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第三十六話

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「彼は異界から呼び込まれた挙句、魔王の使いだと認識され、心臓を剣で一突きされました」
「そ、そんな……」
「アイツが……? バカな?」
「ですよね~。心臓を一突き、ですから。普通は死にます。いえ、兵たちが確認したところ、確実に息も絶えており、間違いなく死んでいた……はずでした。しかし彼は、死体処理場から消えた。殿下たちと会った時、一人で彼がいたのだとしたら、彼は一人でそこから脱出した可能性が高い。これはどういうことでしょうか?」

 本当にどういうことなのだろうか。

(シャラクさんが一度殺されている? それなのに生き返った?)

 混乱が頭の中を渦巻いていく。

「ね、興味が湧くでしょう? 死んだはずなのに、彼はピンピンとして殿下たちの前に姿を現した。【クランヴァール王国】も必死に彼を探したようですが、気づいた時には彼はすでに国外へと逃げていた。無論手引きした魔人の存在も確認されていません。さて、これは一体どういうことでしょうか?」
「フン、どうでもいい話だろうが」
「そうは仰いますがね、ビビルアさん。もし彼が本当に言い伝えに聞くアレなら、面白いことになるとは思いませんか?」
「そんな伝説に興味はねえ」
「おやおや、つれないですねぇ~」

 コニムは写楽の顔を思い浮かべていた。彼が話したことはすべて事実。嘘などついていなかった。彼は“異界者”だし、人間である。それに特別な力も持っているとも……。

(……! そうです、シャラクさんは自分には力があるって言ってました!)

 さらに思い出すのは、コニムの人形化の力を無効化したこと。
 普通なら人間としての生を捨てることになったはずなのに、彼は自我を保ったままだった。それに……。

(自分は死なないって……言ってました。アレはわたしを元気づけるための言葉だと思っていましたが……)

 そうでなく、本当にそれが彼の力だったとしたら――?

 すべて辻褄が合ってしまう。
 だがそんなこと有り得るのだろうか。死なない。つまり不死の力。
 モンスターの中には不死に近い能力を持つ存在はいる。しかし彼は人間だ。

(でも“異界者”……)

 そう、それが彼を特別にしている。

「……お姉……ちゃん?」
「む? どうした、コニム?」
「……今の話がほんとなら……シャラクさんは……まだ生きてる……のでしょうか?」
「分からん。だが仮に生きていたところで、どうしようもないのではないか?」
「え?」
「生きていたとしても崖から落ちたのであれば重傷だろう。そこから動けるとは思えない」
「あ……」
「それに、ここがどこかも分からないはずだ。我々を追ってくるのは……無理だろう」

 彼女の言う通りだ。
 仮に、本当に仮に彼が何らかの力で死を免れたとしても、あれだけの重傷を負ったまま、崖から落ちたのだ。瀕死にも瀕死だろう。しばらく動けるわけがない。

 さらに動けたとしても、ここがどこか分からない以上、コニムたちの救出は不可能だ。

 そこから導き出される結論――。

(やっぱり、もう二度と、シャラクさんには会えないん……ですね)

 それが辛かった。もう一度、会って謝りたかった。お礼を言いたかった。
 しかしそれはもう叶わない願い。ならせめて……。

(無事に生きていてください。どうか……無事に)

 その可能性は非常に低いかもしれないが、コニムが願うはそれだけ。もし本当に無事なら、自分たちのことは放置して、自分の人生を歩んでほしい。

 コニムが写楽の生を信じ、今後の人生に対し平和を祈っていると――

「――――ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 突然響く悲鳴。それは洞窟の入口の方から聞こえてきた。
 もちろんその声を聞いた、この場にいるすべての者が、声の方角へ顔を向ける。

「……何だ? おい、何があった?」

 ビビルアが傍に控えているウェンガに声をかけると、

「さ、さあ……」
「ふむ。僕が見てきましょうか?」
「……まさか貴様の仕業ではなかろうな、リュゼ?」

 疑心暗鬼に塗れた表情でビビルアがリュゼを睨みつける。

「はてさて、何のことかサッパリ分かりませんけど? あ、ですがここ最近、ユネイアさんの部隊がここらへんで見かけた……」
「何!? それは本当か!」
「……見かけたような見ていないような」
「き、貴様ぁ…………ちっ、ついてこい、ウェンガ。様子を見に行くぞ。もし奴の部隊が来ているのなら、俺の部下に手を出している可能性も高い」
「はっ!」

 ビビルアがウェンガを連れて洞窟の入口へと向けて歩を進めていく。
 そして彼らが消えた後、しばらく沈黙が続く。

 コニムもノージュも何が起こったのか分からずキョトンとしていたのだが、不意にリュゼがニヤリと口角を歪めると、コニムに近づいてくる。

「おい貴様! コニムに手を出すつもりかっ!」
「……ンフフ。さあ、それは上の人次第じゃないですか?」
「? 何を言って――」

 ノージュが首を傾げるが、リュゼは右手をコニムへと伸ばす。

「や、止め――」

 目の前にいる男が恐ろしくなってコニムは身体が引けるが、向こうはお構いなしに手を伸ばしてくる。

 しかしその時、ボロボロッと天井から土の塊が落ちてきた。そこから人影が一緒に飛び降りてきて、リュゼの頭上から銀色の閃きが走る。

「おっと~、危ない危ない~」

 まるで予測していたかのように、リュゼはその場から後方へと跳び回避した。
 コニムは自分の前方に現れた人物を見て心が掴まれるような衝撃を受けた。

「ンフフ、名前を―――聞いておきましょうか?」
「――シャラク・イチドウだ」

 二度と会えないと思った人が、その場に現れた瞬間だった。


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