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「――――――はぁ」
もう何度目になるか分からないほどの溜息を吐く。
ほんの一年ほど前は、あれほど平和で楽しい日々を満喫していたというのに、今ではその名残すらないくらいに世界は変わり果ててしまった。
それこそ依存ともいえるほど使用していたスマホだって使えなくなったし、女子としての嗜みであるオシャレも存分に楽しめる時間もない。
毎日毎日生と死の狭間で怯える。ただそれは自分だけではない。この世でまだ生き残っているすべての人間たちが抱える思いだろう。
約一年前、世界大震災と呼ばれる災害が起きた時は死を覚悟したが、それでも自分は生き残った。それは運が良かったといえると思う。
愕然とする光景が街並に広がっていたが、それでも人は強いものだ。いつかまた復興し平和な日々が戻ってくると信じていた。
しかしそんな希望すら打ち砕いたのが、ゾンビの出現である。そこからは怒涛の展開だ。多くの者たちが泣き叫び、悲鳴を上げ逃げ惑い、毎日を嘆きながらも戦いを強いられる。
もし抵抗を止めれば自分たちもゾンビの仲間入りだと、皆が怯えつつも生きるために尽力してきた。しかしそれでもゾンビという存在は圧倒的であり、どんどん人間たちは狩られていく。
彼女――雪林くりなもまた、これまで必死に生き抜いてきた人物だ。少し前までは普通の女子高生だったし、自分でか弱い方だとも思っていた。
何せ運動だって得意ではないし、昔は身体が弱くて入退院を繰り返していた過去もある。
こんな世の中では、真っ先にゲームオーバーになるような存在だろう。しかし様々な偶然のお蔭か、こうしてまだ生き延びている。
昔から運だけは良いが、それでもやはり普通の未成年でしかないくりなだ。知り合いが目の前で犠牲になっていく光景を何度も目にしたし、気持ちは完全に鬱状態である。
ただこんな状況でも幸いなのは――。
「――やあ、ここにいたのかい雪林くん!」
不意に声をかけてきた人物に目をやる。
そこには大きな丸眼鏡をかけ、頭にはバンダナを巻き黒衣を纏った恰幅の良い……というかプロレスラーのような体躯の男性がいた。
「……部長」
彼の名は――大黒頭海彦《だいこくがしらうみひこ》。とても変わった名前を持つが、その見た目も性格も変わった人物だ。
まだ女子高生をやっていた時に所属していた部で、その長という立場にいた存在。
「何だ何だ、元気がないではないか!」
「部長は相変わらずいつも通りですね……ウザいくらいに」
「ハッハッハッハ! 君も変わらずの毒舌ぶりで何よりだ!」
「あまり大声出さないでくださいよ。アイツらが寄ってきたらどうすんですか?」
ゾンビは音に敏感だ。これまでの調査からも、奴らが視覚よりは聴覚を重視していることが分かっている。
「それはすまなかったな。ところでこのようなところで何しているんだい?」
「別に……世の中を憂いてただけですよ」
「なるほど。異世界でいうところの呪いに侵され今にも消え入りそうな薄幸ヒロインといったところか! なかなかのチョイスだな、雪林くん!」
二人が所属していた部活は少々変わり種だ。他の生徒からも避けられてしまうような強いオタク臭漂う部であり、普通なら今どきの美少女女子高生であるくりなが入るようなところではないだろう。
しかしくりなは間違いなく自分の意思で入部したし、そこでの時間をとても大切にしていたのも事実。
もちろん活動そのものにまったく興味が無かったといえば嘘にはなるが、それでも周りの目とか時間などを天秤にかけると釣り合わないし、ましてや部に傾くほどでは決してなかった。
それでもくりなが入部を決意し、部員として過ごしていた理由は……。
「先輩…………一体どこにいるのかなぁ」
思わず零れた心の声。そしてその先輩という存在こそが、くりなを心変わりさせた人物なのだ。
そんな呟きをその地獄耳でしかとキャッチした海彦が「うむ、彼か」と低い声で唸るようにして言った。
くりなとその先輩とは、幼馴染の間柄である。家同士が昔から仲が良くて、幼稚園から高校までずっと一緒だった。だからほぼ家族同然であり、向こうも兄として振る舞ってくる。
くりながこの世の誰よりも信頼し、親愛を向けている存在だ。いや、その想いも今はさらに別の形へと変わっている。
そんな先輩が、ある日突然いなくなった。行方不明というやつである。理由は定かではない。それは災害が起きる前の話で、当然警察も動いてくれたが、これまで手がかりすら見つかっていなかった。
誰かに拉致されたのなら、何かしら犯人から要求があるだろうし、殺されたのだとしても何の痕跡も見つからないのはおかしい。
それに先輩は誰かに恨まれるような人ではない。どちらかというと老若男女に好かれるような人格をしているし、実際に誰かに嫌われているという話も聞いたことがなかった。
まあ、こんな部活に入っていることで変人として扱われることはあったみたいだが。それは自分もそうなので、別に問題にはならないだろう。
とにかくそんな人畜無害な先輩が誰かに害されたとは思えなかった。しかしそんな先輩が姿を消したのである。それはまるで神隠しのようだった。
先輩が自分から姿を消したのではとも考えられたが、これまで接してきたくりなは彼がそんなことをしないのは理解している。
先輩は自分が行うことで誰かに心配や迷惑をかけることを嫌う人なのだ。お人好しで誰にでも優しく。それでいて一度決めたら決して曲げない強さを持っている。
だからこそ猶更理解ができない。そんな先輩がどこに消えたのか。何で今も姿を見せないのか。連絡すらないのは何故か。
「…………はぁ」
「おやおや、そう溜息ばかりだと幸せが逃げるぞ」
「放っといてください。それよりもいつまでこんなとこにいればいいんですかね、私たちは?」
現在自分たちがいるのはとある学び舎の中。といっても自分たちが通っていた学校ではない。ここは【令明館大学】とって、順当に行けば海彦が通うことになっていた大学である。こんな見た目をしているのに成績は常にトップであり、推薦入学を決めて受験シーズンも自分の趣味に没頭していたのは記憶に新しい。
当然大学の敷地内といえども安全ではない。一応立てこもっている建物の一階はバリケードで侵入を阻んでいるが、それも確実ではなく、いつゾンビがその力で破ってくるとも限らないのだ。だから常に警戒をする必要がある。
それにゾンビよりも質の悪い存在もまたここにはいる。
「おらっ、もっとキビキビ働けやグズどもっ!」
怒号が響く。それはここから隣にある建物の屋上だ。そこには複数の男性がいて、二人はナイフなどの武器を所持し、他の男性を脅して強制的に働かせている。
脅されている者たちは、嫌々ながらも物資を運んだりバリケードの部品を作っていた。
もう何度目になるか分からないほどの溜息を吐く。
ほんの一年ほど前は、あれほど平和で楽しい日々を満喫していたというのに、今ではその名残すらないくらいに世界は変わり果ててしまった。
それこそ依存ともいえるほど使用していたスマホだって使えなくなったし、女子としての嗜みであるオシャレも存分に楽しめる時間もない。
毎日毎日生と死の狭間で怯える。ただそれは自分だけではない。この世でまだ生き残っているすべての人間たちが抱える思いだろう。
約一年前、世界大震災と呼ばれる災害が起きた時は死を覚悟したが、それでも自分は生き残った。それは運が良かったといえると思う。
愕然とする光景が街並に広がっていたが、それでも人は強いものだ。いつかまた復興し平和な日々が戻ってくると信じていた。
しかしそんな希望すら打ち砕いたのが、ゾンビの出現である。そこからは怒涛の展開だ。多くの者たちが泣き叫び、悲鳴を上げ逃げ惑い、毎日を嘆きながらも戦いを強いられる。
もし抵抗を止めれば自分たちもゾンビの仲間入りだと、皆が怯えつつも生きるために尽力してきた。しかしそれでもゾンビという存在は圧倒的であり、どんどん人間たちは狩られていく。
彼女――雪林くりなもまた、これまで必死に生き抜いてきた人物だ。少し前までは普通の女子高生だったし、自分でか弱い方だとも思っていた。
何せ運動だって得意ではないし、昔は身体が弱くて入退院を繰り返していた過去もある。
こんな世の中では、真っ先にゲームオーバーになるような存在だろう。しかし様々な偶然のお蔭か、こうしてまだ生き延びている。
昔から運だけは良いが、それでもやはり普通の未成年でしかないくりなだ。知り合いが目の前で犠牲になっていく光景を何度も目にしたし、気持ちは完全に鬱状態である。
ただこんな状況でも幸いなのは――。
「――やあ、ここにいたのかい雪林くん!」
不意に声をかけてきた人物に目をやる。
そこには大きな丸眼鏡をかけ、頭にはバンダナを巻き黒衣を纏った恰幅の良い……というかプロレスラーのような体躯の男性がいた。
「……部長」
彼の名は――大黒頭海彦《だいこくがしらうみひこ》。とても変わった名前を持つが、その見た目も性格も変わった人物だ。
まだ女子高生をやっていた時に所属していた部で、その長という立場にいた存在。
「何だ何だ、元気がないではないか!」
「部長は相変わらずいつも通りですね……ウザいくらいに」
「ハッハッハッハ! 君も変わらずの毒舌ぶりで何よりだ!」
「あまり大声出さないでくださいよ。アイツらが寄ってきたらどうすんですか?」
ゾンビは音に敏感だ。これまでの調査からも、奴らが視覚よりは聴覚を重視していることが分かっている。
「それはすまなかったな。ところでこのようなところで何しているんだい?」
「別に……世の中を憂いてただけですよ」
「なるほど。異世界でいうところの呪いに侵され今にも消え入りそうな薄幸ヒロインといったところか! なかなかのチョイスだな、雪林くん!」
二人が所属していた部活は少々変わり種だ。他の生徒からも避けられてしまうような強いオタク臭漂う部であり、普通なら今どきの美少女女子高生であるくりなが入るようなところではないだろう。
しかしくりなは間違いなく自分の意思で入部したし、そこでの時間をとても大切にしていたのも事実。
もちろん活動そのものにまったく興味が無かったといえば嘘にはなるが、それでも周りの目とか時間などを天秤にかけると釣り合わないし、ましてや部に傾くほどでは決してなかった。
それでもくりなが入部を決意し、部員として過ごしていた理由は……。
「先輩…………一体どこにいるのかなぁ」
思わず零れた心の声。そしてその先輩という存在こそが、くりなを心変わりさせた人物なのだ。
そんな呟きをその地獄耳でしかとキャッチした海彦が「うむ、彼か」と低い声で唸るようにして言った。
くりなとその先輩とは、幼馴染の間柄である。家同士が昔から仲が良くて、幼稚園から高校までずっと一緒だった。だからほぼ家族同然であり、向こうも兄として振る舞ってくる。
くりながこの世の誰よりも信頼し、親愛を向けている存在だ。いや、その想いも今はさらに別の形へと変わっている。
そんな先輩が、ある日突然いなくなった。行方不明というやつである。理由は定かではない。それは災害が起きる前の話で、当然警察も動いてくれたが、これまで手がかりすら見つかっていなかった。
誰かに拉致されたのなら、何かしら犯人から要求があるだろうし、殺されたのだとしても何の痕跡も見つからないのはおかしい。
それに先輩は誰かに恨まれるような人ではない。どちらかというと老若男女に好かれるような人格をしているし、実際に誰かに嫌われているという話も聞いたことがなかった。
まあ、こんな部活に入っていることで変人として扱われることはあったみたいだが。それは自分もそうなので、別に問題にはならないだろう。
とにかくそんな人畜無害な先輩が誰かに害されたとは思えなかった。しかしそんな先輩が姿を消したのである。それはまるで神隠しのようだった。
先輩が自分から姿を消したのではとも考えられたが、これまで接してきたくりなは彼がそんなことをしないのは理解している。
先輩は自分が行うことで誰かに心配や迷惑をかけることを嫌う人なのだ。お人好しで誰にでも優しく。それでいて一度決めたら決して曲げない強さを持っている。
だからこそ猶更理解ができない。そんな先輩がどこに消えたのか。何で今も姿を見せないのか。連絡すらないのは何故か。
「…………はぁ」
「おやおや、そう溜息ばかりだと幸せが逃げるぞ」
「放っといてください。それよりもいつまでこんなとこにいればいいんですかね、私たちは?」
現在自分たちがいるのはとある学び舎の中。といっても自分たちが通っていた学校ではない。ここは【令明館大学】とって、順当に行けば海彦が通うことになっていた大学である。こんな見た目をしているのに成績は常にトップであり、推薦入学を決めて受験シーズンも自分の趣味に没頭していたのは記憶に新しい。
当然大学の敷地内といえども安全ではない。一応立てこもっている建物の一階はバリケードで侵入を阻んでいるが、それも確実ではなく、いつゾンビがその力で破ってくるとも限らないのだ。だから常に警戒をする必要がある。
それにゾンビよりも質の悪い存在もまたここにはいる。
「おらっ、もっとキビキビ働けやグズどもっ!」
怒号が響く。それはここから隣にある建物の屋上だ。そこには複数の男性がいて、二人はナイフなどの武器を所持し、他の男性を脅して強制的に働かせている。
脅されている者たちは、嫌々ながらも物資を運んだりバリケードの部品を作っていた。
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