俺しか使えない『アイテムボックス』がバグってる

十本スイ

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「………………でけぇ」

 思わず声を上げてしまうほどに大きなナクルの自宅。門構えや外壁から、どこか時代劇に出てくる江戸の町を思わせるような古風な様相である。
 一つ確実なのは、これほどの敷地を持つのは相当な金持ちであること。何せ敷地内には、自宅だけでなく道場まであるというのだから維持費だけでも大変であろう。

 まだ若干怯えている様子をナクルと一緒に門の中へと入っていく。すると確かに彼女から聞いた通り、自宅らしく建物の隣には一回り以上は小さい道場と思わしき建物が視界に飛び込んできた。

 また庭も、庭師が手入れしているのかというほどに広くて美しく見栄えており、半ば現実逃避ばりにドッグランにも使えるな~などと思っていた。
 するとそこへ、「――ナクル?」と野太い声が聞こえたので、反射的にそちらへ向くと、そこには少々変わった黒い道着を纏った三十代くらいの男性が立っていた。

 一瞬誰だと思いつつも、ナクルが沖長の背に隠れるようにして「パ……パパ……」と口にしたので、彼がナクルの父親なのだと理解する。

「えっと、君は? どうしてナクルと?」

 当然の疑問をナクルの父が尋ねてくる。ここはお邪魔している立場からきちんとした対応をしなければならないので、彼に真正面から相対するとペコリとお辞儀をした。

「初めまして。僕は札月沖長と申します。突然訪ねてしまい申し訳ありません」
「へ? あ、いやこれはご丁寧に。俺はその子の父親の日ノ部修一郎だよ。それにしても……」

 何故かこちらをジッと観察するような目で見てくる。「何でしょうか?」と問うと、不躾だと思ったのか、子供相手でも「あ、ごめんね」とちゃんと謝ってくるところを見ると、人間ができた人なのだろう。

 しかしこのやり取りで確信する。この人は、子供の想いを一方的に曲げるような性格ではない。ちゃんと話を聞いて、その上でナクルのためになる答えを返してくれる人だ。

「あの、ナクルちゃんとはさっき知り合いました。それで……この子がとても辛そうだったので放っておけなくて」
「! ナクルが……辛そう? どういうことかな?」

 それまで微笑を浮かべていた修一郎だったが、真面目な顔で聞いてきた。

「……ほら、ナクルちゃん」
「え、で、でもぉ……」
「大丈夫。君のお父さんはちゃんと話を聞いてくれる人だから。そうですよね、ナクルちゃんのお父さん?」
「……何か話したいことがあるんだね」
「はい。とても大事なことです。ほら……」

 そう言いながら、軽く彼女の背を押し修一郎と対面させる。修一郎も、空気を読んでか余計な口を挟まずに優しい雰囲気で彼女を見つめていた。

「パ……パパ……えと……その…………ボク……」

 それでもやはりまだ言い辛いのか不安そうに言い淀んでいる。
 そこへ震えている右手をそっと握ってやった。ビクッとして彼女はこちらを見てきたので、安心させるように笑みを浮かべながら頷く。

 するとようやく覚悟を決めたのか、涙目ではあるもの、しっかり顔を上げて修一郎を見据えるナクル。

 そして――。

「パパ! ボクは……ボクは…………もっと普通に遊びたいっ!」
「!? ……遊びたい?」
「う、うん……ボクもほかのこみたいに、おでかけしたり、おとまりかいしたり、お、お、おしゃれとかもしてみたいッス!」

 それは女の子としての心からの叫びであろう。要は普通に友達を作って、女の子らしい遊びを楽しみたいということなのだろう。

「べ、べつにしゅぎょうがつらいからしたくないとかじゃなくて…………も、もっとカワイイこともしたいんスッ!」

 そんな娘の本音を聞き、しばらく呆気に取られていた修一郎だったが、すぐに膝を折ると、そのまま優しく彼女を抱きしめた。

「そっか……ごめんな、気づいてやれなくて」
「!? ……ううん、ボクもごめんなさい……こんなこと……いったら……きっとパパたちが……かなしんじゃうっておもって……」
「はは、バカだな。そんなことで悲しんだりしないし、怒ったりもしないよ」
「で、でもウチをつぐのは……ボクしかいない……からっ」
「……? えっと……なるほど、もしかしてナクル、勘違いしていないかい?」

 身体を離した修一郎が、泣きじゃくっているナクルの顔を見ながらそう言うと、彼女は「ほぇ?」と呆けてしまう。

「確かにウチにはナクルしか子供はいないけど、だからって別に継がせようって思ってるわけじゃないんだぞ」
「ど、どどどどどういうことッスか!?」

 それは俺も聞きたいと思う沖長。

「確かに後継者は欲しいと思っているけど、それは別にナクルじゃなくても、相応しい人がいたら継いでもらえばいいだけだしな」

 そこで少し気になったので、悪いと思いながらも口を挟んだ。

「あの、割って入ってすみません。それは後継者が血脈でなくても問題ないということですか?」
「血脈って……難しい言葉を知ってるね。まあ血が繋がっている方が、いろいろとやりやすい面もあるけれど、俺が継いでほしいのは日ノ部流の意思――その心根だからね」

 なるほど。つまり古武術の魂を受け継いでくれるのであれば、その相手は外来でもいいらしい。

「だからナクル、心配しなくてもお前は自由でいいんだよ」
「じゆう……まいにちしゅぎょうしなくてもいいんスか?」
「あーそれはアレだ。ついお前に教えるのが楽しくてな。だから毎日課題を出しちゃってただけだよ。だってナクルには俺よりも武の才があるみたいだしなぁ、ハッハッハ!」

 何てことはない。娘の才にちょっと暴走していただけの親バカだったという話である。
 それをナクルは、絶対に後継者にするべく奮闘する父として捉えてしまっていたようだ。

 いまだ唖然として固まったままのナクルに、さすがに同情を禁じ得ない。まあそれでもこれで親子間でのズレがなくなったのだから良しとするべきだろう。もしかしたらこのままズルズルいっていたかもしれないのだから。

「な、な、な、なんスかそれぇぇぇぇぇぇぇっ!」

 それもまたナクルの心からの叫びであった。



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