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「つまりムトは、ここに来るまでの記憶が一切ない?」
「……狭いところに入った覚えは……ある、かも」
「狭い……? それって……あ」
「何か心当たりでもあるのかツナギよ」
「あーほら、この子がいた砂浜に見慣れない樽があったじゃん」
「うむ、半壊してはいたが……って、まさか」
「うん。多分その中に入って海に流されてたんじゃ……」
それでこの【箱庭】まで流れ着いたのではと僕は思った。
「なるほど。辻褄は合うが、だとすると何故樽の中にという新たな疑問が浮かぶが」
それは何とも……。
まさか人間に捕まり多額で取り引きされ、その際に樽に閉じ込められて……ああいや、貴重で力も強いドラゴン族をわざわざ軟な木材でできている樽に閉じ込めるのは現実的じゃないか。
普通は堅固な檻か、それに等しい拘束具を使用するだろう。
しかし別段拘束されていた節もないし。
そうすると考えられるのは……。
「自分で樽の中に入った? あるいは納得して誰かに入れられた?」
それくらいしか思いつかないけど。
「ねえムト、僅かでもいいから何か覚えてることはないの?」
ムトは若干目を伏せて考え込み、そして……首を左右に振った。
「そっか……」
「……ごめん」
「ああいや、別にいいんだよ。そもそも君自身のことなんだし」
だからそんなシュンとした表情をしないでほしい。何だか虐めてるみたいじゃないか。
「だが名前と、自身が『紅竜』であること、そして《人化》ができることは覚えている、か」
ヤタの言うように、自分の種族や能力を覚えているっていうのは不思議だ。
彼女が嘘を吐いているわけでもなさそうだし、これは僅かながら記憶が残っていたと解釈するべきなのだろうか。
ムトのような〝五天竜〟はその出生はとても珍しい。
交配して卵を産み落とすというのではなく、死期が来た時に自らを転生させて卵と化すのである。
能力などはその都度衰えてしまうものの、知識は持ち越せるようで、産まれた瞬間からすでに多くの理を理解しており、成長もまた早いという。
だからムトも幼く見えても、本来なら誰よりも人生経験が豊富な大人ともいえる精神を宿している。
自分が『紅竜』であることも、《人化》ができることも、誰に教えられることなく、最初から記憶にあるというわけだ。
「……うん。ま、いいじゃんか」
「ツナギ?」
「ヤタも興味は尽きないかもしれないけど、ムトは悪い魔物じゃなさそうだし、何も問題はないと思うけど?」
「むぅ……」
ヤタが懸念しているのは、ドラゴンとしての力だろう。
もしムトは本気で暴れれば、こんな【箱庭】など一瞬にして灰と化してしまうかもしれない。
だけど僕にはムトがそんなことをする存在には見えない。少なくとも今は。
記憶が戻ったら、その時はその時で何とかするしかない。
予想出来得る危険度が高いからといって、ここから出ていけなんて言えるほど僕は冷たくない……と思う。
「ねえムト、一つ提案なんだけど」
「?」
「行くところもないんでしょ? だったらここでしばらく暮らしてみない?」
「……いいの?」
「うん。記憶が戻るまででもいいし、自分で何かやりたいことを見つけたら、その時に出て行ってもいいし。君は自由に過ごせばいいよ」
幸いここは魔物たちが住む楽園(予定)なのだ。
魔物の神様を目指す僕としては、こんな身形でも恐らくイチたちより何百倍も強いムトが傍にいてくれれば他者からの脅威に少し安心できるし。
「あ、でも自由にって言っても、できたら僕の仕事を手伝ってくれると嬉しいけどね」
「お仕事? ……それを手伝ったらお腹いっぱい食べられる?」
「あはは、もちろんだよ」
「! じゃあ、ムトは頑張る」
よし、何とか交渉成立したようだ。
「いいでしょ、ヤタ」
「…………あくまでもココの管理人はお主だ。お主がそう決めたのであれば何も言うまい」
じゃあそういうことで、まずは自己紹介をしなきゃ。
「遅れたけど、僕はこの島――【箱庭】っていうんだけど、それの管理人でツナギだよ。こっちはヤタっていって僕のサポートをしてくれてるんだ。あとは……おいで、お前たち」
そう呼びつけると、イチたちスライムが跳ねながら接近してきて、僕の肩や頭の上に乗る。
彼らの名前も教えると、イチたちも礼儀正しくお辞儀のような仕草をした。
「これからよろしくね、ムト」
「ん、よろしくツナギ」
こうして【箱庭】に新たな仲間が誕生した。
「……狭いところに入った覚えは……ある、かも」
「狭い……? それって……あ」
「何か心当たりでもあるのかツナギよ」
「あーほら、この子がいた砂浜に見慣れない樽があったじゃん」
「うむ、半壊してはいたが……って、まさか」
「うん。多分その中に入って海に流されてたんじゃ……」
それでこの【箱庭】まで流れ着いたのではと僕は思った。
「なるほど。辻褄は合うが、だとすると何故樽の中にという新たな疑問が浮かぶが」
それは何とも……。
まさか人間に捕まり多額で取り引きされ、その際に樽に閉じ込められて……ああいや、貴重で力も強いドラゴン族をわざわざ軟な木材でできている樽に閉じ込めるのは現実的じゃないか。
普通は堅固な檻か、それに等しい拘束具を使用するだろう。
しかし別段拘束されていた節もないし。
そうすると考えられるのは……。
「自分で樽の中に入った? あるいは納得して誰かに入れられた?」
それくらいしか思いつかないけど。
「ねえムト、僅かでもいいから何か覚えてることはないの?」
ムトは若干目を伏せて考え込み、そして……首を左右に振った。
「そっか……」
「……ごめん」
「ああいや、別にいいんだよ。そもそも君自身のことなんだし」
だからそんなシュンとした表情をしないでほしい。何だか虐めてるみたいじゃないか。
「だが名前と、自身が『紅竜』であること、そして《人化》ができることは覚えている、か」
ヤタの言うように、自分の種族や能力を覚えているっていうのは不思議だ。
彼女が嘘を吐いているわけでもなさそうだし、これは僅かながら記憶が残っていたと解釈するべきなのだろうか。
ムトのような〝五天竜〟はその出生はとても珍しい。
交配して卵を産み落とすというのではなく、死期が来た時に自らを転生させて卵と化すのである。
能力などはその都度衰えてしまうものの、知識は持ち越せるようで、産まれた瞬間からすでに多くの理を理解しており、成長もまた早いという。
だからムトも幼く見えても、本来なら誰よりも人生経験が豊富な大人ともいえる精神を宿している。
自分が『紅竜』であることも、《人化》ができることも、誰に教えられることなく、最初から記憶にあるというわけだ。
「……うん。ま、いいじゃんか」
「ツナギ?」
「ヤタも興味は尽きないかもしれないけど、ムトは悪い魔物じゃなさそうだし、何も問題はないと思うけど?」
「むぅ……」
ヤタが懸念しているのは、ドラゴンとしての力だろう。
もしムトは本気で暴れれば、こんな【箱庭】など一瞬にして灰と化してしまうかもしれない。
だけど僕にはムトがそんなことをする存在には見えない。少なくとも今は。
記憶が戻ったら、その時はその時で何とかするしかない。
予想出来得る危険度が高いからといって、ここから出ていけなんて言えるほど僕は冷たくない……と思う。
「ねえムト、一つ提案なんだけど」
「?」
「行くところもないんでしょ? だったらここでしばらく暮らしてみない?」
「……いいの?」
「うん。記憶が戻るまででもいいし、自分で何かやりたいことを見つけたら、その時に出て行ってもいいし。君は自由に過ごせばいいよ」
幸いここは魔物たちが住む楽園(予定)なのだ。
魔物の神様を目指す僕としては、こんな身形でも恐らくイチたちより何百倍も強いムトが傍にいてくれれば他者からの脅威に少し安心できるし。
「あ、でも自由にって言っても、できたら僕の仕事を手伝ってくれると嬉しいけどね」
「お仕事? ……それを手伝ったらお腹いっぱい食べられる?」
「あはは、もちろんだよ」
「! じゃあ、ムトは頑張る」
よし、何とか交渉成立したようだ。
「いいでしょ、ヤタ」
「…………あくまでもココの管理人はお主だ。お主がそう決めたのであれば何も言うまい」
じゃあそういうことで、まずは自己紹介をしなきゃ。
「遅れたけど、僕はこの島――【箱庭】っていうんだけど、それの管理人でツナギだよ。こっちはヤタっていって僕のサポートをしてくれてるんだ。あとは……おいで、お前たち」
そう呼びつけると、イチたちスライムが跳ねながら接近してきて、僕の肩や頭の上に乗る。
彼らの名前も教えると、イチたちも礼儀正しくお辞儀のような仕草をした。
「これからよろしくね、ムト」
「ん、よろしくツナギ」
こうして【箱庭】に新たな仲間が誕生した。
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