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「賊どものやることは決まっているであろう。子供は売り飛ばし金に換え、女は己が欲望の捌け口にするつもりだ」

 テンクの見解にオレも同意した。

 まいったね、どーも。

 この世界は思った以上に荒んでいる。テンクに聞くと、こういう状況は別段珍しくないらしい。
 大陸中のあちこちで、弱者は強者によって踏み躙られているとのことだ。

 どうやら本当とんでもない世界のようだねこりゃ。

 まるで一昔前の中国みたいな時代だ。それこそ三国志のような。
 賊が平然と闊歩し乱世を到来させ、国々が覇を競って争い合う。
 人間の欲と欲がぶつかり合う血生臭い時代である。

 とりあえずここにいても情報はないか……。
 そう判断した直後のことだ。

「――マスターッ!」

 考え事をしていたため、一瞬自分に受けられた敵意に気づくのが遅れた。
 敵意の方角へ視線を向けると、オレに向けて一本の矢が向かってきていたのだ。
 オレの頭蓋に到達しようかと思われた瞬間、矢が目の前から消失した。

 見るとテンクがいつの間にかオレの前に立っており、右手には先程の矢が握られていたのである。あの一瞬で間を詰めて、かつ矢を掴むとはさすがはテンクだ。
 バキッと力を込めて矢を折るテンク。

「無事か、マスター?」
「あ、ああ……助かったよ」
「おのれぇ、よくも我がマスターに敵意を向けたな?」

 矢が飛んできた方角――窪地の上へとテンクがギロリと睨みつける。
 そこには弓を構えた一人の人物が立っていた。

「ちっ、ワシの矢をいとも簡単に止めるほどの奴かいな」

 若干ドスの聞いた野太い声が耳朶を打つ。
 三十代前半ほどの男だ。黄色い髪を短く逆立て、顎には無精髭を携えた精悍な顔つきをしている。
 体格も恐らく二メートル近いくらいで引き締まった筋肉質の身体だ。

 彼のすぐ傍には地面に突き刺した長槍が確認できる。
 すると弓を身体に引っ掛けて、その槍を抜いてから窪地へと入ってきた。
 ゆっくりと近づいてくる男に、オレたちは警戒を強める。

 相手もまた殺意に近い意思をこちらに向けていることから、どうやら面倒くさい事態に陥っていることだけは確かだった。
 ある一定の距離を保ち男が立ち止まると、槍の先端をオレたちに向けてくる。

「テメエ、こないなことしくさりやがって、覚悟できとるんやろうなぁ?」

 ……何で関西弁?

 思わず疑問が浮かんだが、今はそれどころではないので飲み込んでおいた。

「おい貴様、誰に向かって敵意を向けておるのか分かっておるのか?」
「あぁ? 乳臭えガキはだーっとれ! ワシはそっちの坊主に用があるんや!」
「ガ、ガキ……ッ! ほほう、マスターよ、こやつを捻り殺してもよいな?」

 凄まじい怒りのオーラがテンクから溢れ出す。このままでは情報も聞き出せずに、彼を瞬殺しかねない。

「ちょっと待ちなさいっての、テンク」
「だ、だが……」
「いいから。どうも向こうは誤解をしてるみたいだしさ」
「誤解……やと? どういうことや? テメエらは『ヒアドス盗賊団』を騙って悪さしとる連中やろうが!」

 なるほど。つまりこの状況を作り出したのがオレたちだと思っているわけだ。

「他の仲間はどこや? 子供や女の姿もほとんど見当たらへん。どうせ攫ったんやろ? アジトの居場所、吐いてもらうで?」
「いやいや、話を聞いてほしいんだけどな」
「救いのないアホどもに礼儀などいらんわな。名乗りもいらん。ぶっ潰したあと、吐くまで尋問や!」

 どうやら話を聞いてくれる雰囲気じゃなく、男は槍を構えて突っ込んできた。
 テンクはテンクで暴れられると思ってか嬉しそうに笑みを浮かべている。

 ああもう、仕方ないな!

 オレはテンクの赤ずきんを掴み上げ、彼女の細い身体を脇に抱える。

「んにゃっ!? マ、マスターッ!?」
「そぉぉぉらぁぁぁっ!」

 男から突き出された槍を屈んで避けると、そのまま右方向へ駆け出して距離を取る。

「テンク、オレがやるから手を出すな!」
「な、何故だ!?」
「お前じゃ相手を殺しかねないだろ?」
「別にあのような無礼者など生かす価値はないであろうが!」
「それでも何かしら有益な情報が得られるかもしれない。殺すならそれからでも遅くないでしょ」
「そ、それは……うむぅ」
「とにかくお前は他に奴の仲間がいないか確認を。できるな?」
「……承知した。見つけたら無力化すればよいのだな?」
「よく分かってるじゃない。じゃあ頼むぞ」

 そう言って頭を撫でてやると、少しだけ嬉しそうな顔をしてオレから離れていった。

「ワシの一本突きを避けるなんて大したもんや。それ故に惜しいわ。そんだけの力ぁ持っといて、こんなアホらしいことをしよるなんてなぁ」
「はぁ、言っておくけど、これはオレたちの仕業じゃないから」
「言い訳は聞きとぉないわっ!」

 ったく、これだから猪突猛進のオッサンは困る。

 頭に血が上ってしまってこっちの話に耳を傾けるつもりがまったくないようだ。
 なら少し冷静になってもらうしかない。
 男が間を詰めてきて何度も突きを放ってくる。
 それをしかと見極めてかわしていく。

「ほらほらほらっ、避けるだけかいなっ!」

 今度は薙ぎ払いを放ってきたので、スウェーでかわし、直後に回し蹴りを返した。
 だが槍の戻しが早く、柄の部分で防御されてしまう。
 そんな感じで男の烈火のような攻めに対し、オレは徐々に後退させられていく。

 ――トン。

 気づけば背中にレンガの壁があった。
 逃げ場のない建物の壁へと押し込まれてしまったようだ。


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