庫があったのだが、丸々といった感じで穴の中に飲み込まれたのか、その存在が失われていたのである。
そこに集まった者たちは一様に絶句して固まっていた。
誰かが地震のせいで地盤沈下が起きて、その時にできた穴に建物が落下したのではと言う。
建物内には、大切な食料が詰まっている。このままの状態では非常に生活が苦しくなる。だから食料だけでもレスキューしなければならない。
すずねや小色も何か手伝えることはないかと、警備担当の男性に話しかけていた矢先、またも悲鳴が轟く。
見ると、穴から何か巨大なものが這い出てきていて、それは異形の存在であり、明らかに恐怖をもたらす存在だと直感した。
全貌が露わになり、その正体が信じられないほどの巨躯をしたナメクジだと理解する。
次の瞬間――巨大ナメクジは口から何かを放出し、それに当たった一人の男性。吐き出されたものは粘液だったようで、男性はスゴイ嫌なニオイと粘々した感触に不快感を表情にだすが、直後に痛烈な叫び声を上げてもがき苦しんだ。
そのまま男性の肉体が溶けるように腐食していき、動きを失った男性をナメクジが、身体から触手なようなものを出して捕食したのである。さらに穴の中から、次々と巨大ナメクジよりは小さいものの、それでも異常なほど成長したナメクジが無数に湧いて出てきた。
そこで皆がようやく事態の窮地を察し慌てて逃げ出す。当然すずねもだ。しかしその時、巨大ナメクジが四方八方に粘液を噴出し、それに当たった者たちを次々と触手で確保していく。
そして地面に落ちた粘液の欠片が、すずねの足首付着したせいで、その熱と痛みにより転倒してしまう。
動けなくなったすずねは格好の餌食。先の者たちのように巨大ナメクジが触手を伸ばしてきた。今度は自分が捕食されると絶望を感じたが、突然自分の目の前に立った者がいた。
それは小色である。彼女はすずねを庇い、その代わりに触手に捕獲されてしまったのだ。
思わず「こ、小色ちゃんっ!?」と叫びながら手を伸ばすが、痛みで立ち上がることができずに手が届かない。
するとそこへ「小色ぉぉぉぉっ!」と怒号めいた声を上げながら、小色を助けようと触手を掴む男性がいた。彼は小色の兄の理九だ。
しかし助けようとしたものの、理九も一緒に引っ張り込まれ、多くの捕獲した者たちを引き連れて穴の中へと姿を消していったのである。
これがすずねの平和な世界を一瞬で崩した一連の出来事だった。
ギャルのように陽気で派手でもないし、休み時間に教室の隅で本を読んでいるような目立たないタイプでもない。
それなりに友人はいたし、人見知りでもなく、成績も中の上くらいと、一言でいえば可もなく不可もない人生を送っていた。
すずねは別に不満はなかったし、そうやって平凡な人生を過ごしていき、何となく気が合った男性と結婚し、子供を授かり、そうして何事もなくおばあちゃんになっていって死んでいく。そんな普通と呼べるような時間が過ぎていくものとばかり思っていた。
この世界には、急激な変化を苦手とする者は存在する。すずねもまた、どちらかといえばそちらだ。平和に、淡々と、何事もなく人生を謳歌できればそれで良かった。
しかしそんなある日、周りの環境の方が急激な変化を引き起こしたのである。
それが世界のあちこちで起きた震災。
通称――〝世界大震災〟。
当然日本にも大きな被害が出てしまい、それだけで数多くの人たちが命を失った。
そしてすずねもまた、住んでいた家が倒壊し、その結果――両親を失うことになったのである。
その日、日本は日曜日でありすずねは友人と一緒にショッピングモールへ出かけていた。突然起こった大地震によりモールの中は大パニック状態。
床がひび割れ隆起し、壁や天井が崩れてくる。幸い出口近くにいたことにより、すずねは命からがら逃げおおせたが、家に帰るとそこには無残に潰れた建物だけが残っていた。
周囲のあちこちから救急車やパトカーなどのサイレンが鳴り響き、人々の悲鳴や慟哭が止まない。そんな中、しばらく経ってレスキュー隊員によってすずねの両親が潰れた家の中から掘り出され、そこで身内の死を初めて経験することになった。
そこからすずねは、一人どうすればいいか分からなくなった。当然だ。またすずねは高校生であり、生きていく術など持ち合わせていなかったから。
しかもこんな特殊な状況で、すぐに持ち直せる人なんて、大人でもそうそういないだろう。若者ならば尚更である。
しかしすずねの不幸はそれだけではなかった。震災の後に、人間を襲う人間が発見されたとの報が届き、それらがゾンビであることを知る。
それはまるで映画のような光景だった。腐食して変わり果てた人間たちが、生者たちに襲い掛かる。
その頃、公民館で世話になっていたすずねもまたゾンビの襲撃に遭い、これで自分も終わりだと心の底から思った……が、その時に救いの手が伸びた。
国滝時乃という資産家の女性が、自身で組織した私兵とともにゾンビを一掃し、すずねを窮地から救ってくれたのである。
そして人手を募っていた時乃に、恩返しとして働かせてほしいと願い出た。
時乃は美を好むと聞いたので、自分は弾かれるかもしれないと思ったが、
『ふぅん……あなた、ちゃんと整えたら化けるわね』
と、それまで言われたこともない言葉とともに、時乃は自分を受け入れてくれたのだ。
それからメイドとして今まで働いてきた。少しでもあの時の恩を返すために。
周囲はいまだ絶望的な状況が広がっているが、時乃の屋敷は比較的穏やかな場所だった。それこそ外に出なければ平和そのものといっても過言ではない。
親の死によって刻まれた傷はまだ癒えないものの、それでも自分がまだ一人ではないと言い聞かせ何とか生きてきた。
数カ月が過ぎた頃、この生活も大分慣れてきて、屋敷内にもどんどん人は増えていく。
するとある日のことだ。自分よりも年下っぽい女の子が、職場へとやってきた。名前は春日咲小色。同年代ということに少し驚いたが、彼女はとても話しやすく良い子だった。
すぐに打ち解けて友達として接するようになる。
彼女は人当たりや要領も良く、とても愛らしい。時乃が気に入るのも当然だと思った。
そして時乃だけでなく、自分が働いている厨房の長である味村凛にも認められ、驚くことに助手にまで抜擢された。正直なことを言うと複雑だった。
嫉妬をしたというわけではない。ただ、助手の過酷さに逃げ出した前任を知っているから、小色もまた心を折られて異動してしまうかもしれないと不安になったからだ。
しかしそれは杞憂だった。小色は厳しく指導され疲弊しながら、それでも屈さずに任を全うしている。本当に凄い子だと心底感心した。だからか、自分も彼女のようにもっと頑張ろうという気持ちさえ持つようになった。
時乃という恩人がいる傍で、仕事にもありつき、可愛い友人までできた。地獄のような終末の中で、これほど平和で穏やかな時間を過ごせることに幸せを感じていた……が、またもそれは突然やってきた。
〝世界大震災〟が起こったあとも、度々余震は続き、つい最近もそこそこ大きな地震が起きたのである。ほとんどの者は、またかという表情でそれほど警戒はしていなかった。
だがそのあとすぐに目を疑うような光景が広がる。
その時、すずねは小色と一緒に、大きな庭で洗濯物を干していたのだが、突然悲鳴が聞こえた。それは間違いなくこの敷地内からであり、小色とともに現場を確認しに行ったそこで見たものは――――巨大な穴。
そこには食料などを貯蔵しているはずの倉庫があったのだが、丸々といった感じで穴の中に飲み込まれたのか、その存在が失われていたのである。
そこに集まった者たちは一様に絶句して固まっていた。
誰かが地震のせいで地盤沈下が起きて、その時にできた穴に建物が落下したのではと言う。
建物内には、大切な食料が詰まっている。このままの状態では非常に生活が苦しくなる。だから食料だけでもレスキューしなければならない。
すずねや小色も何か手伝えることはないかと、警備担当の男性に話しかけていた矢先、またも悲鳴が轟く。
見ると、穴から何か巨大なものが這い出てきていて、それは異形の存在であり、明らかに恐怖をもたらす存在だと直感した。
全貌が露わになり、その正体が信じられないほどの巨躯をしたナメクジだと理解する。
次の瞬間――巨大ナメクジは口から何かを放出し、それに当たった一人の男性。吐き出されたものは粘液だったようで、男性はスゴイ嫌なニオイと粘々した感触に不快感を表情にだすが、直後に痛烈な叫び声を上げてもがき苦しんだ。
そのまま男性の肉体が溶けるように腐食していき、動きを失った男性をナメクジが、身体から触手なようなものを出して捕食したのである。さらに穴の中から、次々と巨大ナメクジよりは小さいものの、それでも異常なほど成長したナメクジが無数に湧いて出てきた。
そこで皆がようやく事態の窮地を察し慌てて逃げ出す。当然すずねもだ。しかしその時、巨大ナメクジが四方八方に粘液を噴出し、それに当たった者たちを次々と触手で確保していく。
そして地面に落ちた粘液の欠片が、すずねの足首付着したせいで、その熱と痛みにより転倒してしまう。
動けなくなったすずねは格好の餌食。先の者たちのように巨大ナメクジが触手を伸ばしてきた。今度は自分が捕食されると絶望を感じたが、突然自分の目の前に立った者がいた。
それは小色である。彼女はすずねを庇い、その代わりに触手に捕獲されてしまったのだ。
思わず「こ、小色ちゃんっ!?」と叫びながら手を伸ばすが、痛みで立ち上がることができずに手が届かない。
するとそこへ「小色ぉぉぉぉっ!」と怒号めいた声を上げながら、小色を助けようと触手を掴む男性がいた。彼は小色の兄の理九だ。
しかし助けようとしたものの、理九も一緒に引っ張り込まれ、多くの捕獲した者たちを引き連れて穴の中へと姿を消していったのである。
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